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第八章・太平洋孤島遭難事件(二)

(二)不時着


 梓達のもとに戻ってくるなり、一同に寸部違わず報告をする麗香。

「何ですって?」

 一番驚いたのが絵利香だった。

 この自家用機の機長以下乗務員は全員、篠崎グループ傘下の篠崎航空から派遣されてきている。当然何か起きれば全責任は、篠崎が負うことになる。

「機長に会うわ」

「お待ち下さい。機長達は、全精力を注いで着陸できそうな島を探索中です。邪魔をしてはいけません」

「そんなこと言っても、こんなことになったのは、わたしの……」

「絵利香さま、落ち着いてください。責任を感じていらっしゃるのは、良く判りますが、私達には機体を救う手だてはありません。とにかく落ち着いて行動することです」

 というように絵利香を諭す麗香は沈着冷静であった。護身術などで培った精神修養のおかげであろう。

「麗香さま、わたし達どうなるんですか?」

 メイド達が青ざめた表情で尋ねた。

「今、機長達が着陸できそうな島を探しています。おそらく胴体着陸となると思います。救命胴衣を着用しなさい」

「は、はい」

 震える手で出発前に教えてもらった通りに胴衣を着込むメイド達。

「さあ、お嬢さまがたもご着用ください」

 麗香が手渡す胴衣を受け取りながら、

「それでコースがずれた原因はなんなの?」

 なぜか落ち着いている梓が尋ねた。一度は死んで生き返った経験ゆえなのだろうか。

「はい。出発前に計量した荷物の重量と現在の重量に食い違いが生じているからです」

「どれくらい食い違っているの?」

「およそ八十五キロほど、重量オーバーしています」

 八十五キロという数字を聞いて、ぴくりと眉間にしわをよせる梓。以前に慎二との会話の中に、体重の話しが出た時のことを思い出した。

『へえ。梓ちゃんてば、四十五キロなんだ。軽いなあ。俺、四十キロ重い八十五キロね』

 席を立ち、つかつかと後部貨物室へと歩いていく梓。

「梓ちゃん、どこいくの」

「梓さま、危険です。席にお戻りください」

 貨物室のドアを、ばーんと勢いよく開けて暗闇に向かって叫んだ。

「慎二! 隠れてないで出てきなさい」

「え? 慎二ですって」

 貨物室からがさごそと音がして、のそりと慎二が姿を現わす。

「や、やあ……」

「やあ、じゃないだろ。おまえのせいで、飛行機がコースを外れて燃料切れになったんだぞ」

 慎二に詰め寄る梓。

「ほんとうか?」

 事情がまだつかめない慎二。

 その胸倉を掴んで詰問する梓。

「おまえなあ、飛行機がどこ飛んでるか判ってるのか? 海の上なんだぞ。燃料が切れたら海の上に墜落して最悪海の底へ沈むんだ。自動車みたいに道路脇に止めてレスキューを待つこともできないんだ。飛行機というものはな、ペイロードつまり積載重量によって航続距離が大きく変わるんだよ。たった一キロ増えただけでも大量の燃料を消費するんだぞ。だからと言って燃料を必要以上にたくさん積んだら、それもまたペイロード加算となって重量が増えて燃料浪費するだけだから、到着空港及び悪天候代替空港まで(stage length)の燃料分しか積まないんだ。そんなシビアな運航しているのに、密航して重量を増やせばどうなるか、そんなことも知らなかったのか」

