後悔と涙
伊弦に1日遅れのバレンタインチョコを渡すと、すごく喜んでいたのを覚えている。
『かおちゃん、ごめんね』
『なにが?』
司令官室の帰り道に結から知らされたのは思いもしないことだった。
私が渡すはずのチョコを結が朔夜に渡したという話。
それだけならよかったが、朔夜に自分が結であることを明かしていなかった。
『ごめんなさい。手紙が入ってたから朔夜くんも勘違いしてて...』
『名前言えばよかったのに』
『言えないよ。あんなに嬉しそうだったら』
それは私が見るはずの笑顔で付き合って初めてのバレンタインだった。
『もういいよ、何も言わないで』
過ぎたことは仕方ない。
バレンタインなんて付き合っていればこの先も訪れる。
『まだあるの。私、朔夜くんに抱きついちゃった...』
『...結、それはダメだわ』
いくら結でも許せない。
結は叶人と付き合っていて叶人まで裏切ったことになる。
『ごめん、かおちゃん!』
結も私と同じだと思っていた。
今までにいろんな人の裏切りを見てきたから、誠実でいようとしていると。
でも違った。
結は家柄や地位だけで判断してくるあいつらと一緒だ。
『あんたなんか、いなくなればいい...』
『待ってかおちゃん!』
気づいたら走り出していた。
1人になりたかった。
これが最後の会話になるとも知らずに...
行くあてもない私は寮の屋上に膝を抱えてうずくまっていた。
2月の風が心も身体も冷やしていく。
『やっぱり、ここにいたのか。結から聞いたぞ』
『...結なんか嫌い』
『確かに結のやったことは許されることじゃねぇな。ただ、感情任せの言葉は後戻りできなくなるぞ?』
私と結の喧嘩の仲裁役はいつも伊弦だった。
『なんであんなこと言っちゃったんだろう...』
『お互いに謝ればいいさ。そして、少しずつでいいから結を許してやれ』
『ん』
ビービービー!
【悪夢発生!悪夢発生!】
『出動だ。憂さ晴らしして来い』
『分かった』
その頃、既に師団長だった私は伊弦の指示で戦闘に参加した。
レベル3で魘魔の数も多かった。
無事に仕事を終えて支部に戻るといつもの騒々しさはなく、伊弦まで出動していた。
『百合、伊弦は?』
『レベル5が出たから出動してる。夢現者は...結だよ』
レベル5の夢現者が結...?
私があんなこと言ったから?
『香織!伊弦くんが!』
呼びに来た朔夜の説明を聞きながら伊弦の元へ急いだ。
魘魔の暴走を伊弦が抑えたものの、結はなぜか眠ったままらしい。
『い、づる...?伊弦!』
『うるせぇ...な、そんな叫ぶんじゃねぇよ...』
走って向かった医務室。
こんなに傷ついた伊弦は未だかつて見たことがない。
『ごめんなさい、私があんなこと言ったから...』
『香織のせいじゃない』
そう言い切った伊弦は私を近くに呼んだ。
『いいか、香織。お前は...強い。人の上に立て』
最期の言葉だと感じ取った。
『いや、1人にしないで...』
このまま結が目を覚さなかったら私は1人ぼっちになる。
『お前には、結も...仲間もいる』
震える伊弦の手が私の涙を拭った。
『香織、笑えよ...お前達が妹でよかった...』
『しっかりし、』
誰かの手に言葉を遮られた。
手の主は獏さんで、目が合うと静かに首を振った。
伊弦の本当の最期を意味していた。
震える手で伊弦の手を持ち、私の頬に当てる。
『今まで守ってくれてありがとう。大好きよ、お兄ちゃん...』
私には精一杯笑うことしか出来なかった。
伊弦は幸せそうに笑うと静かに目を閉じた。




