四巻(七)
ハエルヌン・ブランクーレ(七)
九日朝。
近北公[ハエルヌン・ブランクーレ]は衣冠を正し、執政官[トオドジエ・コルネイア]と共に鳥籠[天鷺宮]に参上して、国主[ダイアネ五十五世]の代理である摂政[ジヴァ・デウアルト]に拝謁した。
北遠州のゼルベルチ・エンドラ、近西州のロアナルデ・バアニだけでなく、遠北公[ルファエラ・ペキ]との和議の斡旋を依頼した近北公に対して、「七州安寧につながることである」と、摂政は賛意を示した。
その謁見の中で、近北公が、前の大公[ムゲリ・スラザーラ]に「吉祥」を伝えた女官の引き渡しを求めたが、摂政から、すでに死んだ旨の返答があると、それ以上は言及しなかった(※1)。
近北公は鳥籠に参上する際、五百の兵に対して、自分の身になにかあれば鳥籠の人間を皆殺しにするように、わざわざ、出迎えの使者の前で指示を出していた。
五百では兵が足りないとのことで、緑衣党にも協力の要請が出ていたため、なにごともなく、近北公が鳥籠から出て来た姿を見たとき、サレは安堵した。
近北公は正装の姿のまま、鹿集館に出向き、饗応の間にて、公女[ハランシスク・スラザーラ]に婚儀を進める旨を伝えた。
ついては、一旦近北州へ戻った後、再度、婚儀を挙げるために上京した際に、公女も同行して近北州へ下ることについて、近北公は彼女に了承を求めた。
公女はそれに対して、「お決めになったことならば」と、他人事のように言うのみであった。
話し合いが終わると、近北公は紙の束を片手に、待機していたサレに声をかけた。
「公女からよいものをもらった。東夷(※2)の冶金に関する書物をまとめたものだそうだ。これで金の産出量が増えればよいのだがな。まあ、そのようにうまくは行かぬか(※3)」
紙の束を手で揺らしながら、微笑を浮かべている近北公に、「近北州のことを公女さまなりに、気にかけておられるということでしょう」と、サレも笑顔で応じた。
それから、近北公が、微笑を崩さぬまま、サレへ次のように告げた。
「ところでな、公女どのが近北州に来るとなれば、南衛府監も同行するということでよいな」
真顔に戻り、形だけの提案口調で話す近北公は、サレが答えられないでいると、「千騎長として遇しよう。それに見合った領地も与える。いいな」と言葉を重ねた。
「そうだ。スザレ[・マウロ]がいつ刀を抜くかもしれん。となれば、都もどうなるかわかるまい。南衛府監も家族が心配だろう。南衛府監はまだ、この地で仕事が残っているから、今回は連れていけないが、家族は先んじて私と一緒に近北州へ避難させよう。妙案だろう、南左[ウベラ・ガスムン]」と近北公が、公女との会談に陪席していたウベラに声をかけた。
ウベラは無言のサレを見ながら、「南衛府監にも事情がある。一晩考えさせたらどうか?」と主に返答した。
そのウベラの言を、近北公は鼻で笑った。
「私とスザレ[・マウロ]でいくさになったとき、南衛府監を都に置いておくわけにはいくまい。私が負けたら、スザレの靴をなめかねない男をな。だれであろうと、私とスザレの間であいまいな態度を取ることは許さん」
近北公が口を閉じると、隣室から無表情の公女が姿を現した。
サレは公女としばらく視線を交えた後、近北公に一礼して、「ご配慮痛み入ります」と彼の要求を呑んだ。
こうして、公女の下向後も都に残ろうとしたサレのもくろみは、算段を立てる前に、近北公によって握りつぶされてしまった。
夕方。
サレの屋敷にて茶会が開かれ(※4)、執政官とウベラが参加した。
サレが間に入る形で、執政官とウベラが、今後の対応について協議をおこなった結果(※5)、都の統治について、執政官を近北州が全面的に支えていくことが約束された。
※1 それ以上は言及しなかった
吉凶を判じた占い師は、コイア・ノテの乱直後に、何者かによって殺されたとするのが定説ではあるが、ジヴァ・デウアルトによって、いずこかへ逃がされたとする史家もいる。
※2 東夷
東部州と海外貿易を行っていた、東方諸国の総称。
※3 そのようにうまくは行かぬか
ハランシスク・スラザーラが、翻訳と編纂をした「鉱物要諦」は、七州には未知であった採掘や冶金の方法を近北州に伝え、金の生産量を増加させた。このため、スラザーラ家当主の役割として、旧教徒の保護者であったハランシスクは、旧教徒の多い近北州の民の大半から敬意を持たれたが、とくに、鉱山にかかわる者たちから強い尊崇の念を持って接せられた。
なお、「鉱物要諦」は東部州州馭使エレーニ・ゴレアーナにも献本され、こちらも同じく、ハアティム地方の銅の生産量を上げた。そのため、近北州と同じく、彼の地の人々からもハランシスクは尊崇された。
※4 サレの屋敷にて茶会が開かれ
トオドジエ・コルネイアが美食家として知られていたのに対して、サレはその粗食でみやこびとから呆れられていた。
七州の古くからの習慣として、貴族階級には食べてはならない食材が多くあり、それに準ずる形で騎士階級にも食の制限があった。
この時代は、それらの制約のない平民階級の料理人の作る料理が、裕福な貴族や騎士の間でもてはやされ、食の慣習が変容し始めた嚆矢であった。
貴族の中で、食の慣習の打破に挑戦した筆頭がトオドジエであり、騎士の中で、古くからの食習慣を守ろうとしたのがサレであった。
食習慣の変容の一環として、それまでは肉体労働に従事する平民しか、精白した米や麦を食していなかったが、それが崩れ始めても、サレは一切、精白した穀類は口にしなかった。麦を麺麭にして食べることすらも嫌い、だれも食べなくなりつつあった麦粥ばかりを食べていた。
トオドジエとサレが互いの屋敷を行き来するようになると、最初は食事を出し合っていたが、互いの食習慣の大きな違いからそれはやがてなくなった。その代わりとして頻繁に開かれるようになったのが、茶会であった。
その中で、サレの徹底的に無駄を排した作法がトオドジエを通じて貴族の間に広がり、今現在、我々が茶会を開く際の、基本的な形となっている。
※5 今後の対応について協議をおこなった
トオドジエ・コルネイアとウベラ・ガスムンはそりが合わなかったが、サレが間に入りつづけることで、その関係は破綻しなかった。ハエルヌン・ブランクーレは、クルロサ・ルイセ宛ての書状にて、この仲立ちを、サレの残した功績のひとつに挙げている。
・四巻(六)を二重投稿してしまいました(削除済み)。
失礼いたしました。
・あらたに評価していただいた方、ありがとうございました。はげみになります。
・なろうの仕組みがわからなくて、一度、投稿してから、ルビを振っております。
ルビなしだと読みづらいとお思いの方は、投稿後、しばらくしてからお読みください。
また、今、ルビをどれくらいつけるか、悩んでおります。
ルビが多すぎて読みづらいという方は、教えていただければ幸いです。




