待機命令
出勤前なので、伊達メガネに下ろしたままの髪とラフな格好で外へ出た。
寮は基本的に外出自由。
仕事時間外に何をしていようと誰も何も言わない。
たまに隊員に外で話し掛けられるけど...
「なに食べる?」
「んー、うどん行くか」
「いいね、わ⁉︎」
朔夜の前を歩いていると手を引かれた。
と思ったら、車が猛スピードで私の目の前を走り去っていった。
「危な...怖いから手繋いどいて」
「...ありがと」
昨日の勤務中にあったことを話しながら歩いていると、あっという間にうどん屋まで着いた。
「かき卵か、いつものか...朔夜は決まった?」
「俺はいつものにする」
話しながら引き戸を開けようとしたら隣に来た人に気づかず、手が触れた。
「あ、すいません」
「いえ、こちらこそ」
相手の顔を見た瞬間、後悔した。
「「「あ」」」
よく見る顔がそこにあった。
「香織と朔夜…?」
付き合って2年ほど経つが、私と朔夜が付き合っていることは誰も知らない。
そして、バレる訳にもいかない。
「奇遇だな、そちらは礼央の彼女さん?」
朔夜が礼央に話しかける。
「ま、まあな」
礼央のくせに可愛らしい彼女を連れている。
「邪魔になるから入ろう」
焦るな焦るな、相手は礼央だ。
いい意味で単純だから落ち着いて対処すればバレないはず。
「いらっしゃーい、4名様ね。お座敷の方どうぞー」
同時に入ったことで団体だと思われ、同じ席に案内された。
「ご注文が決まったら呼んでくださいね」
「ありがとうございます」
礼央の彼女さんだけが返事をした。
私達3人は気まずくて下を向いている。
「あの、お2人は...」
「礼央の同僚の八神と四辻です」
説明すると納得した様子の彼女さん。
「礼央くんとお付き合いしている奈美です。同僚ってことは、お2人も夜勤専門の看護師さんなんですね!」
夜勤専門の看護師...?
礼央の方を見ると顔を背けている。
「はい、でも夜勤専門というのは秘密で...」
「あ、そうなんですね!気をつけます」
朔夜がすかさずフォローに入り、メニューを奈美さんに渡す。
ずっと目を合わせようとしない礼央。
ドンッ
耐えきれなくなり、私は呼び出しのベルを鳴らした。
「はーい、ご注文は?」
「かき卵といつもの、お願いします」
「俺もかき卵」「私はきつねで」
朔夜の分も頼むと礼央と奈美さんも続いた。
「「「......」」」
「...お2人は付き合ってるんですか?」
奈美さんもこの空気に耐えきれなかったのだろう。
しかし、その質問は今じゃない...!
「た、確かに!2人でご飯とか怪しくね?」
「幼馴染なんですよー」
ここぞとばかりに調子に乗ってきた礼央を睨み、釘を刺しておく。
「そうなんですね...」
礼央を睨んでいると悪夢の気配を感じた。
「近い...」
朔夜も気づいたようだ。
この時間ってやばくないか?
昼間は活動している人が多い分、被害が拡大してしまう。
どうやら朔夜も同じ考えに至ったらしく、目を合わせると同時に立ち上がり靴を履く。
「おばちゃん、すぐ戻ってくるから2人分は置いといて!」
朔夜が厨房に向かって叫ぶと、はーいと返事が返ってきた。
「俺も「待機命令ー」」
礼央も察して立ち上がろうとしたが、止める。
「今の君に命預けたくない」
メガネを外し髪を結びながら言うと、礼央はショックを受けているようだが同情はしない。
本当の被害者は...
「すいません奈美さん、急用が入ったので2人でごゆっくり」
「は、はい...?」
2人でうどん屋を飛び出した。