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四巻(三十四)

雪、とけて(三)

 一方の都では、コステラ=デイラに(こも)るサレを、(せき)()(とう)のモウリシア[・カスト]は攻めあぐねていた。

 サレは専守を決め込み、(ろう)(じょう)(せん)をするのに邪魔なオントニア[オルシャンドラ・ダウロン]は自分の傍から離さず、いくさ場には出さなかったので、彼はふて腐れて、酒ばかり飲んでいた。

 代わりに大橋を守らせたオーグ[・ラーゾ]は、サレの意を()んでよく守ってくれた。


 当初、サレは赤衣党だけを相手にしていたが、徐々に今の大公[スザレ・マウロ]の直属兵が、コステラ=デイラ攻めに加わって来た。

 いくさの常道としては、一気に兵力を投入するべきであったが、大公はそれをせず、兵力の(ちく)()(とう)(にゅう)という愚を犯した。コステラ=デイラ攻めに乗り気ではなかったのであろう。

 その時は上のように思っていた(※1)。


 盛春[五月]に入り、青年[スザレ・マウロ]派の兵数が少しずつ増えていき、また、バージェ候[ガーグ・オンデルサン]が、長子ホアビウの説得も空しく、両派に対して中立を明確にすると(※2)、執政官[トオドジエ・コルネイア]も覚悟を決めてくれたので、北部州[近北州および遠北州]でのいくさの(すう)(せい)がはっきりするまで、サレは()(ぼく)には応じないことを決めた。


 徹底的に抗戦をつづけるには、コステラ=デイラの中にいる、いくさの役に立たない連中が邪魔になったので、サレは彼らを外に追い出した(※3)。


 サレが防御に意を尽くしたコステラ=デイラを、青年派は攻めあぐね、ときおり、和睦の使者が訪れるくらいで、戦況は(こう)(ちゃく)(じょう)(たい)(おちい)った。

 しかし、青年派もただ単調に攻めていたわけではなく、都に出入りする者たちの監視を強め、また、サレが複数用意しておいた、コステラ=デイラと外部をつなぐ秘密の通路を探し出し、一本を残してすべて(ふさ)いだ。このために、サレと外部の通信はほぼ断たれた。


 そのような状況下で、晩春[六月]に入ると、国主[ダイアネ五十五世]の(ちょく)使()が訪れ、良識[トオドジエ・コルネイア]派に有利な条件で、和睦の(あっ)(せん)をしてきた。

 これは北部州で何かあったにちがいないと悟ったサレは、時間を稼ぐよい機会でもあったので、和睦交渉に応じる振りをした。


 青年派が出した和睦の条件は、コステラ=デイラの防壁を撤去したのち、サレおよび(りょく)()(とう)が州外に退去すれば、公女[ハランシスク・スラザーラ]の地位を保全し、また、コルネイアを薔薇園[執政府]において、しかるべき地位に就ける、というものであった。

 それに対して良識派は、コステラ=デイラの明け渡しについては、異論を唱えずに受け入れる用意があることを伝えた。

 しかし、コルネイアの身分については良しとしなかった。

 良識派がモウリシアを執政官として認める声明を出して、彼に格好をつけさせたのち、病気などを名目に期日を決めて彼を離職させ、その後、コルネイアを執政官に戻すこと。これを良識派からの和睦の条件とした。

 そのままでは、青年派としては受け入れられない話であったが、サレは使者に対して、条件の緩和、妥協の余地があることを匂わせて、交渉を長引かせた。


 モウリシアは猛反発したそうだが、和睦交渉の間は休戦ということになった。

 交通は遮断されたままであったが、住居を破却して新たに道をつくるなど、いくさの再開にそなえた。

 サレは、遊兵をコステラ=デイラの中央に置き、必要があれば、東西南北に派兵していたのだが、目的地への到着に時間を要する場合があり、兵の通る道を増やす必要を痛感していた。

 そのようなことは、籠城がはじまる前にすませておけばよかったように思えるが、実際にいくさが始まってみなければ、わからぬこともあった。この経験はよい勉強になった。


 そのように和睦交渉で時間を引き延ばしていた最中、重要な要件以外では使うなと、釘を刺しておいた(ずい)(どう)から、泥まみれの細作が出てきて、北部州で遠北公[ルファエラ・ペキ]が大敗した事実を知らせて来た。


 もたらされた吉報に対して、サレは喜びを内心にとどめ、コルネイアとポドレ・ハラグのみに事を伝えた。オントニアに知られてしまえば、これを機に打って出るべしと言うに決まっていたからだ。

 事後策を三人で協議したのち、サレはウベラ[・ガムスン]宛ての密書を書いた。


 書状には、自らの(きゅう)(じょう)を過大に書き、一刻も早い(じょう)(らく)を近北公[ハエルヌン・ブランクーレ]に(うなが)した。その際、筆を誤ったわけではないが、ルンシ[・サルヴィ]の件もあったので、いくさに出せる青年派の兵数を過少に記し、公が西南州へ来やすいようにした。

 結果、この書状のためにあやうくサレは命を落としかけるのだが、三人で相談しながら書いているときは、そのようなことになるとは、(つゆ)にも思わなかった



※1 その時は上のように思っていた

 兵力の逐次投入については、スザレ・マウロが乗り気でなかったからではなく、塩賊への対応との兼ね合いであったろう。


※2 両派に対して中立を明確にすると

 ガーグ・オンデルサンのこの判断は、ハエルヌン・ブランクーレの心証をいたく悪くした


※3 彼らを外に追い出した

 女子供や老人だけでなく、戦えなくなった傭兵も含まれていたとのこと。

 このサレの非道な行いに、スザレ・マウロとモウリシア・カストは(あき)()て、(れん)(びん)の情から、殺したり、追い返したりせずに、彼らを保護した。

 この一件の影響は大きく、サレの悪名を高めただけでなく、良識派の士気を下げた。サレへの反感が暴動という形をとってもおかしくない状況であったが、なぜか、それ以降も指揮系統などに乱れは生じなかった。

 その生涯を通じて汚名と悪名にまみれたサレに、少なくない人々が付き従ったのは不思議な話だが、何かしらの魅力が彼にあったのだろう。それはえたいのしれない存在に対する恐怖から来るものだったのかもしれない。その点において、サレとハエルヌン・ブランクーレには重なる部分がある。

 なお、この件は、日ごろはサレの言動に無頓着なハランシスク・スラザーラの詰問を受けただけでなく、後日、ハエルヌンの強い(しっ)(せき)を受け、サレは追い出した傭兵たちを探し出し、見舞金を与えなければならない羽目になった。

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