前編 「火蓋は切って落とされた」
山札から引いた七枚の内訳は、キャラカードが二枚で、残りはアイテムカードと地形カード。
始めの手札としては、まずまずの内訳だった。
「私は引き直さなくて大丈夫だけど、和歌浦さんはどう?」
場札として配置するカードを決めた私は、コタツを挟んで向かい合っている少女に呼びかける。
クラスメートの和歌浦マリナさんは、小学生にしては大人びている子だ。
他の子より感情を抑えるのが得意らしく、氷のカミソリみたいに鋭い美貌には、常にキリッとしたクールな微笑が浮かんでいる。
心の中の動揺が顔に現れにくいから、カードゲームをやるには有利だろうな。
「枚数は言えないけど、召喚キャラは擁立出来てるよ、お町。さあ、勝負開始と行こうじゃないか。」
だけど、私を促す少女のアルトソプラノには快活な親愛の響きが含まれていたし、黒くて長い前髪で右側が隠された切れ長の赤い目にも、穏やかで温かい光が宿っている。
大人びた鋭い美貌と凛々しくて颯爽とした立ち振る舞いから、「近寄り難いクールビューティー」という第一印象があったけど、いざクラス替えで同級生になると、意外な程に気さくで友達想いの優しい子だと分かったから、今じゃすっかり仲良しなんだ。
さっきの「お町」ってニックネームも、和歌浦さんが付けてくれたの。
まるで時代劇の女忍者みたいでカッコいいから、本名の袖掛町子よりも気に入っちゃったんだ。
もっとも、幾ら和歌浦さんが見かけによらず優しいからと言って、あんまりグズグズしているのも考え物だよね。
キャラクターの召喚もまだなんだし、キビキビやらなくちゃ!
「オクトパス僧正、召喚!」
他の手札が見えないように留意しながら、私はキャラカードを場に出した。
岸和田市の蛸地蔵駅界隈で語り継がれる伝承を擬人化した『オクトパス僧正』は、魔法攻撃が強くてお気に入りなんだ。
「軍神マサシゲ、召喚!」
間髪入れずに和歌浦さんが召喚したのは、和歌山県に隣接する河内長野で人気の高い楠木正成公をモチーフにした戦士キャラ。
刀や鎧みたいに相性の良いアイテムカードを装備したら、洒落にならない程にパワーアップしちゃうんだ。
「やるねえ、和歌浦さん…その『軍神マサシゲ』、夏期特別展仕様のレア版だから攻撃力も割り増しじゃない。」
「お町の『オクトパス僧正』だって、秋の文化財特別公開で貰ったカードだろ?」
友達が引いたカードの強さに、ついつい僻んでしまう私だけど、和歌浦さんも負けてはいないね。
私が召喚したキャラカードの出処を直ちに言い当て、華麗にやり返したんだ。
私と和歌浦さんがプレイしているのは、「堺っ子TCG」と言って、堺県内の様々な名物をモチーフにしたカードゲームなの。
県の観光協会や商工会議所の若手の人達が、堺県のPRを目的に企画したんだ。
地域学習の副教材という意味合いも込められているから、県内の小中学生には構築済みデッキが配布されているんだよ。
堺市立榎元東小学校に通っている私と和歌浦さんも、その例外じゃないんだ。
とは言え、所詮は御仕着せの構築済みデッキでしょ。
デッキを強化したり個性を尖らせたりするためには、新しいカードの入手が不可欠だよね。
カード自体は、県内の観光案内所や土産物屋とかで簡単に入手出来るよ。
県内の書店でも教科書取扱店だったら、スターターパックや拡張パックが「堺県お国自慢カルタ」と一緒に並んで陳列販売されているし。
だけど、何のカードが出るかは完全に運次第。
その点は、普通のトレーディングカードゲームと同様だね。
そこで重要になってくるのが、県内随所の博物館や美術館といった文化施設や、寺社仏閣や古墳等の名所・旧跡なの。
これらの施設へ訪れてミニゲームやアンケートを行うと、好きなカードを一枚確実に入手出来るんだ。
要するに、来館者数アップや観光客誘致の一環だね。
また、特別展やイベント等では、レアなカードが先行で限定頒布されている事もあるの。
私と和歌浦さんが場に出しているキャラカードも、その流れで入手したんだ。
加えて、堺県に所縁の深いイラストレーターにデザインを依頼しているから、キャラクターのクオリティーもメジャーなカードゲームに負けてないんだ。
和歌浦さんが使用している『軍神マサシゲ』は劇画チックなイラストで迫力あるし、山之口商店街のスタンプラリーで入手したアイテムカード「乱れ髪」には、萌え系の絵柄になった与謝野晶子さんが描かれているんだから。