48.勝てば官軍、勝者こそが正義
朝日が登り 陽光照らすは 我が寝顔
昨日の、執筆をしようとしていたトマトを表す一句。
すまない。
リースは思考を巡らせ始める。
トリックスターがイカサマをしたのは疑いようがない。
なにせ、同じカードが二回出たのだから。
五回戦目でトリックスターが出したカードは、クローバーの6、ハートのJ、そしてスペードの4の三枚だ。
最後に出た、スペードの4なのだが、これは二回目のゲームでトリックスターが出していた。
ブラックジャックは、山札のカードが尽きるまで続けるというゲームだ。
故に、同じカードが二度出ることは絶対にありえない。
ならば何故、スペードの4が二度も出てきたのか?
(考えらえる可能性は、三つって所かしら)
その一、捨て札にあるカードを再利用した。
両者が既に出したカードは、テーブルの真ん中に纏められている。
そこから勝てるカードを選び、それを手札に加えて出している可能性。
(ない、でしょうね)
これはありえないと断言できる。
なにしろ、捨て札があるのはテーブルの真ん中だ。
そこからカードを取るには、テーブルへと手を伸ばさなければならない。
もしもトリックスターが、自分よりイカサマの腕が上手であったとしても、指先の動きなら兎も角腕を大きく動かすそんな行為を見逃すはずもないのだ。
「お姉さん、それじゃ、配るよ~?」
「えぇ、お願い」
その二、カードのすり替え。
これこそが、最もシンプルな答えといえるだろう。
自分がやっているように、どこかにカードを隠し持って、そこからカードを持ってきて勝てる手札を揃える。
これならば、まぁわからなくもない。
ゲームを始める前に自分に見せた、トリックスターの手品。
どこからともなく、あいつはトランプを出して見せた。
あれのトリックは未だ、わからない。
あれが、人として培ってきた技術の賜物であるならば、悔しいが彼の腕は自分よりも上だ。
(そう、人としてのものであれば、ね)
その三、人ならざる者の御業の賜物。
何を馬鹿な、と少し前までのリースなら一笑に伏していただろう。
けれど彼らという『理不尽』を以てすれば、可能であるはずだ。
しかしそれだと困ったことに、タネを暴く方法は皆無と思っていい。
(困ったわね……)
リースは手札も見ずに、思考を巡らせる。
ここから先は、相手のイカサマを見破ることに専念だ。
自分はカードのすり替えをどんどんやるし、あちらもイカサマをする。
これは、先に相手のイカサマのタネを暴くかの、競争なのだ。
イカサマを見破られれば、その者は反則負けとなって、代償を支払うこととなる。
だが生憎、こちらは相手のイカサマの種類すら絞れていない。
(対してあちらは、私のイカサマはカードのすり替えだと当たりをつけているでしょうし)
なにせ、配ったカードが違ったのだ。
となると、それはイカサマをしたということであり、その方法もすり替えだということも凡そ見当がつくというもの。
なにせこちらはカードをシャッフルするディーラーでもなければ、理不尽を体現できる上位種でもないのだ。
「ヒット。カードをちょうだい」
「はいは~い」
リースはトリックスターからのカードを受け取る。
その、受け取る動作の中に、カードをすり替える動作を挟み込んだ。
その動作は余りに鮮やかで、隠し持っているカードが見える真後ろからでも見ない限り、イカサマに気づくはことできまい。
「スタンド」
「あいあいさ~」
持ちうる技術とイカサマの限りを尽くした互いの手札が、公開される。
リース :ハートの2とクラブの9とJ。
トリックスター:スペードとハート、そしてクローバーの7の三枚
互いに、合計21点だ。
「ふふふ、引き分けね」
「ははは、そうだね」
互いに、驚くほどの白々しい笑顔を顔に張り付けあう。
第三者が見ていたら、ドン引きしていたに違いない。
リースは内心舌打ちした、
(なに気取ってるんだか)
トリックスターの手札は、あまりに演出過多だ。
合計が21点なのはともかく、7が三枚による21点だと?
