33話 皆が期待するハワード・ロック
「! てめぇ、ちょっとは空気読めよ!」
ここで出てくんのか、あの野郎! くそ、ネロ!
『当然出てくるとも。完全なる形に作り上げた芸術、それを破壊する時こそが、もっとも美しく、儚い最高の瞬間なのだから』
急いでネロに手を伸ばしたが、遅かったぜ。
ネロの背後に人影が浮かぶなり、腕が胴を貫いた。腹を貫通されたネロは、そのまま倒れちまう。
「ね、ネロぉっ!」
「怪我人は黙ってろ、俺が行く! ブレイズ、そいつら守ってろ!」
「え、ええ!」
くそ、間に合え!
『大丈夫、もうこの子に用はない。抜け殻は喜んで返してあげよう』
ネロから腕を抜くなり、投げつけてきやがった。俺じゃなかったらキャッチ出来なかったぞこんにゃろ。
「ネロ、生きてるか? おい! 死んだら殺すぞこら!」
「せ、んせい……僕は、僕、は……なんて、事を……!」
息はあるな。それに、どうやら自分を取り戻したみてぇだ。でもって、威圧感も消えちまってる。
「どうりで威圧感が増したはずだ。ずっとてめぇが、後ろに居たんならな」
『君もやはり人の子か。かつての仲間が産んだ子供、疑いを向けられない情の深さ。それが君の弱点だよ、ハワード・ロック』
ネロから魔力を奪い取って、人影が実体化した。
長い銀髪に、全身黒のタイツヤロー。そして俺と同じ腕を持つ……俺が唯一苦戦した魔王。
『さぁ、我が名を呼んでくれたまえ。我が唯一認めた、最も美しき人間。ハワード・ロックよ』
「自己紹介くらい自分でしやがれ、だがそうだな、たまにはてめぇの遊びにつきあってやる。……久しぶりだな、ルシフェル」
やっとラスボスの登場だ、俺が魔界で出会い、右腕を奪った魔王、堕天魔王ルシフェル!
こいつが、この事件の全ての黒幕だ。
『おお……なんて、なんて麗しい響き! 君ほど強く、逞しき人間から紡がれるその言の葉全てが、私にとって福音たる物だ!』
「気持ち悪ぃんだよ、馬鹿。こっちはイラついてんだぜ? 俺を出し抜いて、散々っぱら暴れまわってよぉ。むかつくぜ、腹の底からな」
『これは失礼した。だが怒る君も素敵だ、マイステディ』
随分紳士的に手を振り、会釈をする。相変らず、キザな奴だ。
「ルシフェル……師匠が、倒した……魔王……」
『醜き弱者は黙ってもらおう』
カインに向けて槍を飛ばすか。そう言う所も変わってねぇな。って事でキャッチだ。
「気が早ぇよ、まずは水でも飲んで落ち着け。バイキングでいきなり肉料理山盛りにしてくんのは、マナー的にもどうかと思うしな!」
ルシフェルに高威力の水魔法をぶちかます。普通の魔物や魔王なら、一撃でバラバラになる魔法だ。
だが、奴には効かなかった。
『それは失礼した。しかし、随分と威力が低くはないかな? 普段の君なら、私の体を半壊させるだろうに』
水が無くなるなり、しれっと出てくるルシフェル。やっぱこいつは誤魔化せねぇか。
『もしや、思いのほか魔力を奪われているとか? 違うかい?』
「昨日飲みすぎて二日酔いなだけさ。ほっとけ」
ウィットにとんだジョークで隠しても、無理だよなぁ。
ネロに思った以上、持って行かれちまったからな。道中の戦闘をブレイズ達に任せてたのも、それが理由よ。
「先生、うち達に戦わせてた理由……そげなこつ……!」
『黙るがよい弱者。何度も言わせるな、我は醜い弱者が大嫌いなのだ』
今度はレヴィに攻撃する気か? おいおい勘弁してくれ。
「社会科見学に来た将来有望の学生だぜ、そんな目くじら立てんなよ!」
ルシフェルが攻撃する前に潰してやるか。じゃねぇとレヴィが死ぬからな。
「お前の相手は、俺がしてやる。お望み通りのワルツを踊ってやろうじゃねぇか、ルシフェル!」
『そうだ! そのために我は蘇ったのだよ、ハワード!』
俺とぶつかり合いながら、ルシフェルは語りまくったよ。自分が蘇った理由をな。
『君と戦い続けたあの一ヵ月、まるで夢のような幻想的な日々……あれは今でも、忘れられない! どんな魔王も、人間も! まともに我と切り結べる者はいなかった! 君だけが唯一なのだよ! 我が力に撃ち負けない、最高に強い存在は! だから我は望んだ、もう一度君と愛し合いたいと! だからやられる直前、影武者を出して逃れた。だが弱ったせいで、人間界に迷い込んでしまってね……だが、君は戻ってきた! 我にもう一度、会うために! なんと、なんと喜ばしい事か! 我が最愛の人と今一度出会えた、これほど喜ばしい物はないではないか!』
「はっ、随分と熱烈な告白してくるじゃねぇか。それが、ネロをそそのかした理由かよ」
『勿論だ! 我のためによく尽くしてくれたよ。何しろ君に負けて、校舎裏で泣いているのを見かけてねぇ。同じ君に負けた者だ、利用するのは至極容易い! 軽い言葉かけで簡単に乗ってくれたよ。力を渇望する、幼い子供を誘うのは一興ではあったね』
