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お嬢様は侵略者  作者: すだチ
12/13

その12『キングサリ』

 それは、降り積もった雪が強風に散らされ、早咲きの桜がちらほらと見られるようになり始めた頃のこと。


 わたしがいつもの紅茶にラバーナムの黄色い花弁を浮かべ、独り春を演出している時のことだった。


「ちょっと、良いかしら?」


 紅茶が冷めるから嫌だ──とは言えなかった。

 何しろ相手はこの屋敷の現主だ。下手に断って機嫌を損ねられ、追い出されてはたまらない。


「ああ。どうぞ」


 しかし、珍しいこともあったものだ。彼女の方から声をかけて来るなど。

 今までわたしから話しかけたことはあったが、彼女からのアクションはほとんど無かった。それだって、大抵はあの地球人のメイドを介してのものだ。

 だからてっきり、嫌われているとばかり思っていたのだが。


「ありがとう。……あら?

 何だか良い香りがするわね」

「ああ、ちょっと春の香りをブレンドしてみたんだ。

 ラバーナム。地球人の花言葉だと『淋しい美しさ』という意味になるそうだ。どうだ、なかなかに乙女じゃないか」

「素敵ね。春になれば観られるかしら」

「そうだな。ちゃんと庭を整備して苗木を植えれば、この屋敷の窓からも観られるようになるんじゃないか?

 もっとも、あのメイドにそこまでを期待するのは酷というものだが」

「そう……ね」


 さらっと、メイドのことを口走った途端、彼女の顔が曇った。

 なるほど。今回もあの地球人絡みの相談か。


「どうした。あいつと喧嘩でもしたか?」

「そうじゃないわ。……けど、それに近い状態なのかも」

「ほう」

「最近あの子、私の言うこと全然聞いてくれないのよ。面倒なことは全部ショボスに任せるし、部屋に篭ってゲームに明け暮れてるし。バレンタインデーにチョコくれなかったし。

 それに、やたらと貴女に懐いてるし」

「いや、最後のは別に良いだろ」


 言いながら、紅茶を啜る。

 程よく苦くて甘い。我ながら絶妙なブレンドだ。この味はあのメイドでは出せまい。


「何だお前。わたしに嫉妬してるのか?」

「ち、違うわよ! 自惚れないでよね!? 誰が貴女なんかにっ」

「じゃあ何だよ。言いたいことがあるならはっきり言え」

「む……」


 参考までに、ラバーナムとは藤に似たマメ科の植物だ。

 ここイギリスではごく当たり前に見られる花で、5〜6月頃から見られ始める。

 大きいものだと8m程にもなる落葉高木で、黄色い藤のような花房が、まるで鎖のように垂れて咲くことから「金鎖キングサリ」とも呼ばれる。


 桜も良いが、この花も風情があって良いものだ。

 観たことが無い人には一見をお勧めする。


「ちょ、ちょっと! 何解説してるのよ!? 私の話を聞きなさい!」

「お前がさっさと言わないのが悪い。まあ、言わずともわたしにはお前の心が読めているがな。

 ──カリスマが欲しい、と」


 カリスマ。

 地球の文献に度々登場する用語だ。


 詳しい意味は知らないが、何でもそれを持っていると支配者としての資格を得られるらしい。何故なのかは分からないが。


「そう。カリスマ。

 それがあれば、私はあの子の主人で居られる。あの子だって私を尊敬してくれる。私を好きで居てくれる。

 だけど今の私には、きっとカリスマが無いんだわ」

「ふむ。なかなか興味深い話ではあるがな。

 だが残念だったな。わたしにもカリスマが何なのか、具体的なことは分からないのだ。

 ……カリウラだったら知っているがな」


 紅茶をもう一口飲んだ。

 ほろ苦い青春の味がした。


 そう言えば、ラバーナムのことを中国では「毒豆」と呼ぶらしい。

 理由は実に毒性があり、食べると危険なため。花も危ないのだろうか?

 もっとも、クトゥール人であるこのわたしには、さしたる効果は無さそうだが。


「貴女でも知らないんだ……」

「そう残念そうな顔をするな。カリスマなんて無くたって、あいつはお前のメイドなんだ。それはあいつ自身、分かっているはずだ」

「うー。それはそうかも知れないけどぉ」


 全く、このお嬢様は何が不服なんだか。

 愛する人と一緒に居られるだけで十分過ぎる程幸せなはずなのに、それ以上を求めようとするとは、贅沢にも程がある。


 しかしカリフラワー──いや、カリスマ。

 王の器とも言われるそれ。どんなものか興味はある。


「……もしかしたら、手に入れられるかも知れない」

「え、ホント!?」

「ああ。そもそもカリスマとは支配者の証。

 ならば、支配者になれば良いのだ。

 つまり──世界征服」

「セカイ、セイフク」


 息を呑むお嬢様。

 無理もあるまい。世界を征するということはすなわち、クトゥール王家に反逆することを意味しているのだから。

 さすがのお嬢様と言えども、クトゥール全人類を敵にする勇気は──。


「そっか! その手があったわね!」

「え」

「ありがとう! 貴女のおかげで入手方法が分かったわ!

 早速やってみる!」


 意外にも、軽い口調でそう応えて。

 彼女は意気揚々と部屋を出て行ったのだった。


「…………」


 紅茶を飲み干してから、ふと考える。


 彼女は、本気でやるつもりなのだろうか。

 ……あのお嬢様ならやりかねない。

 世間知らずだし、クトゥール人とは思えない程に知能が低いし。


 クトゥール本星との戦争。

 本当にそんなことになったら、首謀者である彼女の極刑は免れまい。ついでにメイドも処分され、この屋敷にはわたしだけが残される。


 ──あ、それも良いかも、とちょっと思ってしまったのは彼女達には内緒だ。


「ふっ。ジェームズに笑われてしまう、かな」


 どうせ今回の一件も、メイドから過去へと送信されてしまうのだろう。もしかしたらジェームズにも伝わってしまうかも知れない。


 何だか本当に笑われそうな気がして来て、わたしは慌てて彼女の後を追った。



 ◇◆◇◆◇



 結論から言うと、世界征服は実行に移されなかった。

 実行者であるはずのお嬢様が、その単語が意味するところを知らなかったためだ。


「ねー。セカイセイフクって何なの?」

『ありきたりですが、世界一の制服のことですお嬢様。別名をアザーッス。

 それを手に入れれば宇宙の王たる資格を得られるとか何とか』

「あ! じゃあもしかしてカリスマってセカイセイフクのことなのかな? かな?」

『そうかも知れませんねー。

 そんなことより、はいコレ』

「え? これ……チョコレート?」

『はい。ちょおおおっと一週間程遅くなりましたが、バレンタインデーのチョコレートです』


 何だかんだ言いながらも、メイドは主人のことを一番に考えているようだった。



 ──よし。

 良い天気だし、今日はチョコレートティーを試してみよう。



 ◇◆◇◆◇



 全てのラバーナムの黄色い花たちは

 集まって房になって垂れ下がります


 幸せのシャワーの中で

 花たちを見てください


 みんながこう呼びます


「金色の雨」

「金色のチェーン」


 枝から下がって揺れています

 青空を背景に



 ─Cicely Mary Barker, THE Laburnum FAIRY─

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