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2話・勇者、時をかける

 意識が覚醒するまでの時間は、一瞬のようでもあり永遠のようでもあった。


「ぅ……?」


 体の感覚が戻ってくるが、指先どころかまぶたすら動かせない。


 消耗が激しすぎた。

 魔王との決戦ですべてを使い果たし、魔力も体力も完全に空っぽだ。

 正直いって生きているのが不思議なくらいだった。


 ようやくまぶたが開く。

 視界に飛びこんできたのは、木々の緑と木漏れ日の光。

 俺の体は森の中に倒れているようだった。


 どういうことだ?

 魔王が息絶えたことで結界は消滅した。

 それはいいが、結界があった場所はいかなる生物も存在しない不毛の荒れ地だったはず。

 こんな緑豊かな森林には見覚えがない。


 べつの場所に飛ばされたのだろうか?

 まあ、ここがどこであろうと大差はない。

 力が回復して空間転移がふたたび使えるようになれば、俺は一瞬でどこへでも行けるのだから。


 と――


「なんだ君はっ? なにゆえこんな場所で寝ているのだ!」


 足音と、少女の声が聞こえた。


「むむっ! まさかモンスターに襲われたのか! だとしたら一大事だ、見せたまえ!」


 俺の視界に少女の顔がフレームインした。

 くすんだ緑色の、大きな瞳が特徴的だ。

 年齢は一五、六歳。

 魔王ほど人間離れした美しさではないが、まちがいなく美少女の部類に入る。

 ブラウンの髪をサイドポニーにしており、溌剌とした印象をうけた。


 魔法戦士であるらしく、右手には魔装具の槍をたずさえていた。


「大丈夫だ、怪我はしていない。ただ疲れ果てているだけだ」


 俺に怪我を負わせられるようなモンスターがいるなら、ぜひともお目にかかりたいものだ。

 そして戦って倒したいところだ。


「そ、そうか、安堵したぞ。私が遅れたせいで被害者を出すなど、一族の名折れだからな」


 少女はホッと胸をなでおろして、


「ときに君は何者なのだ? 見たところ村の住人ではないようだが」

「ああ、俺は――」


 と、自己紹介よりも先に訊いておくべきことがあった。


「ひとつだけ確認したい。魔王はたしかに倒されたのか?」


 少女は瞳をぱちくりさせて、


「もちろん倒されたが……君は妙なことをたずねるのだな」

「妙? なにがだ」


 現在の世界において、魔王の打倒以上に重要なことなどないはずだが――


「千年も昔のことを、なにゆえ気にかけるのかと思ったのだ」

「なんだと?」


 千年も昔のこと? そう言ったのか、彼女は?


「待て、もうひとつ確認したい。いまは星暦何年だ」

「一九九九年だが、それがどうしたというのだ?」


 と、そのときだった。

 低いうなり声が聞こえ、少女がサッと身構えた。


「悪いが話はあとだ。君は立てるか? 立てるならいますぐここから逃げたまえ」


 木々のあいだから一体のモンスターが姿を現した。

 全長は三メートルほど。

 四足歩行の狼を思わせる体型だが、全身は鱗で覆われており爬虫類的な性質もあわせもつ。

 レプタルフと呼ばれるモンスターだった。


「いくぞっ! 戦いは先手必勝っ!」


 言うやいなや、少女は槍を構えてモンスターに突撃する。

 ガギンッ! 魔力をこめた穂先は、鱗を貫けずはじかれてしまう


「これならばどうだ! 氷鎖フリーズチェイン!」


 少女が魔法を放つ。氷の鎖で対象を捕縛する、初級水系魔法だ。

 しかしあまり効果がない。

 ものの数秒でレプタルフは拘束を解いてしまう。

 

 俺はというと、戦いはそっちのけで少女の先ほどの言葉を咀嚼していた。

 魔王が倒されたのは千年前で、いまは星暦一九九九年だって?

