表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6

第三章 ダンジョンの奥に佇むもの

   1 学園の日常


 ユグドラシル学園のシステムは、おそらく多くの人間が首を傾げるような仕組みになっている。

 まず第一に、最高権力者は星女会会長であり、教職員は全て星女会に雇用された存在である。教職員のみならず、運営に必要な事務員は全て星女会の下になっている。

 つまり、学園の長や運営する理事の長と言う者は存在せず、全て星女会長に集約されている。

 名目上国家と言う形態では無いものの、星女会会長とは大星樹の麓を実質管理する自治体の元首であり最高指導者であると言える。

 教師を上に置かない、と言うのは分かる。ここの政治上の立場を考えれば教師は中立でなければならないが、教育と国家思想は切っても切れない関係である為、偏らず使える教師の選定は非常に困難を極める。生徒側に罷免権がある事で教師の暴走を防ぐ事が可能になるわけだ。

 幸い長い歴史の中でそう言ったノウハウも積み上げられ、今では研究者にも政治的活動からは距離を置く暗黙の了解ができあがっている。

 そんなユグドラシル学園の講義形式は基本的に選択方式である。

 とは言え、一切、全く、受けなくとも問題は無い。星女会側からの強制は無い。卒業に必要な単位とかそう言う概念は存在しない。

 あくまでもここを社交の場と捉えている人間は、もっぱら交流を重視する。

 一方で研究者は蓄積された重要な資料の納められている図書城に入り浸ったりする。尚、この世界最高の図書館を仕切る図書委員長は星女会長に次ぐ権限を持つ役職の一つである。

 また、己の力を磨く事に心血を費やす者は独自の修業に入る事も多い。

 講義を受ける生徒はせいぜい全体の三分の一程度である。

 こんな形式なので当然全体に対して行う定期試験なども無い。

 目的意識の希薄な人間にとっては退屈になっても不思議ではない環境と言える。

 シェルリーが言う通り、こう言った環境では確かに姉妹制度と言う物は有効だ。

 姉妹制度による導き手の姉が与える目的の付与や行動方針の決定は大きな手助けとなるに違いない。もちろんマイナスになるケースもあるのだろうが。

   *

 カグラは本来単身修業を好む人間だが、派遣された名目上、学習や交流にも励まなければならない立場だった。

 これがかなり大変だった。カグラにとって面識を広げる事は己の首を絞めかねない行為でもある。

 これが普通の人間なら潰れてしまうだろうが、窮地に陥ったカグラの立ち居振る舞いは達人の領域と呼ばれる油断も隙も無い自然体に近付いて行く。


 結果どうなるかと言うと。

 神秘の世界・大倭より現れた凛とした美しい剣姫は、カグラの認識の外で瞬く間に学園都市中の大きな話題となったのである。


 その事態を複雑な心境で見守る者がいた。

 オゴレウス神聖帝国第三皇女エルジェメルト・バトリ、その人である。

   *

「………むう」

 学園の講義室。窓の外を見てエルジェメルトは溜め息を漏らした。

 珍しくエルジェメルトは普通に起き、普通に朝食を摂り、講義が始まる前に登校した。

 が、エルジェメルトの傍で働く者にとってこれは驚くべき事態だった。

 朝寝坊・ブランチ・遅刻早退欠席当たり前だったからである。

 これだけだと駄目人間のようにも思われるが、実際はちょっと違う。

 エルジェメルトは立場ある皇族である。今は公務から離れている『或る意味、学園に所属する事が公務である』が、だからと言って遊び呆ける訳ではない。

 むしろ逆で、スパルタな侍従長の手で勉学からダンス等の社交技術に至るまで、夜遅くまで叩き込まれている。こと習い事に関してマーキュラは一切容赦しない。その反動が朝寝坊やブランチなのである。

 故に、エルジェメルトが普通に学園に登校するのは十日に一度程度だった。

 それが、ここ数日連続しているとなれば異変と呼んでも差し支えあるまい。

 そんなエルジェメルトの表情が、今日は次第に暗くなる。

「珍しい日が続くと思ったら、なに変な顔してるワケ?」

「………なんじゃ、海賊娘か」

 リンスリッドが側に来ている事も気付かなかった。

 それほどまでに、窓の外に注目していたのだ。

「せめて名前で呼びなよ」

「ふん。我は少し気分が悪い。とっとと失せるがよい」

「ちょ、心配して話しかけたのにその態度っ?」

「……別に頼んでおらぬわ」

 エルジェメルトはその立場と態度で些か学園でも浮いた存在だ。その為、彼女に近寄ろうとする者は少ない。リンスリッドは数少ないちょっかいを出す一人である。

 しかし、今日の彼女はテンポが悪い。いつもならテニスのラリーのような応酬になるのだが、どうも気が乗らないらしい。実際、この時点で未だリンスリッドの方に顔を向けもしない。

「………ちょっと、本気で具合悪いの?」

「………そう言えば、貴様がカグラの案内人を務めるのだそうだな」

「へ? うん、まあね。カグラちゃんはまだ姉を持つ気は無いみたいだし、当面は案内人がいた方がいいだろうって会長に命令されたけど」

 この学園都市に来たばかりの者が案内無しで動くのはある種の自殺行為である。

 広大にして複雑。物理的な意味で危険な場所も多い。また、立場を保証できる者がいないと大変な事になったりする。

 ちなみにエルジェメルトの場合、かつて在籍した事のあるマーキュラがその役を務めている。

「………今日は良いのか?」

「うん。今日は休むって」

 その言葉に、エルジェメルトはようやく顔をリンスリッドに向けた。

「………なんだとっ? 具合でも悪くしたのかっ!」

「ううん、カグラちゃんの住んでる寮の仕事をするって昨日言ってた」

「急用ができた。帰る!」

 言うが早いか、エルジェメルトは席を立ち講義室から飛び出していく」

「……はあ、あのバカ皇女、何考えてんだろう?」

 何かとてつもなく珍しい物を見たような、そんな感想をリンスリッドは抱いた。


   2 カグラの管理人日記


 カグラの日課は水汲みから始まる。

 他の事はともかく、まず水を確保しなければ生活が滞るのだ。これは山野の修業でも同じである。水源の確保は真っ先に行わなければならない。

 幼き日は随分苦労した。

 それに比べればここでの水の確保はそんなに難しくは無かった。元々人が住む場所なのだから水を確保するのは容易な筈である。

 大倭に居た頃と変わらず夜明けと同時に起床して体操で身体を解した後、近場の川に行って水を汲んでくる。一日分を大甕二つとしてそれを一度に運ぶ。

 持つのはリインフォース系で何とかなるがバランスを取るのが大変だ。コツは腕力と背筋と脚力をバランス良く強化する事。言うのは容易いが実践するのはこれでなかなか厳しい。

 まあ、これも良い修業であり大倭に居た時とそう変わりはない。

 甕の一つは日々の用水。その都度汲み分けて飲料炊事洗濯掃除などに使う。

 もう一つは風呂の分である。とかく働く、身を動かすのが信条のカグラにとって湯浴みは数少ない娯楽である。それに、常に身体を清潔に保たなければ少女たちにカグラの正体がバレてしまうかもしれない。

 こちらは残り湯を掃除や洗濯に再利用する事も可能だ。いずれ菜園を作る事になったら畑に撒いても良い。

 それから朝食を支度する。

 米あれば炊飯ができるが今のところ確保には至っていない。どうも稲作は東方界の物らしく、こちらではもっぱら麦を加工する物が多い。他にも当然と言うか大倭の食材はどれもこれも手に入らない。

 知らない食材ばかりなので料理もやり難い事甚だしい。

 中でも調味料は絶望的だ。塩は手に入るので、取り敢えず魚を獲り魚醤か煮干しを作ってみようかと考える。

「……外津国の事や歴史などを学ぶ以前に、こちらの食材の料理を学ばなければならないかもしれません」

 凹むよりも生き抜く事を考えるカグラ。この状況は極めて厳しいが、同時に神経が鋭くなっていくような感覚を覚える。

 小麦粉に塩を混ぜ水で練って薄く焼いた小麦煎餅に、茹でた野草のおひたしと焼き魚、それに白湯と言う簡単な献立で朝食を済ませて後片付けする。

 それから一日の仕事に入る。カグラは管理人として寮の手入れをする事を理由に学園に行く日と労働の日を決めていた。この事はここに来た当日から世話になっているリンスリッドには伝えてある。

 今日の最初の仕事は決めていた。寮に看板を作るのだ。いつまでも名無しでは不便だし、自分が過ごす場所に名を付けたいと言う思いもあった。

 まず木を焼いて簡単な木炭を作り、それを樹から採取した樹液と混ぜる。これで簡単な墨が出来上がる。動物の皮や骨からニカワを採る事も考えたが、かなり臭うので樹液の方にした。

