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4話・勇者、貴族の少年を試す

「ぼ、坊っちゃん!?」


 門番たちはピンと背筋をのばすと、くるりと背後にむき直った。

「お騒がせして申し訳ありません。実はおかしなやつが押しかけきて、貴族に会わせろと無理難題を……」

「さっさと追い返せよ。そのためにウチは門番を雇ってるんだぞ」

「いや、それがですね、妙な手品を使うやつでして……」

「手品ぁ? それがどうしたっていうんだ。いいからさっさと仕事をしろよな」


 門番たちの背に隠れてしまって、少年の姿は見えない。

 とりあえず会話の内容からして彼が貴族であることは間違いない

 俺は歪曲場メビウスを使って門番たちを左右にどかせた。


 貴族の少年と対面する。

 年齢は一五、六歳。

 中性的でととのった顔立ちには、あどけなさが残っている。

 瞳は大きく、色はくすんだ緑色。

 ブラウンの髪はきっちり切りそろえられており、いかにも貴族の坊っちゃんという感じがした。


 ――はて。どこかで見た顔のような?

 いや、たぶん気のせいだろう。

 俺は人の顔をおぼえるのが苦手だからな。


「お前、その眼――!」


 俺の顔を見たとたん、少年は息をのんだ。


「驚いたな、真っ黒な瞳を見るのははじめてだよ。お前、リティウ村の住民じゃないな」


 俺の瞳の色に興味をいだいたようだ。

 たしかにこの漆黒の瞳は、千年前でもきわめてめずらしい色だった。


「悪いが俺は世間話をしにきたわけじゃない。確認するが、お前は貴族の子弟で間違いないな」

「そうだけど?」

「ならば用件を伝えよう。いまから俺と模擬戦をしてくれ。お前がどのていど魔法を使えるか試したい」

「はぁっ……?」


 ぽかんとする少年。

 やはり貴族以外の者が魔法を使えはしないと、はなから決めつけているようだ。

 ここは論より証拠、百聞は一見にしかずだ。


「――空気弾エアウェイブ


 魔法の出力を高めて発動。

 俺の右手に、こぶし大の空気弾が渦を巻いて現れた。

 こうやって視認できる形にすれば、いやでも認めざるをえないはずだ。


「なッ――!?」


 狙いどおり、彼らは驚愕に目を見開いた。

 門番たちにいたっては、驚きのあまり腰を抜かしていた。


「ば、馬鹿な、ありえない。平民が魔法を使うだなんて……!」

「だが現実だ。どうする、模擬戦を受けて立つか? 怖気づいたのなら無理にとはいわんが」

「こ、この僕が、ユースティア家の長男たる男が怖気づいただとっ!? 僕を侮辱してるのかよっ!」

「まず答えを聞かせてくれないか。模擬戦を受けて立つのか、立たないのか」

「ッッ! 受けて立つに決まってるさ! 僕は貴族だ、選ばれし血統なんだ! なにかの間違いで魔法が使えるからって図に乗るなよ平民ふぜいがっ! 僕に対するゆるしがたい侮辱、代償は命で払ってもらうぞ!」


 顔を真っ赤にして、口角泡を飛ばしながらまくしたてる。

 ここまで激怒させるつもりはなかったのだが。

 まあいい、殺す気でくるならむしろ好都合だ。

 真の実力を見極められる。

 

「門番! 僕の魔装具を持ってこい! いますぐにだっ!」


 そうして少年のもとに届けられたのは、大槌型の重量級魔装具だった。


「なにしてる? お前もはやく魔装具をだせよ!」

「残念だがいまは持っていない」


 事実だ。俺の魔装具、聖剣テトラグラマトンは千年前に置き去りだった。


「ふん、魔装具もないくせに喧嘩を売ってくるなんて、僕を舐めているのかい? それともお前は度しがたい馬鹿なのか?」

「どちらでもない。俺はお前の実力を測りたいだけだ」

「いいさ、お望みどおりにしてやるよっ!」


 少年は大槌を構え、俺を真正面からにらみつけた。


「我こそはユースティア男爵ルフトの子、ラント・ユースティア!」

 高らかな声で名乗りをあげる。

 ラント・ユースティア。それが少年の名前らしい。

 

 そのラントは、お前もはやく名乗れと眼で訴えかけてくる。

 俺はこの時代の流儀にしたがうことにした。


「俺はソラン。勇者ソラン・アイテールだ」


 俺は率直に言った。

 嘘をつく必要性を感じなかったからだ。

 俺の言葉を信じるかはどうかは、相手が判断することだ。


「は……?」


 ラントは虚をつかれた顔を見せて、


「ふっ、ふざけるのも大概にしろッ! どこまで僕を馬鹿にすれば気がすむんだよッ!?」


 怒髪天をつく勢いで怒りだした。

 これは予想外の反応だ。

 笑われるか呆れられるか、どちらかだと思っていたのだが。


「ふざけてなどいない。俺は正真正銘、千年前からこの時代に飛ばされた勇者だ。もっともいまの俺は魔王との戦いで満身創痍、本来の実力の一パーセントもだせない状態だから、すぐに信じられないのも無理はないがな」

