9.修羅
今回は、今のところでの話ですが、一番長い話です。
シリアスです。
前回のあらすじ
ケイト「あんなのじゃやーだー」
オーディン《わがまま言うんじゃありません》
アンリとリュウは、仲間を集めるために立ち上がった。
そんな時だった。
「よぉ」
声がかけられたのは。
二人は、声の主へと向き直る。
そこには、緑の短髪に薄い赤の瞳の青年。
おそらく、同い年だろう。
「えぇと、どちらさん?」
「俺はケイト。ケイト・シャンブラーだ」
「なんの用だ?」
「あァ、実はさ、今仲間探させられてるんだよ。それで、お前らがその候補に挙がってるんだ」
「いや~、勝手に決められてもな~」
「…………アンリ?」
リュウの訝しげな声を、アンリは無視した。
今は仲間が喉から手が出る程欲しいのに、彼はそれを突き放すような発言をしている。
いつものアンリであれば、一も二もなく『ようこそ!』と諸手をあげてもおかしくないのに。
(こいつは、なんなんだ?)
ケイトと名乗った青年を、アンリは険しい目で見る。
なんというか、こいつはヤバい。
口では説明できないけど、こいつはなんというか、本当の意味で人間じゃないというか。
そんな感覚を、彼は感じ取っていた。
ケイトは、そんなアンリを興味深そうに見た。
「へぇ、ただの人間じゃなさそうだな。俺を、そういう目で見ることができるなんざなァ」
「それ、褒めてるのか?」
「くくく、少なくとも、俺はな」
二人の会話の意味がわからないリュウは、眉をひそめる。
少しだけ苛ついたように、口を開いた。
「おい、アンリ、どうしたんだよ?」
「いやさ~、俺、こいつが何なのかわかんないんだよねぇ」
「はぁ? おいおい、まさかお前、こいつが天使とか言うつもりなのか?」
「おいおい、俺をあんな羽虫と一緒にするなよ」
ケイトの不機嫌そうな声に、アンリとリュウの意識は引き込まれる。
二人は彼へと向き直った。
「それで、ケイトさんよぉ、俺たちになにか用?」
「だから、仲間探しって言ったろ?」
「はっはっは、出会い系の掲示板でも漁ってろよ」
「生憎、俺は自分で相手の顔をちゃんと見ないと気がすまない質でな」
「うわ~、俺の目の前に人間不信ちゃんがいる~」
「ははは、その減らず口、これでもまだ聞けるかねェ」
ずどん、と。
とてつもない重さの無機質ななにかが、二人を襲った。
だがそれは、感覚的なものだった。
わかっていても、本能的な恐怖はぬぐえない。
全身の穴という穴から、冷たい汗が噴き出る。
これが、ただの殺気によるものだと、二人は十秒もかかってやっと理解した。
「アンリ、こいつウェーズさんより強いんじゃねェの?」
「さあなぁ、正直俺は素人だしわからん」
「ははは、凄ェな。まだそんな口聞けるのか」
ケイトは愉快そうに言う。
口元を歪めながら、言う。
「成程なァ。確かに、あいつが紹介するだけのことはある」
「仲介人いるの? 今すぐ連れてきてくんない? 勝手に人寄越すんじゃねェって殴るからさ」
「あ~、やめとけやめとけ。俺も勝てないからさ」
「化物かよ」
「まさしくその通りだな。あいつ、人間じゃねェし」
「あ?」
「ま、百聞は一見に如かずだ。ちょいと見とけ」
ケイトは腕を掲げた。
「グングニル」
刹那、黄金の槍が虚空から現れた。
そして、ケイトは『槍』をその手に取る。
「お前らが神話を真面目に勉強してたら、こいつはなんなのか、わかるよな?」
「グングニル……本物なのか?」
「応よ」
グングニル
それは戦争、死、魔術を司る神、オーディンの持つ武器だ。
狙いは必中。
敵を射抜いた後は、所有者の手元に自動的に戻ってくるという。
「ま、つまり言いたいのは、俺はオーディンの契約者ってこと」
「それで、その戦神の契約者がどうして俺たちのところにきたんだ?」
「だから~、仲間集めのためだって言っただろ?」
「…………」
アンリはケイトを見た。
戦力的には、申し分ないだろう。
いやむしろ、土下座でもして頼むところだ。
だが、こいつは、なんというか、近寄りがたいのだ。
リュウはわからないらしいが、こいつは人の皮を被っている。
中には真っ黒で、それでいて巨大ななにかが詰まっている。
しかも貪欲にも、まだ体になにかを詰め込もうとしている。
「……へェ、気取ったか」
アンリを見て、ケイトは嬉しそうに笑う。
彼は『槍』を肩に担いだ。
「そこの銀髪は微妙なところだが、お前は期待できそうだ」
「……どういう意味だ?」
「俺はな、目的さえ遂げられるのなら、その集団がどんなものかは問わない。ただし、その目的を遂げられる可能性すらない集団に入るのはごめんなんだ」
「あ?」
「つまりだ」
ケイトは『槍』の切っ先をアンリへと向けた。
「俺が集団に所属する最低条件は、俺が認めたやつが一人でもいるかってとこだ」
好戦的な、肉食獣のような笑み。
いや、好戦的というよりは獲物を見る目だ。
あれ? もしかして俺、喰われる?
