36.修羅 の目的
お久しぶりです、にがトマトです!
遅くなってしまって、申し訳ありませんでした。
こういう話書くの久しぶりだったもので、遅くなってしまいました!
では、どうぞ。
ケイトは目を醒ました。
彼の瞳に映るのは、灰と燃え損ねた瓦礫のみ。
どうして、こうなった。
どこで、間違った。
そんな思考が、彼の頭を支配する。
《目、醒めたか》
思考の海に沈んでいたケイトに対して、声がかけられた。
性別、容姿、年齢、身体的特徴、一切合財が不明。
だが、そんなことはどうでもいい。
重要なことは、こいつが元凶の一端であること。
ならば、殺す。
塵も残らず、存在と言う存在、存在していたという証拠すら、この世に残さず消してやる。
「ガァッッッ!!」
獣のように吠えて、ケイトは声の主、オーディンへと手にある黄金の槍を振るう。
しかし、その槍がオーディンへと届くことはなかった。
《ガキが》
ギャリィィィッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!! と。
穂先が、何かを削るような音を発し、オーディンの眼前の空を切る。
(見えない壁、か)
己の攻撃を阻んだものを、ケイトはそう定義づけた。
彼の全力の一撃を、事もなげに阻んで見せた壁に、彼は小さく舌打ちする。
《彼我戦力がわかってないのか? 俺がもし、お前を殺すつもりなら、決意した瞬間にお前は死ぬ。闘いにすら、ならない》
「御託はいい。黙って俺に殺されろ」
穂先を『壁』におしつけて、全力で力を込めていく。
しかし、感触から判断するに、『壁』には傷一つ入っていないことからがわかる。
《先達として、助言だ。超えられない壁が立ち塞がった時は、回り道をするのも手だ》
ふわり、と。
唐突に『壁』が消失した。
「な……」
突然力の行き場を失ったことで、ケイトの姿勢が崩れ、前のめりとなる。
オーディンが、そこを見逃すはずがなく。
《ふん》
槍を掴みとり、腕を後ろへと引っ張られ、その力のままケイトは前のめりの姿勢のまま地面と引き倒された。
「チッ」
土につけられた屈辱など痛痒にも感じない、とばかりにケイトは刹那の間も置かずリスタートした。
『槍』は手放し、拳を固く握りしめて、オーディンの顔面へと見舞う。
《はっ、猪突猛進が過ぎるぞ。愚直に邁進すれば、結果がついてくるとでも?》
再び、『壁』が現れて、拳を阻んだ。
「こ、のぉ、ッ!!」
ケイトは攻撃が届かないことに、歯ぎしりと歯噛みとする。
視線で射殺さんとばかりにオーディンを睨みつけるが、オーディンは柳が如く受け流した。
《まぁ、話を聞け。伝えたいことがある》
「あァ?」
《といっても、大人しく聞きそうにないな》
当然だ。
こいつは、仇なのだ。
ならば見逃すことなどしないし、和睦もありえない。
ならばもう、殺す他あるまい?
《そんな訳で、まずはお前をぶちのめすとしよう》
オーディンは取り返した『槍』を、大きく振りかぶった。
(……あ?)
ケイトは内心怪訝そうな声を出した。
なにせ、己の拳を阻む『壁』はいまだ健在だ。
これがある限り、やつの攻撃も同様に阻まれ、こちらに届くことはない。
故に、彼は理解できない。
そう。
不理解。
それがケイトの敗因。
《加減はする》
音はなかった。
心的衝撃により、聴覚機能が働かなくなったから。
起こった事象は、余りに単純。
オーディンの『槍』が不可視の『壁』を破り、神速の一撃となってケイトの顔を撃ち抜いた。
ケイトの一撃をもって、打ち破ることは叶わなかったそれを容易く破ったのだ。
もしこの一撃が、『壁』をすり抜けたものなら、まだ納得できた。
しかし、現実がそれで覆ることはない。
まさか過去を遡り、因果を弄れとでも?
