間話 甘いのは菓子だけとは限らない
おかしい、なんか間話書いてばっかだ。
しかし、次こそはリュウの話を書くぞ!
バレンタイン。
最近では女性が恋仲にある男性、家族、友人などに対して贈り物を贈る行事となりつつあるそれ。
しかし、己の思いの丈をぶつける際、最も渡される多いのはやはりチョコレートだろう。
さて、これは、青春の一ページ。
一時の刹那、超常を殺すことを野望とした若者たちが、ありふれた少年少女に立ち戻る、短い泡沫のような時間である。
☆
《リュウ君が凄い視線を向けてくる?》
キツネ先生と呼ばれる女医の診療所にて、そんな女性の声が木霊した。
その言葉に対して、キツネ先生という愛称で呼ばれる女医は首肯する。
「左様。何故かあやつ、妾を見てなにか物欲しそうな目で見てくるのじゃ」
はて、何故かのう、と彼女は不思議そうに呟く。
キツネ先生の会話相手こと、『湖の乙女』と呼ばれる精霊は呆れたように言った。
《玉ちゃん、今日が何の日か、知ってる?》
「…………?」
精霊の言葉がわからない、とばかりに彼女は小首を傾げた。
もしもキツネ先生にぞっこんであるリュウが見れば、狂喜乱舞したかもしれない。
キュートだの、かわいいだのを叫びながら。
《ヒントは、チョコレート》
「……おぉ、知っておるぞ、うむ、知っておる。えぇと、確か、ばあんだい(爆殺)であろう?」
《いやぁ、そんな物騒な記念日私嫌だわぁ》
キツネ先生は人名はなんとか言えるのだが、それが意外の片仮名名称がどうしても発音がおかしくなるのだ。
横文字が苦手なのだ。
「うむ、わかっておるぞ、貯古齢糖なる菓子を女子が男に贈る記念日じゃろうて」
《そう、それよ》
精霊はため息を吐きながら、キツネ先生の言葉に首肯した。
それで、キツネ先生はリュウの行動を理解する。
「成程、あやつ、妾から貯古齢糖をもらいたがっておったのか」
《そういうこと。好きな女の、子?》
「おい、そこで疑問形をつけるな。妾はまだ現役じゃし、ぴちぴちじゃ」
《いや、だって、何千年とか生きてるし、もう子呼びはちょっとねぇ》
「くっ、否定はできん」
口惜しそうに、キツネ先生は呻いた。
反論が見つからなかったようである。
《ともかく、好きな女性からは、チョコが欲しいものなのよ、男の子はね》
「ならばはっきり言わんか。口に出さねばわからんじゃろうに」
ぷんすか、と。
キツネ先生はリュウの不甲斐なさに憤慨する。
精霊はそれに苦笑した。
《まぁまぁ、それで、どうするのかしら?》
「む、しかしだな。その貯古齢糖をやる相手は、恋仲の限られるのではないのか? 妾がやる訳にもいかんだろう」
《それがね、この時代だと色々変わってねぇ、家族や友人なんかにもあげたりするのが流行らしいわよ》
「む、音に聞こえし、『ばあんだい』にも紆余曲折があったのだな」
キツネ先生は椅子から立ち上がった。
《あら、もしかして》
「うむ。売店にて買ってくる」
《……………………………………》
妖怪には、人の心がわからない。
☆
リースは厨房に立っていた。
今の彼女はエプロンに身を包んでおり、手にはベラが握られている。
「料理って面倒ね。やっぱり食事は誰かに用意してもらうに限るわ」
二年程前であれば、本当にリースは座しているだけで三ツ星料理人も裸足で逃げ出す至高の料理に舌鼓を打つことができていた。
彼女は万能の天才だという自負があるが、料理に関してはからっきしだ。
なにせ経験がない。
今まではインスタントか、義兄のオードルに作ってもらっていた。
如何な天才と言えど、経験したことのないことは極めようがないのだ。
「……あぁ、めんどくさい。なんでこんなことに」
リースの後ろには、ざっと百人分以上のチョコレートの山がある。
彼女はこれからこれ全てを湯煎して溶かし、手作りのチョコレートを作らねばならないのだ。
「誰かかわりにやってくれないかしら」
ここの構成員の男女比は、男の方が圧倒的に多い。
いや、女の数もそれなりにいるのだが、それでもやはり男の方が多いのだ。
恋仲になっている男女も少ないのだが、男女比の関係上多くの男が独り身となる。
そして、このバレンタインの日。
男たちの不満は爆発した。
ボイコットなんてのはかわいいもので、中には暴れた者すらいる。
