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序章・新入部員は女の子 一

一、桜の下で


 埼玉県城東初雁高校。

 時は春。桜が満開に咲き乱れる校舎。正門前に立てられた、入学式という看板。そのそばを通り過ぎていく生徒と父兄達。その流れは、案内の教師に導かれるまま講堂へと続いていた。

 講堂の中では、各クラスごとに椅子が並べられており、背もたれには席順が記されている。生徒達は入学式案内書に記されたクラス及び席順を確認しながら、順序よく席についていく。

 その中にひときわ美しく異彩を放っている女子生徒がいた。透き通るような色白の素肌と腰までありそうなしなやかな細いロングヘアー。髪の根元の一部を可愛らしいりぼんでまとめている。

「う、美しい……」

「まるで、天使みたい」

「お、俺。同じクラスになりたかった」

 男子も女子も、息をひそめ、ため息をつきながら、その美しさに見とれていた。

 その美少女の前の席にいる女子生徒が、親しげに話し掛けている。どうやら仲良しの友達らしかった。

 やがて壇上に教師が立ち、入学式がはじまった。

 校長の長い説教が続く。

 かの美少女は、たいくつの表情を隠しもせず、手で口をおおいながら小さなあくびをしていた。

 プログラムも進み、新入生代表による答辞が述べられることとなった。その選出基準は入学試験の首席と次席成績者に与えられる。

「新入生代表、篠崎絵利香さん、真条寺梓さん。前へどうぞ」

 かの美少女二人が立ち上がった。


 入学式の終わった校庭。講堂からぞろぞろと生徒達や父兄が出て来る。

 校庭に机を置いて、それぞれのクラブが新入部員を獲得するために、大声を張り上げている。その片隅に空手部がコーナーを設けており、新二年生の部員がノートを広げていた。背後の看板には大きな文字で、

『空手部新入部員募集中!』

 と書かれている。

 ノートに目を落として、記帳してある新入部員の数を確認していた。

「まだ、たった三名か……今年は不作の年かな」

 伏し目がちの部員の視界に、白いソックスに小さな靴をはいた細い脚先が入って来る。

 部員が目を上げてみると、

「あの、いいですか」

 可愛い声を出したその脚の主は、真新しい女子制服に身を包んだ、講堂で注目を浴びていた、かの美少女だった。

「何かご用ですか? 行き先がわからないとか」

 ……うひゃあ、なんて可愛い娘なんだろう……

 頭上に咲き乱れる桜の大木から、はらはらと舞い落ちる花びらが髪や肩にかかるのを気にしながら、ふと長い髪をかきあげる梓。

 あまりの美しさに思わず声に出しそうになるが、ぐいとそれを飲み込んでいる部員。

「いえ、入部希望なんですけど」

「え? 空手部ですよ。ここ」

 空手部という猛者が集まるむさ苦しいクラブと、可憐な美少女という取り合わせに、確認をとる部員。

「女子は募集してませんか?」

「いえ。べつにかまいませんけど……でも、今のところ女子部員はいませんよ」

「構いません」

「そうですか……」

 なおも不審そうな顔をしながらも、

「じゃあ、ここにクラスと名前を書いて」

 と、ノートを開いてボールペンを手渡す。

「わかりました」

 その女の子は、ボールペンを受けとると、ノートに可愛い小さな文字で、

「一年A組真条寺梓」

 と書き記した。

「あの、そちらの方は?」

 かの美少女、真条寺梓の後ろには、講堂でしきりに話し掛けていた女子生徒が立っていた。

「いえ、わたしはただの付き添いです」

「そうですか……部室と道場の場所を記した簡単な案内図です。来週の月曜放課後に初会合を開きますので部室に集まってください」

 といって小さなメモを、梓に渡した。

「わかりました。それでは失礼します」

 梓は軽く礼をすると、その場所を離れた。

 ……しかし、可愛いなあ……

 後ろ姿を見送りながらため息をついている部員。二人が答辞を読んでいた事には気づいていないようである。二・三年生の席からは遠くて、双眼鏡でもないとはっきりとその表情を確認できなかったのだ。


 満開の桜の木々のしたをそぞろ歩く女の子二人。

「もう、梓ちゃんったら本当に空手部に入っちゃったのね」

「へへえ……でも、絵利香ちゃんだって、何もあたしと同じ学校に入らなくてもよかったのに」

「だって、幼馴染みじゃない。保育学校(nursery school)から中学までずっと一緒だったのよ」

 絵利香と呼ばれ、梓に親しげに語りかけるもう一人の女の子。名前は、篠崎絵利香という。

「でもさあ、小学・中学はパブリックスクールのお嬢さま学校だったのに、いきなり一般の公立の共学校に入るなんて、ちょっと心配しているんだ、わたし」

「お嬢さま学校には、空手部なんてないじゃん」

「まあ、そうだけど……」

「女ばかりの学校にいくのもいい加減うんざりしてたんだ。だいたいからして、家に帰れば三十人からの女性に囲まれて暮らしているのに、せめて学校くらいは男子のいるところに行きたいわよ。思春期だしね」

「そうなのか、梓ちゃんは、婿探しに共学校にいくのね」

「そうじゃなくって!」

「うふふ、冗談よ」

「でもさあ……」

「なに?」

「お母さんも、お祖母さんも、十八歳で結婚して子供産んでるのよね。まわりのあたしを見る目も、やっぱり十八歳で結婚するのを期待しているみたいなの。これって正直いって辛いわよ。うら若き十五歳の娘の将来すでに決まっているって感じ」

「真条寺家って女系家族だから、しようがないわよ。母親から娘へ、娘から孫娘へと、女子だけに継承される伝統があるんだから。梓ちゃんは真条寺財閥の正当な継承者なんだけど、それを次の世代に引き継ぐ義務もあるということよ」

「はあ……この話しはもうよそうよ。頭が痛くなって来るから」

「そうね」

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