20話 名無しの役者、Unknown Actor。
へぇ……久しぶりだぜ。俺様が敵を見て笑っちまったのは。
血のような深い紅の鎧に、幅広の諸刃の剣。顔は兜で見えねぇが、眼光は肌をビリビリさせるくらい鋭く強ぇ。闘気のせいか、体が随分でかく感じるぜ。
「てめぇ、俺らが捜してる魔王か?」
『いいや、違う。それに近い存在ではあるが』
「あっそ、折角姿を見せてくれたんだ、名前くらい教えてくれると嬉しいんだがね」
『名乗るような名前は持っていないが、そうだな……UA、Unknown Actorとでも呼んでもらおうか』
「そうかい。ま、今はその返事で満足だ。ブレイズちゃん、こいつを持ってろ。セイレーンはこいつにゃ使えねぇ、隙がデカい」
「え、あ……は、はい……!」
案の定、ブレイズちゃん達は怯えてるか。ギター取りこぼして、顔青くしてやがる。恐くて言葉も出ねぇって感じだな。
ま、俺様も相当ワクワクしちまってるからな。ヘカトンケイルの奴とは違う、本当に強い奴の気配だ。全身の毛が逆立って、脳内麻薬が湧き出てやがるぜ。
『残念だが、今貴様と戦うつもりは毛頭ない。ただ、それを回収しに来ただけだからな』
「それ? ギターの事か。生憎あれは俺様の物でね、勝手に自分の物にすんじゃねぇ」
『質に入れたのなら誰の物でもあるまい。質草として流すつもり満々だったのだろう?』
「あー……否定できねぇな」
あんなもんなくても俺ってば強いからな。ぶっちゃけ暇つぶしで作った魔具だからもう要らねぇし。
『ならば文句を言われる筋合いはない、貴様の物は俺の物、俺の物は俺の物、だ』
「ちっ、論破されちった」
「って負けてどうするのハワードさん!」
いやー、割と正論なもんで言い返せねぇや。てへっ☆
「先生、どうしてそいつを前に……平気で居られるんだよ……!」
「足の竦んで、動けなか……! えずか、たい……!」
「踏んできた場数が違うだけだ。ブレイズちゃん、そいつら抱えて下がってな」
「私とハワードさんで食い止める、今の内に街へ逃げなさい」
「わ、分かりました……!」
ギター忘れんなよ、どうもそいつは魔王様を復活させんのに必要らしいからな。
『逃げるのは構わないが、その魔具だけはおいて行ってもらおう』
UAが動いた。俺ですら虚を突かれる程、無駄がなく早い挙動だ。
口先だけじゃねぇ、あの野郎、強いな。
『返せ、魔具』
おっと、読者諸君。俺様別に反応できなくて追いつけなかったわけじゃねぇぜ。
ブレイズちゃん達にUAが迫るが、俺様が出る必要がねぇってだけなんだ。何しろ、俺が世界で唯一信頼する奴が来てくれたからな。
「困るな、俺の後輩に手を出しちゃ」
金色の剣を手に、そいつがUAを弾き飛ばした。
小気味いい金属音だぜ、どうやら平和にかまけて鈍ってはいないようだな。
「ナイスタイミング、カイン」
「遅れてすみませんでした、師匠」
UAを俺の正面に戻して、隣に立つ馬鹿弟子。勇者カイン様のご登場だ。コハクが来てんなら、当然こいつも居るってわけ。ついでにもう一人、役者が居る。
「ディジェ! 無事か、生きているんだな!?」
「お、親父!?」
忘れちゃいけねぇ、もう一人の登場人物。ヨハンも来てくれたか。かつての得物、ハルバードを持ってやってきたぜ。
『カイン、コハク、ヨハン、ハワード……元勇者パーティの、再結成か』
言われてみりゃ、そうだな。
懐かしいぜ、旅していた頃を思い出す。この四人が世界最強にして、最高のパーティだ。
「あれが、事件の発端となった存在みたいですね、師匠」
「らしいな。ただ、魔王とは違うらしい。とっ捕まえて教えて貰おうじゃねぇか、その兜の下にどんな顔隠してんのかをよ」
俺らが揃った今、てめぇに勝ち目はねぇ。観念してお縄につくんだな。
『だから言っただろう、今貴様らと戦うつもりは、毛頭ない。だが、困るな。これでは魔具を回収できない……なら、仕方ない。壊すか』
言うなりUAの奴が指を鳴らした。そしたら、俺様の魔具が爆発しやがった。
「んなっ!? てめぇ俺様の魔具を! あれお気に入りの魔具だったんだぞ!」
「なら質に入れるなよハワードさん! けどあれじゃ、情報が得られないな」
「ええ、魔具にUAの魔力が残っていたら、正体を掴めたのに」
『まだ、足取りを掴まれるわけにはいかないのでね。こい』
UAが指笛を吹くなり、空からプテラノドンが飛んできやがった。
そいつに乗って逃げる気か? そうはさせっかよ!