そしてそいつらは決まって、チョコを寄越せだのリア充爆発しろだの叫んだのだ。
リースとケイトの手によって暴動は(更なる暴力によって)鎮圧されたが、不満が解消される訳ではない。
というより、さらにひどくなっている。
まさか、暴動の中にアンリが混じっていたことは驚いたが。
……それでいいのか、『組織』のリーダー。
「ケイト~、手伝ってよ」
「阿呆か。何が悲しくて、男のためにチョコ作らなけりゃなンねェンだ。パスだ、パス」
「むぅ……」
壁にもたれかかっているケイトにSOSを送るものの、あえなく無視される。
リースとて、この日にチョコレートを作るという作業自体は、吝かではないのだ。
というより、元からやるつもりだった。
何故なら彼女は、アンリのことが好きだから。
どうしようか、と起床してから悩んでいたら、まさか朝一に拳を振るうことになるとは予想だにもしていなかった。
「つっても、確かに、お前一人じゃこの量を余るのは事実だしな。だから、応援を呼んでおいた」
「え? 応援?」
《やっほ~♪》
「邪魔するぞ」
厨房に、キツネ先生と精霊が入ってきた。
リースは微笑を浮かべて。
「チェンジで」
「《えぇ!?》」
キツネ先生と精霊は、粘りに粘ることでリースを根負けさせ、厨房に立つことができた。
彼女たちは長い髪をゴムで纏めて、文句を垂れる。
「小娘が一端の口を叩きおって。妾がどれだけ料理ができるのか、知らぬくせになぁ」
《そうよ、リースちゃん! 私だって、料理はそれなりのものなのよ? 一国の栄華の極みを見たというのは伊達じゃないという所を、見せてあげるわよ!》
「ははは、それじゃあお手並み拝見」
二人は、任せろとばかりに頷いた。
「では、先鋒は妾が務めさせてもらおう」
キツネ先生は自信満々にそう言ってから、厨房を見渡した。
見渡して、見渡して、見渡して…………どうやら何かを探しているらしい。
「あ、あの、先生? 何探してるんですか? 道具なら一式そこに……」
リースが躊躇いながらも、キツネ先生にそう指摘した。
その指摘に彼女は、呆れたように言い返す。
「何を言う。火打石がないではないか!」
「先生あなた何百年前の話をしてるんですか!?」
火打石とは、火打金と呼ばれる金属と打ち合わせるのに使う硬質の石のことである。
火打石と火打金を叩きあわせて火花を発生させ、それを火口として火を熾す道具のことも指す。
それが主流として使われていたのは、リースの言う通り何百年も昔のことである。
いや、今でも使っている者は少なからずいるのだろうが、少なくとも料理に使う者はほとんど居るまい。
「戯けたことを。火打石は占術にも使える、万能具じゃ!」
「火元なら、そこのコンロを使ってください!」
「焜炉? そんなもの、どこに」
きょろきょろ、と辺りを探し始める。
リースはカセットコンロのことを言っているのだが、今までの生活様式がかなり時代遅れの彼女にそんな道具などわかろうはずもない。
焦れたリースが、カセットコンロのつまみを勢いよく回した。
そうすると、本当に火が点いたではないか。
「おぉ、ぶ、文明の利器すごい!」
「これで火は確保しましたよ。それじゃあ、やってみてください」
「うむ、任せよ」
キツネ先生は大仰に頷いて、先程までの無知っぷりは冗談だったかのように手際よくチョコレートを包丁で切り刻んで、目視で湯煎に適した温度のお湯でチョコが入ったボウルをお湯につけた。
「こんな所か」
彼女は完全にチョコが溶けきったのを確認してから、ココアパウダーと隠し味にいくつかのよくわからないもの(ここ重要)を混ぜて、素早く型に流し込んで形を整えた。
「お、お見事」
《おぉ、やるじゃないの、玉ちゃん》
「ふふん、少しは見直したかの?」
リースと精霊からの称賛に気を良くしたのか、キツネ先生は胸を張った。
「して、これ後どれ程やればいいのじゃ?」
「えぇと、ざっと二百人位ですかね?」
「《………………………………………………》」
その数の大きさに、キツネ先生と精霊は聞いてないとばかりにケイトを見るが、既にそこには誰もいなかった。
逃げたようである。
☆
リュウは病室のベッドの近くの椅子に腰かけている。
彼はそのベッドの上にいる人物に会うために、今ここにいる。
その人物とは。
