「好き」と言うのが遅すぎる
よし、告白しよう。
17歳の誕生日、俺・尾高昭也はそう決心した。
誕生日だからって、何か特別な理由があるわけじゃない。誕生日というのは、あくまできっかけだ。
ずっと告白しようと思っていたけど、なかなか勇気が出なくて。誕生日で一つ大人になったことを、口実にしようとしているのだ。
俺はスマホでSNSのアプリを開く。
数ある連絡先の中で、一番に登録して、一番メッセージのやり取りをしている女の子の名前をタップした。
伊南氷花。それが俺の恋焦がれている、幼馴染の名前だ。
氷花と初めて出会ったのは、12年前。互いに5歳の時だった。
当時は毎日のように遊んでいて、成長するにつれて段々と疎遠になりつつあったけど、それでもなんだかんだ今でも交流が続いている。
テスト直前なんかは深夜まで一緒に勉強しているくらいだ。……訂正。成績の悪い俺が、学年上位の氷花に教えて貰っているくらいだ。
幼馴染だから。一番近い異性だから。そんな言い訳をして、俺は今まで氷花に告白することから逃げてきた。
幼馴染という関係も、いつかは自然と恋人関係になれるだろう。そんな甘い考えていた。
だけど、俺は聞いてしまったのだ。
クラス1のイケメン・白井弓弦が、氷花に好意を寄せているという状況を。
白井は顔が良いだけじゃなく、性格も良い。加えて成績や運動神経も良いとか。……わかっていたけれど、俺に勝っている要素なくない?
そんな白井に告白されれば、氷花もOKしてしまうだろう。だから俺に勝ち筋があるとすれば、白井よりも先に氷花に告白するのは必須だ。
『夜の9時頃、会えないか?』
俺はスマホにそんな一文を打ち込む。
あとは「送信」ボタンを押すだけだ。押すだけなんだけど……緊張するあまり、俺はボタンを押せずにいる。
何ここに来て怖気付いているんだ! 勇気を出せよ、このヘタレ!
自分で自分を叱責していると、母さんがいきなり俺の部屋に入ってきた。
「昭也ー、お風呂沸いたわよ」
「!」
突然の来訪者に、俺は驚く。そして驚きのあまり、つい「送信」ボタンをタップしてしまった。
最近のスマホって、めちゃくちゃ感度良いよな。ちょっと指先が当たっただけで、すぐ反応してしまう。
お陰で俺は覚悟を決める前に「送信」ボタンを押しちゃったわけで。これも科学技術発展の弊害ってわけか。
「何? どうかしたの?」
「いいや、何でもない。……風呂だったよな? 入る入る」
こうなってしまった以上、仕方ない。
当初の予定通り、俺は今夜氷花に告白するとしよう。
◇
夜9時。俺は氷花の家の前に立っていた。
隣の家に、それも入浴後に行くだけだというのに、俺はばっちりおしゃれをしている。なぜならこれから、告白するのだから。
数分後、氷花が家の中から出て来た。
彼女は俺とは対照的に、寝間着姿だった。
「メッセージじゃなくて直接会いたいだなんて、どうしたのよ? しかも何、その格好?」
告白しようとしているんだ! 当たり前だろう!
お前こそ、仮にも異性と会うのにすっぴん&寝間着ってどういうことだよ? ……まぁ、可愛いんだけど。
俺の不満を他所に、氷花は何か思い出したように「あっ」と声を漏らす。
「誕生日おめでとう。まだ言ってなかったわね」
「……覚えていてくれたのか?」
「幼馴染の誕生日を忘れるほど、薄情な女じゃないわよ」
幼馴染として、型式上だけの「おめでとう」。そうとわかっていても、嬉しいと感じてしまう。
……今だ。今なら、言える気がする。
ようやく告白する覚悟が出来た。
「なぁ、氷花」
「ん?」
「好きだ。俺と付き合って欲しい」
「……え?」
あまりに予想外だったのか、氷花は俺の告白に目を見開いて驚く。
一瞬換気を見せたかと思うと、すぐに俯いてしまった。
「……遅いわよ、バカ」
微かな声量で呟いたかと思うと、
「私、彼氏いるから」
突きつけられる、恐れていた現実。
俺は目の前が真っ白になった。
「……その彼氏って、俺の知っている奴なのか?」
「えぇ。同じクラスの白井くん」
……そうか。白井だったのか。
俺が白井に勝つ可能性があるとすれば、それは彼より早く告白することだった。しかし現実は、白井の方が早く告白していた。そりゃあ恋が成就しない筈だよな。
「白井と幸せにな。幼馴染として、応援しているよ」
「……ありがとう」
口では強がってみるけれど、本音はめちゃくちゃ悔しかった。
誰よりも早く彼女の魅力に気付いたというのに……「好き」と言うのが、遅すぎたみたいだ。
◇
氷花にフラれて、一週間が経った。失恋の傷は、未だに完治していない。
生まれて初めて女性向けのファッション誌を買って、綺麗な読モを見て氷花を忘れようとしたが、そんなことは出来ない。
すぐ隣に氷花が住んでいるんだ。当然か。
しかし氷花を忘れる努力は怠らない。俺はこの一週間、一度も氷花と会話していなかった。
メッセージだって、送っていない。