私、イカサマしてますよ~、と声高に叫んでいるようなものである、
対して、トリックスターの内心も穏やかではなかった。
(ふむ、参ったな。イカサマのタネがわからない)
彼は己のイカサマに対する目利きと腕には、いささか以上の自信があったのだが、困ったことにリースのイカサマのタネがわからないのだ。
しかし、大方の見当はついている。
(十中八九、カードのすり替えだろうね)
というより、それしか考えられない。
なにせ彼女は、プレイヤーだ。
カードをシャッフルするディーラーでもなければ、己のようにカードそのものに干渉できるわけでもないのだ。
(だけど、だからこそ、大したものだ)
どのイカサマかは既に見当がついており、あとはタネを見極めるだけ。
対して、あちらはこちらのイカサマがどのようなものかすらわかっていないはずだ。
だからこそ、トリックスターは舌を巻く。
リースとて、戦況を正しく把握していることだろう。
だというのに、彼女の眼には諦観の念が欠片もない。
大した根性と胆力、そしてその不屈ぶり。
そしてなにより、見当がついているというのに、その肝心の現場をこちらは目撃できていないのだ。
どれ程の研鑽、どのような人生を歩んできたのだろうか。
だからこそ、潰し甲斐があるというもの。
(ああ、どんな顔をするんだろうなぁ)
リースの容姿は、美しい。
それこそ、かなり長生きしてきた自分でも、中々お目にかかれないまでのものだ。
それを穢すのだ、他ならぬ、己の手で。
美しいからこそ、尊いからこそ、それを穢し、壊す瞬間に法悦を見いだせるというもの。
ああ、わかっている、わかっているとも。
己が、歪んでいるということは。
けれども、己はこういう存在なのだから、仕方ないだろう?
そんな風に、想いを馳せていた時だ。
「あんた、イカサマしてるでしょ?」
リースが、そんなことを言い出したのは。
「…………~~~~っっ」
トリックスターは、喉から出かかった言葉を何とか飲み込んだ。
いや、お前もだろ、と思わず言いかけてしまったのだ。
それを言ったら、こちらは負けてしまう。
なにせ、イカサマをしました、ということなのだから。
「えぇと、どうしてそう思うのかな?」
「いや、だって、合計が21になるのは兎も角、7が三枚だなんて、ほぼないでしょうに。残りの山札は、19枚。そこで、7を三枚を引ける確率なんて、千九百八十三分の一よ?」
「……これが、その時だっただけの話だよ」
「そ~れ~に~、勝ちっぱなしっていうのも、なんだか出来すぎなのよねぇ~。ブラックジャックは、プレイヤーが有利になるルールなのにぃ~」
リースは注目を集めるかのように、そう言った。
トリックスターは、ため息を吐く。
「運が悪かったんでしょ。カードゲームは、運勝負なんだよ?」
トリックスターの声音には、苛立ちが含まれていた。
イカサマ? ああ、したとも、したに決まっているではないか。
だが、これはそういう勝負だろう?
イカサマを見破る勝負という、不文律だった。
だというのに、それを全否定するような発言をしてきたのだ。
勝負が楽しかっただけに、なおのこと腹が立つ。
「ふ~ん?」
しかしリースは、疑わし気な視線を向けてきた。
まるで、自分はあなたとは違いますよ~、とでも言わんばかりに。
それに、トリックスターの堪忍袋の緒が切れた。
「そういう君は、どうなのさ?」
「ん?」
もう、興が醒めた。
ああ、いいだろう。
もうそちらが勝負を台無しにするというのであれば、こちらもそれに添ってやろう。
なんともおあつらえ向きなことに、周りの視線が集まっていることだし。
「カードゲームにおけるイカサマの定番といえば。カードのすり替え。僕は、それを疑っているんだよねぇ。そして、そのすり替えるカードの隠し場所の相場は……服の中だ」
刹那、トリックスターの腕が動き出した。
彼の手には、ナイフが握られている。
その動きは、決して素人のそれではない、熟達の者のそれだ。
白刃が閃き、リースの胸元へと真っ直ぐ向かう。
このままでは一秒にも満たない、数瞬先の未来、彼女の服はナイフによって切り裂かれることとなる。
(カードの隠し場所は、そう多くない。リースの服はノースリーブ、ならば袖にカードを隠すことは不可能。ならば隠し場所は、胸ポケットだとかその辺りだ)
女性の服を、公衆の面前で裂くという行為は、どこからどう見ても犯罪者の行動だ。
けれど、今回はイカサマを証明するためにやるのだ。
理由としては十分、それに証人は十二分にいる。
弁明も立つ。
その行為こそが、リースの狙いだと知らずに。
