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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

緑のまだら 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 緑、と聞いたときに、君が思い浮かべるのは、どのようなものだろうか。

 多くは、自然においしげる木や葉っぱたちを指して、この色の名前で呼ぶ。「自然」そのものの意味合いで、「緑」という言葉を使うことも多い。こいつはどうしてなのか?

 僕が以前に聞いた話では、緑は生命活動を表すに、もっとも適した色とのことだった。

 生命が生き生きと過ごすのは、ほとんどが夏の期間。そこで見せる彼らの姿の多くは緑色であるから。ゆえに生きることは「緑」が象徴することであり、自然が多くあることは、命にあふれている場ということで、緑の名を借りるようにしたのだとか。

 正直なところ、僕は緑に対してあまりいい印象がない。昔の体験があってね。

 聞いてみたい? 



 僕が小さいころ、木の枝を使ったちゃんばらごっこが流行っていた。

 徒手空拳もいいけれど、武器を使った勝負にもはまるもんだ。なまじっか、アニメのキャラが剣を使っていたりすると。

 ひとまず、急所攻撃以外はだいたいのことが許される、雑な勝負だ。決着も一太刀入れられて終わるとも限らず、どちらかが根をあげるまで続けられることも多かった。


 勝負があるたび、木の枝を適当に選ぶわけだけど、当時は清潔さとかさほど重視しなかったからな。剣にオーラだかなんだかをまとわせて、色の変わる演出に慣れっこだったこともあって、ただ一色のみの「枝の剣」にさほど興味が持てなかったんだ。

 とある神社の境内の一角。遊具も設置されて、なかば公園化しているスペースで、植わっている木の数も、よそより多い。落ちている剣にも事欠かなかった。

 どうにか逸品を手にしようと探し回り、やがて相撲で使われる土俵の影で、ようやくおめがねにかなうものを見付ける。


 わずかだが、くしの歯状に「刃渡り」が左右へせり出している枝だった。

 刀身に関しても、茶色い地肌にぽつぽつと、濃い緑色の斑点が浮かんでいる。それがカビかなにか、とは当時の僕は考えが及ばなかった。

 ただ他の枝にはない、芸術的なデザインに引かれて、誘われるまま手を取ったわけさ。


 結果は惨敗。わずか一合で、かの枝は半ばから真っ二つに折られてしまったんだ。

 武器が壊れたら、その時点で勝負あり。ちっとも役に立たなかった枝に、僕は失望を隠せない。

 早くも、元あった場所へポイしてやる。別れ際に目にした枝は、手元残りこそ斑点が残っていたが、折れた刀身部分からは、ちゃんと浮かんでいたはずのまだらが、消え去っている。


――枝も弱っちければ、その柄だって偽物か。ちょっと触っただけで落ちるとか、汚れか何かだったんだろう。


 軟弱な剣に用はない。

 そのまま捨て置いて、新しい剣を探しに繰り出したんだ。



 かの神社の場所は、僕の通学路の途中でもある。

 前を通りかかると、道路側にちらほらとせり出す枝葉の姿があるのだけど、そのうちの一カ所の様子がおかしい。

 すでに青々と茂る葉々が多い中、一本だけ冬から持ってきたかのように、まるはだか。露わにしている地肌には、昨日この手に握った枝と同じ、緑かかったまだら模様が浮かんでいる。

 思わず足を止めたよ。昨日、境内を歩き回ったけれど、同じ枝とは二本と出会えなかった。

 しかも、発見場所の土俵とは反対方向。風に吹かれて飛んだにしても、どうしてこいつを昨日の時点で見つけられなかったのか……。


 ふと、背後から強い風が吹き付ける。

 思わず髪をおさえたが、目の前の枝にもつい視線を向けてしまう。

 ぼきりと折れた。枝同士の接触じゃない。人がひるみこそすれ、足を取られるほどでもない強さの風で。揺らぎ、きしんで、粘るでもなし。

 スパンと刃物で切られたように、枝と幹が泣き別れをする。枝は境内に飛び込んだが、すぐに遊具の影に落ち込んで、見えなくなってしまう。

 残された樹の幹を見る。枝がとれて見られるようになったその肌には、やはり同じように、緑色のまだら模様が浮かんでいたんだ。



 そのうち、幹も同じように折れちゃうんじゃないかなあ、とぼんやり心配していた、その日の夜。

 僕は浴室で服を脱いで、はじめて気づく。右肩の付け根あたりに、あざが浮かんでいることに。

 どこかにぶつけたかな? と指で押してみるも、痛みは感じず。

 それにこのあざは、これまで見てきたものに比べて、あまりに緑がかっている。本当にひどいものや、消えかけのものには、ときおりこのような色になると聞いたことがあったけれど。

 結局、風呂でいくら丁寧に洗い、こすっても腕から色が落ちることはなかったんだ。



 翌朝。通学した学校で、僕はにわかに信じがたいことを耳にする。

 例の神社の近くに、人の腕が落ちていたというんだ。肩の付け根からまるまる一本。

 当時は撮影機能のついたケータイはないし、カメラを持ち歩いている子でもない。青い顔して報告するも、ほとんどの子は「マネキンのものかなんかだろう」と、さほど真剣に取り合ってくれなかった。

 けれど、友達のある言葉が僕の琴線に触れてしまう。


「あれは病人のものだって。全体的に斑点が浮かんでいたもんよ」との言葉がね。



 放課後、案内してもらった僕は、かの神社のそば。参詣者の車を停める駐車場の隅で、その腕を見た。

 彼曰く、朝は肌色だったというが、こうしてみる限りでは、そばの木々と大差ない茶色をしている。ただそこかしこに浮かぶ、まだら模様の緑色は、確かめることができたんだ。

 もしや、と僕は彼に先に帰ってもらったうえで、その腕をまじまじと見る。

 さっと、服の袖をまくって、思わず顔をひいてしまう。

 僕の腕には、あのまだら模様が浮いている。昨夜まで肩の付け根にしかなかったあざが、こうして腕全体に広がったんだ。ちょうど体育前の着替えの時に気がついたんだ。

 中途半端に曲がった、枝のような腕。それと同じように腕を合わせていくと、ぴったりとその太さが噛みあっちゃったのさ。



 校内での腕の話はそれでおしまいだったけれど、よその学校でも同じような目撃談があがったよ。

 まだら模様の浮かぶ僕の腕は、重いものを持てなくなっていた。いざ力を入れると、腕の内側で火花が散ったかのような、しびれと痛み、熱が走るものだから。

 あざは朝に姿を消し、夜にかけてどんどんその数を増していく。ペースは一定じゃなく、寝る前にどかんと増えたこともあった。


 何度も検査してもらっているけれど、腕には問題はなにもないらしい。数年前には、あざそのものが浮かなくなり、力仕事もできるようになっている。

 でも僕は、果たしてこれが親からもらった腕なのか、自信が持てなくなっちゃったんだよ。


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