“それ”
◇◇◇
手足が動かせず、男達が集まっている様子を見ることしかできない。
「じゃあな、八神香織」
という声の後にバチッとスタンガンのような音がした。
待てよ、今の音...
「呼び出すぞ。どうだ?」
《誰だ...私を起こしたのは?」
すごい気配を感じて目を見開いた。
男達が一斉に跪く。
その中心にいたのは...
顔は隠れているが肩にかかるくらいの髪。
間違えるはずがない。
さっきまで一緒にいたのだから...
「八神さん...?」
名前を呼ぶと八神さんと目が合ったと思ったら、離れた場所にいたはずなのに一瞬で目の前に現れた。
「小僧、無事なようだな」
“それ”は八神さんの顔でふっと笑い、手足の拘束を解いてくれた。
姿はいつもと変わらないが、別人が入っているかのような口調と声。
人間味を感じないのに不思議と恐怖も感じない。
顔を覗き込まれて「お前もか」と意味の分からない言葉を掛けられた。
まだ話したかったが、会話を遮るように男達が“それ”に話しかけた。
「お待ちしておりました」
「...獏の血が狙いではなかったのか?」
「はい。我々の本当の狙いは八神香織の中にいる貴方様です」
獏の血?八神さんの中?
この状況についていけていないので会話の内容が理解できない。
そんな俺を置いて、話はどんどん先へ進む。
「なぜ私だ?」
「あなたの力があれば新しい世界が手に入るからです」
男達が恐ろしい話を語り始めた。
恐怖でこの世を支配する算段を...
「はっ、くだらん」
男達の話を鼻で笑い一蹴した“それ”。
仁王立ちしているその姿も八神さんなはずなのに男を見ている錯覚に陥る。
「ハデス様...?」
「その名で呼ぶな。今は死神だ」
ひとつだけ分かっていることがある。
死神と名乗った“それ”は俺の味方だということ。
目の前から消えたと思ったら、男達を通り越して元々座っていた椅子に座り足を組んでいる死神。
ただの椅子が玉座が見えるほどの格の違いを感じる。
それに加えて普段の八神さんには見られない艶やかさ。
「どこで私の話を聞いたかは知らんが...生憎、私はこの娘を気に入っている。腹立たしいことに愛着さえ湧いてしまった」
フッと思い出し笑いをしたかと思ったら、今度は見下した目を向けて
「そんな稚拙な契約をするほど私は安くないぞ?」
と言い放った。
「では、八神香織が死ねば俺と契約してくれますか?」
先頭に立っている男が名乗りを挙げた。
「やめておけ、お前らがどれだけ束になろうとこの娘には敵わん。それに娘が先に死ぬ確証もない」
椅子の肘掛けに頬杖をついて話を聞いている死神と男の光景は家臣と王様のよう。
「八神香織は...なぜ選ばれたのですか?」
「他人の夢に潜り、自らの命を私に差し出した。それだけだ」
八神さんの知らないところで八神さんの過去が語られるのは不思議な感じがした。