「いいぜ、俺はあんたが欲しくなった」
だが、大いに気が変わった。
こういう手合いは嫌いじゃない。
最初は騙すつもりなのかと思って警戒していたが、それは杞憂だった。
こいつは、どこまでも真っ直ぐなのだ。
愚直に何かを求め、我を通す。
詳しいことは知らない。
それには興味があるから、仲間にしてからあっちが話してくれるのを待つとしよう。
「アンリ、やるのか?」
「あぁ、悪いが、お前はここで待っててくれ」
「あ?」
「こいつは、災害みたいなもんだ。人間が正面切ってやりあうようなものじゃない」
嵐がやってきて、武器を手に特攻をかける人間がいるか?
地震が発生して、スコップを手にプレートをいじる人間がいるか?
津波が発生して、バケツで水を海に戻そうとする人間がいるか?
火山が噴火して、扇で火山噴出物をなんとかしようとする人間がいるか?
答えは、否。
断じて否である。
ならば。
「目には目を。災害には災害をってな。こいつとは、魔術を全開に使って闘う」
「……そうか、わかったよ。行ってこい」
こういう時、リュウは無条件で信じてくれるからありがたい。
まったくもって、自分にはもったいないくらいの親友だ。
それを見ていたケイトは、ただ疑問をぶつけるように訊いてきた。
「災害のぶつかり合いとはな。どこで闘うつもりなんだ? まさか街中とは言わないよな?」
「そこは安心しろ。場所は俺が提供するさ」
「あ?」
アンリは笑い、紡ぐ。
力ある言葉を。呪文を。
「我が精神が喰らうは現」
刹那。
新たな『世界』が創られた。
何もない、地平線以外何もない砂漠にアンリとケイトは立っていた。
いつの間にこんな場所に移動したのか微塵も気づかなかったケイトは、大きく目を見開く。
「ここ、どこだ?」
「どこでもいいだろ? 俺が今言いたいことは、これで周りを気にせずドンパチできるってことだ」
「ははは、そいつは悪くない」
ケイトは周りを見回す。
そして、顔を少しだけしかめた。
「なんだこりゃ? 俺たち、なんでいつの間に砂漠にいるんだ?」
隠す必要はない。
だから、アンリはその質問に答えようと思った。
その、一瞬手前。
《固有結界だな》
ケイトの隣に、妙なやつが立っていた。
頭からつま先までローブで隠した素顔はおろか、男か女かすらわからない。
そいつが、彼へと言葉をかける。
《結界で世界の規模を設定してから、魔力だけで世界を構成する『総』を創る魔術だ》
「つまり、世界を創る魔術ってことか? それこそ、神の所業じゃねェか」
《その通りだ。これは天地創造すら可能にする。本当の神しか手を出そうとは思わない代物だ。喜べよ、ケイト》
ローブが、こちらを向く。
《あいつはお前と同じ、『神に届きうる者』だ》
好き勝手言ってくれる。
だがそれよりも。
「お前、誰だ? それとどうやって入ってきたんだ?」
《俺の名は、オーディン。ケイトに力を貸してやっている神だ。それと二つ目の質問の答えは》
オーディンは手を掲げ、左右に何度か振る。
刹那、空間がぐにゃりと歪んだ。
《こんな具合に、固有結界の術式にハッキングをかけて侵入させてもらった》
「そんなことができるのか?」
《できるからここにいる。それに俺は、魔術の神だぞ? これくらいは朝飯前だ》
「ぐぐぐ」
《まぁ、少し待て。俺がここにきたのはな、ケイトをお前の仲間になるように説得するためなんだからな》
「え?」
オーディンはケイトへと向き直った。
《ケイト、これなら十分だろう? これだけのことができるやつなんだ。十二分に合格点だろ》
オーディンの言葉に、ケイトはかぶりを振る。
「いや確かに、スケールはデカいよ。だがそれは、『実力』があることには直結しないだろうが」
《おいおい、我儘言うな。断言するが、こんなやつはもう絶対に会えない。仲間になっとけよ》
「希少性は問題じゃない。俺が求めるのは強さだけ。珍獣だろうが、羽虫を殺せないようじゃ話にならない」
