四巻(九)
ハエルヌン・ブランクーレ(九)
十一日の正午。
残務処理で都に残っていたウベラ[・ガスムン]が、近北州へ戻るのに合わせて、サレは家族を北へ向かわせることにした。家族の護衛として、オーグ[・ラーゾ]をつけた。
「あなたが私のお婿さんになるのね」と言いながら、オーグのまわりをくるくると回っていた長女が、疲れたのであろうか、彼に肩車をせがみはじめた(※1)。
泣きながら、サレの足に抱きついている長男の頭をなでつつ、ふたりの様子を見つめていた彼のもとへ、ウベラが近づいて来て、声をかけた。
「そろそろ出立する。家族は私が責任を持って預かる」
「それは心強い。それよりも今の大公[スザレ・マウロ]の動きが気になる」
「スザレの動きは逐一伝えてくれ」
「わかった、しかし……。残念ながら、後ろの橋を焼かれてしまったよ」
「そうだな。だが、戻れなくなった以上、渡った先に幸運が待っているのを、期待するしかないのではないか?」
「それを願うか。……待ち構えているのが化け物だけではたまらないからな」
ふたりは笑みを交わし合い、再会を期した。
子煩悩で知られていたサレが、長子を近北州に差し出したことを知ると、みやこびとは、彼が都における近北公[ハエルヌン・ブランクーレ]の先兵となったとうわさした。
今の大公の、近北公に対する警戒心は極限にまで達した。
※1 彼に肩車をせがみはじめた
オーグ・ラーゾを長女にあてがい、婚約させることで、彼を家宰であるポドレ・ハラグの後継にすることを、この時点でサレは決めていたようである。これは、ハラグに子がないための処置であった。
余談ではあるが、オーグへ長女を与えた際に、ひとつの挿話が残っている。
ある日、サレとロイズン・ムラエソが「駒あそび」をしていたところ、サレがムラエソの王を詰めた。
しかし、報告のために場へ現れたオーグが、盤を一瞥して、まだ詰んでいないと言い出しので、よくよく調べてみると、確かにその通りであった。
そこで、ムラエソが、「ここから私の代わりに打って、お館さまに勝つことができるか」とたずねたところ、「できないこともありません」とオーグが答えた。
それではやってみようということになり、ただ遊ぶだけではおもしろくないので、オーグが勝った場合、サレより褒美が与えられることになった。
結果、サレが絶対に負けるはずはないと考えた勝負に、オーグは見事に勝ち、その褒美として、サレの長女をもらった。
なお、現在、平民の間でも流行している「駒あそび」とはちがい、当時は、相手の駒を取っても持ち駒として使うことはできず、そのためか、遊戯としてのおもしろ味に欠け、主に騎士階級だけが楽しむ遊びであった。




