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線路の上の景色

作者: 櫻井冬哉

窓の外は夕焼けだった。

赤い太陽とオレンジで満たされた空は絶妙なグラデーションを醸し出しながら街の影を作り出していた。

時折電柱のようなものが右から左へ流れて行く。

僕はシートに肘を掛け、体が半身になりながらも興味深そうにその景色を眺めていた。

僕はロマンチストなのだ。


レールの上を走る振動がリズムよく体を揺らしている。


何分経ったろうか。いつの間にか空は鮮やかなオレンジから濃い紫や藍色などの暗い色に変わっていた。

それでもしつこく僕は景色を見ていたけれど、どんどんと暗くなってゆく景色に、そのうち眺める事を諦めて眼を車内に戻した。

暗かった景色と対比してやけに明るく感じる。

ざらざらした赤いシート。つるつるした表面の車内広告。

車内広告は週刊誌のものだったが、光が反射して文字が見えなくなっていた。


車内には自分を合わせて5人。

さらさらした髪の長い綺麗な若い女性(僕の目の前にいた。長いこと見ていたいほど綺麗だったけれど、じろじろ眺めるのも失礼なのでばれない程度にちら見していた。)、短髪の若いメガネの男性(女性と同じシートの端に座っていた。僕から見てシートの左端。)、定年が近そうな白髪の男性(スーツがだらけていた。つまらなそうな顔をして頬杖をついている。)、学生服の男子中学生(赤色のテニスラケットケースを肩から掛けている。天然パーマだ。)。


何の変哲もない普通の5人だ。

自分以外の4人を観察する。


車内に唯一の女性はスマホを弄っていた。スマホを持つ手の指も細くて白くて綺麗だった。


髪は深い黒色だった。瞳は多分栗色。真顔だったけど、笑ったらきっと、もっとかわいいのだろうと思う。


女の人と同じシートに座っている若い男もスマホを弄っていた。耳にイヤホンも付けている。

メガネは広い黒縁で、口の上には髭が整えてあった。体は端にもたれ掛けさせて足を大きく広げている。


白髪の男性はつまらなそうな顔をしているように見えたが、ただ単に寝ているだけかも知れなかった。口は真一文字に結んでおり、顔に沁みが目立っていた。


中学生はゲームをしていた。カチカチ忙しそうに操作していた所を見ると、アクションタイプのゲームだろう。少なくともRPGではない。体の隣のシートには通学鞄が置いてあった。耳にはゲームから繋がったイヤホン。


僕は観察を止め、時計を見た。20時54分。目的地にはまだ少しある。


時計から眼を上げた時、思わずギョッとしてしまった。さっきまでスマホを弄っていた綺麗な女性が、涙を流していたのだ。

音もなく、口を押さえて、肩を震わせている。必死に溢れ出そうな声を抑えていた。

鼻をすする音が聞こえる。


驚いていたのは自分だけでなく、若い髭の男もだった。当事者でもないのに何故かなんとなくオロオロしているように見えた。

白髪のおっさんは気付いていなかった。

中学生は相変わらずゲームに夢中だった。





どのくらい泣いていただろうか。

その間僕と髭の男性はずっと彼女を見つめていたけれど、彼女がそれに気付くことはなかった。


やがて彼女は泣くのを止めた。


その様子は長く続いた雨が止むようでもあったし、冬を終え、春を迎えた湖に流れ込む、雪解け水みたいでもあった。



彼女が顔を上げると同時に、僕も男も顔を背け、知らんぷりをした。


彼女はハンカチで涙を拭く。


僕はそれを横目で見ながらなんとなくホッとした気持ちになった。


徐々に速度を落としてやがて電車はとまり、ドアが開く。


彼女は立ち上がり、何事もなかったかのように電車を出た。


彼女を階段まで見送ると、眼を車内に戻した。


さっきまで女性が座っていたシートの端っこの、若い男と目が合う。


男は僕にニヤッと笑った。


僕も笑った。


白髪のおっさんがいびきをかきはじめた。中学生は相変わらずゲームに夢中だった。


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