 筆は持って来た荷物の中にある。

 そうしてから用意した板に薄めた墨で字をさっと縦に書く。これは下書きだ。

 本来ならこの字をノミで少しずつ彫るのだが、カグラは刀気を通した小刀で代用した。

 彫った跡に今度は樹液を多く混ぜて粘性を高くした墨を流して固まるのを待つ。

 これでそれなりに見栄えのする看板が完成した。

 『青雲荘』

 青雲は修練による向上心を。荘とは領地を意味する。

 この場所を自らの修練の道場であると同時に、責任を持つ場所としてカグラはこの名を与えた。

「………よし、っと」

 表に掲げ固定する。

 こちらの様式の建物に大倭式の看板は奇妙な組み合わせであったが、なかなか満足のいく出来だった。

 しかし何時までも満足してはいられない。やるべき事はまだまだあるのだ。

 重要な食料の確保の他に、寮や周辺の把握など仕事は多い。将来畑を開墾するにしても、都合の良い場所を見つけなければならない。

 時間は十時を回ったくらいだろうか。

 そうしてカグラが次の仕事に移ろうとした時だった。

 彼方からガラガラと言う音が聴こえてくる。

「馬車? しかもこの車輪の数は」

 音である程度車輪の数を聞き分ける事ができる。複雑な音なら複数の車輪だからだ。基本的に車輪の数が多い方が高級な馬車である。

 更に、この馬車の音は特徴的だった。

 普通の馬車は車輪の上に直接乗り場となる箱型の部屋を置く。そうすると車輪の振動が直接箱を揺らし鳴らす。音も大きくなる。荷馬車などの大荷物を付けた馬車は逆に鈍い音になる。

 ところがこの馬車の音はその音が小さい。振動を軽くする機構を組み込んだ高級車の証だ。

 そして、そんな高級馬車はここではさほど例が無いと聞いている。

「エルジェメルト殿下?」

 果たして、遠目からでも分かる大型馬車が近付いて来る。

 遠い住処だからこそ急な来客にも対応可能だ。できる限り奇襲を受けないようにする事もここを選んだ理由である。言わば生き残る為の兵法なのだった。

「………出迎えない理由は無いでしょうねえ………」

 ここに来る以上はカグラに会いに来たに決まっているのだ。

 カグラは作業で汚れた身を整え、エルジェメルトを門前で出迎える事にした。

   *

「ようこそエルジェメルト殿下」

 馬車から皇女が降りたのを確認し、カグラは礼を取った。

 エルジェメルトの他に、メイドのマーキュラと護衛のカミュリッタが一緒だ。二人は先に降りて横に控え主が降りるのを待った。

 今日のエルジェメルトはやはり黒の上下だったが、先日の姉妹戦観戦の時よりも更に簡易な服装だった。どうもエルジェメルトは他の女性が着飾る事に心を砕くのに対し、平時は動き易い服を好むらしい。

「うむ。お主がここに住んでいると耳にしたのでな。しかし不便な立地ではないのか? 学び舎まで凄く遠いぞ?」

「いえ。さほどでもありません。鍛練で日の出と共に起きるので他の方に迷惑をかけない分、気が楽です」

「………ふーむ」

 朝日と共に起き身体を動かすのがカグラの日課である。

「殿下は朝早いのですか?」

 カグラの問いに、エルジェメルトはあからさまに視線を宙に逸らす。

「………あー、いや、まあ、それなりにな」

「そうですか。やはり朝に身体を動かすと清々しいですからね」

「いや、まあ、そう、だ、な?」

 後ろでカミュリッタは表情を崩さないように笑いを必死でこらえ、マーキュラは堂々と顔を背けて口を手に当てて笑っていた。

「で、では案内せよ」

「案内するほど広い場所ではありませんが………どうぞこちらに」

「あー、お主たちは来なくて良いぞ」

「し、しかし殿下ぼあっ!」

 護衛役のカミュリッタの腹部にノーモーションからのボディアッパーが突き刺さり、彼女は悲鳴を上げる間もなく地面にひっくり返った。

「ではごゆるりと」

 仕留めた相手を確認せず、マーキュラは深々と頭を下げる。

「………大丈夫なのでしょうか?」

「マーキュラなら大丈夫だ。生かさず殺さずの折檻に手慣れておる」

 恐ろしい特技だと思う。それに、殆ど距離の無い間合いから相手を一撃で鎮圧する体術。まさしく達人の領域である。

 カグラは半歩先導して建物を案内する事にした。

 とは言え、エルジェメルトの屋敷に比べれば圧倒的に小さい上、これと言って何があると言う訳でも無い面白味も無い建物である。

「ふーむ。通路も部屋も狭い造りか」

「狭いのですか?」

「我が屋敷の通路の半分も無い」

 二人並んで歩いて余裕がある程度なのだが。

「この狭さでは武器は使い難いな」

 もっともエルジェメルトが纏う重武装の正装や巨大な愛剣が物差しではどこも狭いだろう。

 一方カグラは別に気にはしていない。体術も有るし、振れなければ突けばいいのだ。大倭の或る流派では市街戦、建物の中や路地で戦う事を前提とした突技を磨き上げ、当代最強と呼ばれたと言う。

「それに、特に大きな部屋が無いのでは宴席を作る事もできぬぞ」

「………宴席、ですか?」

 人を集めるなど端から考えていなかったのでその指摘は盲点であった。

 一応部屋一つで十人くらいなら車座になれそうだが、それでは足りないらしい。

「うむ。大倭ではどうか知らんが、西方界では割と頻繁に屋敷に客を招きパーティをするものなのだ」

「………なんと」

「まあ社交だな。本国などシーズン中は三日に一回はパーティに出席せねばならん。規模も十人程度から百人近く集めるものまである」

「百っ?」

 大倭では宴と言うのはハレに属する行為であり、年に決まっているのは正月と盆の二度。他に結婚の時くらいで、まあ滅多には無い。

「しかしここに何十人も集めるのは無理であろう。特にお主は、その、アレだ」

「はい?」

 口を濁したエルジェメルトは更に声のトーンを落とした。

「………割と学園で注目を集めておる」

「はいいいっ?」

「故に、これからはお主を宴に招きたいと言う者も出てくるであろう。その場合、返礼として近日中に招き返すのが倣いなのだ」

「………なんと」

 文化の違いには色々と思いもしない事がある。

「幸い外は広いが、設備は何も無いようだし」

「無いですねえ………」

 広場と言うか草原が広がっている。あるのは物置小屋程度である。

「……使用人もおらんし」

「居る方が珍しいと聞いていますが」

「ま、まあその時は遠慮無く我に助力を乞うが良いぞ。テーブルだろうとコックだろうと給仕であろうと出してやろう」

「………え、ええ、ぜひ頼りにさせて頂きます」

 カグラ一人では対応できない以上、援軍は絶対に必要だ。

 建物の中も面白味は無いが、外も似たような物だ。エルジェメルトが指摘するように基本的に柵も無く広いだけなのだ。正直書類を見てもどこからどこまでが敷地なのか分からず、もちろん庭園と呼べるような状態では無いし、カグラもまだ完全に把握してはいない。

「いずれ畑や大倭式の庭でもと思ってはいるのですが」

 庭造りと言うのは茶道に通じるものだ。高家の武士にとっては必須教養でもある。

 それに、いずれカグラの後に続いて大倭から留学する者たちもいるだろう。その娘たちが故郷を想い安らげる場所になれば良いとも思う。

「………ふむ。書物で読んだ事がある。なんでも大倭の庭は植木鉢に造るとか」

「………それは盆栽と言って別物なのですが」

「ぬ。そうなのか」

 ただし、あながち間違いでも無い。盆栽は箱庭遊びと同じ源流を持つからだ。

 長い時間と手間暇を懸けて小さな鉢の上で景色を作ると言うのは庭造りと同じである。

「ええ。こちらにも植木鉢で花などを育てる事もあると思いますが」

「あるな。我は余り好きではないが」

「盆栽は樹を育てるのですが、素晴らしい物は百年、二百年と家宝として受け継がれる物なのですよ」

「ほう。生きた宝物と言う事か。しかし、大倭式の庭と言うのも面白そうだな。ここは多くの文化が集まる。大倭の光景もいずれはそれに含まれる事だろう」

 そうなればどんなに良い事か。

 だが、その為には絶対にカグラの正体が知られてはならないのであり、気分は重くなる。

「そう言えば、ここで不便と言えば水汲みでしょうか」

「水汲み、とな?」

「ええ。ここは井戸が無く、生活用水は少し離れた場所の川から汲んで来るんです。まあ鍛練の一環になるので構いませんが」

「鍛練?」

「ええ。甕に水を汲んで運んで来るので、良い鍛錬になります」

「ふーむ。何往復もするのであろ。大変であるな」

「いえ、一人住まいなので、そう多くは必要ではありませんから」

「そうか、そう言うものか。しかし甕一つではそれほど運べまいに」

「そうでもありませんよ? 殿下が一人立って入れるほどですし」

「………なるほど。確かに鍛錬か」

「二つも有れば一日には充分です」

 変な顔で見られた。まあエルジェメルトほどの者が水汲みなどする訳が無いし想像もつかなかったのだろう。

「今はいいのですが、畑にするとなると水はどうしても必要ですからね」

「井戸が無いとは不便であるな。ならば川から水道は引かぬのか?」

「大工事になりますよ。ここに入りたいと言う人が無かったのも頷けます」

 シャワーは雨水貯水式なので事実上現在使用不可である。もちろん自力で水を補給すれば使用可能だが、その為には水を抱えて屋上に上がらなければならないのだ。さすがにそこまでするつもりは無い。風呂桶に水を溜めれば水浴びも難しくは無いのだから。

 と、エルジェメルトが庭の片隅を指差した。

「カグラよ、あれはなんだ?」

 寮から少し離れた庭の片隅には物置きらしき小屋があった。

「物置小屋、かと思いますが」

 カグラも中は一度確認したが、いろいろなガラクタが置かれていただけだった。おそらくここが放棄されてからも適当に物が放り込まれたのだろう。いずれ整理したいが今は関係無い。

