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第八章・太平洋孤島遭難事件(十一)

(十一)寄港


 やがて炎上する敵駆逐艦のそばに浮上する潜水艦。

 司令塔甲板に姿を現わす艦長と見張り要員。

『まだしつこく浮かんでいるな。魚雷長、一発ぶち込んでやれ』

『了解』

『撃墜されたパイロットのものと思われる救難信号がいくつか出ています』

『うむ。救助艇を出して助けてやれ。海賊は放っておいていいぞ』

『了解。救助艇を出して、救助に向かいます』

 数分後、艦首より二筋の軌跡が、敵艦に向かって走る。そして火柱が上がり大音響とともに敵艦は海のもくずと消えた。

『敵艦を三隻とも撃沈させてよかったのですかね。敵艦に乗り込んで素性を調査することもできたのでは?』

『敵は海賊なんだぞ、それを許すと思っているのか。近づいた途端に、自爆してこちらを道ずれにするのは目に見えている』

『しかし甲板や中にまだ取り残されている乗員もいたのではないでしょうか』

『国籍を隠蔽した海賊船に、法や情けは無用だ。アメリカ国家と国民に対する攻撃は、いかなる理由に関わらず断じてこれを許さない。これは大統領の強い意志であり、アメリカの権威なのだ』

『そうですね。お嬢さまもこの艦も、アメリカ国籍でした』

『艦長。護衛艦が到着しました。十一時の方向から』

『パイロットの収容は?』

『全員救助して帰還中です』

『よし。収容が完了次第、浮上したまま基地に帰還する。出航準備。星条旗と我々の旗をあげろ』

 ポールに星条旗と、米国海軍旗、第七艦隊旗そしてARECの社旗がするすると上がる。

 艦体に接舷する救助ボートからパイロットが上がってくる。

 労をねぎらうために艦長みずからが出迎えに出ていた。

『CVWー11航空団所属、キニスキー大尉であります』

 以下、次々と自己申告するパイロット達。

『当艦の艦長のウィルバートだ。諸君らのおかげで敵艦隊に攻撃のチャンスが生まれ、これを撃沈することができた。ご苦労であった、礼を言う。ゆっくりと静養してくれたまえ。以上だ』

『はっ!』

 最敬礼をするパイロットを後にして艦内に戻る艦長と副長。

『お嬢さまに、戦闘が終了したことを知らせましょう』

『おおそうだな。よろしく頼む』


 居住ブロックの梓達。

 戦闘終了の報告を受けて、一斉に喜びの声を上げる。

「一時はどうなるかと思いましたよ」

「ねえ、梓ちゃん」

「なに?」

「もう少し艦内の自由を与えてくれないかな」

「そうなんです、おトイレに行くのも不自由してます」

「トイレ?」

 部屋にいるのは女性ばかりなので、遠慮なく話している。

「おトイレに行くのに監視がつくんです。一応女性隊員ですから、まあよしとすべきなんでしょうけど」

「艦長に相談してみる。他に何かある?」

「それじゃあ、小銭の両替お願いします。そこの自販機、アメリカコインでないと使えませんから。ドル紙幣は持ってますけど、小銭までは用意していませんでした」

「わかった」


 統合発令所。

『判りました。お嬢さまがそうおっしゃるなら、居住ブロック内に限っての自由を与えましょう。ただし乗員のプライベートルームがありますので勝手に入らないようにお願いします』

『当然です。個室が判る目印はありますか?』

『扉に部屋番号がついているのがそうです』

『判りました』

『ところで、米海軍太平洋艦隊司令長官が、ぜひお嬢さまにお会いしたいと言ってきておりますが、いかがなされますか』

『お会いしましょう。今回の件ではおせわになりましたからね。断るわけにはいかないでしょう』

『では、手配いたします』



 ハワイ諸島。

 パールハーバーに入港する資源探査船。

 沿岸に集まった野次馬が、その巨大な雄姿に見とれている。

 合衆国が所有するすべての戦略・攻撃型原子力潜水艦より、装備を強化した戦闘艦として、さらに深海資源探査船としての装備をも合わせ持った、水中総排水量四万八千トンという世界最大の原子力潜水艦である。

