その7『お嬢様と妹様』
前人類の皆様、こんにちは。
毎度おなじみ、清く正しい瀟洒で完全な冥土でございます。
『……また過去の誰かと交信してるの?
貴女も飽きないわねぇ』
あ、お嬢様。
おはようございます。
『おはよう。……ところで、ちょっと聞いて良いかしら?
最近気になってることがあるんだけど』
はぁ。何でしょうか?
『ウラスジってどういう意味か知ってる?
何故か最近、この単語が頭から離れないんだけど……一体どこで聞いたのかしら』
ウラスジ。
響きから察するに、裏ごしの仲間じゃないですか?
『ああ、そう。料理用語だったのね。
ありがと、後で詳しく調べてみるわ』
いえ、どういたしまして。
…………。
ふふふ。
睡眠学習の成果は上々のようですね。
≪うわー。間抜けな顔して案外狡賢いのねぇアンタ≫
間抜けは余計です。
──ってぇ!? お、お嬢様!?
な、何でここに!?
≪あはは。期待通りのリアクションありがとっ。
けどね、残念ながらあたしは貴女のお嬢様じゃないんだなー≫
そ、そう言えばテレパスの発信波長が微妙に違うような。
それにリボンもしていませんね。
……じゃあ貴女は一体何者なんですか?
不法侵入であれば、直ぐにご退去願いたいのですが。
≪あら、あたしをつまみ出すっての?
いいけど、アンタに出来るかしら? 本気のクトゥール人を、力ずくで退かすなんてコト≫
ぐ。そ、それは無理っぽいですがっ。
とにかく、お嬢様を呼んで来ますから動かないで下さいよ!
≪ああ、それには及ばないわ。
もう呼んだもの≫
──へ?
『私のメイドから離れなさい。
死にたくなかったらね』
あ、お嬢様!
そうか、テレパスで呼んだのですね。
≪おお怖い怖い。分かったわ、離れれば良いんでしょ?
でも、何を畏れているのかしら、お姉様。
あたしがこの子に、何かするとでも?≫
『離れなさい!』
≪……ふん≫
あの、お嬢様。
今「お姉様」って聞こえたような気がするんですけど、この方ってもしかして。
『ええ。妹よ』
◇◆◇◆◇
お嬢様に妹様がいらっしゃるとは知りませんでした。
何でも、以前はこのお屋敷で一緒に生活していたそうなのですが、あるコトをきっかけに勘当なさったそうです。
その理由までは、お嬢様の口からは聞けませんでしたが。
≪知りたい?≫
……って、妹様。
勝手に人の心の中を読まないで下さい。
≪いいじゃん別に、減るもんじゃなし。
それよりアンタこそ、妹様って何よ。変な呼び方≫
お嫌ですか? お嬢様の妹さんだから「妹様」なのですが。
≪別にいいけどねー。下等生物に何て呼ばれようが。
そんなことよりねぇ、知りたい?
何であたしが、この家から追い出されることになったのか≫
聞きたくないです。
どうせロクでもない理由なんでしょ?
≪そうよ。ホント下らない理由。
あたしがお姉様のペットを殺したっていう、ただそれだけの話≫
さらっと。
心底どうでも良さそうな口調で、妹様はとんでもないコトを抜かしやがりました。
殺したって、まさか。
『──前に飼ってた子が居なくなった時、あの子自殺しようとしたのよ』
思い出したのは、某藪医者がふと漏らした言葉でした。
わたしの前の子。
その子を、妹様が?
≪小動物って面倒よねぇ。
ちょっと遊んであげようと思って弄ってたら、直ぐに壊れちゃうんだもん。
ねえ。貴女は大丈夫なのかな?≫
そう言ってゆるゆると何本かの触手を伸ばして来る妹様──って、ちょ、ちょっと待って下さいよ!?
≪何よ? あたしと遊びたくないワケ?≫
仕事中ですから!
それより、本当なんですか?
貴女が前の冥土を殺害したっていうのは。
≪そうよ。だから勘当された。
お姉様にとっては、あたしよりあの子の方が大切だったんでしょうね。物凄く怒ってたわ……それに、物凄く悲しんでた。あんなお姉様を見たのは初めてよ≫
うーん。
おかしいですね、それは。
≪は? 何が? 筋の通った話じゃないの≫
わたしの聞いた話では、お嬢様の瘴気にあてられて衰弱死した、とのことでしたよ。
それじゃあ、今の妹様のお話とは合いませんよね。
≪なっ……それじゃ、何だって言うのよ?
あたしは確かにあの子を殺したわ。今もこの手が覚えてるもの≫
確かに、直接の死因はそうかも知れませんが。
本当は遊んでたんじゃなくて、襲われたんじゃないですか?
お嬢様の瘴気にあてられて、完全に狂ってしまった彼女に。
≪な、何を≫
だから反撃した。自分の身を守るために。
その時、力の加減ができなかったのでしょう。
誤って貴女は、彼女を殺してしまった。
本当は、そうじゃないんですか?
≪何勝手なこと言ってんのよ!
どこにそんな証拠があるの? 無いでしょ?
証拠も無しに、憶測だけでモノを言わないで頂戴!≫
確かにこれはわたしの推測です。
でも自信はあるんですよ? こう見えてわたし、勘は良い方なんです。
≪ふん。馬鹿馬鹿しい。
たとえアンタの言った通りだったとしてもよ。それをあたしが隠す必要性が無いじゃないの。何のメリットも無いわ≫
ああ、それについてもある程度想像できてますよ。
妹様がお嬢様に真実を隠す理由。
ひとえにそれは、愛です。
≪……はぁ?≫
真実を知れば、お嬢様はどうしますか?
自分の放つ瘴気で冥土が狂った挙句、妹に襲いかかった。
そんなことを知ったら、お嬢様は罪悪感に苦しめられることでしょう。ただでさえ喪失感に苛まれているというのに──追い詰められた結果、自ら死を選んでしまうかも知れません。
……まあ実際、服毒死しかけたらしいんですけどね。
貴女はそうなることを畏れて、黙っていたのではないですか?
だから出て行ったんでしょ、お嬢様が勘当するまでも無く。
≪ふん。根拠の無い推測。
あたしはそんなに善良じゃないわよ。あの子を玩具にして、狂わせて、ぐちゃぐちゃに壊したのはこのあたし。全部あたしが悪いのよ。それで良いでしょ?≫
まあ、わたしにとってはどっちでも良いんですけどね、別に。
……そんなことより、妹様。
今日は何しに、お屋敷に来られたのですか?
≪別に用って程のもんじゃないわ。
最後に、見納めに来ただけよ≫
◇◆◇◆◇
『…………』
あ、お嬢様。
妹様、今お帰りになりましたよ。
『そう。見送りご苦労様』
妹様、もうすぐこの星から離れるみたいです。
それで、最後に屋敷を見に来たと。
『そうみたいね』
嘘です。本当はお嬢様に逢いたかったんです。
たった一人の姉ですもの、逢って話をしたかったに違いありません。
『…………』
でも妹様は素直じゃないから、言えなかったんですよ。
どうですか、今からでも。
『……なこと……』
はい?
『そんなこと。貴女に言われなくても分かってるわよ』
ですよね、流石はお嬢様。
それでこそ、わたしのご主人様です。
『もう。おだてても何も出ないわよ』
◇◆◇◆◇
テレパシーでの交信は、ほんの数分間という短いものでした。
お嬢様の心は、無事に妹様に届いたのでしょうか。
そして、妹様の心は──。
真実は宇宙の闇の中。
深い深い暗黒の空に、きらきらと今日も、何万何億もの星々が煌いているのでした。