不可能。
故に、現実は不変にして無常なのだ。
「ゴ、ォッ……!?」
ケイトは『槍』によって顔面を撃ち抜かれ、彼の思考は空白となった。
三半規管は機能せず、体は失われる。
そして、ケイトは衝撃の赴くままにうつ伏せとなった。
《勝利の条件って、なんだと思う?》
カツン、と。
『槍』の穂先が、ケイトが目前の大地を穿った。
《殺人剣の使い手であれば、相手を殺せば勝ち。活人剣の使い手であれば、相手を気絶させれば勝ち、とまぁ、万人によって異なるが、一つだけ共通点がある。
生殺与奪。そいつを得ること。それに尽きる》
ケイトは動けず、何も言えなかった。
別に、拘束されている訳ではない。
猿轡もされているのでもない。
だが、彼は理解している。
もしその気になれば、オーディンはいつでも自分を殺せるということを。
《と、まぁ、今回は俺の勝ちな訳だが、話を聞く気になったか?》
「…………チッ」
ケイトは不承不承ながら、話を聞く姿勢になった。
《お前がこんな目に遭っている原因はなんだ?》
「鏡を見ろ」
《そこじゃねぇよ。人体実験の話だよ》
オーディンの一言を聞いて、ケイトは思い出す。
ここに連れてこられた時のことを。
友人家族を皆殺しにされ、自分を含めた子供は全員体を弄られ、自分以外の者は死んでしまった。
それに加え、こんな地獄でも結べた絆を断ち切られた。
「……それで? 何が言いたい?」
《この国の実情を、知りたくないか?》
「あ?」
ケイトは、怪訝そうな顔をした。
《この国では、人体実験が行われている。だがそれは、ありふれていることだ。なにせ俺が知る限りですら、数えきれない程の実験が行われているのだからな。中には、ここで行われたものなんぞ生温い所業もあった》
オーディンは語る。
童謡でも語り聞かせるように、澱みなく語る。
《それを主導し、行っているのは貴族だ》
「王族は……?」
《まぁ、そうだな。普通なら、こんなのは国家規模でやるものだからな。だから、王族も絡んでると思うのは自然だな》
だが、とオーディンは付け加えた。
《王族は全く関与していない。なにせ、あいつらは己が使命を全うできればいいのだからな》
「……………………あ?」
使命、だと?
なんだ、それは。
「く、くく、くはははははははは。なぁ」
《なんだ?》
「その、使命とやら、内容を知っているか?」
《……理解できんかもしれんがな。下等種をして、上位種たる自分たちを殺せる存在の発掘》
するべきこともせず、外道をのさばらせて優先させてることが、そんなことか。
下らない。
その大層な使命とやらは、自殺願望か。
「よォし、決めた」
ケイトの瞳に、暗いものが宿った。
否、この瞬間、彼の人としての『心』は砕かれた。
故に、彼はもう『人間』ではなくなった。
「この国、ぶっ壊す」
この時より、ケイトは『修羅』と化した。
強さのみを求め、目的のためになんでもする。
強さのためなら人も、竜も、悪魔も、天使も、神すらも喰らう人の皮を被った怪物と化した。
《…………そうか》
オーディンはそれだけ呟いた。
《ならば俺は、お前の『総』を肯定しよう。お前の行動を、目的を、覇道を、全てを肯定し、荷担させてもらう》
「なんでだよ……?」
ケイトには、わからなかった。
先程までとは、別人ではないか。
こいつは、他者の不幸を肴にする外道ではなかったのか?
