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序 スオウ・カグラの破滅的な受難

当方はクトゥルフ神話ばっかり書いてますが、本作はファンタジーです。女装美少年剣士と姫騎士な皇女がきゃっきゃうふふするような展開になると思います。

「嫌です! 絶対に嫌です! って言うかどう考えても無理に決まってるじゃないですか!」

「口応えは許しません」

 静かに諭すような言葉よりも先に飛んで来た電光石火の木剣の切っ先が鼻先を掠める。一寸でも身動きしていれば鼻が折れていた、いや、鼻梁が吹き飛んでいたかもしれない、速く鋭く重い一撃だ。

「わ、私を殺す気ですか姉上っ!」

 もっとも、この姉が本気ならこんな至近距離で躱そうとしても顔面が横一文字に割れていた筈だ。

 冷や汗が流れるのを感じながら、カグラは心底怯えて姉に訴える。

 自分と同じく長い黒髪を水引で後ろに一束に纏め、白衣に緋袴と言うシンプルな修練服に身を包んでいる。

 毎日顔を合わせる家族。贔屓目に見ても綺麗な姉である。「何処のお城の姫君か」と呼ばれても差し支えない程だ。

 が、カグラが知る限り中身はまさに第六天魔王。歴史に名を残すのではないかとも思う最悪の暴君であった。

 しかも、桁外れの暴力的実力が伴うだけに性質が悪い。

 女でありながらその腕力、脚力は尋常に非ず。

 刀を振れば斬撃が飛び大木を薙ぎ払う。

 槍を天に突けば遥か大空を飛ぶ鳥が落ちる。

 男でも引けないような強弓を易々と引き、手の着けられない暴れ馬は姉に睨まれただけで去勢したかと思うほど従順になる。山籠りの際に素手で大熊を倒したと言う逸話もあるほどだ。

 それに加え、天賦と呼ぶのもおこがましい頭抜けた力量。

 もはや人と呼んでいいのかと言う根本的な事すら疑問と言う領域に、僅か十代で到達した正真正銘の怪物。

 遥か昔。群雄割拠豪傑入り乱れる戦乱の時代に産まれていれば、己の腕だけで天下を獲っていたかもしれないと言うのが周囲の密やかな評価である。

 ただし。

 暴君と称される事からも分かる通り、そんな超絶能力に反し、その精神性には大きな疑問が残る。

 何か自分の気に入らない事があれば、すぐに最強の腕力に物を言わせて解決しようとする困った人物、と言うのがカグラの目から見た姉の総評だった。

 頭は悪くないのである。むしろ同年代の中でも飛び抜けて秀でていると言っても良い。

 ただ、その比類無き腕力で片を付けるのが最も合理的だと理解しているので性質が悪いのだ。

 極められた暴力ほど効率の良い物は無い。権力も財力もそれには届かない。

 そして、その被害を最も多く被ってきたのが、他ならぬカグラ本人である。

「ええ、この姉の言う事に耳を貸さぬのならそれも已む無しと考えた所です」

 困った事に、おそらく本気だった。自分の言う事を聞かない者など、この世の無駄無駄無駄と本気で考える人である。この姉は。

 本来ならばこの姉と言う怪物に対して盾突くのは愚行であり論外であり不可侵であり、真っ先に選択肢から外すのがカグラの短い人生で習い覚えた最善策だった。

 しかし、今度ばかりは反論でも何でもしなければ、遠からず破滅するのは我が身である。

 正直なところ、この姉がここまで非常識だとは思わなかった。今更な気もするが、それでも世間の一般常識くらいは頭の片隅に入っていると思っていた。

 それこそが大間違いであり、それを把握していなかった事が今、脅威となってカグラの前に立ち塞がる。

「む、無茶を言っているのは姉上ではありませんかっ! 私をあの学び舎に送るなど、正気の沙汰ではありませんっ!」

 何とか異論を挟もうとするカグラの前を再び斬撃が通り過ぎる。


   ザンッ


 ………音が後から付いてきた。音よりも早い斬撃。カグラは「ひいっ」と潰れたような声を洩らして床に尻餅を突く。これでも充分手加減されている。

「お黙りなさい。良いですか? これは恐れ多くも二千年に渡って大倭ヤマト国を御護りされておられる祭祀王たる今上のアマノスメラギ様、そして大将軍家からも下された直々の御命なのです。アメノフトタマノオオノキの元に集う巫女の学び舎に、我がスオウ家から留学の徒を出すように、と」

「……尚の事解せません。御皇族や大将軍家にも御三家にも御三卿にも、何なら外様の五大公にも年頃の姫君は多いではありませんか。何故わざわざスオウから出さねばならぬのです」

 スオウ家はそれなりの名門だが所詮は大将軍家の譜代家臣であり、遥か格上の家は幾らでも挙げられる。

 例えば親王家や将軍御三家など、国を代表するような名家名門は他にも山ほど存在する。それらを差し置いて、何故スオウなのか?

