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2話 久しぶりのご馳走。

「ふい~……生き返るぜぇ」


 風呂から上がり、牛乳飲んでげっぷをぷっはー! 読者諸君もやるだろ、これ。

 カインとの予期せぬ再会により、俺様ってば急に来賓扱いされちまったんだ。拘束を解かれて、汚れた体を洗うために風呂まで貸してもらってよ。

 ……あんがとよ、カイン。風呂なんざ何億年ぶりだ? すっげー気持ちよかったぜ。


「師匠、我が家の風呂は、どうだった?」

「へ、こんなこぎたねぇ親父に貸すにゃ、贅沢過ぎるぜばっきゃろー」


 畜生、つい憎まれ口を叩いちまう。どうしたら素直にありがとうを言えるんだ? 教えてくれるかい、読者諸君。

 ともあれ、食堂に通された俺は、豪勢な料理を振舞われたよ。ケバブやステーキ、シュリンプサラダ、他多数……俺の大好物が並んでやがる。


「おいおい、夜中にこんな大げさな物を用意すんな、浮浪者に出すような代物じゃねぇぞ。食う物くらい自分でどうにかするっての」

「いいから食べてくれ、失礼したお詫びだ。それにこの料理を作ったのは……妻なんだ」


 カインから名前を聞いて、俺は素直に食うことにしたよ。ったく、あいつ……今何時だと思ってんだ? 夜中の十時だぞ? 張り切り過ぎだアホンダラ。


 しかし、うめぇなぁ……。


 これまた何億年ぶりのまともな食事だ? 魔界じゃずっと、砂みてぇな魔物の肉と、汚水くせぇ血液しか飲み食いしてなかったからな。ついついがっついちまう。


 ケバブはパンがしっとりしてて、中の羊肉とキャベツがジューシー&シャキシャキで。ステーキは焼き加減が絶妙なレア。噛めば噛むほど肉汁がじゅわっと出てきやがる。


 シュリンプサラダも最高最高。新鮮な野菜の味なんて、すっかり忘れていたなぁ。ぷりぷりな海老が口で踊って、ご機嫌だ。


 ただの水ですら、俺にとっちゃ極上モンのワインみてーに感じるぜ。感動でつい……涙が出ちまうよ。


「味は、どうかしら。貴方の口に合うか、不安だったけど……」


 奥から、綺麗な青髪の夫人様がやってきた。

 まぁ、なんて別嬪に育ってんだかね。

 昔よりも出る所が出て、締まる所は締まってる。しかも美人ときたもんだ。カインの奴、羨ましいぜ。


「まぁ、まずくはねぇぜ。とりあえず、人類が食えるモンだ。コハク」


 ついつい出しちまう憎まれ口。どうにかできねぇかね、この癖。

 ともあれ、カインの嫁さん、元勇者パーティの魔法使いことコハクちゃんの登場だ。


 見た感じ、二人とも三十代後半ってところかね。いい感じに年齢を重ねてやがる。……幸せに過ごしてくれていたようで、何よりだ。


「はっ、仲良く乳繰り合ってるようだな、お二人さん。もしかしてハッスルしてた途中だったりする? もしそうなら、俺も混ぜてくれるかい?」


 だからちげーだろハワード! 馬鹿か俺は全く、全部台無しだ!


