1話・勇者、魔王を打倒する
七日間に渡った勇者と魔王の決戦は、いよいよ決着の時をむかえようとしていた。
「はぁ、はぁっ……! そろそろ終わりにするぞ、魔王トワイライトっ……!」
俺こと勇者ソランがつぶやく。
魔力も体力もすでに枯渇し、片膝をついた状態。
聖剣テトラグラマトンを支えにしていなければ、立っていることもままならない。
だがそれは相手も同じだった。
「フフッ……! いいだろう、おまえの顔もいいかげん見飽きた……!」
魔王トワイライトもまた、冥杖アウルゲルミルに身をもたれかけている。
足首まで伸ばした長い純白の髪と、左右で色の異なる金銀妖瞳の眼。
絶世の美少女にして絶対の支配者。
それが魔王トワイライトのありようだった。
無尽蔵の魔力を持っていると思えた彼女も、いまや虫の息だ。
あと一撃、あと一撃を叩きこめたなら、その存在を完全に滅ぼすことができるはずだ。
あるいは、俺のほうが滅ぼされるか。
どちらにしても、つぎが最後の攻防となる。
魔王はまだ動かない。
俺のほうも、もう少し回復を待たなければならなかった。
「……この戦いが始まってから、今日で七日目か」
俺はつぶやく。
「永遠のように長かったような気もするし、一瞬のように短かった気もする」
「わたしに言わせれば、一瞬のように長く、永遠のように短かったがな」
「どういう意味だ?」
「意味などない。わたしは『時間』をそのように認識している、というだけの話だよ」
不敵に笑って魔王が言った。
俺と魔王が戦っているこの場所は、極級時間魔法『絶対停止結界』の深奥部。
ひと言でいえば「時間が止まった」領域だ。
時間を統べる魔王トワイライトによってつくりだされた不可侵の結界。
「止まった時間」はあらゆる攻撃も魔法も受けつけず、いかなる者の侵入も許さない。
ゆえに魔王は、真の意味で「無敵」だった。
彼女を倒すどころか、彼女の前に立つ者すらこれまでは皆無だった。
この俺が現れるまでは。
そう、空間を統べる俺だけは『絶対停止結界』に踏み入り、その中で動くことができる。
極級空間魔法『特異点現出』によって、時間停止を無効化しているからだ。
ひとたび侵入を果たせば結界は俺にとっても好都合だった。
結界は外部からの干渉をいっさい受けつけないと同時に、内部で起きた事象を毛ほども漏らさない。
熾烈をきわめた俺と魔王の七日間の戦いが、仮に通常の空間を舞台にしていたら――
おそらく大陸は消し飛び、海原は蒸発し、しまいには惑星の自転軸さえかたむいていただろう。
勇者ソランと魔王トワイライト。
空間の支配者と時間の支配者。
他を超越した力を持つ、世界最強の双璧。
魔法の頂点をきわめた、並び立つ最高峰。
俺と魔王が位置する高みには、ほかの誰も届きえない。
二人だけの決戦、二人だけの時間、二人だけの空間――
ほかの誰も入りこめない、徹頭徹尾ここは二人だけの世界だった。
なぜ俺は魔王と戦っているのか?
なぜ魔王を倒さなければならないのか?
人々は口々に言う。
いわく、魔王は人類の敵だから。
いわく、魔王は絶対の悪だから
いわく、魔王は世界を終わらせようとしているから。
だが俺の理由はそのどれでもない。
魔王が最強だから、倒す。
魔王を倒して、この俺が最強となる。
それだけだった。
――そう、幼いころから俺は、強さだけを追い求めてきた。
あらゆる戦闘技術を極め、すべての魔法の深奥に達し、数多の強者を打ち倒し、幾多のモンスターを狩り尽くしてきた。
気がつくと俺は「勇者」と呼ばれるようになり、並ぶ者のない強さを手に入れていた。
しかしまだ最強ではなかった。
なぜならこの世界には「魔王」が存在していたからだ。
人々の願いを叶えるためでも、世界を救うためでもない、
俺は、俺自身が最強となるために『絶対停止結界』に突入した。
「どうした勇者。いつまで休んでいるつもりだ」
皮肉っぽい笑みをうかべて魔王が言った。
「さてはお前、この戦いを終わらせたくないとでも考えているのか?」
「たしかにその気持ちは少なからずある」
俺は正直に答えた。
「まったく、見下げ果てた戦闘バカだなおまえは。ならばどうする、このまま決着をつけずにダラダラと戦いつづけるか」
「いや、それはない」
足場に刺していた聖剣を引き抜きながら、俺は言った。
「お前との戦いは楽しいが――勝って終わらせなければ、俺はいつまで経っても最強になれないからな」
力をこめて聖剣をひと薙ぎする。
ブォンッ!
