3.決意
三話目でーす。
ひゃっはー、今までの苦労が面白いほど消えていくぜー。
私の努力って、儚いー。
アンリは、デュレンの言葉の意味がわからなかった。
いや、それは彼だけでなくリュウとマルコスも同じことであった。
「お前、いきなりなに言ってんの?」
「だ~か~ら~、このリグレット王国を変えてくれって頼んでるんだよ。国中で人体実験が行われてる、非道な国だぞ? うんざりしない方がおかしいだろ」
「いや、それだったら、お前がやれよ」
「お前がやれよ、とか言わない方がいいぞ? 他人に押しつけるのは、三流だ」
「その言葉、そのままそっくり返してやる」
デュレンは愉快そうに笑う。
言い返せないようだ。
「ああ、その通りだよ。俺じゃ無理だ。俺は三流どころか、五流だよ。なにせ、俺の心は折れちまってる」
「どういう意味だ?」
「言葉のとおりだ。俺じゃ無理なんだよ」
デュレンは自嘲気味に笑う。
そうしながら、彼は語る。
「俺はこんな性格だからな、集団行動は無理だ。そんな訳で若い頃は、独りでやれるなんて思い上がってたが、ちょっと優秀なやつが一人逆らったって、国は動かない」
「お前、本当にデュレンか?」
こいつは、こんな真面目な話をするような人間ではなかった。
だがデュレンは答えず、曖昧な笑みを浮かべる。
「『黒い鬼』、『霧の死神』、『破壊卿』。俺なんか足元にも及ばない、掛け値なしの化物どもだ。俺なんかより強いやつは、この国ではごまんといる。だから俺の心は、折れちまった」
「それじゃあ、お前より弱い俺たちなんかじゃ……」
アンリの言葉に、デュレンは頭を振る。
「いいや、お前たちはまだ若い。修練次第で、なんとかなる……………………と思う」
「不安になるな、おい」
「それにお前ら、ずっとコソコソ鍛錬とかしてたろ?」
「お前、気づいてたのか」
アンリとリュウは、ここの職員たちの目を盗んで体を鍛えたりしていた。
人目には気をつけていたつもりなのだが……
二人は同時に、マルコスを見る。
「違う違う、僕じゃないよ!」
「ははは、マルコスじゃねぇよ。てか聞かなくても、わかるっつぅの。達人ナメんなよ? 俺たちは医者とは別ベクトルの、人体のスペシャリストだ」
「「ぐっ」」
「まぁ、話はこんなとこだな」
ずどん、と。
重苦しい殺気が三人を襲った。
億劫そうな雰囲気を纏ったままなのに、どうしてこんな重い殺気を放てるのだろう。
どうしてお気楽そうに話しているのに、その瞳は悲しそうな色をしているのだろう。
「よっしゃ、お前らに世間ってもんを教えてやる。揉んでやるから、来な」
「待て待て、お前なに言ってんだ!?」
「馬ッ鹿、お前頭悪いな。魔術の練習台になってやるって言ってんだよ」
「…………お前、正気か?」
「いやいやいやいや、お前こそ正気か? 俺みたいなヘボとはいえ、達人との実戦経験なんてそう積めるもんじゃねェ。それを無駄にする気か?」
「そうじゃない。魔術の力、見たろ? あれは人間がどうこうできるもんじゃねぇ」
「……忠告だ、小僧」
「あ?」
デュレンは目を細めながら、声を低くして言う。
まるで、戒めるように。
「魔術を自分の力だと思うな」
「なに?」
デュレンは軽く踏み込む。
刹那、彼は肉薄し、拳を突き出していた。
「ッッッ!?」
アンリは急いで後ろに跳んだ。
その跳躍は功を奏し、デュレンの拳はギリギリ届かなかった。
今の彼は、アンリの顔の手前で拳を寸止めしたような姿勢だ。
それにデュレンは、にやりと笑う。
「やるじゃねェか。三ヶ月前のお前だったら、今ので終わってた。うん、薬の効果がちゃんと出てるな」
「薬、だと?」
「そうそう、お前らの食事にこっそり混ぜてたんだよね~」
「「「いやなにしてくれてんの!?」」」
まだこんな歳で薬物中毒者なんざになりたかねぇよ!
