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第六章・ニューヨークにて(六)

(六)ピアノの旋律


 執務室。

 本日の業務はすでに終了して、渚は居間の方でくつろいでいる。

 ニューヨーク市警から戻ってきてすぐ、麗香は梓同席の下、専属メイドを呼び集めていた。

『ああいった場合、お嬢さまを最優先で逃がしてさし上げるのが本道でしょう』

 梓を目の前にして、メイド達を叱責している麗香。

『いや、それは、あたしが……』

『お嬢さまは、黙っていて下さい!』

『え、あ……』

 麗香の強い口調に言葉を失う梓。

『確かに喧嘩をはじめてしまわれたのはお嬢さまかもしれませんが、それを無理にでもお止めするのが本筋でしょう。なのに、一緒になって喧嘩に参加するとは。本末転倒じゃないですか』

 自分が関わったことで、メイド達が直属の上司である麗香に叱責されているところを、目の当たりにすることほど、苛まれることはない。自分自身が直接叱責されるよりも辛いものである。

 もちろん、主人である梓を麗香が叱責できるはずもなく、そうすることで関節的に自嘲することを促しているわけである。


 ドアがノックされてメイドが入ってくる。

『お嬢さま、渚さまがお呼びでございます。居間の方でお待ちです』

『ん? 今、いく』

 向き直ってから、

『それじゃ、麗香さん。美智子さん達をあまり責めないで』

 と言い残して退室する。

 梓が退室したのを見て、声の調子を落とし、表情を和らげる麗香。

『お嬢さまは、屋敷から出られないあなた達を不憫に思われて、わざわざ観光にお誘いくださったのよ。そんな使用人思いのやさしいご主人なんてそうざらにはいませんよ』

 と微笑みながら諭していく。

『はい』

『私達の大切なお嬢さまです。自分がどうなろうとも、お守りして差し上げる。そんな気持ちでいられるようにしたいですね。どうですか?』

『はい。その通りでございます』

『そう。判れば結構です。今日はもう部屋に戻って休みなさい』

『かしこまりました』


 居間に姿を現した梓。

『なあに、お母さん』

 ソファーに腰掛けている渚が答える。

『幸田先生から連絡があったわよ』

『幸田先生?』

『ええ、音楽コンクールのピアノ部門、審査員特別賞だったそうよ』

『審査員特別賞?』

『金賞に準ずるんですってよ。課題部門は文句なく一位だったそうだけど、自由部門で見事なオルガンの演奏を弾いたものの、ピアノではないということで、特別賞に決まったらしいわ。ともかく参加者の中の一位には違いないって』

『ふうん……』

『ちゃんと言いつけを守って、ピアノのお勉強を続けていたようね。安心したわ。久しぶりに、聞かせてくれるかしら。梓ちゃんのピアノの演奏』

『う、うん』

『コンクールの自由部門で弾く予定だった曲がいいわね』

『わかった……』

 ピアノの椅子に腰掛け、呼吸を整えて、静かに弾きはじめる。

 美しい旋律が屋敷内に流れていく。

 目を閉じ、娘の演奏に聞き入っている渚。

 麗香が入ってくるが、梓の演奏を邪魔しないように、音を立てないようにそっとソファーに腰を降ろす。

 屋敷内を行き来するメイド達も、足を止め、仕事の手を休めて聞き惚れている。


 一方、解放されて美智子の部屋に集まったメイド達。

 開けたままの扉の外から、梓が演奏するピアノの旋律が流れてくる。

『きれいな曲……お嬢さまが弾かれているのね』

『相変わらずお上手』

 じっと聞き耳をたてて聞き入っているメイド達。

『この美しい曲は、お嬢さまの心の内を現しているみたいね。わたし達を気遣うやさしさとか』

『気遣う心か……。ねえ、美智子さんが風邪でダウンした時のこと覚えてる?』

『覚えてる。お嬢さまがわざわざ学校の帰りにリンドウの花を買ってきてくださったのよね』

『そうそう、その一件があって、かほりさんが仲間入りしたんだよね』

 言われてメイド達は過去を思い起こしていた。

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