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第一日・エンゲージ

 見渡す限り、不毛の荒野がひろがっていた。

 地平線の彼方まで、生命の痕跡はいっさいない。


 荒野には白銀色の不可思議な球体がうかんでいた。

 直径はきっちり一〇〇メートル。

 外部からはいかなる変化も認められず、内部の様子はいっさい不明だ。


 あれこそが、極級時間魔法『絶対停止結界ヨツンヘイム』。

 魔王トワイライトの本拠、とある詩人の言葉を借りれば「魔王の城」である。


絶対停止結界ヨツンヘイム』へと近づくにつれ「時間の流れ」は極端に遅くなっていく。

 そして結界の境界面に触れた瞬間、時間の流れはゼロとなる。

 すべての物体、すべての生命、すべてのエネルギー、すべての魔法――ありとあらゆる事象は完全停止してしまう。


 ゆえに最強。ゆえに無敵。

 この結界がある限り、魔王を倒すことはおろか、戦いを挑むことすら叶わない。

 人類は打つ手がなく、世界の終わりを座して待つしかなかった。

 

 この俺、勇者ソランが現れるまでは。


 時に星暦九九九年。

「世界が終わる日」まであと七日。

 俺は前人未到の『絶対停止結界ヨツンヘイム』への突入を果たそうとしていた。


「さて、いくか」


 両手で握った聖剣テトラグラマトンを胸の前で垂直に構える。

 自身の魔力を練りあげ、俺は唱えた。


十二聖剣技ゾディアーツ全霊解放エグゼバースト――!」 

 キィィィンッ……!

 俺の周囲に、魔力で形成された十二本の剣が出現した。

 十二本の剣は切っ先を天にむけたまま回転運動をはじめる。

 回転運動は指数関数的に速度を増していく。

 限界を超えて加速された魔力は縮退と対消滅をくり返し、途方もないエネルギーを生みだしていく。

 加速が頂点に達した刹那、俺は全魔力を聖剣テトラグラマトンへと結集し、天へと突きあげた。


 空が、割れた。

 

 空間が裂け、世界の裏側が露出する。

 あたかもそれは、空中に巨大な一つ眼が開いたかのようだった。  真理の眼。審判の眼。


 これが、極級空間魔法『特異点現出アポカリプス』。


 現出した特異点は、あらゆる既知の法則を破壊する。

 時間の流れも然りだ。

 俺の『特異点現出アポカリプス』は世界で唯一、魔王の『絶対停止結界ヨツンヘイム』を無効化できる魔法だった。


「――空間転移アンドゥリル


 十二聖剣技ゾディアーツの一つを発動。

 転移座標を『絶対停止結界ヨツンヘイム』の中心部に指定し、俺は瞬間移動をおこなった。


 シュンッ……。

 転移した先は、尋常ならざる空間――あるいは時間だった。

 

 一面が灰色の世界。

 球体の内側に入ったはずなのに、境界の曲面は見られない。

 灰色の領域は上下左右に際限なくひろがっていた。


 解析をしてみても、得られる情報はなにもかもがでたらめだ。

 この領域における空間の広さは、ゼロでもあり無限でもある。

 この領域における時間の速さは、一瞬でもあり永遠でもある。


 完全なる混沌。崩壊した調和。

 おそらく『特異点現出アポカリプス』と『絶対停止結界ヨツンヘイム』の力が複雑に混ざりあい、影響しあった結果だろう。


 灰色の世界には、透明な足場が敷きつめられていた。

 重力もまた停止しているが、俺にはなんの問題もない。

 重力の制御は空間魔法の十八番だった。


 足場に着地する。

 と同時に、俺は奇妙なオブジェクトに眼を奪われた。

 

 いや、それじたいは奇妙でもなんでもない。

 いたってありふれた代物だ。

 しかし、この異常な結界の中にあることで、奇妙極まりない印象を生みだしていた。


 そこにはベッドがたった一つ、置かれていた。

 クイーンサイズであること以外、なんの変哲もないベッドだ。

 真っ白なシーツに、真っ白な枕。


 そのベッドの上で、ひとりの少女が眠っていた。

 

 少女の寝顔のあまりの美しさに、いっとき俺は眼を奪われた。

 魂をわしづかみにされた、といっても過言ではなかった。

 

 そのうえ彼女は裸で眠っているようだ。

 薄手のシーツ一枚を胴体にかけただけの、あまりにも無防備な姿をさらしていた。


 頭の中では混乱が渦を巻き、疑問の洪水が押しよせた。

 だから俺は、考えるより先に体を動かした。


「――次元聖断エクスカリバー!」


 聖剣テトラグラマトンを縦に一閃する。

 ズォゥッ!