薬物はダメ、絶対!
「ああ、安心しろ。お前らが思ってるようなものじゃない。俺の師匠が考案した、肉体改造の薬だ。少しでも良い筋肉をつけてやろうと、俺の配慮だよ」
※ドーピングも犯罪です
「いや余計な御世話だよ」
「ここはもろ手を上げて喜んどけ、万歳! ってな。お礼は百万でいいぞ?」
「殺ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおす!!」
こんな恩着せがましいやつは、今ここでぶっ殺してやる!
「荒れる大海よ。その怒りを
「遅い」
今度の拳は鋭かった。
その今度の拳は顔面を捉え、アンリは後方へと吹き飛ばされる。
「っつ!?」
涙目になるアンリに、デュレンは呆れながら言う。
「お前馬鹿なの? 敵が目と鼻の先にいるのに、魔術使おうとするとか、殺してくださいお願いしますって土下座しながら頼むようなもんだぞ」
「うるせぇ」
「それと、俺を失望させるな。あんまりひどいと、殺すぞ?」
「…………本気か?」
「当然。ダメな子を生かしておいてやるほど、俺はお人好しじゃない」
恐らく、本当なのだろう。
デュレンはめんどくさがりだが、やるといったことは必ずやるやつだ。
こうもはっきり断言したのだから、実力が不十分と判断したら、こいつは間違いなく殺しにくる。
「まぁ確かに、魔術は遠距離特化だしな。仕方ない、二対一でこいよ」
ここは怒れる場面じゃない。
誘いに乗って、言うとおりにするべきだ。
でなければ、殺される。
「リュウ!!」
「おう!!」
アンリは誰よりも信頼できる友の名を叫んだ。
そして友は、当然と言わんばかりに返事をしてくれた。
デュレンは、にやりと笑い腰から何かを取り出し、放り投げる。
「使いな」
リュウは無言で受け取り、それの正体を知る。
「拳銃?」
「お前は目が良いしな。それに、ガン=カタの才もある」
リュウは失笑する。
「はっ、ハンデのつもりかよ? お前、かなり不利だぞ?」
「そこは大人力でカバーするからいいんだよ」
「大人は辛いな、えぇ?」
「そうなんだよ、あァ、若返りたいねェ」
リュウは踏み込み、アンリは後ろへ跳んだ。
☆
(良いコンビだねェ)
デュレンは心の中で、そう呟いた。
打ち合わせなど全くしていないのに、彼らは阿吽の呼吸で互いの役割がわかっている。
リュウが前衛で、アンリが後衛。
前衛が足止めをして、後衛の魔術による高火力で一気に薙ぎ払う。
素人にしては、悪くはない。
定石通りだ。
だが。
(型通りで倒せる相手なんざ、タカが知れてるぞ?)