「かかった」
トリックスターが身を乗り出し、腕を伸ばし、ナイフを服に届かせる瞬前。
リースは、彼の手首を掴んだ。
刹那、トリックスターの視界は反転した。
「はぇ?」
思わず間の抜けた声を出し、間抜けなことに、その頃になってようやく己が投げ飛ばされたことを理解した。
理解した直後に、トリックスターは強かに背中を床に打ちつけられる。
「けぼぁ!?」
衝撃で強制的に、肺から酸素が全て吐き出され、トリックスターは咳き込む。
呼吸困難からくる苦痛で、思考が明瞭としない。
「きゃあ⁉ なにするのよ!」
そんな中でも、リースの声ははっきりと聞こえた。
そして、周りの声もだ。
「おい、あいつ、あの美人の服破ろうとしたぞ」
「おう、俺もばっちり見たぜ」
「俺、衛兵呼んでくるわ」
己が嵌められたことに、この時になってようやく悟った。
怒りで短絡的な行動を取らせることが、リースの狙い。
自分は、それにまんまと嵌ったのだ。
「あはは、ほんとに、大したものだ」
こと策謀においては多大な自負を持っていたのだが、いやはや、見事だ。
「けど、これだと、お金はあげられないなぁ。なにせ、お姉さんは、ブラックジャックでは勝ってないんだからね」
トリックスターはせめてもの負け惜しみで、そんなことを言った。
リースはそれに、にこりと笑って。
「ご心配なく。当面のお金は手に入ったし」
そう言って彼女は、凄く見覚えのある財布を掲げて見せてきた。
どの程度見覚えがあるかというと、それはもう、毎日見てきたもので、
「それ僕の財布じゃねぇか!!」
あの女、こちらを投げ飛ばした隙にスりやがった!!
財布を取り返すべく、トリックスターは立ち上がろうとして。
「貴様だな!? 白昼堂々美女の服を裂こうとした強姦魔は!」
「なんてけしからんやつだ! その根性叩き直してやる!!」
衛兵に両脇をがっしり掴まれた。
いい対応だ、ご苦労。
但しそれは、ここ以外の場所で発揮してほしかった。
「あんたのイカサマ、最後までわからなかった。だからペテン師としてはともかく、イカサマ師としては、あんたの勝ちよ」
そう言って茶目っ気たっぷりに舌を出して、そう言い残してリースは踵を返す。
今の言葉は、トリックスター以外には届いていない。
なにせリースは唇を動かしただけで、声を発さなかった。
彼が彼女の捨て台詞を解せたのは、読唇術の賜物だ。
いや、そんなことよりも。
「僕の財布返せぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!」
トリックスターのそんな絶叫を背に、リースはその場を後にした。
☆
リースは財布の中身を見て、少しだけ顔をしかめた。
「なにこれ、あんまり入ってないじゃない」
財布の中には、二束三文しか入っていなかった。
けれども当面は、その二束三文のみで十分。
「それにしても、あんな勝ち方じゃ、後味悪いわね」
別に、罪悪感を覚えている訳ではない。
ああいった輩の金の出処など、どうせ碌なものじゃない。
後味が悪いというのは、あんなやり方でないと勝てなかった己の未熟さが不甲斐ないから。
「ほんと、どんなイカサマだったのやら」
イカサマの正体を見破ることはできないと早々に結論づけたリースは、ゲームの勝利ではなく社会的な勝ちを狙うことにした。
だからあの時、ゲームの不文律を全否定することで挑発をして、トリックスターの冷静さを奪った。
彼は、賭け事というより、ゲームという名の化かし合いが楽しかったのだろう。
だからこそ彼は最後に、こちらのイカサマを暴くべく行動するということは簡単に予測できた。
「さて、なに食べようかしら」
「いいや、させないよ?」
「…………え?」
先程まで、ブラックジャックをやっていた、衛兵に連れて行かれた筈の人間の声が聞こえた。
声の方へと向き直るとそこにはやはり、トリックスターという名を名乗っていた、ピエロがいる。
「調子に乗りすぎたな。勝ち方までは許容しよう。けど、最後がいけなかった。事盗みにおいて、絶対の自信を持つ僕のものを奪うとは」
トリックスターは無表情のまま、こう言った。
「ここじゃなんだ。場所を移すよ。ああ、拒否権はもちろんない。そこで」
ぞわり、と。
全身に悪寒が走った。
《殺してやる》
パチン、と。
トリックスターが指を鳴らす。
その刹那に、リースは光に呑み込まれた。
すまない、トリックスターのイカサマのタネは持ち越しだ。
本当に、すまない。
後二話で、リース編は終わりです。
主人公にやっとスポットが当たりますぞ。