「ブーストしろコハク! カイン、主役は譲るぜ!」
『了解!』
コハクから魔力をチャージしてもらって、ライトニングをぶっ放す! こいつでプテラノドンを吹っ飛ばしてやるぜ!
コハクからブーストを受けた後じゃ反動で動けねぇ、だからカインにフォローを任せる。あいつなら、UAを仕留められるからな。
『そうは、させん!』
って思ってたら、UAの奴がライトニングを剣で弾きやがった。
カインをいなして、そのまま飛び乗っちまう。あいつ、俺らの連携をかいくぐっただと。
「いや、それ以前に俺の太刀筋を、見切っていました」
「んだと?」
カインの剣は超一流だ、そいつを見切るだと?
何者だこいつ、今まで出会った連中の中でも、異質な奴だ。
『役者も揃った事だし、ここで宣戦布告をしておこう。我が名はUA、unknown actor。魔王の力を求め、眷属に降りし人間なり』
「人間、だぁ? 妙に強いとは思っていたが、まさか俺様と同じ魔王の力を持った輩たぁな」
『ああ、そうだ。貴様と全く同じ力を得た人間だよ。ハワード・ロック』
……それ、どういう意味だ? なぜてめぇ、俺の右腕を睨みやがる。
『我が目的は魔王の復活、そしてその力を手にする事。既に魔王は我が手中にあり、だ。駆逐を目的とする勇者パーティよ、貴様らの思惑通りには、させんぞ』
「なら、ここで出てきたのは悪手だったな。ここには俺とカインが居る」
「人類の二強が揃っている以上、逃がすつもりは毛頭ないな」
『無論ここで勝てると思ってはいない。ゆえにこの場は退散させてもらう、が……これでは追いかけられるな。こい、“血肉ヲ与エシ影”』
中二病全開の技名言うなり、奴の背後から分身が出てきやがった。数は四人、俺らに合わせてきたな。
『数分でいい、時間を稼げ。行け』
「逃がすか!」
おっとヨハン、勢いよく追いかけるのはいいが、UAの分身が襲ってくるぜ。
「ブレイズ達が居る以上、駆除を優先するぞ!」
「分かったよ、カイン! さぁ来い、「プロバケーション」!」
出ました、ヨハンお得意のスキル。敵の狙いを自分に集中させる、挑発スキルだ。
ヨハンの奴はぶっちゃけ、火力はねぇ。代わりに俺様以上の打たれ強さを誇る、純然たるタンク役だ。
勇者パーティに選ばれたのも、カインの盾、身代わりとして選ばれたに過ぎねぇ。だがな、あいつはどんだけ攻撃を受けようが怯まねぇ、怯えねぇ、下がらねぇ!
俺達が大きな怪我なく旅を続けてきたのは、あいつが身を挺して守ってくれたからだ!
「いでっ! あだっ!? ぐおっ!!?? 強いなこの分身!? やめて、袋叩きやめて!」
……おいてめぇ、俺様が珍しく褒めたのにそれをチャラにする醜態晒すなボケ。
「下がってヨハン! 大きくて太くて逞しいの行くから!」
ヨハンが攻撃を引き付けている間に、コハクが詠唱して特大の魔法をぶっ放す。昔の俺らの、常套手段だ。……それよか台詞回しに突っ込んでいい?
