四巻(二十五)
都、狂い乱れて(七)
オーグ[・ラーゾ]がたどり着く前に、すでに、オントニア[オルシャンドラ・ダウロン]は愛馬にまたがり、橋を渡っていた。
コステラ=ボランクの暴徒どもが、大橋からコステラ=デイラに流入するのを防ぐために、サレは関所を守る兵数を十二分に増やしたつもりであった。
しかし、まさか、赤衣党が、コステラ=ボランク側の関所を開け放ち、暴徒がコステラ=デイラに流れるのを傍観するとは考えていなかった。
都全体の治安を考えるうえで、思いもよらない判断、暴挙であり、現場を任されていたオントニアが、「責任者の首を刎ねてくる」といきり立ち、周りが止めるのも聞かずに、暴徒の流れに逆らって、橋を渡ろうとしたのも理解はできた。
オントニアの配下たちは、サレの命令を忠実に守るため、橋からコステラ=デイラに流入して来た暴徒どもを、女子供も含めて斬り捨てた(※1)。
オーグが配下を率い、暴徒どもを殺し、もしくは運河へ突き落としながら、橋を進むと、返り血にまみれたオントニアが、橋を渡ろうとする彼らを睨みつけていた。
暴徒どもの中には、いくさびともいただろうが、擦り傷ひとつ負っていなかったのは、さすが一騎当千と謳われていたオントニアだけはあった(※2)。
やがて、オントニアの威勢に加えて、オーグが「もうすぐ、南衛府監さまが来られるぞ。逃げるのならば、いまのうちだぞ」と大音声で脅したので、暴徒どもは血相を変えて、コステラ=ボランク側の関所に流れ込んだ。
あわてた赤衣党が、関所の門を閉じようとしたが、暴徒どものせいでなすことができず、その隙をついて、オーグの制止を振り切り、オントニアはコステラ=ボランクに入った。
そして、赤衣党のひとりを鉾で脅して、責任者の所在をたずねると、兵がひとりの男を指さした。
オントニアはその男を怒りに任せて刺し殺すと、大橋に戻って行った。
なお、非常に嘆かわしい話であったが、実は、オントニアに鉾で脅された男こそが、その場の責任者であった。この卑劣な男は、のちに事が明るみになると、執政官[トオドジエ・コルネイア]によって捕縛され、八つ裂きの刑に処された。
大橋の一件が伝わると、暴徒どもは気勢をそがれ、それぞれの家に帰っていた。
オーグから事の顛末を聞かされたサレは、オントニアを形だけ叱責し、処罰は避けた。
翌日、今の大公[スザレ・マウロ]から、読むにたえない抗議文が寄せられた。文を届けにきた使者を斬り捨てて、その返答にしようかとまでサレは憤ったが、追い返すだけですませた。
この日の衝突をもって、緑衣党と赤衣党、両党の間の緊張は最高潮に達し、次に何が起こるのかを想像して、みやこびとは恐れおののいた。
※1 女子供も含めて斬り捨てた
後世に「大橋の虐殺」として伝わる事件。大橋はいまも人通りが多く、みやこびとの生活にかかせない橋だが、夜に通る者はまれとのこと。
現在の橋は、大規模な補修を受けたものだが、当時のままの橋床から、ときおり、血が滲み出るという怪談で知られている。みやこびとの恐怖心が生み出した作り話にちがいないが、殺された者の怨念を感じさせる話ではある。
なお、サレの長子であるオイルタン・サレには迷信深いところがあり、彼は大橋を避け、遠回りして都の南北を行き来したとのこと。
※2 さすが一騎当千と謳われていたオントニアだけはあった
ダウロンは幾多のいくさ場に出て、大いに手柄を立てたが、傷ひとつ負うことなく、その生涯を終えたと伝わっている。