「ふふっ、相変わらずのセクハラね……変わってなくて、嬉しいわ。ハワードさん」

「嬉しいとつい、調子に乗る癖。やっぱり師匠は、師匠だな」


 そう言って、抱きしめてくれる二人。ちっ、てめーらも師匠離れできてねーっつーか……ったくよぉ。あんだけひでー事言った俺に、なんて仕打ちしやがる。……あんがとよ。


「師匠、魔界でのことを、聞かせてくれるかな。特にその……右腕のくだりを、詳しく」

「あー、こいつか。まぁ目を引いちまうよな。けど話すのはちょーっと長くなるんだよな」


 幸い、賢い俺様は、日記を毎日つけていたのさ。それが、読者諸君の読んでいらっしゃるこの物語、って奴さ。戦う以外での、唯一の娯楽だ。

 魔法の日記だから、いくら使ってもページが尽きることはねぇんだ。そいつを渡して、質問がある所だけを聞いてもらうことにしたわけよ。


「そうか、その腕は魔王ルシフェルの……」

「この魔物は? 強力な酸を吐き出すって書いてあるけど」

「へぇ、魔界にはこんな地形まであるのか。研究者が見たら目玉が飛び出るな」

「ちょ、貴方魔界でなにやっていたの!? もぅ……最低よ!」


 ……忘れてた、こいつら、異常なレベルで勉強熱心だった。下手に話をするより長くなるんじゃねぇの、これ……。

 まぁ、一つ一つ丁寧に答えちゃう俺も俺だけど。いやー、優しいおっさんだよねぇ俺様ってば。


「あと師匠、このくだりだけど……」

「あーはいはいストップ。もういい加減にしてくれ、いったい何億年分の話をすりゃいいんだ?」


 日記の枚数から逆算したところ、どうやら俺は魔界で、百億年もの時間を過ごしていたようだ。

 信じられるか、百億年だぞ百億年! さすがは魔界だぜ、時間の流れまでぶっちぎってやがる。


 でもって魔界の連中が強い理由も分かったぜ、人間界での数時間が、向こうじゃ百万年に相当するらしい。そんだけ時間の差がありゃあ、戦力の差も当然出てくるわな。


 ちなみに、人間界じゃ二十年の時が経過しているとのこと。いやはや、すげぇタイムショックだなぁ。


「さて、今度は俺が質問する番だ。お前らのこと、聞かせてくれ」

「ああ、勿論だ。師匠に話したいことは、沢山あるんだよ」


 あ、カインの台詞はカットするぜ。こいつ生真面目だから話し方が退屈でよ、何度も眠りかけちまった。


 要約すると、カインは魔王城から脱出した後、無事に王都まで帰還したらしい。

 でもって魔王討伐の功績で、パーティ全員平民出身の冒険者ながら爵位を与えられた。つまりは、揃いも揃って立派な貴族様に昇格したってわけだ。


 俺ならぜってーお断りだぜ? だって貴族ってのは縄張り意識が強いうえ、やたらとプライドが高い。下手に同じ地位についちまったら、そりゃもう謀略・陰謀わんさかのどす黒い世界に突入よ。


 ぶっちゃけ、金があるか無いかの違いで、貴族の世界はスラムの世界と全く同じなんだなこれが。スラムの人間も金欲しさに謀略・陰謀わんさかのどす黒い連中ばっかり。な、同じだろ。


 そいで、カインは世界を救った平和の象徴として、日々各地を回って活動しているらしい。コハクは妻としてこいつをサポートしている、ってわけだな。


 ヨハンが何してんのか気になるけど、会った時にでも聞きゃあいいか。生きてりゃどうせ会えるだろうしよ。


 ……しかし、ま。

 かつての仲間が立派な大人になっているのを見ると、なんつーか、嬉しいもんだな。


「息が詰まらねぇか、貴族生活なんてよ。毎日頭の湧いた連中の相手なんざ疲れるだろ」

「別になんてことはないよ。師匠の活躍を後世に伝えるためには、相応の地位が必要なんだ」


 だーかーらー、俺のことなんざ後世に伝えんじゃねーよバーカ。


 あー、読者諸君には教えとくか、俺のことを。簡単にな。


 俺は元々、スラムのごみ溜めに居た浮浪児だ。


 親の顔なんざ見たことがねぇ。物心ついた時から野外が家で、毎日人を殴り飛ばしては金を奪い、強盗を働いてはその日の飯を食う。そうしねぇと生きられなかったのさ。


 転機が来たのは、教会の連中が来た時だ。


 この世界には七曜教団とか言う、お国公認の宗教集団が居やがるんだ。

 やってることはボランティア活動を中心とした奉仕活動でな。その他にも周辺地域の警護だったり、日曜学校の実施だったりと。あくびが出るような非営利活動法人って奴なんだ。


 ある時、そいつらがスラムで炊き出しなんかクレイジーなことをしていてよ。ま、俺としても楽してメシが食えるから、ついつい寄っちまったんだ。


 そしたらそん中のお偉いさんがよ、俺を捕まえて言うんだ。


「彼は、規格外の魔力を持っている」


 ってな。


 ま、スラムの子供にしちゃ俺様は賢かったからな。それに腕っぷしの方も、そりゃあ強かったもんさ。そこらの大人を何人も病院送りにしていた程度によ。


 んで教会に連行されて、俺様の潜在能力が判明してな。それに目を付けた教会は、俺を僧兵として育てることにしたんだ。教団としては僧兵って言うと聞こえが悪いから、賢者って呼び名にしているがな。


