固有名詞の欠落
《...修復に時間がかかる。そのため深い所まで来たのだろう》
今までと景色は変わらないのに深い所らしい。
〈なんでそんなに知ってんの?〉
《だてに甦りを繰り返してないからな。小娘が死ねば消滅するが、また誰かの夢で甦る》
ほぼ不死身な状態だけど夢の中からは抜け出せない。
魘魔は私が思っているよりも悲しい存在なのかもしれない。
《勘違いするな...お前よりは悲しくない》
私の生い立ちは魘魔に同情されるほど酷いらしい。
お茶を啜る音だけが響いて沈黙が続く。
《小娘、目覚めたら鍵を小僧に渡せ》
沈黙が破ったのは死神の方だった。
小僧とは誰のことだろうか...
《共に捕まっていた小僧だ》
〈あぁ、中邑くんね〉
死神は大体の人のことを小娘と小僧で済ますから、死神との会話に固有名詞は出てこない。
思い返すと私ですら名前で呼ばれたことがないかも。
《そやつの中にも魘魔がいる。小僧は自覚してないようだがな》
〈なんで分かったの?〉
《実際に覗いた》
覗いた...?
まあ、何はともあれ中邑くんの中にも魘魔がいるということだ。
〈中邑くんに害はないのね?〉
《ああ》
〈私達みたいに契約してる感じ?〉
もし幼い頃から契約を結んでいるなら精神状態も安定しているだろう。
でも本人は自覚してないって言っていたか...
《知るか。他人の契約など興味ない》
ですよね。
寧ろ、死神が中邑くんに興味を持ったこと自体が珍しい。
白い背景に飽きたので、適当に日本家屋に変わるよう念じる。
徐々に反映されて座っていた場所が縁側に変わった。
〈なにか気になったの?〉
《さあな》
死神はそのまま縁側に横になってしまった。
釣れないなと感じるけど私達はこれくらいが丁度いい。
適度に干渉して、言いたいこと言い合って...
そうやって今の関係を築いてきた。
《小娘が眠っている間に契約した時のことを話した》
〈へー懐かしい〉
私とは真逆の方を向いているのに話しかけてくる死神の背中を見た。
景色に合わせて浴衣なんて着ちゃって、こんなにマイペースな魘魔は死神くらいだろう。
《あの場にいた全員が引いていた》
〈ハハ、だろうね。ていうか覚えてたんだ〉
視線を死神の背中から外に戻す。
《あんな契約、忘れたくても忘れられぬわ》
熱でうなされてる結の夢に入って契約したのが始まり。
〈あの時、なんで結の夢に入れたんだろう...〉
《腹の中から共に時間を過ごしたら繋がりやすくもなる》
つまり双子だったから入れたという訳か。
悪いこともあれば良いこともある。
不思議なものだ。