 だが、エルジェメルトは何か思う所があるらしい。

「………気になるな」

「そうですか?」

 ズンズン進むエルジェメルトに突き従うように年季の入った小屋に近付く。

「………やはりな」

「はい?」

「ただの小屋では無く加工されておる。かなり古いが朽ちないのはその為だ」

「………そう言われてみれば」

「贅沢な技術だ。もしや寮と同じくらい古いやもしれんのだが、そう考えると妙ではないか?」

「はい?」

「我はよく知らぬが、物置と言うのは住処の中か側に造る物ではないか? 離れた場所ならいざしらず、これほど寮が近いのに何故こんな場所に造ったのだろうか? 不便だとは思わぬか?」

「確かにそうですね」

 中途半端な場所に位置すると言う事は同感だ。

 畑を作り、農具をしまう場所、にしては周囲に開墾された跡が見えない。まあ数十年放置されれば畑の跡など消えてしまうが。

「ふーむ、何かあるのだろうか」

 小屋の扉を開けるが、そこにはカグラも確認した通りガラクタの山しかない。

「………酷いな、これは」

「いずれ片付けるつもりですが」

「………ん?」

 さすがのエルジェメルトもこの惨状を見て気が挫けたか、爪先でガラクタを転がして、その事に気が付いた。

「………床が石だな。しかも………かなり精密に石が組まれておる」

「そのようですね」

「外でそんな場所は無かった。かと言って物置の土台にしては随分と………まさか………この下はひょっとして」

「どうかされましたか?」

「カ、カグラよ、今直ぐこのガラクタを外に出すのだっ! 我はマーキュラたちを呼ぶ!」

「は、はいっ!」

 姫君の命に思わず返事をしたカグラを尻目に、外に駆け出したエルジェメルト。

 残されたカグラは、仕方が無くガラクタを外に運び出し始めた。

「………これも修業になりますか」

 いずれやらねばならぬ事なら今やれるのは幸運だと思う事にした。

 程無く、エルジェメルトが戻って来た。リィンフォースで脚力を上げているらしくかなり速い。その後ろにカミュリッタとマーキュラ、そして馬車が来た。

 騎士が走るのはともかく、メイドがほとんど身体を動かさず滑るように高速移動するのはちょっと違和感があった。

「姫様! 一体何事ですか!」

「話は後だ! ここのガラクタを外に出すのだ!」

「中に重要な物があると言う訳ではないのですね?」

 マーキュラの確認にカグラは首肯して応じる。

「ではカミュリッタ、中に入って手当たり次第に外に投げなさい」

「へ? そんな事、き、騎士のする事では」

「殿下やカグラ様に何かあったら大変でしょう。貴女が適任です」

「わ、分かった」

「崩れないように上から取りなさいね」

 蹴り込まれるようにカミュリッタが物置に飛び込んだ直後から荷物が次々と外に放り出される。それをマーキュラが軽々と受け止め、傍らに丁寧に積んでいく。単純だが凄い光景だった。

「それにしても………随分と妙な物が出てきますね」

 抜群のチームワークを前にやる事が無いので、カグラは出てきたガラクタを吟味する事にした。エルジェメルトも同じだったらしくカグラと並んで確認し始める。

 もしかしたら生活に役に立つ物があるかもしれないと言う期待からだったが、それは簡単に裏切られた。

「これは………試験の答案でしょうか?」

 口が厳重に封印された壺から出てきたのは赤字でマルとかペケとかが記された紙の束。気のせいか、どれも点数が低目な気がする。

 大きな試験は無いが、講義によっては確認のテストをする場合もある。まさか何十年も後に後輩の手で取り出されるとは本人も思いもしなかっただろう。

「………うぬう。おそらく都合の悪い物が放り込まれておったのだろうが、下手をすると国家元首クラスの隠し答案が出てくるかもしれん。表沙汰になれば国際問題だぞ!」

「………実は危険な場所だったのですね………」

「………これは文箱か? 手紙がびっしりと………ふおおおおおっ?」

「いかがなさいました?」

「いかんっ! これはいかんっ! なんでこんな物がここに? 見てはならんぞ! そのまま焼却するのだ!」

 顔を真っ赤にしたエルジェメルトが紙入れの箱を遠ざける。

「はあ………ではこちらの答案と共に焚き付けに使わせて貰いましょう。もちろん他の人に見せはしません」

「そ、それが良い。………何を考えておったのだ」

「………こちらのこれは、画ですね?」

「ほう? この学園からは芸術家も出ておる。もしや名の有る画家の手の物かもしれんな」

「さすがに大倭の画とは違いますね」

「ふむ。そうなのか?」

「ええ。これはまるで生きた人間のようですね。大倭の画は略したような描き方をするのが多いので」

「まあ中には自分の肖像画を美化して描かせる者もいるがな。ところでそれはどう言う画なのだ?」

「裸の女性の画ですね」

「裸婦か。まあ定番のモチーフではあるな。ここでモデルになりそうなのは女しかおるまいが。見せてみよ」

 言われるままエルジェメルトに画を手渡した。

「どうぞ。裸の女性が二人寝転んでいますね。………あれ? これは、もしかして春画………」

 エルジェメルトが画をぶん投げた。

「………焼いてしまえ! 写実的なのが危険過ぎる。……はて、これは人形か………? 妙な感じだ、が、ななな何故無数に針が身体にっ? 頭とか目とか喉とか胸とか股間とか。あと人形から食み出しているこれは髪か? 髪なのか?」

「髪を入れているなら針山なんでしょうか。握ったら危ないですよ!」

 針山にする布袋に髪を入れておくと縫い針に脂が付いて錆びないのだ。

「い、いや、どうもそう言う実用的なイメージではないのだがっ」

「そうですか? ところでこちらと対なのでしょうか? こちらにも人形があるんですけど」

「そ、そっちはどんな感じなのだ?」

「こちらは同じような造りの二人一組の人形なのですが、腕が縫い付けられてますね。あと名前が刺繍されているようですが」

「………嫌な予感がする。何か途轍もない物を見てしまった」

「髪を使うと言うと………もしや人形を使った呪術でしょうか?」

「どう処分すれば良いのだ、これは」

「針は抜いて針供養。人形は焚き上げれば大丈夫です」

「………詳しいな」

「それほどでも。こちらは………短刀ですね………」

「ほう? ………なんだ、ありふれた物だな。宝剣のような物だったら面白いのに」

 柄に装飾も無い両刃の短剣である。刃に黒い物がこびりついていて使い物にならない。

「ただ、刃に血がベットリと着いていますが………手入れがなってませんね」

「………何か都合が悪い物だったのであろうか………」

「そう言えば二十年ほど前にこの学園で暗殺事件が起きて、凶器が見付からなかったと言う噂がありましたね」

 傍で飛んでくる物を次々受け止めながらマーキュラがそんな事を呟く。

「………いや、気のせいであろ。おそらく狩りをして獲物を解体してたまたまここに紛れ込んだとかそんな話であろうな」

「こびり付いた血を拭き取って研ぎ直し………手間がかかりそうですね」

「使う気かっ?」

「別に人に向けるつもりはありませんが」

 他にも失敗した壺とか、彫刻とか、妖しい内容の日記とか、そんな物も出てきた。役に立つと言えば燃やして焚き付けにするくらいの物しかなかったが。

「姫様ぁー、終わりましたーッ」

「おお、御苦労である。さて、中に入るぞ」

 埃と煤に塗れヘトヘトになったカミュリッタが外に出てくるのと入れ替えに、二人は小屋に入る。

「ええ。しかし、何があるのでしょう?」

「まだ分からぬが、我の予想通りならば………」

 すっきりとした小屋の中。エルジェメルトの目は床に釘付けだった。

「やはりな。造りが丁寧だ。物置小屋の床ではない。おそらく、もっと別の目的で造られた場所なのだ。それが年を経て本来の目的が忘れられ、物置にされたと言ったところであろうな」

「殿下、奥の床石を見て下さい。そこだけ別の加工がされています」

「確かにな! どうやら正解だぞ! これは蓋だ、石蓋だ!」

「何か保管する為の物でしょうか?」

 大倭だと地面に穴を掘り、味噌や漬け物樽を保管したり、酒麹などを醸造したりするが、それにしては入口が頑丈過ぎると思う。これでは出入りが大変だ。まあ身体強化できれば問題は無いだろうが。

「さて、それは開けてみなければ分からぬが」

「では、開けてみましょう」

 エルジェメルトが手を触れるよりも先に、カグラは石蓋を持ち上げ退けた。

 すると、蓋の下から何か空気が流れてくる。

「やはりな! 見よ、カグラ!」

「これは………」

 開いたのは人が一人余裕で嵌る広さの穴だった。地面を掘ったのではなくきちんと人工的な壁が造られている。

 更にそこには、地下に下る為の梯子が備え付けられていた。

「………地下室………ですか。それで、どうしますか?」

「無論、降りるに決まっておる!」

 かなり良い笑顔でエルジェメルトは断言した。


   3 寮の下の地下遺跡


 明かりになる物を用意し、先にカグラが降りる事にした。

 エルジェメルトは「すぐに入りたい」と顔に出していたが、まさか未知なる場所に大国の皇女を先に入れる訳にもいかない。

 まあ、元より人が出入りする事を前提とした場所らしいので危険は少ないと見る。

「氷室………ではないみたいですね」

 大倭では夏に氷を得る為、冬場に大量の雪を押して硬く固め深い地下の室に保存する。それかもしれないと思ったが、どうも違うらしい。気温は下がるもののそこまで冷える訳ではない。

