その13『メイドとメイド達』
前人類の皆様、お久し振りでございます。
前回はエリザベス様にお株を奪われてしまいましたが、本来このお話の語り手はわたしですから! 忘れないで下さいましね?
でないと冥土、泣いちゃうもん。えーん。
──超絶キモッ!
さてさて。
本日は年に何度か開催しているダンスパーティーの日です。
この日ばかりはさすがのわたしもサボ……もとい、自宅警備員を務めている場合ではございません。他のお屋敷から駆り出されて来た冥土さん達と一緒に、お食事の準備やら装飾品の飾り付けやらに奔走しておりました。
だというのに、お嬢様方と来たら。
頭にネギなんか着けて、のんびりと会食を楽しんでいらっしゃいます。ちょっと頭おかしいんじゃないでしょうか。
「仕方ないですよ。今日は守護聖人である『聖デイヴィッドの祝日』なんですから。皆さんああやってネギを着け、菜食主義を通したデイヴィッドを讃えるのです」
あら、この説明台詞丸出しの言葉を掛けて下さったのは──って、あれれ? 見回しても誰も居ません。
おかしいなー。
わたし、透明人間さんとお友達になった覚えは無いのですが。
「うー。ここですよここ!
もっと下です!」
言われるがままに視線を下ろしていきますと。
テーブルの上に、一丁前にホワイトブリムなんて着けたトカゲが一匹這いつくばっているのが目に入りました。
全長30cm程度。トカゲとしてはまあ、大きい方ではないでしょうか。
わたしとしたことが、こんなモノの侵入を許してしまうとは……。
心の中で猛省しつつ、わたしはトカゲの尻尾を摘み上げました。
「ちょ、ちょっと!? いきなり何するんですか!?」
「何って、文字通り部外者を摘み出そうとしているんですけど。
──何か問題でも?」
「問題大有りです! あたし、部外者じゃありませぇんっ」
宙ぶらりんの状態で、必死にわたしから逃れようともがくトカゲ娘さん。そんなに逃げたいのなら尻尾でも切って脱出すれば良いのにと思いながら、わたしは彼女を近くにあったゴミ箱に投げ入れました。
うむうむ、我ながらナイスシュートです。
「な、何てコトするんですか!? あたし、ゴミじゃありませんよっ」
「いやまあ、何となく。
しっかし、聖デイヴィッドと言えばウェールズ地方の聖職者じゃないですか。ウェールズでもないのに、何で彼をお祝いしてるんですかねぇお嬢様方は。
てゆか、それ以前に異星人が地球人を祝うコトに抵抗とか無いんですかねー。前々から思ってましたが、クトゥール人の文化って結構テキトーなんじゃ」
「うう。いい加減ここから出して下さいよぅ」
あらあら、もしかして泣いちゃいました?
泣かせるつもりは無かったのですが……少し可哀想になって、わたしは彼女をゴミ箱から出してあげました。
うわ、臭っさ。
誰ですかネバネバした緑色の体液ティッシュに包んで捨てたの。
はーい、勿論わたしでーす。
汚れた彼女をテーブルの上に戻す訳にもいかないので、とりあえずゴミ箱の蓋の上で我慢してもらうことにします。
「ううう。酷い目に遭いました……」
「いやー、ゴメンなさいねー。自分より力の弱い人を見ると、つい虐めずには居られなくなる性質なんですよわたし。だから許してあげると良いですよ?」
「最悪です!」
「冗談ですよ」
どうやら、トカゲ娘さんは大変ご立腹のようでした。
無理もありません。わたしが彼女の立場だったらとっくにキレて噛み付いています。
「で、結局貴女は何なんですか?」
「何って。あたしも冥土ですよ、あなたと同じ」
「でも、トカゲじゃないですか」
「ただのトカゲじゃないです。あたしはランプ・トカゲのティンカー・ベル。ティンクとお呼び下さい」
調子乗ってんじゃねーぞ爬虫類。
……などという本音はおくびにも出さず、わたしは愛想笑いを浮かべて応えました。
「いっぺん死んでみます?」
「ぇ」