《ガキが……》
オーディンは吐き捨てるように言ってから、肩を落とした。
そして、こちらに向き直る。
《すまんが、灸を据えてやってくれないか? このガキは一度、痛い目を見ないとわからないらしい》
「いや、気にするな。どうせ闘うつもりだったんだしな」
《あぁ、頼む》
オーディンは踵を返した。
また手を掲げ、左右に振る。
《ケイト、用ができたら呼べ。俺は帰る》
「じゃあな~、オカン」
《はっはっは、そこのお前、このガキ瀕死にしてやってくれ》
「ええええ?」
刹那、オーディンは姿を消した。
それを確認して、ケイトはこちらへと向き直る。
「それじゃ、やろうぜ」
「応ともよ」
アンリの背後に、三十もの剣や槍が彼に従うかのように現れた。
それにケイトは目を丸くする。
「なんだそりゃ?」
「サイクロプスに造ってもらった武器だ。人外専用の武器だが、人間にもちゃんと効く」
「へぇ、面白いな」
「そろそろ」
「あぁ」
「「始めようか」」
アンリは、錐もみ状に宙を飛んでいた。
訳がわからないよ。
(えぇと、ちょっと整理しようか)
1.闘いのゴングを鳴らした。
2.錐もみ状に吹き飛ばされた。
3.ちょうど今、地面に墜落した。
うん、やっぱり訳がわからないよ。
「おいおい、マジか? まさか、まったく反応できなかったのか?」
ケイトが呆れたように言ってきた。
「俺はお前を殴り飛ばしたんだが、わかってるのか?」
「…………いってェェェえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!」
ケイトに言われて、顔に激痛が走った。
つぅか、マジで超痛ェ!!
鼻折れちゃってじゃねェの!?
絶対本気で殴ったあいつ!!
「成程なァ。お前、手品はすごいが体術はからっきしダメときた。これじゃ、ダメかな」
「……てめぇ、調子に乗るなよ」
教えてやるよ。
「俺が固有結界を使ったら、最強なんだ!!」
また錐もみ状に吹き飛ばされた。
☆
アンリは、地面に十回墜落した。
ケイトは詰まらなそうに、地に伏している彼を見る。
「なぁ、もういいだろ? お前じゃ、実力不足だ」
「…………」
「別に、弱いとは言わないさ。俺の拳を十回も受けて、生きてるんだからな……いや、頑丈って言うべきか?」
「…………」
「その頑丈さに、お前には魔術もある。お前の手の届く範囲、大切な人間くらいは守れるだろうよ」
何も言わないアンリに、ケイトは淡々と言う。
「だからさ、命を賭けるようなことしないで、普通に生きろよ」
「……………………嫌だね」
「あ?」
「俺は、故郷の村が襲われたんだ」
「……そうか」
「リュウ以外にも、親しいやつは何人もいた。そいつらが、殺されたんだ。しかも、似たようなことがそこいら中で起きてる」
「そうだな。だがな」
肯定の直後の否定。
ケイトは口を開く。
やはり淡々と、言い聞かせるように。
「そこら中でそういうことが起きてるってことは、お前みたいに憎しみを持つやつが何人も出るってことだ。そいつらの誰かに、任せればいいじゃねェか。まァ、その誰かは、俺がなるつもりだがな」
「はっ、ふざけんな」
「…………ンだと?」
諭すように言ってくるケイトに、アンリは噛みつく。
子供のように。
理がわかっていない、子供のように。
「とてつもないめんどくさがり屋に、命を助けられて、兄弟の仇を託された。優しい先生が、大事な教え子を皆殺しにされて、それでも憎しみに囚われない姿を見た。だがよぉ、そもそもの原因はなんだ? この国がひどい有様だからだろうが」
アンリは立ち上がり、ケイトを睨みつける。
「こんなもん、見せられて黙ってられる訳ねェだろうが。だから俺は、戦う。これを変えるために、約束果たすために、この国を変えてやる!!」
「……そうかい」
ケイトの目から、遊びが消えた。
『槍』を構える。