 それどころか、降り立った部屋からしてかなりの広さと高さがある。

「………隠し倉庫か何かと思ったのだが、何も無いか。我らよりも先に誰かが発見し、持ち出したのかもしれんな」

 宝物庫かもしれないとでも思っていたのか残念そうなエルジェメルトだったが、カグラはそれを否定した。

「………いえ、ここは『部屋』じゃありませんよ」

「なに?」

「ここは、入口です………」

 カグラの指差す方向に、通路は奥深くまで続いていた。

「……明かりが届かぬ」

 カグラが手渡したランタンでエルジェメルトが確認するが奥は見えなかった。

「奥はかなり広いですよ。声が変に響きます」

 それは入り組んだ構造と言う意味でもある。

 刀に手を懸けたカグラが先頭に立ち、エルジェメルトが明かりを使う。

「この寮にこのような地下施設があったとは驚きであるな………」

「私も全然知りませんでした。ただ、上の管理に比べてここは放置されて随分になるようです」

 その気になれば人が住めるような整備された地下施設だが荒れた具合は一年二年ではない。もっと以前。少なくとも十年二十年と言う単位の話だ。

「忘れられていたのは明白ですね」

「御伽噺のダンジョンと言えばモンスターが付き物であるが」

「生き物らしい気配は感じませんね」

「………解るのか?」

「大体は。第一ここで生きて行くには普通の生き物では先ず無理でしょう」

 ここでは食べる物も水も手に入らないだろう。生きていけるのは虫くらいだ。

「………む、これは?」

 通路の横に何かの板が張られていた。

「これにも防腐処理がされておるのか劣化しとらんな。連絡用の掲示板か?」

「そうみたいですね」

「明らかに書いた文字が入っておるしな。ただ日付は………少なくとも百年は前であるな」

「百年………ですか」

「この学園の歴史は三百年ほどあるから不思議ではないな。百年を越す建物もそこここにある」

「石造りは劣化し難いですからね」

「しかし、これでハッキリした。思った通り、ここは遺跡なのだ」

 話には聞いていた。この街では長い歴史が積み重なった結果、放置された建物などが不明となり遺跡となる。冗談のような本当の話だった。

「ここなどまだ良い方だ。下手をすれば街中にあったりするからな」

「そう言えばリンスリッド殿がそのような話をしていましたね」

「うむ。時に住居の下が遺跡だったりするのだ。星女会が遺跡の調査隊を組織する事もある」

 慎重に進む。驚くほど頑丈な造りでとても地下だとは思えない。

「幾つか部屋がありますね」

「しかし、基本的に一本道のようだな」

 幾つかある部屋も、どれも妙な造りだった。

 どれ一つとしてまともな形の部屋が無いのだ。

 どの部屋にも最低一段分の段差があり、岩がゴロゴロ床に転がっている所もある。中には壁も岩肌のままな部屋があった。

「………これは………明らかにわざと段差を付けておるのう。何に使うのであろうか?」

 中には洞窟そのままのような岩部屋もあった。

「………わからん。何の為の部屋なのだ? ここは。地下にこのような部屋を並べるなど牢屋くらいしか思い至らんが、どう考えてもこれは違う」

 牢屋にしては部屋が広い。いや、もちろん大人数を入れるとすれば分からなくもないが。仮にそうだとすれば部屋の中に起伏を作る意味が分からない。

 そもそもこの街で牢屋など必要が無い。

「生活できる場所には思えませんが、そうですね………むしろ、まるで庭園みたいだ」

「庭園とな? こんな岩だらけの庭園など聞いた事も無いが」

 西方界で庭園と言えば木々をふんだんに使った植物園なのでエルジェメルトにはピンとこないのだろう。

「大倭にはあるんです。枯山水と言って、植物を使わず、岩と砂で構成する庭園が」

 元々は寺の庭園として育まれた技術である。

「ふーむ。………しかしこんな地下に庭園と言うのも考え難いのではないか?」

 なかなか難しい問題だ。

「………自然のままでも工作中でも無い。岩も床も磨かれているんですよね」

 裸足で歩いても怪我をしないほどだ。

 それに、カグラはこれまでの全ての部屋で奇妙な設備を見付けていた。

 溝、である。壁際に沿って自然な傾斜が造られていて、穴に続いている。

(………これはもしや………)

 暗さでイマイチ確認し難い部屋の形だが、カグラには馴染みある、とある光景が重なっていた。

「おそらく、謎の答えは奥にあると思います」

「それもそうか。奥に秘密があるのはダンジョンの定番であるな。では進むか」

 ほどなくして二人は行き止まりに辿り着いた。

 最奥の部屋は他の部屋と比べると奇妙なほど何も無く殺風景だった。そして深い。入口から床まで二階分はあった。この遺跡の最奥最深の場所がここだ。

 そして、あと二つ。この部屋には大きな特徴があった。

 殺風景なのに特徴と言うのもおかしな表現だが、矛盾はしていない。

 部屋の温度が高かったのだ。それだけではなく、部屋にある匂いが微かに残っていた。

「灯明を消して下さい! 早くっ!」

「む、むう? わかった!」

 ランタンの火が消え、暗闇に包まれる。

 カグラは左手の指に刀気を使って光球を造り出した。

「……そう言う事ができるのなら早く言うが良い」

「手が塞がってしまうので。何か起きた時、殿下を御守りできません」

 エルジェメルトは現在無手である。無手でもある程度戦えるだろうが、それでも先ず前に立つべきは自分である。

「そ、そうか。しかし、なぜ火を消させたのだ?」

「硫黄です」

「硫黄?」

「この匂いを放つ発火し易い物ですが、問題は硫黄それ自体よりも、むしろ硫黄のある所は爆発し易いと言う事です。鉱山などで爆発が起きる大きな理由がそれです」

 鉱山の奥深くで作業するには明りが欲しい。しかし明りが爆発の原因になる事もあるので、大倭の鉱山では火の明りを使わないで暗闇の中で作業する場合が有る。

「………そ、そんな事が」

「しかし………ここは妙だ」

 密閉されていたなら、ただでさえキツイ硫黄の匂いは強く残る筈。しかし、ここに来るまで匂いは余り感じなかった。

 それはつまり、ここの空気を外に逃がしていると言う事だ。

 それだけではない。地下にも関わらず息苦しさを感じないのは、完全な換気がされている事になる。

 この地下とその匂いと熱を感じた時。

 ここに来るまで見てきた部屋の構造とそれが情報連結し、カグラの脳裏に一つの謎への解答が思い浮かんだ。

「………そうか、もしかして」

「うにゅ? どうかしたのか?」

「いえ、殿下はなぜこんな場所に寮が建てられたのか不思議に思いませんか?」

「ううむ。人里離れておるから別荘的な感じはするが、設備も整っておらず、学園に通うのも不便であるな。馬車があれば別だが」

 そう。ここは学生向けにしては極端に不便過ぎる。

 喧騒を嫌う変人がここに住み着いたにせよ、水回りがこう悪くては住み続けるのも一苦労だ。水運びをやらせる使用人が雇える立場の人間が住んだにしては建物が粗末過ぎる。かと言って、まさかカグラのように修業として受け入れた訳でもあるまい。

 だから、ここには『何か』があったのだ。不便さを覆す『何か』が。

「ええと、恥を覚悟で申し上げますが、私は最初、この場所では何かいかがわしい事が行われていたのではないか、そう考えたのです」

「い、いかがわしい事? いいいいかがわしい事とは何かっ!」

「人里離れていながらきちんとした設備。例えば愛する二人がここで一夜の愛を確かめ合った、そう言う為の場所ではないか、などと」

「ふ、ふらふらふら不埒なっ」

 顔を真っ赤にしてエルジェメルトは繰り返す。

 が、この学園の特性上、有り得る事だとカグラは考えていた。

 確かにここは女の園だが、星姉妹と言う強い繋がりを求める風潮が有る。それが心だけではなくいずれ身体を重ねる事に繋がるのは不毛だが不自然ではない。女人禁制男子禁制の大倭の寺社ではしばしば似たような事が起きると聞く。

 だから人の目を盗んだ逢引と言う形を求めてもおかしくはないと思ったのだ。そう言う場所が代々意図的に残されている可能性はある。

「あるいは何か悪巧みをする為には絶好の場所だと思いまして」

 だが、それが理由で建てられたと言う事はあるまい。そうであればとっくに星女会の手が入っている筈だ。

「む………なるほどな」

「しかし、どうやらそれは勘違いだったようです。ここに来てようやく理解できました」

「むむむ、むむ? むー、我にも説明せよ!」

「何て事はありません。ここは、温泉が湧く可能性があるのでは、と思うのです」

「そんな馬鹿な! この周囲に火山はあるまい? 温泉とは地下水が火山の地熱で温められた物であると書物で読んだ事がある」

「ええ。確かに温泉は火山と関わりが有る。その通りです。正確に言えば、おそろしく深い地中の熱で暖めるので近くに火山が無くとも温泉が湧く可能性はあります」

「むう………」

「もしかしたら、古い古い時代に火山があったのかもしれません。この硫黄が何よりの証拠。硫黄は火山地帯で良く採れるんです」

「しかし、だとしてもこれほどの熱があるものか?」

「ええ。ここには火山に替わる熱源があります。余りにも巨大でここでは当たり前なので認識し辛いと思うのですが」

 エルジェメルトは賢い。その指摘で可能性に思い至った。

「大星樹か!」

「ええ。大星樹の発する魔力が純粋に熱に変換されて地下水を温めても不思議はありません。変だと思ったんです。何度も言いますが、ここには井戸が無い」

「むむ?」

「生活用水は近くの川から水を汲み上げて使います。他の国ならいざ知らず、ここでそんな不便な場所に建物を建てる理由はありません」

「………うむ。確かに、普通は井戸を掘り、そこを中心に建物を建てるな」

「おそらく、ここは最初に掘られた井戸を拡張したんです。温泉が出る可能性があると分かったから。建物が平屋なのも、元々仮の建物だったからでしょう。温泉が出れば規模を拡大する手筈だった。しかし、出なかった」