高校を卒業したら、一人暮らしを始めようかな? 物理的な距離が遠くなれば、心機一転出来るだろう。
そんなことを考えながら、撮り溜めしていたドラマを視聴していると、スマホにメッセージが送られてきた。
どうせソシャゲの公式アカウントからの通知だろう。
そう思いながらスマホを見ると……送信主は氷花だった。
『今から会える?』
メッセージじゃなくて、わざわざ直接会いたいなんて……いや。メッセージじゃダメだから、会いたいと言っているんだろう。
俺は即座に既読を付けて、『会える』と返信した。
俺は寝間着のまま、家を出る。
家の前では、氷花が座り込んでいた。
滲み出す悲壮感は、気のせいなんかじゃない。よく見ると、目尻に涙の跡がある。
「……氷花」
「昭也……」
氷花は俺に抱き着くと、わんわん泣き始めた。
俺は何も聞かずに、優しく彼女の頭を撫でる。
今下心を抱くほど、クズに成り下がったつもりはない。
数分後。
氷花はようやく泣き止んだ。
「それで、何があったんだ? お前が俺の前で泣くなんて、子供の頃以来だろ?」
「うん、あのね……白井くんに浮気されたの」
今日の放課後のことだった。
氷花は白井をデートに誘ったらしい。
氷花の誘いに対する白井の返事は、「NO」だった。
「今日は予備校があるから」
予備校ならば、仕方ない。今から受験勉強するなんて、流石は白井くんだ。氷花はそう思ったらしい。
しかし実際は違った。
気まぐれで立ち寄ったファストフード店で、氷花は目撃してしまったのだ。白井がクラスの別の女子と、仲睦まじくしている光景を。
最初は単に一緒に遊んでいるだけだと思った。いや、そう信じたかった。
だけどその希望も、瞬時に打ち砕かれる。……白井はその女子とキスをしていたのだ。
彼女は遊びなのか、それとも自分の方が遊びだったのか。白井の真意はわからないが、裏切られた事実は変わらない。
ファストフード店から逃げ出した氷花は、その足で俺の家に来たのだ。
話を聞いた俺は、怒髪衝天だった。
白井の野郎、許さねぇ。一発ぶん殴ってやる。
「愚痴を聞いて貰うために、俺のところに来たのか? ……いいよ。幼馴染なんだから、愚痴でも何でも吐き出してくれ」
「いいえ、違うわ」
「じゃあ、何? 慰めて貰いに来たの?」
「そうでもない。……私、気付いたの」
そう言うと氷花は涙を拭って、俺を真っ直ぐ見た。
その瞳には、「覚悟」が垣間見える。
「私を本当に見てくれていたのは、好きでいてくれていたのは……昭也だけだったんだって」
「……」
氷花の言っている意味が、初めはわからなかった。え? それって……
「こんなこと、凄く虫が良いと思っているわ。でもね、もし昭也がまだ私のことを好きでいてくれているのなら、私と――」
その先は、言わせない。俺は氷花の口を塞ぐ。
すると氷花は、悲しそうな顔になった。
「……そうよね。一度フったのに、それはないわよね」
「そうじゃない。そうじゃないんだ。今告白しても、それって俺が白井の代わりみたいじゃないか」
「そんなことない! 昭也はあんな男とは違う!」
「わかってる。でも、そう思えてしまうってだけだ。ただの自己満足。だから……その時になったら、また言うよ」
俺の気持ちを聞いた氷花は、「えぇ、待ってるわ」と嬉しそうに微笑んだ。
◇
氷花が白井と別れて半年、ようやくその時はやってきた。
「好きだ、氷花。俺と付き合って欲しい」
「その告白は、受けられないわ」
OKを確信して臨んだ告白の答えは……まさかの拒絶だった。
……そうだよな。あれから半年が経っているんだ。新しい彼氏が出来ていても、おかしくないよな。
クソッ。こんなことなら意地を張らずに、あの時付き合っていれば良かった。相変わらず俺は、「好き」と言うのが遅すぎる。
「……因みにだけど、誰と付き合っているんだ? 俺の知っている人?」
「誰とも付き合っていないわよ。でも、好きな人ならいる」
「……そっか。クラスの奴なのか?」
「そうよ」
頷いてから、氷花は俺を指差した。
「私はあなたが好きなの」
……え? どういうことだ?
だって俺はたった今、フラれたばかりじゃないか。
「でも氷花は今、俺とは付き合えないって……」
「「その告白は受けられない」って言っただけよ。付き合えないだなんて、一言も言っていないわ。言うわけないじゃない」
「どうしてそんなわかりにくいことを?」
「私の意地かしら? もしくは半年前告白を先延ばしにした仕返し」
そう言って、氷花は舌を出す。
「最初に告白してくれたのは、あなたの方よ。だから今度は私から言うって決めていたの。……好きよ。付き合って。あなたになら、全てを捧げられる。それとも……言うのが遅すぎたかしら?」
「……そんなことないさ」
早かろうが遅かろうが、俺の答えは変わらない。いつまで経っても、変わらない。
勢いのあまり、あわよくば「結婚してくれ」と言いそうになってしまった。
だけど、それは流石に早すぎるから、またの機会にするとしよう。