「なぁ、アンリ、そろそろ機嫌直せよ」
「うるせぇ。なんで俺が、こんな目に……うぅ」
今にでも泣き出しそうな親友こと、アンリ・クリエイロウその人である。
「つっても、自業自得だろ。お前も、あの馬鹿騒ぎに参加してたんだろ? なら、そりゃ正当な報いだ。ひがみなんざ、只不毛なだけって、文字通り身に沁みてわかっただろ?」
「なら、お前に一つ質問いいか?」
「ん? なんだ?」
アンリからの問いなど、どうせ下らないものだと断じているリュウは、何気なく問い返した。
そんな親友に、アンリはこう言う。
「もしキツネ先生が知らない男にチョコあげてたら、どうする?」
「もらった男を殺す」
リュウは澱みなくそう答えた。
もう清々しさすら感じられる返答である。
アンリはその回答に満足したらしく、頷いた。
「そういうことだ。俺たちが抱いていた感情は、お前のそれとは少しばかり種類が違うが、似たようなものだったんだよ」
「ぐ、ぬ」
「どうだ? これでもまだ、下らないと言えるか?」
「言える、訳がねぇだろうが!!」
リュウは悔しそうに、拳で太ももを殴りつけた。
アンリの、というのが先頭につくが。
「いってぇ!? なにしやがる、こちとら怪我人だぞ!?」
「うるせぇ! 俺に嫌なことを想像させたテメェが悪いんだよ!」
アンリとリュウは暫しにらみ合い、ため息を吐いた。
「やめだやめだ、これこそ不毛だ。こちろとら、そもそも怪我人だぞ?」
「全くだ。俺はこのまま、今日はチョコもらう(予定だ)しな」
「へぇ、誰から?
「キツネ先生」
「……大丈夫か? 頭、診てもらうか?」
「誰が精神に異常をきたしたイタイ子だ!!」
そうして男同士やいのやいの騒いでいると、扉が開く音が木霊した。
音の方に向き直ってみると、そこにはキツネ先生がいた。
「む、存外元気そうではないか、アンリ」
「まぁ、なんとか。けど、もっと元気になりたいので治してもらえませんか?」
「断る。リース曰く、仕置きだそうだ」
「クソォッッッッ!!」
おのれリース! と心の中でアンリは叫んだ。
「して、リュウ。主にこれをやろう」
「へ?」
キツネ先生が脈絡なく、リュウに包みを差し出した。
「うむ、『発砲、ばあんだい』というやつじゃ!」
「色々違いますよ、先生!」
横文字が苦手すぎるせいで、発音が色々とひどい。
(恐らく)銃で発砲された挙句、(たぶん)死体の残さないために爆破されるのだ。
なんというひどい記念日だ。
ていうか、なんの記念なんだ。
「あ、あの、先生? もしかして、これ、まさか……?」
「うむ、手作りじゃ!」
「いよっっっっしゃァァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
リュウは奇声で大絶叫をあげた。
キツネ先生は呆れたように嘆息する。
「……なぁ、アンリ」
「……なんだ、リュウ」
「…………(ドヤァ)」
渾身のドヤ顔をされたので、アンリは無言で四つの剣を虚空より顕現させた。
リュウは包みをポケットに入れて、銃を抜き放つ。
「お前、俺にンなモン見せつけて、生きて帰れると思うなよ?」
「非モテ男は辛いよなぁ? 僻むことしかできないんだからなぁ?」
「リュウよ、それは所謂、義理じゃぞよ?」
「…………………………ぐふ(吐血)」
「はっ、ざまぁみらせぇ!!」
一触即発、となりかけたその瞬間、キツネ先生の言葉で阻止された。
リュウに精神的ダメージを負わせるという結果で。
☆
『湖の乙女』と呼ばれる精霊は、出奔したケイトを見つけ出した。
というより、彼が『聖剣』を腰に帯びている限り、彼女から逃げることなどできない。
《ほーら、ケイト! ハッピーバレンタイン♪》
「……お前、よく俺の場所わかったな?」
そして、『聖剣』持ってる限り逃げられないということを、ケイトは知らない。
《ほうら、受け取りなさいな。折角の女からのチョコレートよ?》
「……お前、俺が好きな女いたってこと話してたよな?」
《それはそれ。これはこれ》
傍から見たら、なんだがケイトが愛人を抱えているように見える。
ここにいるのは彼一人ではなく、『組織』の構成員たちもいる。
そんな訳で、噂が広まるのは止められないということであり……
『修羅』よ、汝に降りかかる風評被害をどうかわす!?