『見ろよ。原子力潜水艦だぜ』

『それにしてもでかいが、海軍の潜水艦じゃないな。司令塔の脇に識別艦番号が記されていないし』

『潜水艦の場合は、その秘匿性から艦番号を表示しないことが多いんだよ。その代わりに変な文字があるぞ』

『ありゃあ、中国の漢字とかいうやつじゃないか』

『じゃあ、中国の潜水艦か?』

『原爆保有国だから、原潜を所有してても不思議ではないが……そんな技術あるか? しかもこんな巨大艦』

『うーん。どうなんだろ。中国軍は公式発表しないからな』

『バーカ。中国軍がパールハーバーに入港できるわけないよ』

 彼らの意志には、日本という言葉がないようだ。核廃絶を唱える国家だから眼中にないといったところ。

『おまえらどこ見てんだよ。星条旗と第七艦隊の旗を掲げているんだぞ。中国軍のはずないだろ。間違いなく合衆国の潜水艦だよ』

『そういえば、司令塔のポールに……』

『ああ! おい、見ろよ。あの旗を』

『え、どれ?』

 司令塔のポールに掲げられた旗を指差す野次馬。

『真条寺家のシンボルマークだよ』

『じゃあ、真条寺家の潜水艦か?』

『そういえば真条寺グループ傘下の資源探査会社が深海資源を探査する船を開発したっていう記事を読んだことがある。たぶんそれじゃないか?』

『じゃあなんで第七艦隊の旗が? 星条旗だけなら納得できるが』

『わからん……』

 野次馬が理解できるはずもなかった。真条寺家と合衆国海軍との間で極秘理に調印、運用されている潜水艦なのであるから。


 太平洋艦隊司令長官オフィス。

 梓と司令長官のドレーメル大将が対面している。麗香もドアの所で待機している。

『いやあ、お嬢さまの乗られた航空機が不時着したと聞いた時は、心配しましたよ。要請があればいつでも救助に迎えるように、近くを航行中の空母エイブラハム・リンカーンに準備をさせていたのですが。その上に潜水艦までが攻撃を受けたと聞いた時には驚きましたよ』

『そのお気遣いだけで充分です』

『ところで、あなた方を襲った駆逐艦ですが、当方でも色々な方面から情報を集めましたが、依然として不明のままです』

『そうですか……』

『潜水艦を拿捕しようとしたのか、それとも真条寺家の後継者であるあなたを亡き者にしようとしたのか……』

『え? それは、どういうことですか? あたしを亡き者って』

『考えてもみてください。潜水艦を拿捕するのが目的なら、FA戦闘機が逸早くスクランブル発進で攻撃してきた時点で、太平洋艦隊の擁護下にあったことが判明し、諦めて撤退するのが常識でしょう。にもかかわらず執拗に攻撃しようとしてきた。となると、潜水艦に乗艦している重要人物を狙ったものと考えるのが自然です。そしてそこには真条寺家後継者のあなた様がいらっしゃった』

『まさか……』

『太平洋の孤島にお嬢さまの乗った飛行機が不時着したという情報、及び資源探査船が救出に向かったという情報が漏洩しているようですね。それがあなたを亡き者にしようとしている組織に流れ、駆逐艦部隊が派遣されたと考えるべきでしょう。あの駆逐艦はどう考えても正規の軍隊です。おそらく一国の軍隊の一部を買収して海賊行為を行わせるだけの資金と権力を持ったかなり大掛かりな組織のようですね』

『情報が洩れている……』

 親指の爪を唇に当てて、少し顔を伏せ加減でじっと考え込んでいる梓。

『麗香さん!』

『はい!』

『あたしがあの島にいることを知っている部署は判りますね』

『はい』

『信じたくありませんが、真条寺グループの中にスパイが紛れ込んでいるのかも知れません。極秘理に調査をしてください』

『かしこまりました』

『一応こちら側でも調査を引き続き行います。軍の上層部にもお嬢さまの不時着の件が伝わっています。こっちから流れた可能性もありますから』

『お願いします』

『そうそう。大統領からの言付けがありました。いずれ機会があればお食事でもしながらお話ししましょうとのことです』

『はい。その時は喜んでお受けいたしますと、お答えしておいてください』

『かしこまりました』

『それと、大統領専用機が現在空いておりますので、それでお帰りくだされても結構です、とのことですが』

『そこまでして頂かなくても結構ですわ。自家用機がありますので』

『そうですか。それでは、向こうに着いたら横田基地をお使いください。お屋敷に一番近い空港ですから。基地司令官には、到着予定時間帯に滑走路を空けておくように連絡を入れておきます。あんなことがあったばかりですからね。警備上はるかに安全です。できればそうしてください』