「………ここまでやって出ないとはな。箱を作って中身が無い、か」

 捕らぬ狸の皮算用もここまでくると大したものだ。

「正確には水脈の一歩手前にまで来たんです。でも、岩盤が硬かった。外の世界なら何とかしようと年月をかける所ですが、ここは特殊な世界です。ここで永住する可能性は低い。無理と思った時点でここは放棄された、と言う事でしょう」

「あとは不便な建物だけが残ったと言う事か。案外つまらん結末だな」

「そうですか?」

「そうであろう? 先人が放棄するほどの岩盤である以上、どうする事もできまい」

「どうにかする事ができたら、いかがです?」

 カグラの自信を秘めた言葉に、エルジェメルトはしばし訝しそうな表情を浮かべていた。

「………我が思い付くのはリィンフォースで強化した身体で岩盤を砕くか、エンチャントで切れ味を増した剣で割るか、その程度しか思いつかぬ。だが、その程度の事はここを掘った先人が試したと思うがな」

「でしょうね。おそらく大星樹の魔力がここでは逆に仇となる。反発するか硬さを増すか。いずれにせよ難工事となるでしょうね」

「では、どのような方法がある?」

「斬ります」

 即答したカグラを見る皇女の目が丸くなる。

「………お主が、か?」

「ええ。ここに風呂ができるなら私にとってはとてもありがたいですし」

「うむう。そこまでして風呂に拘るか?」

「ふふふ。大倭の人間は風呂が好きなのですよ」

 夏は汗を流し、冬は身体を温める。大倭の風呂は生活の一部と言っても過言ではない。

「そ、そうか。そう言えば大倭の事を記した書物にそんな記述があったような。聞けば幾多数多、百を越える風呂の種類があるとか」

 今度是非エルジェメルト愛読の大倭解説本を読ませて貰おうとカグラは心に決めた。

「殿下はここでお待ち下さい。明かりは大丈夫ですか?」

「う、うむ。まあ何とかなるであろう」

 床に降りたカグラは岩盤の上に立ち、愛刀を引き抜いて逆手に持つ。

「刀気満ち」

 言霊を紡ぎカグラの中に星樹の魔力を満たす。

「………む」

刃気はき増さり」

 満ちる力を斬る為の力に変質させる。

「………これは………メタモルフォーゼか? しかし、届かぬのでは意味が」

令気れいき煌く」

「………何ッ?」

 練り上げて刃と化した気の剣を更に伸ばした。それは槍よりも長く、剣よりも幅広く、ただ突き貫く為に造り出された怪物刀だった。

 しかし、それだけでは駄目だ。足りない。カグラは左から別の効果を岩盤に送る。

 岩盤の性質を一部だけ書き換える、系統的には《錬金アルケミア》と呼ばれるが、カグラは岩盤を変質させ剣を通す道を作ったのだ。

 『蟻の穴から堤も崩れる』と言う言葉がある。

 一点でも脆くなればどんな強固な物も崩れるのだ。

 ましてこの下には膨大な水脈がある。一点通せば岩盤は割れると言う確信があった。

 一方で、エルジェメルトは驚きで目を見開く。

 戦巫女の力は強力な半面、応用が利き難い欠点がある。

 状況に応じて自由自在、などと言うのは夢物語か、使い物にならないほど低レベルかのどちらかだ。

 故に、エルジェメルトにはカグラが何をやったのか全く理解できなかった。

 彼女が知る常識とはかけ離れた事を、カグラはあっさりと行ったのだ。

   *

龍雷槍光りゅうらいそうこうはつっ!」

 鋭い気合と共に、カグラの刀が岩盤に吸い込まれるように突き刺さる。

 それを引き抜くと、ほどなくして亀裂が床全体に走り、水柱、否、もうもうと湯気を放つ湯柱が噴き上がった。

 カグラは入口まで跳び上がり難を逃れるが、溢れんばかりの湯はあっと言う間に部屋の半分を満たしていく。

「い、いかんッ! お湯が、熱湯が溢れ………ぬな?」

 部屋の半分ほどで水位の上昇は止まった。

 猛烈な湯気が吹き出るが、それも火傷を負う程ではない。

「それはですね、ここの造りがほぼ完成していたからですよ」

 カグラの指摘に、エルジェメルトも思い至ったようだった。

「は、ははははっ! あははははははっ! そうか! 湯が他の浴室に引かれたのか!」

「源泉のここは熱くて入れないと思いますが、他の場所なら丁度良くなっているんじゃないでしょうか?」

 安全を確かめ、二人は源泉を後にする。

 更に驚くべき事が起きていた。

 通路に光が灯ったのだ。全てではないが、石の幾つかが照明の役目を果たしている。

「発光のエンチャントか! しかし、どうやって現代も使えるのだ………」

「おそらく大星樹の力に反応するのでは? あるいはお湯が通った事で仕組みが反応したと言う所でしょうか」

「本当に岩盤を割る以外は完成していたのだな………」

 何処の部屋も溢れんばかりにお湯を湛えた湯船に変わっている。

 溢れた湯は各部屋に造られた溝を通り排水されているようだ。どう言う仕組みかは分からないが、地下温泉の湯をどこかに流しているらしい。

「贅沢な………」

 カグラの知る限り、大倭の有名な名湯に匹敵する湯量だ。

 その中の一つに入って確かめてみる。

「湯練りの必要は無いくらい湯加減も丁度良さそうですね。あとは実際に入って使い心地を調べた方が良いでしょうね」

 設備は古い。どこか不都合がある可能性は十分に有る。何事も事故が起きてからでは遅い。

 が、そんな慎重なカグラに対して、エルジェメルトは何だか高揚している。

「うむ。うむ! これは入らねば嘘であるな」

「………入られますか?」

「うむ! 探索で埃と汗でベトベトであるからな」

「………では、私は後で頂きます。殿下は充分注意してごゆっくりと………」

 一緒に風呂に入る訳にもいかないので、カグラは退く事にしようとしたのだが。

「カグラも入れば良かろう?」

「………いや、その。さすがに殿下と一緒に入浴する訳には………」

「我は気にせぬ。否、湯を掘り当て汚れたカグラを置いて我が先に入ると言う道理も無い。共に入ればよかろう」

 エルジェメルトの心遣いは有り難いが、それはどう考えても無理だった。

 しかし、かと言って諦めさせるほど弁論術に長けている訳でも無い。

「あー、その、では、殿下はそちらをお使い下さい。私はこちらに」

 湯加減が良さそうな部屋二つをカグラは示す。これが最大限の譲歩だった。

「うみゅ? 一緒ではないのか?」

「これはあくまでも調査でございます。殿下がこちらを、私がこちらを使い調べると言う事で。注意してお入り下さい」

「……しかしだな。ならば誰が我の背を流すのか?」

「………殿下。背中くらい自分でお流し下さい」

「我は己の背など流した事は無い。大姉上の背を流した事はあるのだが」

「そうなのですか。姉妹ですから御一緒にお風呂に入る事もあるのですね」

 少し意外だが姉妹と言うのは皇族でもそう言うものか、と思ったのだが、エルジェメルトはそれを否定した。

「いや、普通は無いのだが。母が違う故に幼い頃は後宮でも生活空間は別でな」

「ああ、大奥と言うのはそう言う所だと聞きますね」

 権力者の後継ぎを狙う側室たちの後宮には当然派閥が存在するのである。継承権を持つ子供たちは母の派閥内で生活するのが普通だ。と言うか、そうでないと命が危ない。

 ちなみに大倭では大将軍の正室は『御台所』と呼ばれ、側室たちの管理や仲裁を役目とする。一般の嫁とか妻とか、そう言う物とは役割が根本的に異なる。

 まあ『大奥美女三千』などと言う言葉もあるので纏め役や仕切り役は絶対に必要な訳だ。

「大姉上も十代の後半はここで過ごしたし、国に戻ってからは将軍として軍務に明け暮れておる。ここ数年は年に何度も顔を合わせておらん。が、剛毅な人でもあってな。我を半ば無理矢理風呂に連行し付き合わされる。全く困った人なのだ」

 言葉とは裏腹に、エルジェメルトは楽しそうに身振り手振りまで混ぜて姉の事を話す。

 彼女が姉の事を好いているのはカグラにも理解できた。

「我は大姉上には逆らえぬ。一緒に風呂に入れと言われれば入らねばならぬし、背を流せと言われれば背を流さねばならぬ。もし、逆らえばな」

「逆らえば?」

「ふははははっ。…………拉致される」

「………はい?」

「我が大姉上の命を断わると、大姉上は拗ねて我を一日中側に置こうとするのだ」

「それが………拉致ですか?」

「ふはははっ。それにはな『何処でも』と言う条件が付く。風呂・ベッド・食事・トイレ、全部だ! しかも夜討ち朝駆け当たり前。ある時など、就寝直後を急襲されて大姉上のベッドにまで簀巻きにされて連れて行かれた。………あれは怖かったな。寝込みを襲われるのがあれほど恐ろしいとは」