「……じゃ、ネロからてめぇを求めたってわけじゃねぇのか」
そう言う事だよな、カイン。言質は取ったぜ。
「少し気がかりな事があったんでな、その言葉が聞けて嬉しいよ。おかげで、心置きなく暴れる事が出来るぜ」
『それは良きことだ。さぁ、戦おうハワード! だがその前に、人間達には退場してもらいたいものだな。我は君と、永遠に戦い続けたいのだ。だから君と戦う前に、この世界の人類には、消えて貰わねばならない』
「おいおい! そりゃ極端じゃねぇか? 俺だけを狙えばいいだろう」
『いいや駄目だ! 戦いとは、アートでなければならない。限りなく無駄を削ぎ落し、極限まで磨き上げた、美の集大成! それこそが戦いという物なのだ!』
「だったらなんでネロを操った」
『勿論演出のためだ。すぐに結論で終わってしまっては美しくない、アートとはそこに至るまでの過程が重要なのだ! だがその過程が終わった今、余計な物は要らない。この世界には! 君と我のみが居て! 初めて美しいアートへと昇華するのだ! それが分からん君ではなかろう、ハワード・ロック!』
「ゴメン理解できねぇや。何しろ俺様は、もうとっくに綺麗なアートを手にしてるんでね。そいつに真っ黒な絵の具を重ね塗りされるのは、我慢ならねぇな」
残った力は、ちょっと分が悪いな。ただ、勝てないわけじゃねぇ。
必ず勝つさ、俺は。なぜって? 決まってんだろ。
「ってわけで、テメェらは邪魔だ。ここから先は……俺のプライベートタイムだ」
壁をぶっ壊して、脱出口を作る。旧勇者パーティは動けねぇだろうが、新勇者パーティならどうにかなるだろ。
「おいガキども、そこの老害達連れて脱出しろ。お前らならそいつら連れて行けるだろ?」
「なっ、先生!?」
「何を、しよっとか!?」
「決まってんだろ、鬼退治だ」
こいつの相手が出来るのは、俺しか居ねぇ。だったらお前らは、邪魔だ。
「師、匠……やめてくれ、これじゃ、昔と同じだ……また、貴方が……消えてしまう……! そんなの、俺……絶対、嫌だ! 嫌だ!」
「うるせぇな馬鹿弟子。ぴーぴー喚くな」
歳考えろカイン、てめぇはもう三十も後半だろ? 妻子持ちだろ? そいつがみっともなく泣くんじゃねぇよ。
「ハワード、さん……許さないから……また、私達を置いて、居なくなるなんて……!」
「僕達だって、あの頃のままじゃない、なのに……どうして、動けないんだ……!」
「あのな! なんで今生の別れみたいなことになってんだ? 大げさすぎんだよお前ら」
お前らがそうであるように、俺もあの頃のままじゃねぇ。むしろそん時よりも、遥かに強いぜ。俺もな!
「ブレイズ、ディジェ、レヴィ。言わなくても分かるよな。そんでもって、言わなくても分かってくれるよな。……ネロ、助けてやるぜ。お前から、全てのしがらみを取ってな」
「……先生……!」
「……行きましょう皆さん。私達は、邪魔だわ」
「離せ、ブレイズ……! 俺は、師匠を……師匠を!」
「大丈夫たい、皆さん。先生は、大丈夫でしゅ。だって、先生は先生やから」
「だけど……ハワードさん……!」
「くっそぉ……また、また僕達は……!」
「何言ってんだよ、親父。俺達のハワード先生は、絶対負けない。だから……」
『帰ってきて! 必ず! 皆の所へ!』
「おーよ、だから、大人しく待ってな。親愛なる家族ども」
今回は大人しく帰ってくれたな、それでいい。そうじゃなくちゃ、俺もガチでやりあえねぇ。
さぁて、気張るとするか。俺に期待してくれる連中のためにな。
『さぁ、邪魔者は居なくなったな。では、楽しもうじゃないか。我と君の、甘美なる舞踏会を!』
「うるせぇ、黙れよ」
言ったろ、勝てないわけじゃねぇって。勝つんだよ、俺は!
ルシフェルと二人だけの塔の中、前触れもなく始まるダンスパーティ。互いの身を切り、打ち砕き、魔法で激しく世界が揺れる、この世ならざる舞い。
何人たりとも割り込めねぇ激闘に、ルシフェルはご満悦のようだが……生憎俺はてめぇを楽しませるために踊ってるわけじゃねぇ。
『どうしたハワード、ステップが弛んでいるぞ! そぉら!』
「ぐはっ!」
とはいえ、やっぱこいつ、強ぇわ。俺の一瞬のスキを突いて喰らった、超火力の魔法攻撃。俺ですら意識が飛んで、全身が軋みを上げる。
その一撃をきっかけに、防戦一方になっちまう。やっぱ、ネロに奪われた分が響いているな。ちょっと苦しいぜ。あ、腰が落ちた。
『せやぁっ!』
体が脱力した瞬間に、重い一撃が入った。俺とした事が、無様に転がり、倒れちまう。
こりゃあ、久しぶりのピンチだな……体が、痛ぇや。ちょっと動くのも億劫だぜ。こんだけボロボロになったの、いつ以来だ?
