魔王は寂しい
「くそお、いい加減にしろぉ!」
「フン!」
12時の方向にいる魔王を倒した俺は、すぐさま振り返る。瞬間、横から新たな魔王が、同じ顔が現れる 。
「フハハハハ! 無駄だ」
「その通り」
「我々は」
「不滅なのだからな!」
「ええい、鬱陶しい! 何で魔王が何体もいるんだよ!? しかも全員同じ顔!!!」
「「これぞ秘儀『同顔の述!』どれを倒しても、残念! 全て本物だ」」
あのくそ女神め! なーにが最強の力を授けるだ。こんなわけのわからん世界に引きずり込みやがって、もう100体は魔王倒したぞ。きになるあの娘が、魔王の顔になった時はさすがに発狂したけどな。
「ステータスオープン!!!」
名前 高来コウライ
種族 人間
HP 1000000000000000 (兵士の基本HPは200)
MP ∞
STR 65536
DEX 65536
LUX 65536
VIT 65536
INT 65536
恩恵 女神に選ばれた者。死んでも生き返る事ができる。敵の能力を奪える。
「ぬ? 我もやっておくか。ステータスオープン!!」
名前 カエデ
種族 魔王
HP 100000
MP 0
STR 1
DEX 1
LUX 1
VIT 1
INT 1
能力
死ぬと分裂する。どんな顔、声、姿も真似できる。今の魔王の数、2000体。なお、『魔王様』が死ぬと全ての魔王は消える。
「くっそーくらえやおらー!」
高来の攻撃! 魔王に738372のダメージ! 魔王は死んだ。な、なんと!? 魔王が分裂した。魔王の攻撃、魔王の攻撃、魔王の攻撃、魔王の攻撃、魔王の攻撃、魔王の攻撃、魔王の攻撃、魔王の攻撃、魔王の攻撃、魔王の攻撃、魔王の攻撃、魔王の攻撃、魔王の攻撃、魔王の攻撃、魔王の攻撃、魔王の攻撃、魔王の攻撃、魔王の攻撃……魔王の攻撃! 高来は1001のダメージ!
「お前が新しく生まれた魔王か? お前の名前は魔王だ! 私の名前も魔王だ! 私の事は魔王と呼べよ! あそこにいるのが、我らの生みの親である魔王様だ。呼ぶときは魔王と呼べ! あいつが倒されちまうと、私達も消えちゃうからな!」
「うっす魔王先輩! よろしくっす」
抱き合い、親睦を深めあう魔王を見て、俺は足を進めた。無論、魔王から逃げるのだ。
「あっ逃げたぞ! 追いかけろー」
後ろから同じ顔が追いかけてくるが、足は俺の方が早い。難なく逃げ切ると、俺は近くの街へと非難した。街に着くと、すぐさまギルドへと駆け込む。もう俺では無理だ。このさい、他の冒険者と一緒にやってしまうのがいい。そう考えたからだ。受付嬢のエリカがいつもの営業スマイルで対応してきた。もしこれが演技でなかったならいいのに。
「あら、どうしたんですか、そんなに息を切らして」
「すまんが、話している余裕はない。クエストを発注したいんだがいいか?」
「内容はどんなのですか?」
「今やスライム以下になった魔王を駆除する簡単なお仕事だ。子供でも倒せるが、一体倒した者に銅貨10枚だそうと思う」
銅貨1枚 = 100円
銀貨1枚 = 10000円
金貨1枚 = 100万円
これがこの世界での金の価値の対応表だ。尤も、俺はこんな世界からはもう出るから必要ないが。魔王に出会う前にドラゴンやワイバーンなど狩って金貨は数えきれないくらいあるからな。
だが、エリカはにやりと笑みを浮かべた。
「ちょっと少ないんじゃないですか? 魔王様を倒すのにこれでは人が集まりませんよぉ?」
「何? どういう事だ……!?」
すると、角がにょきっと生えてきた。もう見るだけで逃げたくような顔がこんにちはしてきた。
「うわぁああああああ!!!!!」
「アハハ、まってぇー」
腰をくねらしたぶりっ子スタイルで走ってくる魔王から、俺は必死で逃げる。もう訳が分からん!怖い、怖すぎる! とりあえず道具屋で聖水を買おう。防御1なら、聖水でも死ぬはずである!
