脱出
◇◇◇
《しっかりしろ小娘。まだ完全には閉じてはいない》
ゲートのあった場所をよく見ると、ビー玉くらいの小さな穴がかろうじて開いていた。
《外からは見えないが、それを開ければ帰れるはずだ》
鎌を引っ掛けて、てこの原理のように穴をこじ開ける。
「んー!無理、固すぎる」
《鎌を鍵に戻して、その穴に入れて開眼させてみろ》
開眼とは、鍵から鎌に変えること。
鎌を鍵に戻して穴に差し込む。
一呼吸おいて私達が普段、省略している言葉を唱えて鍵を回す。
「開眼せよ」
無事開眼したものの、刃の部分が外に出てしまっている。
さすがにこの状況は想定してなかったな...どうしよう。
◇◇◇
ゲートが閉じたことで3人は宙を見たまま立ち尽くしていた。
いや、3人だけじゃない。
この高校にいるすべての生徒が宙を見ていただろう。
「八神さん、うそ...」
西宮もショックを受けているようだ。
四辻師団長がハッとしたように通信機に向かって大きな声を出した。
『百合!香織との通信は⁉︎』
師団長達の手から武器が滑り落ちた。
通信機は付けていないが、3人の反応から容易に返答が想像できた。
教室には八神さんを知らないにも関わらず、泣き出すクラスメイトもいた。
高校中が悲しみに暮れた瞬間だった。
自分の無力さが悔しくて空を見上げた時、屋上の方に変な黒い物体が見えた。
目を凝らすと、鎌の刃のように見える。
鎌...
「如月師団長ー!屋上に八神さんの鎌が見えます!!」
俺の言葉で如月師団長と四辻師団長が校舎に向かって走ってくる。
「行くぞ西宮!」
「うん!」
俺達も屋上を目指した。
2人よりも早く屋上に着き、鎌を見つけたが...
位置が悪くフェンスの外で、ギリギリ足が置けそうなスペースしかない。
足を滑らせれば間違いなく即死だろう。
俺達が止まっていると如月師団長と四辻師団長が横を走り過ぎ、なんの躊躇もなく屋上のフェンスを乗り越えた。
◇◇◇
どうしたものかと悩んでいると、鎌が何かに引っ張られた。
「香織!」
「鎌から手離すな!」
穴の先から朔夜と叶人の声が聞こえた。
「うん」
もう片方の手で穴を押し上げて身体が通れる隙間を作りながら引っ張られる。
ポンッという音が聞こえそうなほど勢いよく外に出た。
ゲートの位置が変わっていて、校舎の屋上になっている。
勢いが良すぎて私を引っ張っていた朔夜と叶人も屋上から投げ出された。
「朔夜、叶人!腕伸ばして!」
宙に浮ける私が2人を回収する。
両手で鎌を持つ私の腰に左右から抱きつく男達。
「重っ!」
ゆっくり下降するので精一杯。
「香織ー!落ちても大丈夫ー!」
風真の叫ぶ声が聞こえた。
下を見るとマットが用意されていて、万が一落ちたとしても大丈夫なようになっている。
全校生徒が見てるし、司令官としての意地もあるから2人を落とすなんてことは絶対にしない。
トン
マットの上に2人の足が着いたのを確認すると一気に全身の力が抜けた。
2人の肩に手を回しているので足が宙ぶらりんになっている。
「みんな大丈夫?」
「ああ、なんとかな」
風真の質問に叶人が答えた。
「2人ともありがとう。風真もマット助かったよー」
「もう二度とあんな無茶するな!」
朔夜に怒鳴られる。
「ごめんなさい、反省してます」
叶人が朔夜を宥めてから地面に降ろしてもらうと、フラフラしてマットに倒れてしまった。
「「「...⁉︎」」」
「お腹すいたー、うどん食べたい」
笑っている風真と、ため息をつく叶人と朔夜。
「高校生に見られてるぞ?」
「それは大変だ...うわ⁉︎」
身体が浮いたと思ったら叶人に背負われていた。
「うどん屋行くんだろ?風真も」
「ありがとう、叶くん」
「呼び方...」
呆れた声を出しているが、叶人は照れている。
後ろからは耳が真っ赤になっているのが丸見えなのだ。
それから4人でうどん屋へ行き、食べ損ねて伸び切ったうどんを啜った。