☆
アンリは夜、独りで枕を濡らしていた。
「畜生、畜生……ッ!! どうして、みんなチョコもらえてるんだ! どうして俺には誰もくれないんだ!!」
顔を合わせた男の構成員に聞いてみると、皆は皆チョコをもらえているという話ではないか。
なんだこれは!
なんだこの理不尽は!
「アンリ~」
リースが、ひょいっと病室に入ってきた。
アンリが潤んだ瞳で、彼女を見る。
「どうしたの、泣いてるの?」
「うっ、うるせぇよ! ほっとけ!」
「……もしかして、自分だけチョコもらえてないから泣いてたとか?」
「……………………………………」
図星を突かれて、アンリは沈黙する。
リースはそんな彼を見て、少しだけ反省した。
実はアンリが義理チョコすらもらえてないのは、リースが手を回したからだ。
自分がチョコレートを渡したいから、どうか渡さないでください、と。
キツネ先生と精霊は笑って承諾してくれて、女性構成員たちからも、なんだか温かい目を向けてきながらも承諾してくれた。
この時リースは初めて、あれ? もしかしてバレてる? と『組織』公然の秘密の一端に触れることとなって羞恥のあまり雲隠れしたのだが、それは別のお話。
「アンリ、はいこれ」
「……………………へ?」
リースは、自信の手作りチョコレートが入った包みをアンリに差し出そう、とした直前で買ってきた市販のチョコレートとすり替えて差し出した。
折角頑張って、チョコレートを作ったというのに、何故そんなことをしたというのかというと。
(うん、恥ずかしすぎて無理!!)
要はヘタレたのである。
しかしアンリにはただ、包みを差し出されたようにしか見えない。
だからだろう。
「え? マジで? いよっしゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
こんなにも、素直に喜べるのは。
リースは、己の葛藤を知りもしないで、と内心苦笑する。
「食っていい? 今すぐ、ここで食っていい?」
「はいはい、どうぞ」
「ありがとな!」
アンリは満面の笑みを浮かべて、包みの口を拡げて、手を突っ込む。
そして、中にあったのは。
「…………なぁ、義理でもさすがにこれはあんまりじゃねぇか?」
「あははは」
そこいらの駄菓子屋に売っている、十円のチョコレート十個セットである。
「クソぉ、チョコなのに、しょっぱいよぉ、なんでだよぉ」
「あぁ、泣かない泣かない、男がこんなことで。ほ~ら、おいで。抱きしめてあげる」
「……お母さん!!」
「誰がお母さん!?」
彼ら自身としては、仲の良い友達付き合いの男女としか思ってないのだろう。
けれど傍から見れば、どこか恋人一歩手前の関係にも見える二人であった。
おかしい。
コメディ百%にするはずだったのに、恋愛擬きになってしまった。
こんなはずじゃなかったのに、どうしてだ。
いいもん、いいもん!
やっぱりトマトはシリアス作家だもん!
では、また次回会いましょう!