 にわかには信じがたいが、少女が嘘をついている様子もない。


「うぉおおりゃああッ!」


 くわしい話を聞きたいが、いま話せる状態ではなさそうだ。


「ぐぅっ……! 不覚……!」


 空振った隙をつかれ、レプタルフが鋭利な爪を振るう。

 少女は槍でかろうじて受けとめていた。


 それにしても――

 あのていどの雑魚を相手に、さっきからなにをやっているんだ。

 

 槍の扱いといい魔法の構成といい、信じがたいほど稚拙だった。

 大振りの攻撃が多すぎるし、なにより魔法の構成は目に余るひどさだ。

 俺がいた時代、星暦九九九年の基準でいえば五歳児にも劣るレベルだった。

 ふざけているのかと思えば、少女の顔はいたって真剣だ。


 助太刀してやるとするか。

 俺は自分の状態をあらためて確認した。


 知ってのとおり、俺は魔王との決戦で疲労困憊の極地にある。

 いまは本来の一パーセントの実力も発揮できない状態だ。

 当然、使える魔法も大きく制限されている。


 たとえば、勇者を象徴する一二の超級空間魔法――通称『一二聖剣技ゾディアーツ』はどうかというと、


次元聖断エクスカリバー』……使用不能

封絶結界アロンダイト』……使用不能

重力制御デュランダル』……使用不能

斥力放射テュルフィング』……使用不能

光子分解ダインスレイヴ』……使用不能

原子変換ミストルティン』……使用不能

断熱凝縮レーヴァテイン』……使用不能

絶対零度フラガラッハ』……使用不能

座標固着アスカロン』……使用不能

空間転移アンドゥリル』……使用不能

光速超過ドラグヴェンデル』……使用不能

超振動波フツノミタマ』……使用不能


 やはり、どれもこれも使えない。

 なにより俺を愕然とさせたのは、確認に要した時間の長さだ。


 万全の状態なら千分の一秒とかからない作業に、いまは二秒近くかかってしまった。

 想像よりもはるかに俺の消耗は激しいようだ。

 全快するまではかなりの時間がかかりそうだった。


 ちなみに現在、使用可能な魔法はというと、


空気弾エアウェイブ

加速法アクセラ

真空斬セイバー

歪曲場メビウス


 以上の四つのみ。いずれも最低レベルの初級空間魔法だ。

 とはいえ、レプタルフていどの雑魚を狩るには充分だが。


 俺は寝そべった姿勢のまま、片手をモンスターへとむける。

 狙うは頭部。一撃で決める。


「――空気弾エアウェイブ


 親指をはじき、魔力の空気弾を射出する。

 ボヒュ! つぎの瞬間、レプタルフの額に文字どおりの風穴が空いた。

 悲鳴をあげる暇さえなく、四肢がくずれてドスンと地面に倒れ伏す。

 レプタイルはピクリとも動かない。

 俺の魔法に脳天を貫かれ、一瞬にして絶命していた。


「な、なんとっ!」


 少女が驚きの声をあげる。


「き、君は魔法が使えるのかっ!? わたしと同年代の平民があれほど高度で強力な魔法を……!」


 俺にしてみれば、こんな魔法で驚かれることのほうが驚きなのだが。


 千年後の未来、か。

 千年も経てば魔法も大きく様変わりするだろう。

 だが進化するならともかく、退化するとはちょっと考えられない。 自然の摂理に反している気がした。

 

 これは――確かめる必要があるな。


 ちょうど体が動かせるくらいには回復してきた。

 俺は立ちあがると、興奮しきっている少女に言った。


「君が嘘をついているとは思わない。が、にわかには信じられないことも事実だ。よって俺は自分の眼で確かめることにする」

「は? え、待――」


 直後、俺は地を蹴って垂直に跳んだ。

 到達した高度は一〇〇メートル強。

 まったく、我ながら情けなくなるジャンプ力だ。


 それはさておき地上を見渡す。

 森から二キロばかり離れたところに集落があった。

 あれは村……なのだろうか?

 人が住んでいるにしては、あまりにも貧相で原始的に思えるが、とにかく行ってみるとしよう。


 俺は空中で空気を蹴り、村へとひとっ飛びした。

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