へへ、けどなぁ……それでも俺、勝っちゃうんだよなぁ。だってよぉ、俺はよぉ……。
『やはり君と踊るのはとても楽しいな。それ故に分からない事がある。どうして君はそうまで他人のために戦う事が出来る? あの小僧を通して見ていたよ、君の暮らしぶりを。
普段の君は粗暴で、女ったらしで、金銭面もだらしのない、自分勝手な男にしか見えない。なのになぜ、そうまで他人を想う事が出来る。一体どっちが本当の君だ。あまりに自分勝手にふるまう君、人を慈しむ心を持つ君。どう考えても相反するだろう。それが全く、理解できないのだ』
「……何言ってんだよ、そこまできちんと見てんのに、どうして俺を、理解できてないのかねぇ」
もしかして、読者諸君も分かってないのかな。俺の事。
あのなぁ、そんな「お前はなんだ?」なんて哲学的な事ぐだぐだ聞くんじゃねぇよ。そんなに難しい事じゃねぇだろうが。
「そんなもん……俺がハワード・ロックだからに決まってんだろうが!」
俺は俺以外を表現できねぇ、読者諸君が見てきた全てが、俺の全てだ! それ以外の答えがあるのか? ねぇだろ!
「だから俺は、勝つんだよ。絶対無敵最強賢者に負けは許されねぇ。じゃねぇと、寂しがって泣き喚く奴らが居る。俺が俺であるために、あいつらの中の俺が、最高の俺であるために! 俺は最強の大賢者、ハワード・ロックで居なきゃならねぇんだ!」
感謝するぜ、読者諸君。お前らのお陰で、力が湧いてきた。
お前らも、負ける俺なんか見たくねぇよな? 勝ち続ける俺じゃないと、嫌だよな!
俺に期待してくれて、ここまで見続けてきたお前らも、もう一人の登場人物だ! 諸君の前では、カッコいい俺であり続けたいのさ!
「俺の表現する俺を期待している連中に、ダサい姿は見せられねぇし見せたくねぇ! だからよルシフェル……勝つぜ俺は! この魔王の右腕で……大事なモンを全部守り抜く! 一つたりともてめぇなんかにゃ渡さねぇ! 俺は……ハワードは! 世界一欲張りな男だからな!」
『ははははは! ならば我はそれ以上の欲張りだ、君を奪い、我がものとしよう! ハワード!』
遺言はそれでいいのか、ルシフェル。
もう次の一撃で、全部が終わるんだからな。
『さぁ、もっと踊ろう、もっと、もっとぉ!』
「残念だが、フィナーレだ」
魔王の右腕で、ルシフェルを刺し貫く。この右腕は、元々お前の物だろう?
なら、こういう使い方、出来るんじゃねぇか?
「お前の全てを、奪ってやる」
右腕に、魔王ルシフェルを吸収していく。封印じゃねぇ、同化でもねぇ。ルシフェルその物を、俺の力に取り込んでやるのさ。
こいつ自身の腕だからこそできる物。魔力の波長が合っているなら、こいつを魔力に変える事くらい、余裕だぜ。
『なっ、や、やめろ、やめろ!? 何をしているのだ、ハワード!?』
「喜べよ、お前の大好きな俺様の一部になるだけだ。言っただろ? 俺は世界一欲張りな男だとな! 殺すなんざ勿体ねぇ! お前を骨の髄まで喰らい尽くして……俺は勝つんだ! そして戻るんだ! 大事な家族が、待っている場所へ!」
あの時とは、俺も違う。
あの時俺は、力がなかった。カイン達と別れるしか、魔王を倒す方法が思い浮かばなかった。……守るべき人達に、無用な涙を流してしまった。
だからこそ、同じ過ちは繰り返さない。大切な人達の悲しむ涙なんか、見るのはごめんだ。見るならば、再会の喜びって涙を分かち合う方がいいだろう!
それが、俺が最強であり続ける理由なのだから!
『嫌だ、消えたくない、消えたくない! 我は、まだ、まだ! 踊り足りな、あ、ぁぁぁぁあぁぁ!』
「消えちまえ、過去の亡霊!」
ルシフェルの姿が消え去った。俺の中に溶けて、消滅したんだ。
「……どうだい、読者諸君。少しはお前らの期待に、応えられたかい?」
応えられてないと思った諸君にゃ、申し訳ねぇな。応えられたと思った諸君は、ありがとさん。これが、俺の表現する俺なんだ。
カッコ悪いのも、不格好なのも、不器用なのも。お前らが見てきた全ての俺をひっくるめて、ハワード・ロックってわけなのさ。