俺の背後で空間の裂け目が無数に生じた。
まばゆい輝きを放つ十字の光剣、勇者の代名詞ともいえる超級空間魔法『次元聖断』だ。
「わたしはこれっぽっちも楽しくなどないが――そろそろ終わらせたいのは同じだな」
魔王もまた背筋をのばし、冥杖の石突で足場を打った。
ゾゾゾッ!
魔王の周囲の足場から、漆黒の突起物が何本も飛びだした。
その正体は、触れたものの固有時間を引き裂く超級時間魔法『絶刻槍』だ。
「いくぞ、魔王トワイライト――!」
「その台詞、いちいち言う必要があるのか?」
互いに武器を構えたまま、静止する。
全身全霊をかけた、正真正銘最後の局面だ。
一瞬の静寂ののち――
シュバッ!
俺と魔王の姿は、同時に消失した。
もしこの戦いを目にしている第三者がいたなら、そのように見えたはずだ。
実際には消えてなどいない。
俺は近接空間転移を、魔王は限定時間移動を開始したのだ。
俺たち以外には認識することすら不可能な、超高次元の攻防。
だが、俺と魔王は互いの位置を正確に把握できている。
攻撃を放つ!
「はッ――!」
「ふッ――!」
ドドゥッ!
『次元聖断』と『絶刻槍』が激突し対消滅、泡状の時空断層が無数に生じる。
その断層を避けながら俺は空間転移をくり返し、魔王の本体へと接近する。
「ぉぉおおおおッ!」
読みどおり、俺の眼前に魔王が出現する。
彼女の心の臓めがけて、俺は聖剣テトラグラマトンを突きだした。
「ッ――!」
魔王もまた、俺の頭蓋を砕かんと冥杖アウルゲルミルを薙ぎ払う。
一瞬の交錯。刹那の極み。
あるいは勝敗が決する直前、時間は無限大に引き延ばされたのかもしれない。
……どちらにしても、それは俺の主観で感じたところだ。
魔王が語ったように、この時この場において一瞬と永遠は等価だった。
ゾブッ……!
次の瞬間、俺が突きだした聖剣は魔王の胸の中心を貫き、切っ先が背中から飛びだしていた。
対して魔王が振るった冥状の一撃は、俺の頭部にかすかに触れたところで止まっていた。
確実な手ごたえがあった。
魔王の肉体と魂を撃ちつらぬき、致命的な一撃をあたえた感触があった。
「が、ふっ……!」
魔王が咳きこみ、赤き血を吐きだす。
両腕がダラリと垂さがり、俺へと体をあずける格好になった。
「見事、と言っておこうか。まさか本当に、このわたしを超える者が、現れるとは、な……」
なぜか魔王は、満ちたりたような微笑をうかべていた。
「これで本当に終わりだ。魔王トワイライト……!」
「――いいや、これが本当の始まりだよ。勇者ソラン」
ヒュバッ!
直後、四方八方から漆黒の鎖が飛来し、魔王もろとも俺の体を縛りつけ拘束した。
フォン……!
さらに俺の上下左右に、時計板を模した漆黒の魔法陣が展開される。
俺にはもう、あらがう力は残っていなかった。
いっぽう魔王の体は、ひび割れて指先から剥落していく。
もはや彼女に残された時間はごくわずか。
魔王トワイライトの死と消滅はすでに確定していた。
「最後の悪あがきというわけか」
「そうだ。と同時に、最初のわがままでもある。悪いがつきあってもらうぞ、ソラン――」
直後、四方の魔法陣が俺を取り囲み、すでに限界をむかえていた意識は闇に落ちた。
落ちていく。ただひたすらに、どこまでもどこまでも、落ちていく――
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