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一巻(六)

西征(六)

 ヘイリプ・サレ配下の者で、最初に変事を知ったのはノルセンであった。


 オスピーニェでソルジエ・コミラと合流したサレ父子は、大公[ムゲリ・スラザーラ]が取り決めた攻め口のひとつから、遠西州へ入った。

 サレ父子は、遠西州のゼルベルチ・エンドラに与する豪族たちを蹴散らしながら進み、これもまた大公の指示に基づき、恒常的に使用できる宿営地の設営に取りかかった。


 設営を監督する父兄の眼を盗み、ノルセンが偵察と称して一人騎馬にて国道を東へ進んだのは、晩夏[九月]三日の昼過ぎだった。

 国道は八百年前に、時の国主の命令で造られたものであり、立派な石畳の道路であった名残や、補修がされた跡も見受けられたが、岩や倒木が放置され、荒れ果てているその様は、国主を擁するデウアルト家が、実権を失って久しいことを物語っていた(※1)。

 ノルセンの本当の目的は近くの村落で煙草を分けてもらうためであったが、その途中で、西に向かって馬を走らせてくるいくさびとが現れたので、その通行をさえぎった。

「私は西南州千騎長ヘイリプ・サレの次男ノルセンです。あなたはどこのご家中の方か?」

 ノルセンの名乗りに男は仕方なく馬を止め、コミラの家中の者であることを早口で告げ、その場を去ろうとした。

 しかし、ノルセンは馬に乗ろうとする男の襟首をつかみ、その首筋に刀を当てた。

「私の名を聞いて何を焦っている。サレ家に知られては困ることでもあるのか。私が代わりにコミラに伝言してやるから、その内容を教えてもらおう。……近西州で何かあったのか?」

 そう言いながら、ノルセンは男を国道脇の林の中へ連れて行った。

 そして、男が服に縫いつけていた書状から、大公が老公[コイア・ノテ]に討たれたことを知った(※2)。

 ノルセンは男を殺し、枯れ葉で隠してから、父兄のもとへ急いだ。



※1 実権を失って久しいことを物語っていた

 (しゅう)(ぎょ)使()が各州の実権を握った結果、州と州を結ぶ街道を補修する者がいなくなり荒廃したので、ムゲリ・スラザーラはまず、西南州と各州を結ぶ街道の再整備を命じていた。

 しかしながら、南部(西南州および東南州)と近北州を結ぶ街道については、近北州州馭使ハエルヌン・ブランクーレが理由をつけて補修を進めていなかった。

 それをムゲリは看過せず、近北州南端に位置するマルトレの領主テモ・ムイレ=レセに対して、ハエルヌンの頭越しに補修を命じ、ムイレ=レセはそれに応じた。

 近北州からマルトレは半ば自立していたが、それでも州馭使の配下と位置づけられていたため、ハエルヌンは烈火のごとく怒り、一部の者はハエルヌンがムゲリに対して兵を起こすのではないかとうわさするほどであった。

 この件を主な理由として、「短い内乱」の直前において、ムゲリおよびムイレ=レセと、ハエルヌンの間には対立の雰囲気がただよっており、コイア・ノテの反乱の画策者として、ハエルヌンのなまえが挙がる要因となった。


※2 討たれたことを知った

 九月二日早朝、近西州東部の都市ライリエにて、ムゲリ・スラザーラは討たれた。宿泊先が火災に見舞われ、ムゲリの遺骸は見つかっていない。

 コイア・ノテがムゲリを討った理由については、現在も議論が続いているため、深入りはしない。

 説としては、ウストリレ進攻に対する諫言が受け入れなかったためとする説、老境の身ながら課せられる、ムゲリの過度の期待による神経症を原因とする説、ムゲリに取って代わる野心説、第三者の画策説がある。

 画策説を取る場合は、摂政ジヴァ・デウアルト、ハエルヌン・ブランクーレ、西南州左騎射ガーグ・オンデルサンが有力である。

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