 長官との面談を終えて、ワイキキビーチで水着姿でくつろぐ梓達。その一方で、パスポートを持たない慎二は、不法入国者として強制送還の処置をとられ、一歩もハワイの地を踏むことなく空路日本に送り返されることとなった。

「覚えてろよー」

 という捨てぜりふとともに。


「ねえ、梓ちゃん。あの艦の艦長さんだけどさあ」

「なに?」

「肩章に星二つだったわ。つまり上級少将ということ。普通艦長というのは、佐官クラスの将校が任命されるものよ。それが提督クラスの艦長が乗艦しているってことは、通常とは違う特別任務が与えられているはずよね」

「そ、それがなにかな……」

「多分、戦略核兵器が搭載されているんじゃないかな。梓ちゃん、何か聞いてない?」

 さすがに感のいい絵利香だ。状況証拠を分析し判断する能力値は高い。

「き、聞いてないよ。だって、オーナーになってることだって、初耳だったんだから。みんなお母さんがやってることだもん」

「そうだよね……そもそもあの艦を島に逸早く回航させてくれたのも渚さま」

「そうそう……」

 冷や冷やどきどきの梓。渚から極秘と言われているので、答えられないもどかしさ。

「ま、いいか……直接的には、わたしたちには関係なさそうだから」

「それからね、飛行機の回収がはじまったようよ」

 話題を変える梓。

「早いわね。三日後って言ってたから、明日じゃなかったの?」

「たまたま早く着いちゃったみたいね」

「あんな大きなものどうやって回収するの?」

「分解して回収するみたい。一応日本の飛行機だから、日本に持って返って事故調査委員会の調査を受けてから、篠崎に返されるようよ」

「そうか、だとすると、慎二君。また槍玉に上げられるってことね」

「当然のことなんじゃない」

「冷たいのね」

「いい勉強になるわよ。何事もよく考えてから行動することを学習できるでしょ」


 横田航空基地。

 戦闘機の護衛を受けながら基地滑走路へ進入をはかるジャンボ機。その尾翼には真条寺家のシンボルマークが輝いている。

 滑走路を滑りながらジャンボ機は、管制塔近くに着陸した。タラップが掛けられ、その周囲に米軍士官達が立ち並んだ。

 ジャンボ機のドアが開いて、梓達がタラップを降りて来る。一斉に士官達が敬礼して歓迎の意を表す。その先に横田基地司令官、肩章に星二つのドワイト上級少将が待ち受けている。司令官は軽く敬礼すると、右手を差し出して握手を求めて来る。握手に応える梓だが、その手の大きさの違いにとまどっている。

『長官からは、大切にお出迎えするように言われております』

『申し訳ありませんねえ。話しが大袈裟になってしまって』

『海賊船に襲われたというじゃありませんか。念には念をいれるのは当然でしょう』

 タラップのそばに並ぶ士官達が小声で囁きあっている。

『なんだよ。どんなやからが降りて来るかと思ったら、女と娘じゃないか』

『だがよ。そのやからは、あのジャンボ機を自家用機にしてるんだぜ。それだけでもただ者じゃないことがわかるぜ。しかもお出迎えの車が、ロールス・ロイス・ファンタムⅥときたもんだ』

『今司令官と話している娘が、どうやらプリンセスのようだな。後の二人は付き添いみたいだ』

『しかし……』

『なんだよ』

『可愛い娘だな』

『ああ……』


 その後の飛行機墜落事故調査委員会からの報告がなされ、飛行機の自動運行プログラムと燃料計が、何者かによって改変されていたことが明らかになった。

「つまり、慎二君のせいだけではなかったということね」

 絵利香がため息のような声を出した。

「あ、あたしは信じていたよ。ほ、ほんとだよ」

 焦ったような表情をして弁解する梓。

「たった八十五キロ程度で、飛行機が落ちるわけないじゃん。慎二をちょっとからかっただけだよ」

「はいはい、そうでしょうとも」

 絵利香も深くは詮索しなかった、

 そして顔を見合わせてほほ笑むのだった。


第八章 了

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