《あぁ、改心したんだよ。だから、まぁ、贖罪みたいなもんだ》
「はっ、このタイミングでその話するようじゃ、俺の憎しみを誘導してるようにしか聞こえないぞ」
《……かもな。だが、何も知らずでの行動なぞ、見るに堪えん。ならば、俺の知り得る全ての事実を教えた上で行動させるさ》
勿論、とオーディンは付け加える。
《それらを承知の上で、俺に挑もうというのであれば、相手になろう》
「はっ、いいさ。お前は、見逃してやる」
今は確かに、届かない。
だがそれも、今だけだ。
この身は『修羅』と化した。
なれば、いつかその喉元を喰い千切れる日は訪れる。
だが、それを実行に移すことはしない。
経緯はどうあれ、力をもらった。
この戦闘において、命を見逃された。
これより行う復讐の手助けをしてもらう。
命一つを目零すには、彼としては十分なものである。
「この国の総てを、俺はぶち壊してやる」
お望みどおり、使命を果たさせてやるよ、上位種共。
嗚呼、確かに、お前たちは何もしてないさ。
だが、知っていたんだろ?
被害者からすれば、救いの手を差し伸べない傍観者も加害者なのだ。
なれば、復讐の対象として数えられる理由としては、十分過ぎる。
待ってるがいい。
貴様らの一切合財を、喰らい尽くしてやるとも。
☆
「こんな所だよ、俺の復讐の生い立ちは」
ケイトは、精霊に全てを打ち明けた。
これが、彼なりの誠意だったのだろう。
全てを包み隠さず、愚直に事実のみ話した。
そこに虚偽など存在しない。
これでも、万の時を生きる人外。
人の子の嘘など、即座に看破できる。
(……中々に壮絶な世界になってるようね)
情状酌量の余地はある。
同情もしよう。
未だ大人になりきれぬ青年が、復讐の焔を身にやつすには十分すぎる行為であることも認める。
だが、それとこれとでは話が別だ。
これが己個人だけの話や責任だけで済むのであれば、知恵の一つでも貸してやってもよかったかもしれない。
けれど、感情一つで創造者たる人間たちの世界を左右する使命を捻じ曲げる訳にはいかないのだ。
この『聖剣』が世に出てもみろ。
人心惑わし、天下を乱す根源となる。
故にこれの持ち主は、他者が奪おうだとか羨ましいだとかそんな気持ちすら抱かせない程の、強烈なナニカがなくてはならない。
前回の所有者には、少なくともあった。
絵に描いたような清廉潔白にして、何人も犯し難き理想を胸に抱いた賢王。
しかし目の前にいるこいつには、それがあるとは思えない。
「まぁ、お前の懸念も尤もだ。なにせ俺は、俗物に過ぎん。怒りに身を任せ、殺戮を撒き散らすだけの存在なんだからな」
《なら、そんなやつに》
「ただ」
精霊の言葉を、ケイトは遮った。
「俺の仲間に、いるんだよ。お前の言う、聖剣の担い手に相応しいやつが」
《……なんですって?》
ケイトは語る。
聖剣を世に解き放つに足る世界であると認めつつも、相応しき担い手がいないが故にそれをすることを躊躇する精霊に。
「平々凡々の能力に、お世辞にも強いと言えない戦闘力。魔術なんて摩訶不思議な代物も使えるが、人格も突出したものはない」
《凡人じゃない。魔術を使えるだけの》
魔術を使える、というのは確かに驚くべきことだ。
なにせ人の身では、本来は扱うことは叶わない代物だから。
だが、それだけだ。
超常の力を振るえるのだとしても、それで精霊が担い手として認めることはしない。
そも、超常の力ならば、ケイトでも振るえる。
「だが、周りのやつらはヤバい。万能の天才、俺、そして、本人もまだ気づいてない隠し玉を持った親友とな。死んだやつも含めれば、鬼なんぞもいた」
ケイトの言いたいことはわかった。
求心力。
それも、とんでもない輩に対して働くそれ。
「それが、あいつの持ってる、お前の求めるナニカなんだろうよ」