「だがな、力が伴わない意志は幻想だ。周りを巻き込んで、ただ破壊を、死を招くだけだ。幻想に魅せられて、周りの人間が死んでいく。それで結局失敗する」
彼は苦々しそうに、そう言った。
己を戒めるように。罰するように。
「意志ってのはな、力があってこそだ。天秤に、片方の皿に載ってるモノがどんなに重く素晴らしいても、釣り合いが取れなきゃ意味はない」
ケイトは、冷たくアンリを見る。
「お前の意志が本物なら、俺に『力』を示してみろ。『力』が全く足りないのなら、可能性すらないなら、俺はここで幻想を潰す」
「いいぜ、掛かってこいよ」
「あぁ、言われなくても」
彼は『槍』に語りかける。
「グングニル。三十%」
ケイトは動き出した。
音はない。
音など、置き去りにしているのだから。
だが確かに、ケイトは動き出している。
拳ではなく、『槍』の穂先をアンリの胸に真っ直ぐ向けて。
阻むものはなく、アンリは動き出そうともしていない。
(やっぱりダメか)
ケイトは、本気でそう思っていた。
だが。
アンリと『世界』は、確かに彼に追いついていた。
「アイアス!!!!!!」
紅い花が咲いた。
ギャリッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!! と。
抉るように。削るように。
そんな音が、辺り一帯に響き渡った。
「……………………」
ケイトは、己の刺突を止めたものを見た。
血のように紅く、十枚の花弁を持つ花のような大盾。
それが、彼の刺突をしっかりと受け止めていた。
「これ、綺麗だな」
「ははは、だろ?」
ケイトは『槍』を降ろした。
「もういいのか?」
「あぁ。俺の動きに反応して、攻撃を止めたんだ。『可能性』は、十分見せてもらったさ」
「じゃあ」
期待に満ちた目でケイトを見る。
そんな子供のようなアンリの姿に、彼は苦笑する。
「俺はお前の仲間になるよ。これからよろしくな」
「よっしゃー!!」
「あ、ただ気になったんだが」
「なんだ?」
ケイトは訝しげに、心底不思議そうに訊いてきた。
「お前、どうやって俺の動きに反応したんだ? 今までロクに追いつてけなかっただろ」
「あぁ、それは固有結界のお蔭だな」
「あん?」
首を傾げる彼に、アンリは得意そうに語る。
「オーディンが言ってただろ? この世界の『総』は、俺の魔力で構成されてる。だからこの世界は、俺の体のようなものなんだ」
「さっぱりわからんのだが……」
「要は、この世界にある全てのものに、五感の一つである触覚が通ってるってことだ」
「じゃあ、今俺が踏んでる砂にも、お前の感覚が通ってるってことか?」
「その通りだ。まぁ馴染み深いように言えば、腹を触られたら腹に違和感感じるだろ? そんなものだよ」
アンリは、ケイトの動きを視覚で捉えることはできないとすぐに判断した。
故に彼は、この固有結界による補足を試みたのだ。
アンリと固有結界内に存在する物質は、魔力で繋がっている。
それは、存在を維持するために魔力を送り続けるためだ。
その『繋がり』が、アンリとの感覚の共有を可能にしている。
それを利用して、彼はケイトが今どの砂を踏んでいるか理解し、把握した。
これが、アンリがケイトの動きについていけた理由だ。
「成程。凄ぇな、魔術って」
「といっても、固有結界以外使えなかったな。他にも色々あるんだがなぁ……」
「これより凄いのがあるのか?」
「うんにゃ~。場面によっては有効なのはあるが、スケールはこれより凄いのはないな」
「つぅことは、これがお前の奥の手って訳か? 最初から使ってんじゃねェよ」
「ははは」
アンリは笑い、ケイトも笑う。
ただしケイトのものは、苦笑だが。
アンリは、手を差しだした。
「それじゃ、これからよろしくな」
「あぁ、こちらこそ」
二人は、握手を交わした。
仲間が一人増えましたね。
そう! これこれこれこれ、これだよ!
私が書きたかった戦闘は、これなんだよ!
ひゃっははははははははは!
当時はこんなテンションでした。