「サイクロン!」
巨大な竜巻が分身に襲い掛かる。ヨハンはギリギリで回避して、俺らん所に転がり込んできた。
コハクの魔法は俺でも防ぎきれねぇ、そんなもんを受けて分身が無事で居るわけがなく、一気に体力が削られた。
「流石の威力だぜ、相変わらずの魔力……ってあれ? なんか竜巻、強すぎない?」
止まる気配ないって言うか、時間が経つごとに威力が無駄に高まっているような……あのままだと街ぶっ壊すぞ。
「ごめんなさい、暫く戦ってなかったら感覚鈍ってて……私、あの竜巻止められないかも」
「って暴走してんのかよあの竜巻!」
「そんな君もチャーミングだよ、コハク」
「あらやだ、カインってば……!」
「いちゃつくな! どうするハワードさん!」
「俺とカインで壊しゃいい! いくぞドアホ!」
バタバタしてるが……ボロボロになった敵に止めを刺すのが俺達だ。
「光の加護よ、剣に宿れ! 天翔ける閃の軌跡!」
「だからそのネーミングどうにかなんねーのか!」
いちいち締まらねぇなこいつらぁ!
ともかくだ、カインの光属性の斬撃と、俺の魔王の右腕による殴打で竜巻ごと分身を消し飛ばす。UAの置き土産は全部処理したが、肝心の本体は逃げられちまった。
「久しぶりのパーティ戦だったが、お前ら色々酷いぞ」
「いや、面目ない……僕とコハクはサポートに回ってたから、昔の感覚が落ちてて」
「ちゃんと鍛え直しておくから、ね?」
ね? じゃねーよ、てめーの魔力で制御不能になったら、いつ街が吹っ飛ぶかわかんねーんだからな。
すまねぇ読者諸君、こいつら本当はこんなグダグダな連中じゃねぇんだが、戦闘勘が鈍ってるみてぇでよぉ……。
「って、こんな事してる場合じゃなかった……ディジェ! ケガはないか!?」
「親父……平気だよ、レヴィと先生が助けてくれたから」
こっち見んな、てめぇ助けたのはレヴィだろうがよ。
「……この馬鹿! なんで一人で勝手に戦った? すぐに助けを呼びに戻れよ!」
「そんな事している間に被害が出たらどうするんだ! 俺は、卵でも勇者だ。弱い人を助けるために、この力を振るわなきゃならない。そう、ハワード先生から教わったんだ」
けっ、そういや鍛えてる時にちっと口滑らせたな。少し、フォローしとくかね。
「どうやら俺様にも少し責任あるようだな。説教なら後で聞いてやる、それより、てめぇ個人で言っとく事、あるんじゃねぇの?」
「ハワードさん……っ、今回お前が魔物に立ち向かったのは、学園の教師としては叱らなくちゃならない。でも、親としては……褒めておきたい。よく頑張ったな、ディジェ」
そう、それでいい。是非はどうあれ、そいつは弱い奴のために戦おうとしたんだ。ちゃんと褒めてやれ、アホンダラ。
「あの、空気読まなくてさせんでしたぁない。魔物の気になる事ば言いよったったいんやけど……先生、勇者パーティ?」
おっとっと、そういやUAがほざいてやがったか。
「レヴィ……いや、ハワードさんは、その……」
「そうだ。俺ぁかつて勇者パーティに居た賢者、ハワード様本人だよ」
「だからハワードさん!」
「事ここに及んだら隠す意味ねぇよ。元々隠す気もねぇしな」
二人に経緯を話してやると、見る間に目の色変わってきやがる。どうだ、これで少しは尊敬してくれるようになったろ?
「先生が、伝説の賢者……えっ、あの有名なハワード・ロックが、こんなの?」
「こんなのとはなんだゴラァ!」
「だって、俺も親父からよく話は聞いたよ? でも聞いてた話以上に物臭で、金勘定だらしなくて、女癖悪くて、食い意地張ってて……なんて言うかチンピラにしか見えないんだけど」
「僕もつい記憶を美化しすぎてたみたいで。実際ハワードさんヤクザ者だしなぁ」
「だったらそれらしくてめぇら潰したろかこのやろぉ!」
「いや、否定できないでしょ貴方」
やめてブレイズちゃん、追い打ちしないで。俺様これでも繊細なのよ。
「けど師匠は、飾り気がなくて親しみやすい。そうだろうレヴィ」
「はい! 伝説ん賢者様だけん、先生は先生たい」
「うふ、悪い人ではないでしょ? ちょっと、じゃなくて大分、じゃなくて相当変態だけど」
コハクの余計な一言で台無しだよ、○ァ○クが。
はっ、ゴタゴタしまくって空気が散らかりすぎだ。一旦物語ストップして仕切り直しといこう。
読者諸君にも伝えておきたい情報が、たんまり手に入った事だしな。




