銃声
白い世界が広がる。
〈胡蝶、目ありがとう。ということでお使い頼んでもいい?〉
試したことはないけれど、伊弦に頼まれて私の夢に来たことがある胡蝶なら他の人の夢にも行けるはず。
胡蝶の目を借りたことでより鮮明に現場の状況を伝えられる。
《その間、目はどうするつもりですか?》
〈どうにかするよ。朔夜...いや、叶人によろしく〉
《分かりました》
胡蝶が行ったのを確認して目を開けた。
どうにかするとは言ったものの、トイレで時間稼ぎなんてたかが知れてる。
「おい女!早くしろ!」
いきなり外から男の声が聞こえた。
「ごめんなさい、鼻血出ちゃって...すぐ止まると思うから待ってくれない?」
咄嗟についた嘘だけど、いけるか...?
「止まるまでだからな!」
この状態も長くは持たない。
きっとすぐに次の催促が来るだろう。
「ねえ、なんで八神さんの名前は知ってるの?」
少しでも時間が稼げるように個室の中から質問を投げかけた。
師団長達の名前は知らないのに、私の名前だけはフルネームで知られていたことが疑問だったのだ。
「どっかのお偉いさんから八神香織に恨みがあるから拉致して来いって依頼だ」
「へー」
私に恨みのある人物...か。
そう言われても当てはまる人が多過ぎる。
それよりもこのおじさんはこういう事に向かない人間だ。
鼻血なんて出てないのに止まるまで待ってくれるし、情報はペラペラ喋るし。
嘘をついてる私の方が罪悪感を感じる。
「あのさ、」
バンッ
今のって、銃声...
「おい⁉︎どうし...」
個室の外にいたおじさんの声も遠ざかっていってしまった。
トイレのドアを少し開けて外の様子を窺う。
胡蝶がいない今、顔を見られたらすぐに八神香織だとバレるだろう。
さっきの銃声、一緒にいたおじさん達の反応からすると計画にはない発砲。
今考えられる一番最悪な状況は“隊員が撃たれている”こと。
撃たれた場所が悪ければ死者が出る可能性だってある...
「ふー」
鏡の中の私と目が合った。
両手で自分の頬を叩き、気合いを入れた。
廊下に誰もいないことを確認して救護室へ走った。
一応、頭の中で場所は把握してるけど行ったことがない。
しかし、その不安も救護室に着いた瞬間に払拭された。
「...ダサ」
“救護室”と書いてあるデカデカとした看板が部屋の外に掛かっていた。
文字もパイプやら金属で出来てるからギリギリ読めるぐらい酷いもの。
男所帯なんてこんなもんか...
救護室に入ったはいいものの、科学部の救護室なんて1ミリも縁がないのでどこに何があるか全く分からない。
適当に棚を漁り、ガーゼや包帯を救護バックに詰め込んで元いた部屋へ向かった。