《なら、そいつを連れてきなさい。『聖剣』は、そいつに託すから》
「はっ」
ケイトは嗤った。
彼は言い聞かせるように言う。
「いいか? 力ってのは、そこにあるだけだ。それ自体に善悪なんざねェ。振るうやつ次第だ」
《そうね。けど、そんなことはわかってるわよ。そして、あなたは私の判定では、アウト》
「いいや、わかってない。なにせ、振るうのは所有者だけじゃないからだ」
《……へぇ?》
精霊は興味深そうに、続きを催促した。
それにケイトは笑う。
「戦場において、一兵士の戦果をあげることは、同時に責任もハッピーセットだ。そして、その二つは、上官も負うことになる」
《詰まり、あなたの上官に当たるのが、その男であるから、その戦果と責任はその人にも付随されるって言いたいの?》
「そうだ」
《ふぅむ》
まぁ、理解できる。
納得もできる、が。
《それじゃあ、あなた個人のために使われる場合はどうなるのかしら?》
彼女の懸念は、そこであった。
そう、『聖剣』の担い手はその男であっても、ケイトではない。
彼はただ、その男の代わりに剣を振るうだけ。
言うなれば、代行者に過ぎない。
「ああ、その点は、安心してほしい。オーディン」
ケイトが呟くと、刹那の間も置かず彼の背後の虚空より、ローブで全身隠されたモノが現れた。
「宣誓をここに立てる」
《……いいだろう。まったく、お前というやつは》
ケイトは言の葉を紡ぎ、誓いを編む。
言の葉は風に乗り、流され、精霊の耳に届いた。
「我、ここに誓う。
彼の王が佩きし聖剣を、湖の乙女の許し無くして振るわざることを。
これを破りし時は、我が身命を、彼女に明け渡そう」
ケイトの誓いに、オーディンはため息を吐いた。
《その宣誓、確と受け取った。湖の乙女よ、この時より、こいつが『聖剣』を独断で振るうことは決してない。もし、これを破った時は、まぁ、煮るなり焼くなり好きにしろ》
ケイトは笑う。
その顔のまま、彼は言った。
「こいつが、俺の覚悟の程ってやつだ。さて、どうするよ?」
《…………はぁ》
精霊はため息を吐いた。
認める他あるまい。
目の前の男の覚悟を。
故に。
《いいでしょう。これより、この『聖剣』の使用者を、あなたと認めます、ケイト・シャンブラー》
「あン?」
《聖剣の使用は、事前に私の許可を伺うこと。これをなくして聖剣を振るったら最後、その罪科は命を以て償うこととなると知りなさい》
「わかった」
パチン、と。
精霊は指を鳴らした。
刹那、一度姿を隠した聖剣が、ケイトの眼前に現れた。
そして彼は、柄を掴みとる。
「……抜身の剣だけってのも、格好がつかねェな。鞘はねェのか?」
ケイトの言葉に、湖の乙女は茶目っ気のある笑みを浮かべた。
《あるじゃない、目の前に》
「あ?」
頓知かなにか? とケイトは訝しんだ、刹那。
湖の乙女は、鞘となった。
鞘となった彼女は、独りでに浮かんでいる。
「な、ん」
《驚いた? 私は、その聖剣と一緒に造られた存在なの。剣には、鞘が必要でしょ? というか、こっちが私の本当の姿ね。聖剣が不適格なものの手に渡るのを防ぐために、鞘に私という人格と肉体が後付されただけの話って訳》
「成程な……」
ケイトは手にあった聖剣を、鞘へと納める。
《それじゃあ、私共々、聖剣エクスカリバーをよろしくね♪》
こうしてケイトは『聖剣』を手にした。
諸人から見れば、強大にして無比の力であろう。
されど『修羅』は、ここでは止まらない。
目的を果たすまで、否、果たしても尚、彼は止まることはあるまい。
次回は、リュウにスポットライトを当てます。
リースとどっちにするか悩みましたが、ヒロインですので、後に回しました。
昔はこゆの、さくさく書けたのに、私は悲しい。
では、また次回!