10話 奥様うっとり一本満足バー
バフォメットってのはデーモンの仲間、ようは悪魔だ。
外見は山羊の頭を持った、痩せたジジィの体をしていてな。筋力自体は貧弱だが、その代わり凄まじい魔力を備えている魔術師型の魔物なのさ。魔界に居た頃は、ケバブ懐かしさに良く食ったもんよ。
……味はそこらのクソ噛みしめてるような酷いもんだったがな。
『さぞ馨しい魂の香りを辿ってみれば。異形の腕を持つ男と。勇者の力を持った女と出会えるとは。今夜はなんと素晴らしき夕餉。神よ。感謝します』
流石悪魔様だ。人間相手に侮って、もう勝った気になってやがる。つか悪魔が神を崇めんな。
ってな感じに呆れてたら、ブレイズたんに先越されちまった。
「戦う前に結果が占えているようだな。しかし残念、その占いは外れる事になる。貴様がこのナンバーワン勇者の私、ブレイズに勝てるはずがないのだからな!」
『ほほほ。活きの良い人間ですね。まずは貴方が我が夕餉になってくれるのですね』
「ほざいていろ! こいつを倒したら、今度は貴様だからな! 正体不明のケダモノ!」
ヘイヘイ、さっきの戦いで実力差見たと思うんだが。負けず嫌いなプリンセスだぜ。
ま、面白そうだしちょっと様子見てみっか。
『この所。三流の餌にしか当たっていなかったのですよ。おかげで食べても食べてもお腹が空いてしまって。貴方達は特に極上なようだ。ゆっくりじっくり堪能させて頂きますよ』
「では、この極上の剣を喰らってみるがいい!」
ナンバーワンを名乗るだけあって、ブレイズ嬢ちゃんは中々の腕前だ。
バフォメットの野郎も驚くくらい鋭い刺突。レイピアだからな、フェンシングの技を中心とした華麗な剣術よ。
ま、相手が相手なだけに通じてねぇようだが。
「くそ、ひらひらと!」
『流石は勇者。素晴らしい太刀捌きです。それ故にほほほ。組みやすい』
お嬢ちゃんが剣を突こうが、バフォメットは木の葉みてぇに動いて避けちまう。御自慢の剣術も空振りばっか、涼しい風を送るだけ。まるで団扇だぜ。
バフォメットってのは、相手の筋肉や呼吸を察知して動きを先読みする力を持つ。お嬢ちゃんが力を込めて剣を突けば突く程、動きは単調になって避けやすくなっちまうのさ。
「ならば、魔法ならどうだ! ライトニング!」
『でしたら。同じ魔法を使いましょう。ライトニング』
紫電をぶっ放す雷魔法か、ったく無謀な事しやがって。
魔力量だけならお嬢ちゃんが上だ、だがバフォメットの方が雷の収束率も、魔力の変換率も遥かに上。最小限の力で最大の力を出してやがる。力任せに魔法ぶっぱするしか出来ねぇお嬢様が、数億年も魔法にステ振りしているジジィに勝てるわきゃねーだろ。
「あぐぅっ!?」
当然、撃ち負けて倒れやがった。
ヨハンから聞いていたが、勇者共の知識に経験値、マジで低すぎんだろ。
下級の魔物なら適当に力振り回してどうにでもなるだろう、だが上級の魔物となりゃそうはいかねぇ、相手の特性、武器、技術。その全部を理解して、的確に自分を飼いならさなきゃ、ただ餌になるだけだ。
『ほほほ。貴方はとても芳醇な魔力を秘めている。さぁ。私のお腹を一杯満たしてください』
「く、そ……! ナンバーワンの私が、勝てない……!? これ程、とは!」
下級の雑魚蹴散らしてるだけのランカーなんざそんなもんだろうよ、仕方ねぇ。
「ライトニング」
こいつはお手本だ、参考にしなお嬢ちゃん。
俺の紫電はバフォメットよりも遥かに高威力だ。どうだいこの鼓膜を破る轟音、網膜を潰す閃光、そして刃のような稲妻。一撃で山羊野郎をぶっ飛ばしてやったぜ。
『ぐおっ! なんと。この紫電……人間の出す物とは思えない!』
「たりめーだ、俺様を誰だと思ってやがる。それにそこのお嬢ちゃんは俺の獲物だ、とうに今夜のロマンスを約束した仲でね」
「誰がしたんだそんな約束!」
『貴様。名前は』
「ハワード・ロック、この名に覚えはねーか? 愚かな山羊さんよ」
知らねぇなら語る価値はねぇ、知ってるなら語る意味はねぇ。
魔界を支配し、頂点に君臨した人間。史上最強の大賢者様とはこの俺の事よ。
『ハワード。ですって? まさかその右腕。非業の死を遂げた魔王ルシフェルの!』
「そ、それにハワード・ロックって……平和の象徴、カイン様の師匠で、勇者パーティを守った伝説の、大賢者じゃ!?」
「解説あんがとよ二人とも。ご褒美にちっとだけ大賢者様の力を見せてやらぁ!」
魔王の右腕の出番だ、スタイリッシュに行くぜ!
肘から先をとがらせて、螺旋状の得物に変える。こいつも殺した魔王から分捕った力、変容。俺の右腕は、あらゆる形に変える事が出来るのさ。
待たせたな野郎の読者諸君、夢とロマンが詰まった兵器、ドリルの登場だ。
『まずい。まずい! ハワード・ロックが相手だったとは……だ。大誤算です!』
おいおいつれねぇな、遠慮せずに味わってくれ。この奥様うっとり一本満足バーを、てめぇのどてっぱらに突っ込んでやるからよ!