「あはは、冗談ですよ。
それでティンクさん。ランプ・トカゲというからには、蛍みたいに光ったりできるんでしょうね? できなかったら詐欺罪で訴えますが」
「何でですか!? ……で、できますよ。
けど、こんな明るい所じゃ光っても分からないと思います。夜まで待っていただければお見せしますよ?」
何だ、口ばっかりで大したこと無いですねコイツ。
このまま置いといても邪魔なだけだし、真面目にショボスの餌にしちゃいましょうか。
てか、こんなのを雇ってる主人の顔を見てみたいものです。
もっとも、クトゥール人の顔なんてわたしには見分けがつかないんですけどねー──。
「おいお前ら。何サボってる」
ごいんっ。
いきなり頭を殴りつけられ、わたしはテーブルに顔面から着地致しました。
ああ、なんということでしょう。
冥土ともあろう者が、このような醜態を晒すことになるだなんて。
これは猛省モノです。反省だけなら猿にもできる。
「──って、普通に痛いですよ加減知らないんですか!?」
「五月蝿い。泣き言言ってる暇があったら給料分ちゃんと働け。文句はその後で聞く」
何とも厳しいことを仰るこの方は、『ギャグ』という種族の冥土さんです。種族名だけ聞くと存在自体がギャグなのかと勘違いしがちですが、実物を目にすると印象が変わります。どっちかというとホラー映画に出てきそうです。
一言で言うと『とにかくデカい』。お屋敷の天井に頭をぶつけるので、いつも前傾姿勢で歩いています。
全身毛むくじゃらで、カギ爪の生えた手が二本。酒樽程の大きさの頭部には、側面から突き出したピンク色の目玉が生えています。こんな目で睨まれたら、精神の弱いヒトは直ぐに発狂してしまうことでしょう。
更に特徴的なのが口。頭頂部から垂直に裂けた口には、びっしりと黄色い牙が並んでいます。
……ホント、クトゥール人が可愛く思えて来るくらいの化け物ぶりです。何でこんなヒトが冥土なんてやってんでしょうか。
「何だ、さっきから人の顔をじろじろ見て。何か文句でもあるのか?」
「無い無いある訳が無いです。貴女様の言う通り、わたしは職務を果たすのみ。
しかし、一言だけ言わせて下さい」
「何だ?」
「いい加減足を退けてあげないと、お嬢様がお亡くなりになってしまいますよ?」
いくらクトゥール人が頑丈でも、身長6mもある巨人に踏み付けられては一溜まりも無いと思うのはわたしだけでしょうか。
しかし……お嬢様。
今回台詞が一言も無いのにこんな目に遭われるだなんて、つくづく貴女も不幸属性の持ち主なのですね。
◇◆◇◆◇
会食が終わり、いよいよダンスが始まりました。
蛸のお化けが頭にネギを挿して踊る姿は何ともシュールですが、だいぶ慣れて来ました。やな耐性が付いたもんです。
その様子を眺めながら、わたし達冥土はのんびりとくつろいでいる──訳にもいかず、食事の後片付けをしたり、何故か自然発生する異世界の怪物達と戦ったりしておりました。まあ、そのほとんどはギャグさんが一人で殺って下さったのですが。やっぱ半端ねーわこのヒト。
そんな頼もしいギャグさんを尻目に、わたしとティンクは残飯処理に明け暮れておりました。こんなご馳走、滅多にありつけるもんじゃありません。ウメーウメー。
「おい、お前ら」
「はい何ですかギャグさん? ご心配なさらずとも、こちらは順調に消化していってますよ?」
「そうかそうか。ならお前らを食えばゴミを一気に処分できるワケだ」
「…………」
あれ? もしかして怒ってる?
背筋を冷たい汗が流れました。
ヤバい。完全にパターン入ってますよコレ。
どうしましょ。
とりあえずティンクを差し出して、わたしだけ赦してもらうというのは──アリな気がしないでもないですが。
「ふっ……冗談だよ」
そう言って笑ったギャグさんの巨体が傾き──。
テーブルや椅子などを盛大に蹴散らしながら、倒れました。
あ、あれ?