事態は、想定通り動いてくれない。
それは敵味方同じことなのだから。
(ま、仕方ないか)
彼らは戦いを知らない、平和な所から突然こんな場所に連れてこられたのだから。
彼らの戦闘経験など皆無に等しい。
ならば。
(俺が現実ってもんを教えてやるかね)
子供に何かを教えるのは、大人の仕事なのだから。
☆
デュレンは手心を加えている。
そんなことはアンリとリュウもわかっていた。
だがそれでも、こちらが殺す気で行かなければ間違いなく先方は二人を殺しにかかるだろう。
故に。
バン!! と。
リュウは躊躇なくデュレンに発砲した。
「おっと」
「「チッ」」
だがデュレンはそんな間の抜けた声を出して、サイドステップで軽く避ける。
二人は盛大に舌打ちする。
「さて、行くぞガキども」
デュレンは踏み込み、リュウに肉薄した。
「っらぁ!」
リュウはアンリと違って、ちゃんと対処する。
拳銃でデュレンを殴りつけようと突き出した。
「ほう」
デュレンは軽く首を傾けることで、余裕でその攻撃を回避した。
「よっと」
気の抜けた声とともに、デュレンは回し蹴りをリュウへと放った。
声とは裏腹に、その蹴りは空気が唸りをあげるほどの勢いだ。
鋭く、速い。
「リュウ!!」
アンリは手早く手近の地面の石を拾って、デュレンへと投げつけた。
だがデュレンは、半歩下がることで飛来してきた石を見送る。
それが狙いだとも知らずに。
「我が位置は不生の位置に定まる」
刹那。
石とアンリの位置が入れ代わった。
「なん!?」
さすがのデュレンも面食らい、目を見開いて驚く。
その間隙を突いて、アンリとリュウは蹴りを放った。
蹴りは見事決まり、デュレンは後方へと五メートルも吹き飛ばされた。
「アンリ」
「あぁ、わかってる」
だが二人は、決して気を抜くことはしなかった。
なにせデュレンは、吹き飛び過ぎたのだから。
それはつまり、彼は衝撃を逃がすために後ろに跳んだということだ。
そして十数秒。
「あ~あ、バレたか」
デュレンは、ひょいっと起き上がった。
その顔に、満面の笑みを張りつけて。
「やるじゃねぇか。一発貰うなんざ、想像すらしてなかった」
デュレンはゆっくりと立ち上がる。
そして、偉そうに一度頷いた。
「うむ、貴様らに教えることは、もうなにもないぞ」
「「テメェを師事した覚えは一瞬たりともねぇよ」」
惚れ惚れするようなシンクロである。
デュレンは気にした様子もなく、全力で震脚をした。
あれ? やっぱ怒ってる?
否。
床が突然隆起し、何かが床を突き破って飛び出してきた。
それは、鉄塊だった。
全長二メートルもの巨大な銃だ。
「ライフル……?」
「全長は見てのとおり二メートル。重さは大体八十キロってとこだ。テメェらみたいなガキを相手するのなら、アンチマテリアルで丁度いい」
アンチマテリアルライフルは人間相手に撃つようなものじゃない。
その威力は、鋼鉄の大盾を貫く程だ。
一発でも当たれば、死体は無残なものへと早変わりするだろう。
「お前、俺たち殺すつもりか?」
「はァ?」
デュレンは呆れたような声を出した。
ライフルを肩に担ぐ。
「俺の本来の武器は、槍だ。本領を発揮できてない俺に殺されるようじゃ、一生かかっても革命なんて無理だぞ?」
「いや、揉むだけじゃなかったのかよ!?」
ていうか、勝手に革命やることにしてんじゃねぇよ。
ここ出たら、普通に暮らすつもりなんだよこちとら。
デュレンは頭をガシガシとかく。
「俺もな、ちょっとひねるだけのつもりだったんだけどな? お前らは俺に攻撃を届かせた。だから、気が変わった」
「なんだと?」
「今から、本気やる。もちろん、殺すつもりでな」
「なんでだよ」
デュレンは馬鹿にするような口調で言ってきた。
「お前らさァ、もしかして敵が修行パートが全部終わってから現れてくれると思ってんのか? それともどこぞのドラゴンクエ○トみたいに、勇者のレベルに適した敵が現れるのを期待してんのか? 勇者がレベル一の時に、魔王が現れるってのも十分あり得るんだ。だったら、その時のレベルでその修羅場潜り抜けるしかねぇだろうが」
「それは……」
彼の言ってることは、正論だ。
この世界はゲームじゃない。
相手は敵の成長を待つ必要などないし、成長しきってない内に叩いた方が楽に決まっている。
