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四巻(二十二)

都、狂い乱れて(四)

 初冬[一月]二十日朝。

 サレのもとに、近北公[ハエルヌン・ブランクーレ]からの密書が届いた。

 書状は、青年[スザレ・マウロ]派の伸張を許していることに合わせて、サレが自身の案を示さずに書状を送ってきたことに対する厳しい叱責からはじまっていた。

 続いて、七州の統一を求める、今の大公[マウロ]に西南州が完全に(しょう)(あく)されることは、州土の防衛上、近北州としては看過しえないため、必要ならば兵を動かす考えのある(むね)を伝えていた。

 そのため、今の大公に従う兵数とその質および士気を、ウベラ[・ガスムン]に至急報告するようにとのことであった。

 加えて、東州公[エレーニ・ゴレアーナ]の動向にも留意するよう記されていた。


 読み終えるとサレは、ポドレ・ハラグに書状を渡した。

「厳密に言えば、私はまだ近北公の従者ではないのだから、文言に気をつけてもらいたいところだが……。まあ、長い物には巻かれろと言うし、仕方がないか」

 ため息をついたサレに、ポドレが書状を返しながら、「そのまま絞め殺されてもたまりませんがな」と口にした。


 その後、密書を手に、サレは自宅から少し離れたところにある、古びた屋敷に入った。そこは、執政官[トオドジエ・コルネイア]のために、サレが用意したもので、彼が臨時の執政府兼住居として使えるほど、敷地が広かった。元は豪商の持ち物であったとサレは聞いていた。


 屋敷を警固していたのは(りょく)()(とう)の者だったので、サレは身をあらためられることもなく、(はい)(とう)のまま中に入り、出迎えた執政官の家宰に要件を伝えた。

 しばらくしたのち、サレは中庭に通された。

 サレの手により、急ごしらえで建物の改修は済んでいたが、中庭は荒れたままにされていた。そこまで手入れをする必要をサレは認めていなかったし、執政官も気にしていないようだった。


 サレが中庭の東屋で茶へ口をつけている間に、執政官は近北公からの密書を読んだ。

「ずいぶんと怒っているようだな。きみも労苦の絶えぬことだ」

「だから、その苦労の半分をきみに背負ってもらうために、参上した次第だ」

 サレの言に、執政官は苦笑するだけで、言葉は返さなかった。

「今の大公の兵力はどれほどだと思う?」

「あまり当てにならないが、前に見た軍籍名簿を頼りにすれば、現在の西南州の全兵数は二万八千ぐらいだ」

「前の大公[ムゲリ・スラザーラ]がご存命のときは七万を数えていたから、五年間で半数以上が消えたわけだ」

「その二万八千の内、スザレ直属の古参兵が三千、そのほか、やつの号令に従うと思われる兵数が一万二千だ。スザレが確実に動員できる兵数は一万五千ぐらいだろうな」

「そのうち、コステラ=ボランクなどの守備に赤衣党の二千は残すだろうから、いくさ場に持って行けるのは一万三千ぐらいか。残りは?」

「バージェ侯[ガーグ・オンデルサン]の兵が六千、それにきみの緑衣党が三千、ラウザドの白衣党が一千。残りの三千は、いちおう私の指揮下の兵ということになっているが、州境の警備や塩賊討伐の任に当たっているから、動かすことはできない」

 「なるほど。きみに直属の兵がないのがつらいな」と言いながら、サレは不作法にも頭の上で茶碗を逆さにし、茶の(しずく)を口の中へ落とした。

「私は根っからの文官だよ。そのようなものを預けられても扱いに困る」

「そういうものかね。……退役した老兵や名簿から漏れている者たちはどう動くのだろうか?」

「ちょっと読めないが、無理に数を出すのならば、最大三千くらいか。しかし、それらの(やから)は役に立つのかね」

「盾にしたり、おとりにしたり、使いようはある」

 サレの言に、「いくさびとは嫌だね」と、執政官は首を横に振ってから、話をまとめた。

「なんにせよ、スザレの動員できる兵数は一万数千から、がんばって二万だろう」

「質的には、古参兵三千が厄介だろうな。士気は?」

「スザレが指揮を()る執らない関係なく、相手が近北州の兵ならば高いとみるべきだ。他州の兵から州土を守るためなら、命を惜しまない者が出てくるのは自然の(ことわり)だ」

「それはそうだな。それに大公への忠誠心が加わるわけか……」

 サレが荒れ果てた中庭を見ながら考え込んでいる間、執政官は自分のために、侍女へ()(どう)(しゅ)を用意させた。


 酒杯の中で赤く(にご)っている液体を見つつ、執政官が独り言のようにつぶやいた。

「時間をかけるわけにはいかないから、今、話し合ったことを近北公へ伝えるにしても、それだけでは我々の存在意義が疑われるな」

 執政官の問いかけに、サレは胸の前で腕をくんだ。

「そうだな。……バージェ侯はどう出るのだろうな?」

「さいきんはスザレとうまくやっているが、近北公とも事を構えたくないだろう。領地を接する近西州は近北公派だからな」

「きみはそう言うが、今回のいくさで近西州は動けまい。戦禍から立ち直れていないのに加え、不戦の約定を結んでいるとは言え、今の大公と近北公との(あつ)(れき)が、いくさという形で表面化した場合、北遠州のゼルベルチ・エンドラがどう動くかわからん」

「候は、スザレになびくかな?」

「どうだろうな。……我々の味方にならないまでも、候には中立でいてもらわないと、近北公は近北州から出て来なくなるのではないか?」


 雪が降って来たので、執政官が部屋へ入るそぶりを見せた。

「夫婦ともども引きこもりになられても困るな。そうなったら、我々は完全に身の破滅だ」

 執政官に(なら)い、サレも東屋の席から立ち上がった。

「まあ、そうなったとしてもだ。命までは取られんさ。きみは今の大公に膝を折って謝罪して、薔薇園[執政府]に戻ればいい。私はラウザドに(かくま)ってもらう。物の道理で言えば、我々より今の大公のほうが先に死ぬのだ。次の機会を待てばいい」

「私にではなく、きみ自身に言っているように聞こえるな」

 執政官の言に、サレは苦笑で応じながら、部屋の中の机へ向かった。

「とりあえず、近北公への書状には、今の大公の兵数を報告したうえで、候をこちら側に引き込めないか動いてみると書いておこう」

 サレの提案に執政官は、「まあ、何もしないわけにはいかないからな」と同意した。

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