「へいらっしゃい! なんにしやす?」
「聖水をくれ! あるだけ全部だ!」
「ありませんねぇ」
「それなら聖草でいい!」
「ありませんねぇ」
は? こいつは何を言っているんだ? 目の前にあるじゃないか。聖草は街の周辺で取れるからお値段も安いし、逆にないはずがないのだが。
「己、目の前が見えんのか! 突っ込んでる余裕はないんだ! 速くしないとこの街は滅んでしまう」
道具屋の店主は首をかしげながら、聖草を食い始めた。むしゃっむっしゃと音を食べてまずそうに味わっていく。全部食べ終わると、手を広げて、
「ほら? たった今食ったからありませーん!!」
「お、お前! 大丈夫か!?」
こいつとはもう長い付き合いになるが、こんないかれた行為をする奴ではなかったはずだが。む?まてよ。俺は道具屋の顔をじっと見た。ぱっと見は、いつの通り冴えない少年面だが……
「ハッハッハ。尻尾が見えてるぞ! 魔王、貴様は爪が甘いな」
「何、そうなのか! ペロッ……甘くないぞ! この嘘つき!」
「バカ、ほんとに舐めるやつがあるか!! それより、二人ともどこにやった。まさか殺したのか?」
「そんな事してどうする。お前、法律って知らんのか? 魔王でも法の下では平等なんだぞ」
「やかましいわ、ほらっささっと出さんか!」
「せっかちだな高来は。すまんが人間には興味はないんだ。すまん」
バコッ!
「痛い!!! 棒で叩くことなかろう!」
「うるさい! 早く出さんと、素焼きにするぞ!」
「ひ、ひどい、こんな可憐な乙女を焼くなんてあんまりだぞ!」
バコッ!
「分かったいうから、無表情で殴るのはやめてくれ。何かに目覚めそう……」
魔王に言われて、時計台の上を見ると確かに二人ともそこで寝ていた。良かった。本当に良かった。二人とも仲の良い奴らだから、死んだら本当にショックだったのだ。
二人を助けて道具屋に再び戻ると魔王の姿はなかった。あるのは、置手紙が一通。
『高来よ! 今日は楽しかったぞ! また明日も遊びに付き合ってな!』
「だ、誰が――」
こいつ、人の気も知らないでなんて勝手な事を言いやがって。大体勇者と魔王が遊ぶなんてマナー違反な事はしてはいけないのだ。某ゲームの勇者だって、他人の家の物奪っても、最後には魔王倒したから全て丸く収まったのだ。いくら可愛いからって、女の子だからって、倒さなければならないのが、勇者としての使命なんだ。
「あの、高来さんが助けてくれたんですよね? わ、私高来さんってちょっといいかなって。高来さんは、そ、その。よかったら、私と付き合ってくれませんか……?」
「付き合ってやるものかー!!! ……はっ!? エ、エリカさんこれは違うんだ! あっ、待ってくれー」
「うわーん! そうですよね、私なんか私なんか! どうせ!!!」
ああああああ!!! エリカさんに何て事をしてしまったんだ! 一世一代のチャンスを台無しにしてしまった! 待ってくれーエリカさん!
裏道を駆使して逃げるエリカさんに、俺は追いつける事はできずに夜が明けてしまった。
異世界100日目にして、俺の唯一のモテキは消え去りましたとさ。
クッソおおお!諦めてたまるか。明日こそ魔王を倒してエリカさんに謝らないと。