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終章・生命科学研究所(二)

(二)再会の時


 準備が整ったというので、病院から連絡通路を通って研究所へ向かう。

 早速最初に行う核磁気共鳴断層撮影装置(MRI)、及び明日の予定として陽電子放射断層撮影装置(PET)に掛かることになった。前者は物理的な傷害があるかどうかを調べるため、後者は精神的な大脳活動状態を調べるためのものだ。

 MRIは強い静磁場の中にあるプロトン(水素原子核)に対して、一定の電波を照射したり切ったりすることで、組織内でのプロトンの動静を観察診断する装置。

 PETは、日本ではあのノーベル賞研究者のいる島津製作所が製造している。放射性フッ素を添加したFDGという特殊なぶどう糖を投与して、通常の細胞より増殖力が強くエネルギー代謝量の多い、数ミリ規模の極微小がん細胞を発見するのがその主な診断目的だが、大脳活動状態を調査するためにも利用される。何せ大脳はがんでなくても、ぶどう糖を大量消費する臓器だ。活動している部位と休眠している部位の差がくっきりと現われる。


 それから小一時間後、MRIでの診断を終えて、装置室から出てくる梓。

「さすがに、緊張したわね。しかし、あのうるさい音はどうにかならないのかしら」

「仕方がありませんね。あれが診断装置の特徴ですから。強磁界を発生させるために、60から80ホンの音がする装置の欠点ですね」

「あれ? いた!」

 姿を見失ったあの長岡母が、研究者らしき人物と話している。そしてお辞儀をして別れて行く。

 よし、今度こそ。

 研究者の後を追い掛ける梓。長岡母の方を追ってもしかたがない。何しに来たかは、研究者を調べる必要がある。

「あ……? お嬢さま、どちらへ」

「ちょっと用があるから、先に行ってて」

 麗香には構わず、研究者を見失わないように小走りで走って後を追う梓。

 研究者は、長岡母を見失った所の階段を降りて行く。

「地下か……」

 降りて行った先にはいくつかの研究室らしき部屋と、通路の一番奥にある仰々しい造りの頑丈そうな扉があった。研究室の扉はすべて自動ロックで鍵が掛かっているはず。出入りするにはIDカードが必要だ。

 梓はそちらよりも正面の頑丈な扉の方が気になった。梓の勘が、さっきの研究者はこちらだと訴えている。

『これより研究者以外立ち入り禁止』

 というメッセージプレートが掲げられている。どうやら特殊なセキュリティーロックで守られた機密区画のようだ。壁にはロック解錠用のIDカード挿入口の他に指紋照合機とと思われるガラスプレートが設けられていた。

「だめかあ……」

 諦めかけたが、

「そう言えば、あたしもIDカード持ってたわねえ……」

 IDカードを、麗香から渡された時のことを思い出してみる。

『このIDカードに組み込まれた超LSIチップには、お嬢さまのデータが特殊暗号コードで記憶されています。真条寺家が運営・所有するすべての施設に入場することができます」

 と説明してくれた。確か指紋をスキャンされたこともある。

 そして、この研究所は真条寺家が運営している。

「ということは……使えるかも知れないわ」

 自分の持っているIDカードは麗香に預けてあるバックの中。しばし考えてそれを使ってみようと一旦戻ることにする。


「どちらに行かれていたのですか?」

 梓の姿を見るなり質問されるが、

「ちょっとね……。バックを返して」

「あ、はい。どうぞ」

 早速中を開けてIDカードがあるのを確認する梓。

「病室に案内します」

 今すぐ戻るのは無理のようだ。麗香に不審がられないようにこの場は諦めよう。麗香は用事があって一旦屋敷に戻ることになっている。その時を待ってから行動に移ることにしよう。


 麗香に着いて行くと、見慣れた通路を通っている。かつて交通事故で入院していた、あの時の部屋に向かう通路だ。

 一般の患者の姿は一切見られない。総婦長室やら院長室が途中にあって、専用の看護婦待機部屋のある個室の病室。

「こちらのお部屋でございます」

 やっぱりそうだ。

「ここって、以前いた部屋だよね」

「はい。ここがVIP個室になっておりますから」

 中に入ると、ホテルの一室と見違えるような設備のある個室となっている。TV・冷蔵庫はもちろんあるし、空調設備や専用のバス&トイレ付き。壁は完全遮音になっており一切の音が洩れることがなく、外から入ってくることもない。窓ガラスに至っては、あらゆる狙撃銃を持ってしても貫くことのできない防弾ガラス仕様。