「や、やけに詳しいじゃないか」

「お母さんに会いに、ブロンクスへ時々飛んでいるから。その飛行中の合間に、麗香さんが教えてくれたんだよ」

「そうなんだ……」

「ふん! これ以上おまえに言ってもしようがない。ほれおまえも救命胴衣を着ろ」

 といいながら自分の持っていた胴衣を放り投げる梓。

「麗香さん」

「はい、どうぞ」

 と胴衣を再び手渡してくれる麗香。

「ところで、麗香さん。この非常事態のこと、お母さんの方には連絡が伝わっているのかしら」

「はい。一番に連絡してあります。おそらく救援体制を整えていると思います」

「そう……」


 コクピットから放送が入った。

「お嬢さまがた、着陸できそうな島が見つかりました。これより着陸を試みます。乗務員の指示に従って非常事態着陸態勢を取ってください」



 広大な太平洋に浮かぶ孤島、周囲を珊瑚礁がぐるりと囲んでいる。

 その島を大きくゆっくりと旋回しながら高度を下げている飛行機のコクピット内。

「いいか、まずは珊瑚礁から離れた海表面に胴体着陸を試みる。極力水平かできれば後部を下げるような状態で着水するんだ。そのため、フラップ角度とスロットル加減を、コンマ秒単位で微妙に調整しなきゃならん。さらに勢いで珊瑚礁を乗り越えて礁湖内に進入、そして島に乗り上げるようにして停止する」

「うまくいきますかね」

「そんな弱気でどうする。絶対に成功させる気概を持て。俺達が確認を怠ったせいでこうなったんだからな」

「そ、そうですね。お嬢さまがたをなんとしても助けなければいけませんよね。たとえ着陸に失敗して機首が潰れても客室だけは無事に島に着陸させましょう」

「その意気だよ。幸いというべきか、燃料はほとんど皆無で爆発炎上はしないだろうから、着陸さえできればOKだ……」

「準備完了です」

「よし、ゴーだ」


 客室。

「機首を下げた。いよいよ着陸するわ」

 梓が声を上げると同時に機内放送が入る。

「これより着陸体制に入ります。お嬢さまがた、準備はよろしいですか? 着陸三分前です」

 放送を聞いて頭を抱えてうずくまる一同。

「ああ……神様、もし死んだりして生まれ変わるなら、再びお嬢さまのお側にお願いします」

 美智子が祈りを上げている。

「あ、わたしもです」

「わたしも」

「右に同じです」

 絵利香達や乗務員達が防御体制を取るなか、梓だけが一人ぼんやりと窓の外を眺めて思慮していた。

 ……ここで死んだら、どうなるのかな? あたしの魂そしてもう一人の存在にしても……

「一分前です」

 窓の外に海面が見えてきた。機体が海面すれすれに飛行をはじめたのであろう。やがて大きく旋回をはじめ、傾いた主翼が巻き上げる海水の飛沫が窓を濡らす。

「三十秒前」

 機体と海表面とが巻き起こす乱気流に、激しい震動がはじまっている。

「十秒前。まもなく着水します」

 緊張の度合が限界まで高まる。心臓は張り裂けんばかりに鳴動している。

「着水!」

 耐え難い震動が機内を揺るがす。歯を食いしばってそれに耐えている一同。喋ろうものなら舌を噛んでしまうであろう。


 島の砂浜に乗り上げて停止している飛行機。

 飛行機が進んできた後には、珊瑚礁が深くえぐれている。

 客室。

 不時着のショックで気絶している一同。梓も例外なく前部シートの背もたれに突っ伏している。

「お嬢さま、お嬢さま。大丈夫ですか?」

 その声に次第に意識を回復していく梓。

「う、うーん……」

「お嬢さま」

「あ、ああ……麗香さん」

 はっきりと目を覚まして、麗香に答える梓。

「お怪我はありませんか? 痛いところは?」

「どうかな……」

 立ち上がり通路に出て、屈伸運動などしながら身体に異常がないか確認している。

「どうですか?」

「うん。大丈夫みたい」

「良かったですね。でも、この島を脱出して内地に戻られましたら、念のために精密検査を受けましょう。交通事故などでも数ヶ月経ってから、鞭打ち症状が出ることも良くありますから」

「わかった……ところで、絵利香ちゃんは?」

「はい。先に気がつかれて、お嬢さまを起こそうとしておられましたが、後を私に託されて、機長を見にコクピットの方へ行かれました」

「そっか。やっぱり気になるんだろうね」

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