「………確かに寝ている所を襲われるのは恐ろしいです………ね」

 カグラ自身にも身に覚えがある。無論相手は姉である。夜間戦闘訓練が目的だった。

 あれはとても恐ろしい体験だった。寝床にヒグマが飛び込んできてもアレほど恐怖する事はあるまい。

「しかもそれは皇宮だけの話ではない。我は幾度と無く大姉上に拉致されてあちこちに連れて行かれたのだ。始めは皇宮も大騒ぎだったが、後になると皆慣れてしまった」

「………それは、その、一種の英才教育だったと言う考えは」

「大姉上の考えは分からぬが、そう言う面もあったのやもしれぬ。ちなみに我をかどわかす時に姉上と共に実行していたのがマーキュラだ。思えば我の苦手意識はあの頃に植え付けられたのかもしれん」

 やはり恐るべき実力者であったか、などと妙なところで裏付けを取れた。

「とにかく、私はこちらに入ります。殿下はそちらに。湯が熱いかもしれませんので充分御注意下さい。飛び込むとか泳ぐとかそう言う事は絶対に止めて下さいね」

「我はそのような子供っぽい事はせぬ。………カグラよ、お主はその歳で随分と小姑のような物言いをする。マーキュラかと思ったぞ」

 ぷうと頬を膨らませる皇女に、カグラは苦笑いするしかなかった。

「………姉で苦労しました。では、私は先にお風呂を頂きます」

   *

 エルジェメルトが一度外に戻ると、青い顔で小屋の前をうろうろしていたカミュリッタがパッとにこやかな顔で駆け寄って来た。

「お帰りなさいませ! うわっ、どうしたんですかこの御姿は!」

 埃だらけのところに湯気を被ったので、エルジェメルトの服や髪や肌が酷い事になっていたのだ。

「殿下。僅かですが湯気がこちらまで流れています。もしや、お湯を掘り当てられたのですか?」

「うむ。カグラが岩盤を割った」

「………外見に似合わず無茶をする方ですね………」

「我もそう思ったがな。なかなか良い物を見れた。さて、我も風呂に行く。このままでは埃っぽくて適わぬからな」

「入れるのですか?」

「うむ。どうもここは湯が出ない以外は完成しておったようでな。幾つも浴室があってお湯が満杯になっておる」

「………それはまあ、何と言うかこの学園らしい話と言うか」

 少し呆れ気味のマーキュラとは対照的に、なぜかカミュリッタは興奮していた。

「お、御供しますっ!」

「ええ、今しばらくお待ち下さい。入浴道具を準備致します」

 しかし、エルジェメルトは控えていたメイドたちに指示を出そうとしたマーキュラを呼び止める。

「いや、待て待て、二人とも。我は一人で入るぞ」

「まあ、殿下。どう言う風の吹き回しでしょう? 明日は大雪でしょうか?」

 この季節のユグドラシルロットの気候は温暖なので雪など降らない。下手な山よりも高い大星樹の上の方なら分からないが。

「そうです! 第一こんな怪しい場所ではどんな事が起きるか分かりません! つるっと床でお滑りになったら大変です。このカミュリッタ、殿下の御身を何時何処でもお守りするのが役目。是非、いえ、何としても御一緒させて頂きます! お背中だって流す者が必要でしょう!」

 妙に目を血走らせたカミュリッタが詰め寄るが、エルジェメルトはそれを片手で制する。

「我はそこまでドジっ娘ではないわ!」

「ふむ? もしやカグラ殿と御一緒に入浴を約束されたのですか?」

「にゅ? い、いや、そうではない。………断わられた。断わられたのだが」

「さすがカグラ殿。殿下にお気遣い頂いたのですね」

「う、む、まあそうだな」

 身分の違いとか礼節とか、そう言う物をきちんと理解している。その心遣いはまさに騎士の物だった。

「それにしましても、カグラ殿はお綺麗ですよね」

 簡易入浴セットを手渡すマーキュラがそう言うので、エルジェメルトも大きく頷いた。

 ちなみにエルジェメルトの馬車は移動する着付け部屋であり、最低限の備品が備えられている。いざと言う時、身体を洗う為の道具もちゃんと用意してある。

「確かにな」

 カグラの事を見ている際に油断するとドキドキする。

 不思議な色気とでも言うのか。

 皇宮に集う国中から選りすぐられた美女美少女を見なれた皇族の自分がそう思うのだから間違いない。

「書物によれば、なんでも大倭では『ヤマトナデシコ』なる才色兼備の最上位の姫君が居ると言うが。カグラであのレベルなら最上位では一体どんな事になるのやら想像もつかん」

 貴族や王族と言うのは美男美女を伴侶にしたり、あるいは近親婚で血が濃くなったりするので、美男美女が生まれ易い環境ではある。

 だが、それだけでは意味が無い。真なる美とは教育教養によって磨かれるのは何処も同じだ。顔ばかり良くて中身が醜悪な貴族など、掃いて捨てるほど居る。

「ところで、水は女の別面を見せてくれもします。また別の美しさがあるのでしょうね。英雄譚でも美しい水の妖精は数え切れません」

「そ、そうかもしれにゅな」

「ああ、殿下も可愛いですよ?」

「と、取って付けたような世辞はいい! 我らが上がったらお主たちも使わせて貰え」

「よろしいのですか? しかし、ここの管理人はカグラ殿になると思われますが」

 この学園では福利厚生が非常に充実しているから例外だが、本来風呂と言うのは非常に贅沢な代物である。ふんだんの水と湯を沸かす為の燃料か能力が必要だからだ。身分の高い者でも労力に見合わないと判断する場合もある。

「カグラがそのような狭量を示す筈が無かろう」

 着替えと道具を受け取ると、エルジェメルトは回れ右をして中に戻った。

「ぅう、殿下あ………」

 カミュリッタは何だか絶望して地面に崩れていた。


   4 それは初めての


 カグラは示した浴室に入った。

 いきなり服を脱ぐと言うような事はしない。

 明るくなった浴室を丁寧に調べる。

「………良い仕事してますねえ」

 木を使う大倭の湯船と違い山奥の温泉を想わせる岩風呂だが、肌が当たるような部分は丁寧に磨かれている。走ったり暴れ回ったりしなければ滑って転ぶような事も無いだろう。

 他の部屋も工夫やバラエティに富んだデザインが施されている。

 暗い時には気付かなかったが、中には壁面一面に大星樹の壁画が描かれている浴室もあった。

「まるで大倭の霊峰画だ」

 巨大な大星樹を描いたそれは山のようにも見えたのだ。

「よく見れば棚もちゃんとある。本当に温泉施設にするつもりだったのか」

 本当に湯が出なかっただけなのだ。ここは。

「………とは言え、どうするべきでしょうねえ」

 ここを温泉として開放するとなると、ほぼ間違い無くカグラが管理する事になるだろう。

 働くのは良い。ひょっとしたら通貨を稼いだり物々交換的な収益も上がったりするかもしれない。

 だが、そうなると人を避ける為にここに住む事にした意味がどこかに行ってしまう。

「………でも温泉は嬉しい」

 カグラは温泉に目が無い。

 命を削り磨く過酷な山籠りの修業に於いて許されるたった一つの娯楽が秘湯である。湧き出している温泉に疲れた体を浸す悦びは何物にも代え難い。

 泉程度ならともかく、この規模を一人占めするのは不可能だ。

 そもそも遺跡である以上は星女会に報告しなくてはならないだろう。

「………とにかく入ってみなければ分からない。うん」

 風呂場特有の熱気と湿気でそろそろ汗と埃が気になってきた。

 意を決して、カグラは帯を外した。

   *

「………これは凄いな」

 エルジェメルトの入ったのは、また見事な造りの浴室だった。

 湯船はドーナツのような輪になっている。中央の島は座るのに適した形になっており、湯から上がって身体を休める事もできる造りなのだ。

「まるで泉の妖精たちが戯れ遊ぶ場所のようだ」

 モチーフはそんな感じだったのかもしれない。

 帝国の居城にも大浴場はある。あるのだが、儀式の前とかそう言う時に使う施設であり、あまり使わない。部屋に湯船を運び、湯を満たして入るのが貴族的な入浴だった。

 故に、溢れるほどの湯を前にして、エルジェメルトはかなり興奮していた。

 何故か、古今東西、泳げるほど巨大な水溜まりは人の心を震わせるものだ。

 躊躇する事無く服をさっさと脱ぐ。簡単な物なので一人でも脱ぎ着できるのである。

 と言うか、よほどの重装備でない限りエルジェメルトは普通に衣服の着替えができる。「戦場に於いて侍従にいちいち着替えを手伝わせて戦いに間に合うか」と言う大姉の指導でマーキュラが叩き込んだのだ。

 しかし問題はここからだ。

「ふむふむ。身体を洗うのは石鹸であったか。してどうすれば………」

 決して多くない風呂道具を前に並べて、エルジェメルトは首を捻る。

 ………。

 …………。

 ……………。

「………むう」

 できなくはない。できなくはないのだが、何か違うような気がする。

 ふと。エルジェメルトはカグラが入った方の浴室に目を向ける。

「………入ってはならぬ、と言われると入りたくなるな。ゴクリ………。何故我は昂ぶっておるのだろうか………まあ良いわ。断わられはしたが、そもそも我が気にせぬのならば問題は無いのではなかろうか。問題無いな、うむ」