「おらぁ!」
『ぐっばぁ!?』
腹に突き立てたら、こいつを……角度を変えて! 抉る! 感じるポイントを探り当て、さらに抉る! いい所を見つけたら、もっと奥までねじ込んでやるっ!
「逝っちまいな!」
ドリルと言ったら回転だ。超音速でぶん回し、右ストレートをお見舞いすりゃあ、バフォメットのミンチ、出来上がり!
……勢い余って家とかぶっ壊して、仲良くやってるご夫婦と対面しちまったが、まぁご愛敬ってやつだ。
「次からは、きちんと相手を見定める事だなお嬢ちゃん。上級の魔物ほど人間界には出てこねぇ、力が強すぎて魔界とのゲートで体が閊えちまうからな。ハワード様のご忠告だぜ」
「……嘘よ、嘘。貴方がハワード様なんて、嘘よ……!」
「あん? 嘘も何も、さっきの実力見て信じらんねぇのかよ」
もとより正体、隠す気はねぇんだが。俺ぁどんな時でも、俺らしくしか生きられねぇからよ。へっ、ばれても別に関係ねぇさ。
「実力はともかく……私の知ってるハワード様はあんたみたいな人じゃない!」
「え」
「私、ハワード様の伝説は何度も読んだわ……カイン様が執筆したのよ、伝説の大賢者、ハワード様の伝記を。本物のハワード様は、とても優しくて、海よりも深い器があって、でもお茶目な性格で……そしてカイン様が唯一褒め称える、最高の人格者なのよ!」
おうおうあんにゃろ、まさかそこまで正しく俺様の伝記を書き上げていやがったか。確かに俺様は優しくて海より深い器の持ち主だし、茶目っ気もある。その通りの人格者だ。
「でもあなたは下品で口を開けば下ネタばかり、口は悪いわ品位は無いわ素行は悪い! 人間の負の面が実体化したような男じゃない! しまいに右腕は魔王の物! そんな奴がハワード様の名を語らないで汚らわしい!」
あんだとぉ!? おいおいそりゃねぇだろ、誰が人間の負の面が実体化したような男だ!
……今「そのとおり」とか思った画面の前の読者ども、そこで待ってろ。今すぐてめぇらの世界に殴りこんで、俺様直々にお説教してやる。
「今すぐ名前を変えなさい! さもないと、この勇者ブレイズが許さないわ!」
「クソ親からもらった名前でも捨てられるか! ったく、助けてやったのに罵声もらうたぁ思わなかったぜ」
気分削がれちまった、とっとと帰ろ。街ちょっと壊しちまったけど、ま、いっか。
「待ちなさい! 貴方、一体何者なの!? その右腕は一体何!? それ以上ハワード様の名を語るようなら」
「ハワード勇者学園。そこが俺の職場だ、名刺も渡してやる。文句あんならいつでも来いよ、歓迎するぜ」
口や態度は悪ぃが、体だけは俺好みだ。気が向いたらいつでも遊んでやるぜ、お嬢ちゃん。
「ハワー、ド勇者……私の、母校……」
「なんだ、OBかよ。ならより気兼ねなく来れるな。言いたい事があんなら口じゃなくて、腕っぷしで伝えな。どんだけお嬢ちゃんが認めたくなくても、お前は俺よりずっと弱い。その事実が変わるのかい?」
「それは……」
「俺様やカインのような天才様は、てめぇの数千倍もの努力を重ねて生きているんだ。そいつを否定したら、てめぇが惨めになるだけだぜ」
俺もカインも、若い頃はそりゃ辛い事を重ねて強くなってきたんだ。
認めたくねぇ現実を認める事が強くなる一歩だぜ、だからま、お嬢ちゃんも精々頑張れよ。
「あばよ、お嬢ちゃん」
さてと、帰りにどっかのバーで一杯ひっかけてくかな。
◇◇◇
ってな感じで終われば、ハードボイルドな余韻に浸れたのによぉ。
「おいカイン! これが俺の初任給か!?」
一ヶ月後、待ちに待った給料日。その間俺ぁカインの無茶ぶりに何度も応えてきた。
長い長い残業、業務外業務……それらを乗り越えた末の報酬はそりゃあもうたんまり……と思っていたら。
「提示された金額の半分未満じゃねぇかふざけんな! なんでこんな安いんだよ!」
「勤務初日に教室の扉破壊と黒板爆破、その後も木刀を折って床粉砕その他諸々……一ヵ月で学校や備品を幾つ壊しました? 加えて魔物退治で必要以上に街を壊しましたよね。修繕費は当然師匠の給料から天引きさせて頂きました」
「おいおい! そう言うの普通経費で落とせるんじゃ……」
「出来るわけないでしょうが! むしろ俺のポケットマネーで落としましたよ七割は! 残り三割は自己負担でお願いします!」
「こんなもんで生活できるわきゃねーだろ! 返せよ、俺様の汗と涙の結晶たる残業代かえせやブラック社長!」
「そんなに言うならもっと被害抑えるよう努力しなさい馬鹿師匠!」
「師匠に向かって馬鹿とはなんだゴラァ! 表出ろクソッタレ!」
「上等だ、上司に逆らったらどうなるか教え込んでやる!」
「やめろ二人とも!」
結局、ヨハンの奴に殴られてお流れになっちまった……畜生、ファ○キューカイン!