「黙れッ! その減らず口を閉じろよ! こ、こともあろうにこの僕の前で、伝説の勇者の子孫たる貴族の前で、よくもそんな口がきけたものだな! 呆れと怒りを通り越していっそ感動すらおぼえるよッ!」


 俺は首をかしげた。

 ……勇者の子孫たる貴族? こいつは一体なにを言っているんだ?

「ちょっと待て、どういうことだ? 俺には子孫など一人もいないぞ」

「黙れよ! もう黙れェエエエエッ!」


 ラントは絶叫して魔法を発動した。

 ズズズッ!

 俺を取り囲むように地面が隆起し、あっという間に土の壁を形成した。


「ほう、これは」


 本来は自身を防御するための魔法、土塁壁クレイウォールだ。

 それを敵の動きを制限するために使うとは、なかなかおもしろい発想だ。

 俺は土壁に完全に閉じこめられたわけではなく、真正面にのみ、ちょうど人ひとりが通り抜けられる隙間が空いていた。


 いうまでもなくそれは罠だ。

 包囲されたことに焦り、反射的に前方への脱出をこころみれば――


「すり潰れろォオオオオッッ!」


 突進してきたラントの大槌の餌食だ。

 かといって土壁の中にとどまっていても結果は変わらない。

 逃げ場のない不利な位置で、大槌の痛打をうけるはめになる。

 戦法としては完璧に思えるが――


「だが甘いな」


 相手を包囲することを優先するあまり、土壁ひとつひとつの強度がおざなりになっている。

 はっきり言って、付け焼き刃の域をでていない。

 俺が空気弾エアウェイブを撃ちこむと、土壁はたやすく粉砕された。


「なっ!?」


 驚愕するラントは、すでに大槌を振りおろしにかかっている。

 俺は悠々と包囲を抜けだす。

 ラントの大槌はむなしく空を切り、なにもない地面へと叩きつけられた。


 がら空きになった背中。

 ここに一撃をくわえれば俺の勝利となるが、


「ど、どういうつもりだっ!? どうして攻撃しないんだよ!」


 俺はあえて手をださなかった。

 

「もう少しお前の実力を見てみたい。今度は違う戦法で頼むぞ」

「お前っ……。まぐれで避けられたからっていい気になるなよ! その油断が命取りだって教えてやるッ!」


 ラントは大槌を持ちあげると、その場で地面めがけてスイングした。


「――飛礫弓コメットスリング!」


 叩きつけた衝撃で数発の石礫を飛ばす。

 が、このていどの速度と密度ならわざわざ迎撃するまでもない。

 俺は加速法アクセラを使って瞬間的に加速し、直撃コースから余裕で離脱した。


「これならどうだっ! ――地振動ランドシェイク!」


 今度は左手を地面につけて魔法を発動する。

 相手の足元を揺らし体勢をくずす魔法だが、発生が遅すぎる。

 振動が伝わるころには、俺はかろやかに跳躍してラントの背後をとっていた。


「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だァッ!」


 ついには喚きだしてしまうラントだった。


「どうした、もう終わりか?」

「う、うるっさいんだよォオオオオオオッ!」


 ふたたび俺の周囲を隆起した土壁が取り囲む。

 最初とまったく同じ戦法。

 つまりは手詰まりということだった。


「すり潰れろォオオオオオオオッッ!」


 ラントが跳躍し、渾身の一撃を振りおろす。

 俺はあえて包囲から脱出せず、正面から受けとめてやることにした。


 ガギンッ! 重量級の大槌を、人差し指一本で受けとめる。

 魔力に圧倒的な差があれば、このような芸当も難しくなかった。

「うそ、だ……」


 あまりにショックが大きかったのか、ラントは魂が抜けたような顔になっていた。


「お前の欠点は、一にも二にも魔力量の少なさだ」


 率直な感想を俺は口にした。

 俺から見れば五十歩百歩なのだが、魔力量だけならあの槍使いの少女のほうがだいぶ上だった。


「ぁ……ぁぁ……ぁぁぁ……!」

 

 ゴトン。大槌が地面に落ち、ラントもその場にうずくまってしまった。


 戦意を喪失した相手をいたぶる趣味はない。

 これにて模擬戦は終了だった。

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