 空間が断裂し、裂け目からまばゆい光が放射された。

 裂け目は一瞬にして数百キロの彼方まで到達している。

 もちろんベッドとその上の少女は空間の裂け目に呑みこまれ、跡形もなかった。


 そう、考える必要などなかった。

 この『絶対停止結界ヨツンヘイム』の中に存在している時点で、少女は魔王でしかありえないのだから。

 

 完璧に決まった先制攻撃。

 俺の『次元聖断エクスカリバー』の直撃をうけて無事でいられるものはない。

 素粒子一粒さえ残すことなく、完全に消滅したはずだった。

 だが――


「選んだのは第三の選択、か。予想どおりつまらん男のようだな、勇者ソラン」


 背後から声が聞こえた。

 天上の楽園から語りかけてくるような、玲瓏たる声音だった。

 世界中のどのような楽器を集めたところで、これほど人の心に「響く」音はつくりだせないだろう。


 俺はあえてゆっくりとふり返った。

 声の主が魔王であることは認識している。

 それでも相手はすぐに仕掛けてこないという、不思議な確信が俺にはあった。


 果たしてふり返った先には、ベッドで眠っていた少女がうかんでいた。

 当然のように五体満足。かすり傷ひとつ負っていなかった。

 

 あらためて魔王の姿を見る。

 光沢を放つ純白の髪は非常に長く、足首にまで達していた。

 両のまぶたもいまは開かれている。

 左右の瞳で色が違う。右が金で左が銀、世にもめずらしい金銀妖瞳ヘテロクロミアの双眸だった。


 ベッドの上で全裸だったが、いまは衣服を身にまとっている。

 やたらと派手で奇怪な衣装だ。

 上半身は白い衣を身につけ、その上に半透明の七色の布を重ね着している。 

 下半身は赤の短いスカート。その下は生脚かつ素足だった。

 

 そして右手には、身の丈の二倍もの長さの杖をたずさえていた。


「俺を試したとでも言うつもりか、魔王トワイライト」


 音もなく着地した魔王は、挑発するような目つきと声音で言った。


「もちろんそうだ。全裸で眠るわたしを前にして、おまえには三つの選択肢があったはずだ」

 

 魔王は指を一本立てて、


「第一の選択。わたしの美しさと色香に見惚れ、なにもできずに棒立ちになる。この場合、おまえはムッツリスケベの童貞ということになる」

 魔王は二本目の指を立てて、


「第二の選択。無防備なわたしの姿に辛抱たまらなくなり、襲いかかって無理やり手篭めにする。この場合、おまえは脊髄と下半身が直結した色情狂の強姦魔となる」


 魔王は三本目の指は立てず、手をおろして言った。


「第三の選択は言わずもがな。おまえは朴念仁の戦闘バカという結論がでた」


 長々とした説明が終わったところで、俺は口を開いた。


「ひとつ訊く。ふざけているのか?」

「もちろんふざけているさ。なにせわたしは、これからおまえのようなつまらん男に長くつきあうはめになるんだ。最初くらいふざけておかなければ身がもたんよ」


 ……なんだこの女は、と思う。

 一種の精神攻撃なのだろうか?


「言っておくが、俺は朴念仁でも戦闘バカでもないぞ」

「ほう? ならば確認するが、ここへ来た目的はなんだ」

「決まっている。魔王トワイライト、俺はお前を倒しに来た」

「世界を救うためにか?」

「違う。お前を倒して、俺が真に最強となるためだ」


 魔王は盛大なため息を吐きだした。


「やはりおまえは真正の戦闘バカだよ。まったく、つまらないし、笑えないな」

「楽しそうだし、笑っているように見えるが?」

「それはそうだ。わたしはつまらない時に楽しそうにし、笑えない時に笑うことにしている」

「もういちど訊くが、ふざけているのか?」


 俺は聖剣を横に振るった。

次元聖断エクスカリバー』を同時発動。

 背後に空間の裂け目が無数に生じ、十字の光剣を形づくった。


「何度でも言おう。ふざけているに決まっているさ」


 魔王が杖の石突で足場を打った。

 直後、周囲の足場から漆黒の突起物が何本も生えてきた。

 魔王の時間魔法。おそらく『次元聖断エクスカリバー』に匹敵する威力を秘めているはずだ。


「いくぞ、魔王トワイライト」

「その台詞、言う必要があるのか?」


 カッ――!

 俺と魔王はたがいに魔法を撃ち放つ。


 ――こうして、長きに渡る戦いが幕を開けた。

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