第1話
「僕と付き合ってくれますか」
彼女は静かに頷く。
僕の夏が始まった。
「一緒に映画館行かない?」「いいよ」
彼女と付き合い始めて2ヶ月が過ぎた。僕は彼女と付き合えた喜びで一杯だった。彼女とは週に一度か二度の割合で会っていた。僕の仕事の関係で会う時間が遅くなってしまうこともあったけど、彼女は僕に一言も不満をこぼしたこともなかった。彼女の仕事は知らない。夜が遅くなるような仕事ではないらしいけど、知っているのそれくらいだ。話したくない雰囲気だったし、僕もわざわざ追求しなかった。彼女と会えるだけで、幸せだった。
「この最近流行ってる恋愛モノでいい?少女マンガが原作らしいね」
「もちろん。私、この原作マンガ知ってるよ。けっこう面白い」
「そうなんだ。じゃあ、映画も期待できるね。」
彼女に何かを聞いた時、断られたことがほとんどない。
彼女はいつも軽く微笑んで僕の申し出を快諾してくれた。いつも二つ返事で、どこに行きたいか聞いても僕の好きなところでいいよ、と小さく笑いながら答える。僕は、彼女を喜ばせようと必死に彼女の好みを探した。映画館で、いろんな種類の映画を見た。怖いのは苦手だというのは聞けたからホラーは避けたけど。多分、映画の内容よりも彼女の方を見ていたかもしれない。彼女がどういう場面で笑うのか、泣くのか、顔を少しそむけるのか。全部知りたかった。
「今日の映画、面白かったね」
「そうだね。彼女が彼氏に告白しに走りに行くところで感動しちゃった」
「あなた、ちょっと涙ぐんでたね」
「あそこさぁ………」
映画を見た後、僕たちは映画館の近くのファミレスでちょっと遅い夕食を食べながら映画の感想やたわいない話をしていた。僕がちょっと涙ぐんでいた、と指摘する彼女はいたずらっ子っぽいキラキラした目をしててとても可愛らしかった。彼女とたわいない話をしているのが幸せだった。映画を見るなんて、この時間のための材料に過ぎないと思えるほどに。彼女といつまでもたわいない話で笑っていたいと思っていた。
「じゃあ、ここで。気をつけて」
「送ってくれてありがとう。あなたこそ、気をつけてね」
彼女の最寄駅のホームで別れを告げる。彼女は、ぼくの乗った電車が見えなくなるまで手を振ってくれていた。
読んでくださり、ありがとうございました。