「彼の学び舎はただの学び舎に非ず。各国の武門より腕の覚えがある戦巫女いくさみこたちが集う、言わば大世界級の争乱を秘めた地なのです。大倭の幾多数多の名門武門から選ばれ彼の地に赴くは、正に一番槍の名誉。大倭四天と呼ばれた武門の中の武門、我がスオウ家に白羽の矢が立ったのはこの上無き誉れなのです」

「では当然姉上が行くべきではありませんか! と言うか他の選択肢など有り得ませんよ!」

 姉の言う通りスオウ家は今の将軍家が興った時からの数百年来の名門で、幾つかの分家も抱えるのだが、なぜか当代には年頃の姫の数が少ない。

 それに、どう考えてもこの宣託は姉の事を指名しているも同然だ。わざわざ最高権力と最高権威が総出で命じているのである。本来ならどう足掻こうと回避しようの無い物だ。

 が。

 この姉と言う生き物が、その程度でどうこうできる存在では無いのもまた事実。

「何を言うのです。この姉不孝者。お前には姉を敬い気遣う当然の心が欠けております」

「………いろいろと言いたい事はありますが、そこまでして姉上が拒むのは何故ですか?」

 何度も言うが、姉は決して頭は悪くない。己が国許を離れられない重要な問題があるのかと、不覚にもカグラは考えてしまった。

 そんな物が無駄である事を、生まれた時から思い知らされてきたのに。

「彼の地には最低六年滞在せよとの事。それだけの時を彼の地で過ごせば私は行き遅れてしまうではありませんか!」

 大倭の最高権威から下された命令と自分の婚期を天秤にかけて、まさか婚期を取る姉に、終にカグラは開いた口が塞がらなかった。

 と言うか、この常識知らずの姉に婚期を気にする世間体があったのかと、むしろそちらに驚愕する。

 ちなみに、婚期が遅れる理由は紛れも無く姉本人の性質と行動に左右されるだろうから自分の責任だろう。

 自業自得である。

「………では御下命を返上するより仕方が無いではありませんか」

「どこまで愚か者ですか。そんな事ができる筈がないでしょう。そうなればスオウ家はいい笑い物。家を傾けるつもりですか」

 それは全てこの身勝手な姉のせいではないか、と思うがさすがにここで口に出すほどまだカグラも愚劣ではない。この姉と産まれた直後から十五年も付き合ってきたのだからその辺は呼吸で理解している。

 反意を示した時点で終わりな気もするが。

「良いですか、カグラ。あなたはスオウ家の次期当主。鎖界さかいが解けたこれからの時代は、外津国そとつくにの事を学ぶ必要があります。これは良い機会ではありませんか。ええ、これぞ天道の采配と言うもの」

「そんな風に言い繕ってもダメな物はダメです!」

「強情な。それとも臆したのですか。それでもスオウの家の人間ですか」

「強情とかそう言う問題じゃありません! だって私は男なんですから!」


 スオウ・カグラ

 線も細く、産まれた時より女顔。並の姫より余程上、と言われて久しいが、紛れも無く股に一物を持つ元服済の男子である。


 つまり。

 何をどう考えても、多くの国々から姫君だけが集う学園になど入れる訳が無い。

 と言うか、一つ間違わなくとも絶対に外交問題だ。

 この姉は、それをゴリ押ししようとしている。自分の婚期の為だけに。

(当ても無いくせに)

 そんな事を考えると、まだ淑やかと言える物だった姉の表情が変化した。

 付き合いが長いのは向こうも同じである。カグラに対するこの姉の直感は神仙の領域に在る。

 まずい、と思った時はもう遅い。

 大魔王尊にも比肩するであろうこの姉から逃げる事は不可能だった。

「……いいでしょう。これ以上話し合ってもお互いの言葉が交わる事はありませんね。ならば後は剣に訊く事にしましょう」

 木剣を構える姉。圧倒されるような殺気が漂う。

(何時、話し合いをしたと言うんですか!)

 カグラも武門に恥じない相応の使い手だが、この姉に敵う気が全くしない。

 それは長年の刷り込みだけではない。実力が違い過ぎるのである。なまじ腕が立つだけに相手の居る高みも理解できる。

 正確に言えば、自分など足元にも及ばない雲上の存在と言う事だけが理解できる。

 山なら如何に絶壁と言えど術有れば登る事もできよう。だが、相手が雲の上では辿り着けない。

 それほどの差がある。

 すでに大倭でも三指に入る実力者と呼ばれて久しいのだが、こう言う言葉は基本的に名のある老舗道場や流派が持ち上げられるものなので、ひょっとすると大倭でこの姉を止める事ができる個人はすでに存在しないかもしれない。

 ………否。軍でも怪しい。おそらく精鋭兵一万でも足りないのではないか。

「安心なさい。命までは奪いません。お前には学び舎に行って貰わねばなりませんからね」

 にこり、とおぞましい笑みが浮かんだ。

 狂っている。

「待って下さいっ! どこからどう考えても姉上の方がおかし……」

「最早問答無用ッ!」

 力も速さもカグラを遥かに上回る暴風のような姉の剣が、今度は一切の手加減無く振り下ろされる。

 祟り神に挑むようなものだと思った時はすで遅い。

 綺麗にカグラの意識が吹き飛ばされた。

   *

 かくして、少年の舞台は世界を支える大樹の町へと移るのである。

 それは桜が舞い散る卯月の或る日の事だった。


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