 よく考えると何も問題無いように思える。エルジェメルトにとって侍従に見守られながら入浴するなど当たり前だ。

「………ちゃんとお願いすればカグラも我の背を流してくれるのではなかろうか」

 カグラに背を流して貰う事を考えると何故かドキドキする。

 広げた風呂道具を手早く纏める。

「それに書物によれば大倭には共に風呂に入り親交を深めると言う儀式があるとか。一つカグラの国の倣いに従うのも一興よな♪」

 カグラが聞けば間違いを素早く訂正するだろうが、ここにカグラは居ない。

 カグラが居るのは向かいの浴室である。

 すでに足は向かっている。

「にゅふふふ」

 なぜか妙な笑い声を洩らしつつ、エルジェメルトはカグラが居る筈の浴室に侵入を果たす。

「カーグ…………ラ?」

 不幸だったのは湯気がさほど濃くなかった事だろうか。

 水の滴る美しい裸身は、少女のようにほっそりとしてはいた。

 だが、圧倒的な違和感。いや、違和感どころではない。有る筈の物が無く、有ってはならない物が有る。

 エルジェメルトも実物を見るのは初めてだった。初めてではあるが、それが何であるかは理解できた。

「で、殿…………下?」

 見間違えでも無かった。

「お、前、貴様………お、おと、お………男ッ?」

 衝撃の真実にエルジェメルトは大事な事実を忘れていた。

 カグラだけではなく彼女もまた一糸纏わぬ生まれたままの姿であり、しかも彼女の生い立ち上『隠す』と言う概念が無かった事がその現象を引き起こした。

 エルジェメルトの、成長途上でありながらも充分に女性的な膨らみを備えた、まるで妖精の女王のような儚くも美しい色気を纏うヌード。

 一方のカグラは顔立ちこそ美少女だが触れただけでも反応してしまう十代の健全な男子。

 故に。

 箱入りとは言い難い気性ながらも高貴に属するエルジェメルトは、知識こそ持っていたものの、男子の臨戦態勢と言うモノを初めて目にする事となった。

「にゃ、にゃあああああああああああああっ!」

 腰が堕ちるほど驚きパニックに見舞われた。

 オゴレウス神聖帝国第三皇女ともあろう者が!

「う、うわっ! ち、違っ、これはあっ!」

 我も裸。相手も裸。駆け出したエルジェメルトを追える訳も無く。カグラはただ茫然と手を前に突き出しただけだった。


 その後の事は何がどうしたか分からない。

 しかし、大混乱のままエルジェメルトは屋敷に舞い戻っていた。

   *

「殿下。一体どうなされたのです?」

「げ、元気をお出し下さいっ! 殿下が消沈されては、私は、私は」

 心配そうな二人が部屋に入っても、エルジェメルトは机に顔を伏せていた。起き上がる気力が湧かないのだ。

 これは二人もすぐに気付く異常事態だった。

 エルジェメルトは天然な部分もあるが、これでなかなか隙を出さない人間だ。これまで受けてきた皇族としての厳しい教育が彼女を支えているのだ。

 だから、エルジェメルトは側近の二人に対しても隙を見せる事を嫌う。

 その事をよく知る二人が、この異変に気付かない筈が無かった。

「………秘密を守れるか?」

 伏せていた顔を上げず、エルジェメルトは小声で呟く。

「それはもう。殿下の御命令とあれば、喩え煉獄の焔にくべられても口を割りはしません」

「………告げ口はするくせに」

「カミュリッタは重要性が低いもの」

「なッ!」

「殿下。秘密と言う物は己の胸にだけしまうと苦しみの原因になります。問題を解決する手段が出せないのなら、話して助言を請う事もまた一つの方法ですよ」

 マーキュラは優しい声色で主人に問いかける。が、どこか悪魔の誘惑にも見えるのは気のせいか。

「………そうか。だが、この事を他者に話したらお前たちは………死刑だ」

「は、はいっ?」

 冗談の口調ではない。エルジェメルトは本気だった。

 だが、そんな理不尽な主の言葉にも侍従長はさらりと応えた。

「もちろんでございます。このマーキュラ、殿下の元に着く事となった日からこの身を殿下にお預けしております。また、お話が外に漏れるようならば、まず私を手討ちにして頂きたく思います」

「へ? あ、も、もちろんこのカミュリッタの首もお仕えした時から。いえ、皇宮に仕官した時から。いいえ! 幼き日に殿下の御顔を拝顔した時からっ! 殿下に預けておりますッ!」

 二人の態度に、エルジェメルトはようやく顔を上げて二人の方に振り向いた。

「分かった。おまえたちには話しておく。………実はカグラの事だ」

「あ、あの辺境人が殿下に無礼を働いたのですねーっ! 討ちますッ! 討って来ますッ! 必ずやその首級みしるしを殿下の前にっ!」

「少し黙りなさい」

 ノーモーションから超高速の裏拳が飛ぶ。

 カミュリッタも帝国騎士団では上位三十名だけに与えられる『皇盾騎士シルトリッター』の称号を持つ剣士なのだが、見切る事どころか、反応もガードもできずに直撃して吹き飛んだ。

「………まあカグラ殿が関わっている事は今日の事ですので予想しておりましたが。カグラ殿に何かとても失礼な事をなさったのですね」

「………なぜ真っ先に我が粗相したと言う言葉が出てくるのだ?」

「殿下は他者からの攻撃でへこむような方ではございません。逆に闘志を奮い立たせるでしょう。ですから、そこまで落ち込むとなれば、それこそ殿下が一方的に無礼を働き、結果致命的な事態に陥った、と言うところでしょうか。一体何をなさったのですか?」

 さすがは教育係を務め、また師とも言えるマーキュラの指摘に、エルジェメルトは真っ赤になって否定した。

「ち、違うぞっ! 無礼を働いたのは向こうなのだ! あ、あんな物を我に見せ、見せ、見せ付け、蛇の、蛇、鎌首が!」

 思い出して顔が真っ赤に染まる。

「な、あのアマ! 殿下に蛇を突き付けたのですか! 殺す! 絶対に殺ぉーすっ!」

 最早暴走と言っても良いように錯乱するカミュリッタに対し、マーキュラは眉をひそめながらも、年長者としてその言葉が意味する事を悟った。

「………まさか。殿下。カグラ殿の裸身を見た、のですね?」

 顔を真っ赤にしたままエルジェメルトはこくこくと機械的に頷く。

「………なるほど。そう言う事ですか。ホホホ。それはまあ………お年頃の殿下には衝撃的な事だったでしょうねえ」

 ようやく事態を理解したマーキュラは、くすくす笑いを洩らす。

「その御様子だと、随分とご立派な大蛇をご覧になったようですねえ。ホホホホ」

「わ、笑い事ではないわっ! 我は、我はどうすれば良いのだ? この事を知ってしまった以上、見逃す訳にはいかぬ………」

 頭を抱えて悩む皇女。

 それを、妹の成長を喜ぶ姉のようなにこやかな表情で見守る侍従長。

 一方、親衛隊長は何が何だかさっぱりと言う顔をしていた。

「そ、その、殿下。私には全然話が見えないのですが………」

「カミュリッタ。『縦に口が裂けた蛇』と言う物を御存知かしら?」

「口が縦? そ、そんな蛇がいるかっ! 怪物だろうが!」

 一方のエルジェメルトはまたまた思い出したのか、顔を真っ赤に染めた。

「やれやれ。殿下は仕方が無いとしても、貴女がそんなのでどうするのよ」

「な、なんで罵られているんだよ! え? もしかして知らないとおかしかったりする?」

「女としては、ね。前々から思っていたけれど、貴女まだ処女よね」

 とんでもない指摘にカミュリッタも真っ赤になる。

「なんでそんな事が関係あるんだよっ!」

「口が縦に裂けた蛇とか、トカゲとか、アレの隠喩よ?」

「へ?」

「察しが悪いわ、カミュリッタ。説明しないと後々面倒だから教えるけれど、カグラ殿は男性だったのよ。殿下は止められたのも聞かずカグラ殿の居る浴室に忍び込んで、カグラ殿の裸を見たと言う訳。自業自得ですね」

「お、おとこ? ケ、穢れた男が殿下のは、裸をっ?」

「ああ、そう言う事になりますねえ」

「言うにゃぁああああああああああああっ!」

「っ、潰すっ! 目を潰すっ! 絶対に許さねえええええええっ!」

 今にも飛び出さんとする勢いのカミュリッタを片手で押さえるマーキュラが諭す。

「貴女には無理よ。大体、貴女は殿下の顔を潰すつもり?」

「へ?」

「………うにゅ?」

 カミュリッタはもちろん、エルジェメルトも訳が分からないと言う顔をする。

「この問題は、いえ、問題ですらないのだけれど、極めて厄介な事を孕んでいるのよ」

「それはそうだろう! 男子禁制のこの学園に男が入り込んだ! それは大問題だ!」

「ならないわよ。正確には、問題にはならない。むしろ、大歓迎されるわ。もし真実が明るみになれば、どの国もカグラ殿の留学に許可を出すでしょうし、下手をすればカグラ殿を巡って戦争になる。カグラ殿程の領域に至った男子が全世界に何人いると思って?」

「………え? ええ?」

 訳が分からないと言う表情のカミュリッタを放り捨て、マーキュラは皇女の顔を真っ直ぐに見据える。

「………さて、殿下。何故悩んでおられるのです?」

「何故、だと?」

「殿下が悩むと言う事は滅多にありません。殿下は、『判断は迅速を以て良しとする』と言う典型です。よろしいですか? この事態は極めて大きな問題ですが、幸い殿下はこのユグドラシルロットで現在誰よりも先頭にいるのです」