 ただ、元々まともな教育を受けてこなかったヤクザチルドレンだ。いきなり堅苦しい世界に放り込まれた狼が、急に優しいワンちゃんになんざなれやしねぇ。


 所謂ものぐさ賢者っての? 酒やたばこは呑むわ、ギャンブルは嗜むわ、女を買うわ。教団に入ってからも俺は自由にやらせてもらったもんよ。


「そんな不良のおっさん賢者が、なんの因果か勇者の師匠をやっちまったんだ。てめぇにとっちゃ、唯一の汚点だろ」


「とんでもない! 師匠のお陰で俺は、強くなれた。俺が魔王を倒せたのはハワード師匠、貴方が居たからです。今でも思いだします、恐竜の居る密林に放り込まれての、一ヵ月サバイバル修業。無人島で二人きり、食う寝る以外は全部戦闘の極限訓練。一年間不眠不休で鍛練し続ける限界突破トレーニング……全て、俺の糧になっています」


 ……今思うとさ、これってふつーに虐待だよな?


 いや、まだこいつが駆け出しの冒険者の頃、危険なところを助けてな。その縁で無理やり弟子入りしてきやがったんだ。


 めんどくせぇから諦めさせるつもりで普段の修業に連れていったんだが、見事にメニューをこなしやがって……そのせいで妙に懐かれちまったもんだぜ。


「私も同じよ、ハワードさん。貴方は幾度も、私たちを陰から守ってくれた。私たちは幼くて、経験が全然なかったから……貴方がフォローしてくれなかったら、きっと旅を続けられなかった」

「はっ、お人よしすぎんだよてめぇらが。汚れ役もできねぇんなら、大人しく家に帰ってろってんだ。わざわざ引き立て役買って出た俺様に感謝しろよ受精卵ども」


 こいつらとの思い出話をいちいち話してたらキリがねぇな、気が向いたら話してやるよ、気が向いたらな。


「ま、いきなり押しかけた身だ。飯もご馳走になっちまったし、これ以上世話にはなれねぇ。今日のところは一旦帰るわ」

「帰る、って。ハワードさん、あなた魔界から戻ったばかりでしょう? 教会は貴方のことを戦死扱いしているから、籍もなくなっているし……戻ったところでその右腕じゃ、混乱を招くだけよ。行く当てなんかないじゃない」

「知ってるかい奥さん、橋の下ってのは案外寝やすいんだぜ」


 それにここは人間界、寝首をかこうと襲い掛かる魔王も魔物も居やしねぇ。

 適当な橋の下でも、俺にとっちゃ天蓋付きのベッドも同然さ。


「相変わらずひねくれているな、師匠は。それなら、断れなくしましょうか。……確か貴方、言っていましたよね。貸しは必ず返す性分だって」

「あん? ああそうだが」

「でしたら、別れ際に俺を蹴り飛ばした貸し、返してください。あれで気絶させられて俺、結構傷ついたんですからね」


 うっ、こいつ……強かなことを言いやがって。


「いや、あの、な? あれはてめぇが悪いんだぞ? 俺が行くってんのに無意味に食い下がりやがってよ。俺を怒らせたらどうなるかくらいわかってたろうに」

「あー、そういえば師匠、こんなことも言っていましたよね。「俺は赤の他人の約束は破るが、仲間との約束は破らねぇ。だからてめぇら、俺を信じろ」。魔王軍の追撃を逃れる時、しんがりを務めた時の言葉です。いやー、カッコいいセリフですねぇ」

「確かに、そんなこともあったわね。ハワードさん? 年下の私たちにこれだけ言われているのに、まだすごすご逃げ帰るつもりですか?」


 コハクの奴まで……こんちくしょう!


 いいか、読者諸君。俺はこいつらに負けたわけじゃねぇぞ? 俺様はあくまで、こいつらに作っちまった貸しを返すために泊まるんだ。だからこれはイーブンだ、イーブン。


「わーったよ、泊まってやるよフ○○ク野郎。ただし頃合いを見てとっとと出ていくからな、長居するつもりはちゃんちゃらねーからな!」


 その後、俺様は極上のお部屋で、妙に寝付けぬ夜を過ごしましたとさ。

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