アンリもリュウも反論ができないと見たデュレンは、ライフルの銃口を二人のちょうど間に向けた。
「さて、話は終わりだな。まずは掛かってこい。話はそれからだ」
「「ッッッ!?」」
「ほら、行くぞ」
ズダン!! と。
デュレンは踏み込み、アンリに肉薄した。
まずは遠距離砲台の彼を潰す算段のようだ。
だが。
「させるかよ!!」
そうすると当然、リュウが間に入ってくる。
それにデュレンはため息を吐いた。
「直線に並んでんじゃねェよ、馬鹿が」
アンチマテリアルライフルの銃弾は、鋼鉄の大盾をも貫く程の威力を持つ。
それならば、人体など易々と貫通するのが道理だ。
二人が立っている位置は。デュレンから見れば直線上、つまり二人を一発で仕留められるという構図。
さっきまでなら撃たなかっただろうが、今は違う。
デュレンは躊躇なく、引き金を引いた。
刹那、銃声とともに二人の体に五センチもの大穴が開いた。
デュレンは詰まらなそうに、肩に担ぐ。
「期待外れだったかな?」
「おいおい、一体なんの夢見てるんだ?」
「へ?」
銃声が響いた。
「……あァ、クソ」
デュレンの腹に血が滲み、染みが広がっていく。
彼は嬉しそうに笑う。
ゆっくりと、真横に立っているアンリとリュウに向き直った。
「やるじゃねェか……」
デュレンは静かに地面に倒れ伏した。
☆
デュレンは仰向けで寝ており、アンリ、リュウ、マルコスの三人が囲んでいる。
デュレンは苦しそうに、アンリに訊く。
「俺、確かにお前ら撃ち抜いたよな……? なんでお前ら、生きてる訳……?」
「アホが。さっきの無駄話の間に、幻覚系の呪文を挟んでたんだよ」
アンリはさっきの会話の間に、呪文を断片ながらも織り交ぜていた。
効果は微弱ながらも、何十も重ねることによってデュレンを幻覚にはめたのだ。
「……あァ、ドジったぜ……無駄話、するんじゃなかった……」
だがそれが、結果的にアンリたちの命を救った。
彼が幻覚にはまっていない状態であれば、アンリとリュウは確実に殺されていた。
「なぁ」
「…………あン?」
「あんた、どうしてこの国を変えたがってんだ?」
「…………」
デュレンはこの研究所で働いていたのだ。
ここは、国が運営している施設。
国が変わってしまえばここは閉鎖され、デュレンは職を失うことになる。
このめんどくさがり屋が、そんな状況を看過するとは思えない。
「……俺にはさ、兄貴と弟がいたんだ……これがまた、できたやつらでさァ……兄貴は優しくて、弟は素直だった……」
デュレンの呼吸が浅くなっていく。
彼はもうすぐ、死ぬ。
それがわかっていても、彼は話をやめない。
「二十年前だったかな……俺の故郷が襲われてよ…………お前らと違うのは、俺は兄弟に逃がされたってとこかな……」
デュレンは涙を流した。
「……それで、さ……がむしゃらに修行して、強くなったつもりだったんだがなァ……駄目だった……俺じゃ駄目なんだって、痛感させられた……」
「お前……」
「……なァ、頼む……お前らが、代わりにやってくんねェか……?」
デュレンはすがるように言ってきた。
「……兄弟の仇を…………頼むよ……」
三人は、目の前にいるのが誰かわからなくなった。
彼らが知っているデュレンはめんどくさがり屋で、粗暴で、性格の悪いやつだった。
だが今の彼は、大切なものを奪われた無力な人間にしか見えなかった。
「……一つ、訊いていいか?」
「……なんだ……?」
「お前、俺たちがこの研究所を潰そうとしてたのを、上に報告したか?」
「……してない……」
デュレンは、嘘はつかない。
こいつは、正直なやつだから。
アンリは、彼の手を握る。
「なら、お前は命の恩人だ。バレてたら、俺たちは殺されてたからな。だから俺は、お前の頼みを聞くことにする」
アンリは温かい微笑を浮かべる。
「お前の代わりに、この国変えてやるよ」
デュレンは目を見開いた。
そして満足したような、安心したような顔をした。
「……ありがとう……な……」
デュレンの手が、こぼれた。
そして彼は、もう永遠に憎まれ口を叩くことはなかった。
デュレン、退場ですね。
好きだった人は、ごめんなさいね。
でも、退場させるしかなかったんです。
だってこの人、携帯のやつではいなかったもの。
正直、扱い困るんですよ、携帯に出てない人。
退場させて言うのもなんですが、作者は好きでしたね、こいつ。