「………我が先頭に………」

「そう。今はまだ殿下の手に全てがあるのです。さあ、如何に差配致しますか?」

 マーキュラは状況だけを示す。決定を下すのはエルジェメルトの役目だ。

「………そうか。その通りだな。ならば………」

 動転していたが、マーキュラの指摘で冷静になったエルジェメルトは理解に至った。

 これは極めて大きな外交政治的問題を孕んでいる。

 先ずもってカミュリッタのように武力排除は論外中の論外。カグラの立場はそれほどに重い。話題を集める大倭の大星樹連盟政府加盟に水を差すのみに非ず。仮にエルジェメルトが排除行動を起こせば周辺から反感を買うのは目に見えているし、下手を打てばただでさえ緩やかな繋がりである大星樹連盟政府の存在を揺るがしかねない。

 かと言って、カグラが自主的に退く事も考え難い。

 更に。

 知る者は少ないのだが、実はこの学園には『男子禁制』と言う法が無い。業者等には制限をかけてはいるが、それはあくまでも慣例に過ぎない。

 正確には、『男子の入学を禁じる法』が全く無いのだ。

 それもその筈。どの世界でも特別天然記念物超級の存在になる、『戦巫女の素質を持つ男子』。

 そんなものを対象にした規則が存在する筈が無い。他国の女だらけの場所に放り込むなど選択肢すら無いと言うのが普通の考えだ。

 おそらくはスオウ・カグラの転入はユグドラシル学園開闢以来、初めての珍事と言う事になる。

 故に。この状況では表沙汰にして公式にカグラを追い出す事は不可能だ。

 表沙汰にした瞬間、カグラは超法規的処置を掲げる圧倒的大多数に守られてしまう。そうなればエルジェメルトでも手が出せなくなるだろう。

「………と言うか、男子とバレたら………」

 エルジェメルトの胸にモヤモヤとした物が湧き上がる。それはドス黒く、今にも身体を焼き焦がしそうな焔のような、かつて経験の無い正体不明の感情だった。

「……そうなる前に。方法は………ある。公式にはできずとも」

 この学園には法と並行して生徒を律する慣習が二つ存在する。

 一つは星女会長の絶対権限。だが、これを得るには時間が無さ過ぎる。シェルリーがカグラを放逐する筈は無いし、その座を奪い取るには時間………が必要だ。

 故にあと一つ。幸いにしてこちらはまだ道が残されている。

 エルジェメルトはその手段に思い至った。

   *

「………温泉遺跡………いや、遺跡温泉かな。面白い物が出てきたねえ。それに、壁画に彫刻か。もしかしたら名のある芸術家の物もあるかもしれないねえ」

 当時は無名でも、今は伝説的に有名になった人物が手掛けた物が有る可能性はある。ここはそう言う街である。

 戦巫女の技能は芸術方面に発揮される事も珍しくは無いからだ。

「はい。よろしければ星女会で管理して頂けますか?」

 口頭報告だけと言うのも問題ありそうな気がしたので、一応文書と言う形にしてシェルリーに提出した。管理人業務の一環である。ちなみに書式は慣れない西方界式だったので随分と苦労した。

「じゃあ任せたよ」

 シェルリーはささっと委任状を書き上げてサインを入れ、判を押してしまった。それをカグラに手渡す。

「いや、あの、もう少し熟考する事では」

 少なくとも百年前の遺跡であり、温泉と言う要素もある。問題はもっと複雑なのではと思っていた。

「他に適任者いる? 調査が必要な分野に関してはこっちで手続きするし。ああ、入泉料は常識的な範囲にしてね。近いうち私も入りに行くから」

「………はあ」

 難問だと思っていたのにあっさりと解決してしまい、カグラは少し肩を落とす。

 それに実のところ、この書類作成は半ば以上に現実逃避だった。

 エルジェメルトに正体を知られ致命的な状態に陥った。かと言ってその事にこちらからでは対応できない。やり場の無い気を紛らわせるべく書いたのだ。

 それをあっさり片付けられると、自分の心が読まれているようで嫌になる。

「どうしたの、元気無いね?」

「あ、いえ。………つかぬ事を訊きますが、エルジェメルト殿下から何かお聞きしていますか?」

「いーや、特に何も。あの子、私に近寄らないからね。臆病だから」

「臆病、ですか?」

「そう。あの子は自分の立場に責任と言うか、縛られているから変化を嫌う、と言うか怖がるのよ。殿下と何かあったの?」

 エルジェメルトの名を出した瞬間のシェルリーの表情は、何となく書類を提出した時よりも輝いていた。

「……その、何と言うか」

「私もアドバイスできるほど経験豊富じゃないけどね。状況がマズイと思ったら早く行動しなくちゃダメだよ。カグラちゃんの場合は特にだね」

「………え?」

「どんな事にでも対処できるように準備して静観するのと、状況に任せて傍観に回るのでは雲泥の差があるよ。もし、仮にだけどね、カグラちゃんにとって不都合な事をあの子に知られたのなら、一刻も早くあの子を制圧しなきゃ駄目だ。どんな手を使ってでも口を封じないと、カグラちゃんはずっと後手に回る事になる」

「く、口封じ?」

 物騒な単語に冷や汗が滲む。

「口封じって言っても、何も殺すって事じゃない。交渉するなり脅迫するなり唇で塞ぐなり、とにかくイニシアチブ、先手を取る事が必要だって言う事だね。カグラちゃんは、実力はあるのにどうも自分から前に出るのを避けている感じがする。事情云々は置いておいてね」

 何だか妙な物が混じっているが、指摘はもっともだ。

(………それに、私は確かにそうかもしれない)

 今の状況だけではない。

 常にカグラの前には万能の姉が居た。それはもはや人間の領域を越え、天災と呼ぶも同然だった。大倭では天災と同義と言う事は神に斉しいと言う事でもある。

 神仏と天災に対して人間ができる事など二つしかない。一つはただひたすらに通り過ぎるのを待つ事。そして天災によって出る被害をできるだけ抑える事。

 そんな環境が今のカグラの自身の心を作り上げたと言ってもいい。そのせいか、自分から動く事は少ない。苦手と言うよりも選択肢の中に始めから入らない。それが生き残る術であり本能に刻み込まれた物だった。

「先手必勝が全てとは言うつもりは無いけど、後手が不利になるのは良くある話だよ? 特に政治的な分野では先んじなければ負ける事が多々ある」

「………考えておきます」

 カグラの答えに、シェルリーはにっこりと微笑んだ。

 その表情に、カグラは言葉を失う。

 それはこれまでの、どこか大人びた露悪的なものではなく、年頃の少女に相応しいものだった。

 だが、その笑みはすぐにまたニヤリと切り替わる。

「頑張ってね。ま、何かの時の為に準備はしておくよ」

「………準備、ですか?」

 想像もつかないが、あまりカグラに取って愉快な事ではないようだ。

「そ。いやーカグラちゃんが来てから面白い事が多くて有り難いよ」

 ぴらぴらと軽く手を振るシェルリーに一礼し、カグラは部屋の外に出た。

   *

(………確かに、このままでは良くない流れですね)

 会長室から送り出されたカグラはエルジェメルトを訪ねる覚悟を決めていた。

 如何なる状態にせよ、このままでは最悪の目が出る可能性が高い。そうなってはもう取り返しがつかないだろう。

 今ならまだ、何とかできるかもしれない。

 その為には、どうしても彼女に会わなければならない。

 決意を新たにし、カグラはエルジェメルトを探すべく講義室に向かう事にした。

 しかし。

 幸いと言うか。

 捜し回る必要は全く無かった。

 擦れ違う生徒たちの囁く言葉が、カグラにそれを教えてくれる。


 否。


 その清々しい刀気の気配をカグラが忘れる筈が無い。

 すぐに、カグラは見通しの良い窓からそれを確認する。

 エルジェメルトは校舎に続く道の真ん中に立っていた。

 遠目からでも分かったのはカグラの視力が良いだけではない。

 出会った時と同じく完全武装。しかも、あの超大剣を地に立てて携えている臨戦態勢。

 遠目でも見惚れるほど立派な武人の姿。

 《黒の騎士姫》。

 カグラは急いでエルジェメルトの前に向かった。彼女は自分を待っているのだと、嫌でも理解できる。

(ああ、なんて真っ直ぐな刀気………)

 初めて出会った時と同じく、前に立った時、それを肌で感じ取った。

 あらゆる感情を闘志へと変換した戦巫女。

 カグラはその美事さに感動すら覚えた。

 形相はいっそ凄まじい。

 肩をいからせた仁王立ち。

 眉と目は逆ハの字に吊り上がっている。

 戦いの化身となった女軍神とはこのようなものなのかもしれない。

「………ふん。昨日の今日でよくもまあ来たものよな。その神経の図太さには呆れるぞ」

 声は低く強く、されどそこには一点の蔑みも無い。

 相手を認め、自らの全てを懸けて決闘の場に立つ戦士の気迫。

「殿下………」

「理由など知らぬ。だが、事を知った以上、我はオゴレウス帝国第三皇女の立場に相応しい態度を取らねばならぬ」

「………私は」

「黙れ! そして聞けっ!」

 カグラの言葉を皆まで言わせず遮り、エルジェメルトは軽々と大剣を振るい、ビシッとカグラに対してその切先を向けた。


「我はスオウ・カグラに対し、姉妹戦を申し込む!」


 これ以上無い、清々しい宣戦布告だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