「明日は午前九時よりPETによる診断となります」

「あの巨大な装置に入るのは、かなりしんどいんだよね」

「はい。ですからMRIと分けて、二日がかりで行っています。とくにPETは精神状態でずいぶんと変わってしまいますからね」

「ま、いいけどね……」

 といいながら応接ソファーに腰掛けてTVをリモコンでつける梓。

 番組は相撲中継だった。


「着替えはこちらのクローゼットに置いておきますね」

「うん……」

「わたしは一旦屋敷に戻ります。何かありましたら備え付けの電話でご連絡ください」

「わかった……」

「それでは失礼します」

 麗香は出ていった。

 しばらくTVの画面を見るとはなしに見続ける梓だったが、

「……行ったみたいね」

 と動きだした。

 目指すは例の場所。

 もちろんIDカードを持って。



 部屋を抜け出して元来た通路を通って研究所へ向かう。

 そして例の頑丈な扉の前に戻ってきた。

「さて……使えるかな……」

 早速IDカードを挿入口に入れ、指紋照合機に手をあててみると……。

 開いた!

「あはは……。本当に開いちゃうなんて、このIDカードってすごいんじゃない?」

 しかし反面、カードをなくすと大変なことになることにも気がついた。

「大切に扱わなくちゃね……さて、この先に何があるかな……」

 そっと慎重に足音を忍ばせて、先の通路へと進みだす梓。

 途中研究員に出会ったら、叱られて追い出されるかな……、それとも資源探査船の時のように自由に見学させてくれるか……。

 何はともあれ問題は、

「うーん。どこの研究室かな……」

 通路にはいくつかの各研究室の扉があったが、研究名を示す掲示板などは一切なかった。何を研究しているかを知られないための、セキュリティーの一貫なのであろう。

 さっきのようにIDカードを使えばどの部屋にも入れるだろうが、まるで関係のない所に入ってもしようがないし、研究員がいれば一悶着は避けられない。

「あれ……?」

 扉が半開きの部屋があった。

 まるで梓を誘っているかのように感じた。

「行ってみよう。鬼が出るか、蛇が出るか……」

 そっと静かに、その研究室の中へ入って行く梓。


「な、何これ!」

 中に入って驚いたのは、よくSF漫画なんかに出てくるような、培養カプセルとも言うべき装置の数々だった。ガラス製の円筒の中に液体が満たされ、その中に多種多様の動物が浮かんでいた。下から出ているの泡はたぶん酸素であろう。

「これって、もしかしてクローン細胞かなんかの研究しているの?」

 だとすれば生命科学研究所として、らしいと言えなくないが……。

 現実世界からSF未来にスリップしてきたみたいな異様な風景であった。

 犬、猫、……そして猿と、おおよその主要な種を代表する動物が、培養(?)されていた。さすがに人間の姿は見られなかった。もしあれば倫理上の問題となるところだ。

 カプセルの間を歩きながら奥へと進む梓。

 意外に結構広い研究室だった。

 それだけ重要視されている研究分野なのであろう。

「あれは!」

 ずっと縦形のカプセルだったが、正面奥の方に横形のカプセルがあった。

「なんだろう……。中に何か入っているようだけど……」

 近づいて行く梓。

 近づくにつれてそれははっきりとしてくる。

「う、うそでしょ」

 その中に収められた個体は、明らかに人間と思われた。


「これは!」

 それはまさしく人間だった。

 カプセルは冷たく、明らかに中は冷凍状態と思われる。

「まさか冷凍睡眠?」

 麗香から聞かされた、この施設の研究項目に冷凍睡眠というものがあったはずだ。

「まって、この顔はどこかで……」

 記憶の中に、それはあった。


「長岡浩二君だよ」

 背後から声がした。

 驚いて振り返る梓。

 追っていたあの研究者だった。

「こんな所で会えるとは意外ですね。梓お嬢さま……いや、長岡浩二君と言うべきかな」

「え?」

 どういうこと?

 どうしてあたしを浩二と……。

 この人は、何かを知っている。

「あなたは、長岡浩二君だ。いや、といっても心の中の一部分ですから、あなたはやっぱりお嬢さまですな」

「なぜ、それを……どうして知っているの?」

「あはは……。なぜなら、浩二君の記憶の一部を、お嬢さまの脳に移植したのがわたしだからですよ」

「移植した?」

 信じられなかった。

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