もしかして別パターンに入りました?
『グオゴゴゴ。愚かな巨人よ。
それだけの力を持ちながら、クトゥール人ごときに魂を売りおって。
契約に縛られた貴様など、我の敵ではないわ!』
な、何か出たー。
【次回予告】
ギャグさんを倒した謎の怪物(笑)
その邪なる牙が、お嬢様に襲い掛かるッッ……!
果たして冥土はお嬢様を護れるのか?
そしてダンスパーティーの行方は?
次回の勝利の鍵は、コレだ!
「必殺・サテライトフラッシュ!」
『ギャアーッ』
……って、あれれ?
いきなり視界が真っ白に染まったと思ったら、次の瞬間には怪物の姿が消えてなくなりましたよ?
「ふぅ。危ないトコロでしたねっ」
そう言って微笑む(多分)ティンクの身体は、淡い光で包まれておりましたとさ。めでたしめでたし。
「──な訳ないでしょう!」
「きゃうっ!? な、何するのっ」
「貴女が余計なことしたおかげで、折角の次回予告が無駄になってしまったではないですか!
大体何ですかサテライトフラッシュって! 適当にも程があります!」
「そ、そう言われても」
「問答無用。死んで詫びなさい!」
「お前がな」
ごいんっ。
またまた頭をぶん殴られ、今度はテーブルでなく床に叩き付けられました。
殴ったのは勿論ギャグさん。
流れから言って死んだものとばかり思っていたのですが、普通に生きてらっしゃったみたいですね。チッ。
「全く、地球人にはロクな奴が居ないな。命の恩人を殺そうとするなどと。
……済まなかったなティンク。無理をさせてしまった」
「いえ、あたしなんて。ただ光るだけが取り得なんで、こんな形でしかお役に立てなくて。
でも、そう言っていただけて嬉しいです。ありがとうございます」
「こちらこそ。ありがとう、ティンク」
あれ、あれれー。
何だかいい雰囲気になってますよ? 巨人とトカゲの分際で!
てゆか、わたし放置ですかそうですか。
ふーんだ、いいもーん。わたしは独りで生きていくもーん。
寂しくなったら、お嬢様に抱っこしてもらうんだからねッッ!!!
──超絶キモッ!
◇◆◇◆◇
さよなら三角また来て四角。
途中(お嬢様がダンス相手の触手につまづいて転ぶ等の)小ハプニングを挟みながらも、パーティーは概ね無事に終了しました。
後片付けが終わったら、いよいよ皆ともお別れです。
「じゃあな、地球人。たまには集会にも顔出せよ?」
「んー、考えておきます。正直面倒臭いけど」
「今度は三人で遊びに行きましょうよっ。あたし、いいトコロ知ってるんです」
「ほほう? それは楽しみですね。正直面倒臭いけど」
ごいんっ。
殴られました。本日三回目です。
にしても、巨人に殴られて怪我一つ無いとは、我ながら丈夫に育ったものです。これもクトゥール細胞の成す効果でしょうか。
「それじゃ、最後は冥土らしく締めますか」
「いいね。じゃあ、せーのでいくぞ」
「せーの……っ」
『ごきげんよう!』
別れとは、何度経験しても寂しいものです。
たとえそれが、今生の別れではないと知っていたとしても。
「はぁ、疲れた」
うーんと伸びをして、わたしは夕焼けの空を眺めました。
そういえば、明後日は『懺悔の火曜日』。
またの名を『パンケーキの日』と言います。
「うっわ。パンケーキ焼くの面倒臭ぇ」
ミーハーなお嬢様のこと、パンケーキレースのことを言ったら目の色変えて飛びつくに違いありません。
そうなれば必然的にパーティーが催され、人手が足りず、結果として彼女達が呼び出されることに……。
「ふっ。随分と早い再会ですね」
季節は春。
賑やかな日々は、まだまだ当分続きそうです。