後編 「心地良き緊張の糸」
それにしても、最初の手札に『乱れ髪』が入っているとはね。
この『乱れ髪』のカード、山札からカードを引き直せるから便利なんだけど、使うタイミングは見図らなくちゃ。
とは言え私の手札には、他にも便利なカードはあるんだけど。
「先攻だから私のターンだよ、和歌浦さん。オクトパス僧正に、地形カード『狭山池』を使用。そして必殺技『仏罰の触手』を発動!」
狭山池ウォークで貰った地形カードは、水属性の技効果を増幅出来るんだ。
この『オクトパス僧正』とは、相性が良いんだよ。
「チッ、ダメージ割り増しか…まあ、『激走する地車』のカードを出されなかっただけ、良しとしなくちゃな。」
ダメージを受けた『軍神マサシゲ』のライフを減らしながら、和歌浦さんがブツブツとボヤいている。
あのカードは、岸和田市に所縁のキャラクターなら属性無関係にパワーアップ出来るから、手札にあったら使っていたよ。
なかなか思い通りのカードが出ないのはヤキモキさせられちゃうけど、それもカードゲームの醍醐味だよね。
割と幸先良くターンを終えた私だけど、後攻の和歌浦さんも、なかなか見事な立ち回りだったね。
「『軍神マサシゲ』にアイテムカード『黒姫山の襟付単甲』を装備。そして地形カード『高野街道』を発動。」
あの地形カードは河内長野由来のキャラクターと相性が良いから、防御系のアイテムカード『黒姫山の襟付単甲』との相乗効果もあって、『軍神マサシゲ』の耐久力は大幅に強化されてしまったんだ。
どうやら和歌浦さんは、このターンでは守りに徹したみたい。
地形カードでブーストした『仏罰の触手』も、この鉄壁ガードでは致命傷にならなかったの。
仕方ないので、もう一枚引いていたキャラクターカード『いたすけ古墳の豆狸』を後衛に付けたんだけど、このキャラはヒットポイント値が低いんだよなぁ…
前衛の『オクトパス僧正』がやられた時の保険のつもりで、召喚したんだけど。
そして迎えた次のターンで、和歌浦さんは攻勢に転じたんだ。
「よし!アイテムカード『黒姫山の襟付単甲』を捨てて『鉄砲町の火縄銃』を装備。そして後衛の『いたすけ古墳の豆狸』を武器攻撃!」
「えっ…そう来る?そっち狙うの…?」
和歌浦さんが山札から引いたばかりのアイテムカードは、後衛キャラも直接攻撃出来る遠距離武器。
その上、『軍神マサシゲ』との相性抜群な地形カード『高野街道』の効果もまだ生きているんだよ。
後衛の『いたすけ古墳の豆狸』は、何も出来ずに沈んじゃった。
元々ヒットポイントが低かった上に、召喚した直後で何のアイテムカードもつけていなかったんだから、無理もないんだけど…
「あーあ、あと二体やられたら私の負けか…下手に後衛を出しても、そっちが倒されちゃったら仕方ないね…」
私は溜息を付きながら、力尽きた『いたすけ古墳の豆狸』を、捨て札置き場に移動させたんだ。
捨て札置き場に追いやられたキャラクターカードを見ていると、何ともアンニュイな気分になって来るよ。
「そう悄気げるなって、お町!今度、大仙公園の市立博物館で『堺の鉄砲・刀鍛冶』って特別展があるんだ。今度の土日、お町も一緒に行こうよ。」
そんな私へ笑いかける和歌浦さんが示したのは、堺市立博物館のペア招待券だったの。
注意深く見てみると、「新カード、限定頒布」って書いてあるじゃない。
これは見過ごせないよ。
「銘刀・国光に斬馬刀、それに大筒…さっきの火縄銃に負けず劣らずの強力な武器系のアイテムカードが頒布されるんだってさ。お町も欲しいだろ?」
「勿論だよ、和歌浦さん!そんな強いアイテムカードがあれば、きっと…」
思わず身を乗り出した私だけど、そこでふと我に返ったの。
ペア招待券で入場するって事は、当然ながら和歌浦さんも一緒だよね。
すると、私と同じカードを和歌浦さんも入手する訳で…
「もしかして、和歌浦さん…国光や斬馬刀とかのアイテムカードで、『軍神マサシゲ』を強化するつもりなの?」
「まぁね、お町。どれもこれも、『軍神マサシゲ』と相性良さそうなカードだからな。デッキに組み込む時が、今から楽しみだよ。」
ここまで屈託がないと、いっそ清々しいよ。
「こうしちゃいられないよ!和歌浦さんのマサシゲが、これ以上強くなるなんてさ!」
私ったら、居ても立っても居られなくなっちゃったみたい。
ジッとしているのも落ち着かないし、そうかと言って、やらなきゃいけない事も見つからない。
仕方無いから山札のシャッフルを始めたんだけど、手元が狂ってバラけちゃいそうだよ。
「まぁまぁ…落ち着けって、お町。仮に私のデッキが強くなったとしても、勝負は時の運次第。山札から引けなきゃ、それまでだからな。」
至って冷静に宥めてくる和歌浦さんだけど、すっかり私はヒートアップしちゃったの。
「今のうちに勝ち星を拾わなくちゃ!和歌浦さん、ゲームを続行するよ!」
どうにか切り終えた山札から一枚引き、高らかに宣戦布告を決めたんだ。
「面白い!相手になるから掛かって来なよ、お町!」
それに応じる和歌浦さんの美貌には、いつもと変わらぬ涼しげな微笑が浮かんでいる。
そうして笑っていられるのも、今のうちだよ。
次こそは必ず、ギャフンと言わせてやるんだから!
変則的なブレイクタイムをさっさと切り上げ、私達のカードバトルは再始動の時を迎えたんだ。
緊張の糸がピリッと張り詰めながらも、不思議なほどに心地良い。
全てのカードゲームに共通する、豊かな時間だね。
だけど「堺っ子TCG」は、他のカードゲームにはない魅力が備わっているんだ。
堺県に所縁の深い偉人や伝承を擬人化したキャラクター達が、博物館の展示品や県内の特産物をモチーフにしたアイテムカードを装備した上で、私達の想いを背負って戦っている。
アイテムカードと同様にキャラクター達をサポートするのは、県内の名所や史跡の名を冠した地形カードだ。
そうした郷土愛が、ギュっと凝縮されているの。
私達の住む堺県の魅力が込められたカードゲームを、同じ堺県に生きる友達と興じる。
そんな豊かな時間を、私と和歌浦さんは存分に満喫していたんだ。