その3『お嬢様とクリスマス(前編)』
【前回までのあらすじ】
「わたし」こと完全で瀟洒なる冥土は、蛸型異星種族「クトゥール人」のお嬢様に仕えておりました。
ある日、お嬢様の触手の先端がゴキブリに齧られているのを発見。
これを即座に殲滅した──筈、だったのですが。
翌日わたし達が目撃したものは、無惨に破壊されたお屋敷と、全長2mにまで成長した巨大ゴキブリでした。
お嬢様曰く、
『地球の生物がクトゥール人の細胞を取り込むと、突然変異を起こす』
とのこと。そんな重要なことはもっと早く言って下さい。
ともあれ、完全で瀟洒な冥土のわたしとしては、これ以上巨大ゴキブリの暴挙を赦す訳には参りません。
果敢に立ち向かうわたし。
必死に反撃して来るゴキブリ。
まさかの増殖。わたし敗北。お嬢様涙目。
このままでは地球が危ない。そう悟ったお嬢様は、遂に最後の手段に出ます。
『Ph'nglui mglw'nafh Cthulhu R'lyeh wgah'nagl fhtagn!』
お嬢様が謎の呪文を唱えられた、その次の瞬間。
巨大ゴキブリの群れは、お屋敷ごと海中に没したのでした。
こうして世界は救われました。
めでたし、めでたし。
『……よくもまあ平然と嘘八百を並べ立てられるものね。ある意味感心するわ』
「そうですか。恐縮です」
『呆れてるのよ。少しは自重しなさい』
そう言えば、もうすぐクリスマスですねぇー。
今年は雪が降ると良いですね。聖夜、雪の舞う公園で恋人の訪れを独り待つ……うーん、ロマンチック!
『話を逸らさないで!
もう。立場が悪くなると途端にテレパシーで会話しようとするんだから』
えへへ。こっち(※地の文)の方が言いたいこと言えて良いんですよ。
それはともかくとして、今年もクリスマスパーティーは開かれるのですか? 一応、招待状の方は準備できているのですが。
『いえ。今年は静かに、家族水入らずで過ごしたいわね』
「あ。ではお父様とお母様にご連絡差し上げますね」
『何言ってるの。父も母も何千光年も離れた遠い宇宙の海原を旅してるのよ? クリスマスごときで地球に来られる訳無いじゃない』
「え? でも今、家族って」
『貴女が居るじゃないの』
「…………」
参りました。
どうやらわたし、いつの間にかお嬢様に「同類」と見なされていたらしいです。蛸のお化けと家族って……。
『な、何よ。嫌なの?』
「ええ、はい、まあ。わたしにも地球人類としての最後の誇りがあるというか、決して越えてはいけない一線があるというか。正直、謹んでご辞退申し上げたい気分なのですがー」
『そ……そんな』
あらあら。どうやらお嬢様、わたしの一言で酷く落ち込んでしまわれたようです。みるみる青白く変化していく身体の色。非常に分かり易い。見ているだけでこっちまでブルーな気持ちになってしまいますね。
「嘘です、冗談ですよ。
お嬢様がわたしのような冥土を家族と認めて下さったこと。光栄の至りです。ありがとうございます」
『そ……そうよね! この私の家族になれるんだから、嬉しくない筈が無いわ! もっともっと感謝なさい! 私の胸で泣いても良いのよ?』
「それは遠慮しておきます」
『そ、そう?』
しかしよくよく考えてみると、お嬢様のようなクトゥールの方がクリスマスを祝うなんて不思議ですね。イエス=キリストなんてお嬢様から見れば、取るに足らない一匹の猿に過ぎないでしょう?
『まあね。キリストの誕生日を祝う気持ちなんてさらさら無いわ。
でも、親しい人達とご馳走を食べたり、贈り物を交換したりするのって素敵じゃない? クトゥールにはそういう習慣が無かったから、とても興味深いのよ』
「はあ。そういうものですか」
『それに──ふふふ。
今年はどんなプレゼントをくれるのかしら。サンタさん』
「…………」
やっぱりそう来ましたか。
クリスマスと言えばサンタクロース。世界中の子供達が彼の来訪を心待ちにしております。
その例に漏れず、お嬢様もサンタクロースの存在を信じているクチです。それも極めて、狂信的な程に。
「ちなみに、お嬢様は何が欲しいですか?」
『クマさんの縫いぐるみ!』
に、似合わねー!
とか思ってしまったのは、ここだけの秘密です。
『……聞こえてるわよ』
【次回予告】
いよいよクリスマスイブ。
戦いの火蓋は切って落とされる。
冥土は最後まで生き残ることができるのか?
そしてプレゼント争奪戦の行方は──。
次回「お嬢様とクリスマス(後編)」。
刮目して待て!