13.霧の死神
あー、もう十三話か。
存外、時間がかかりますね、連続投稿って。
アンリはファミレスのテーブルに座って、ぼーっとしていた。
彼は、さすがに危機を覚えたリュウを筆頭とした(全くいうことを聞かない)部下たちに仕事を取り上げられ、休暇を取ってこいと追い出されたのだ。
しかしやることがないため、ファミレスでぼーっとするしかなかった。
ファミレスを選んだ理由?
そんなものはない。
「ずずずー、ぶくぶくぶくぶくぶく」
ストローでジュースを吸い上げ、空気を吐き出し気泡を作る。
それを三十分。
なんともまぁ、寂しい。
ファミレスで独りで過ごし、小さな子供に後ろ指差され。
「ママー、ジュースで遊んでる人がいる~」
「しっ、見てはいけません」
なんていわれる有様である。泣きたい。
「あ~、彼女欲しいな~」
そんな言葉を呟き、ジュースで遊び続ける。
そしてなんやかんやで一時間以上も店に居座り続ける。
店員が般若が如き形相でこちらを睨みつけている。
凄ぇ怖い。
「あ~、暇だなァ……」
アンリがそう独りゴチる。
彼は思わず、ため息をついた。
「そうなの? 良い御身分ねぇ」
聞いていて心地のいい、女の声が向かい側の席から聞こえた。
「ぶふーっ!?」
「きゃああ!?」
ちょっと驚きすぎて、ジュースを正面へと吹き出してしまった。
いつの間にか正面にいた女性は悲鳴をあげながら、体を逸らして回避した。
「あ、あんた誰!?」
「いやねぇ、うん、謝罪もなし? とにかく受け取りなさい、私の怒り。えいっ」
女性は突然、懐から取り出したナイフをこちらに投げてきた、って、ちょ!?
「危ねェ!?」
アンリは伏せて、ナイフの回避に成功した。
あ、危なかった、いやマジで。
「何するんだテメェ!?」
「仕返しよ、仕返し。あんたが避けられるくらいの速度に加減してあげたんだから、あんまり怒らないでほしいな~。あ、すいません、いちごパフェ一つくださ~い」
怒鳴るアンリに対して、女は飄々とした態度を取る。
「ったく……」
ちゃんと見たら、向かい側に座っている女は、絶世の美女といっても過言ではなかった。
ピンクのポニーテールに愛らしい青空のような色彩の青の瞳を持ち、顔立ちは異常に整っている。
服装は、首にマフラーを巻き、無地の長袖のTシャツに黒のジャケットと黒のズボンという地味な組み合わせなのだが、容姿が良いからかそれが最高の組み合わせに錯覚する。
百人中百人振り返るような美貌だ。
実際、ウェイトレスが二度見してるし、客もちらちらこちらを見ている。
だが、ここで問題が浮上する。
どうして、こんな目立つ人間の存在を声がかけられるまで気づかなかった?
アンリは、自分のことを組織内では、白兵戦に置いて最弱だと思っているし、事実だ。
勘は特筆するほど鋭いという訳でもないし、ケイトのように気配を探るような能力もない。
だがそれでも、こんな目を見張るような美人が向かい側の席に座っていることに気がつかない程間抜けな存在かと訊かれれば、それは否だ。
となると、だ。
「あんた、何者?」
「訊くの、遅くない?」
「そうは言うけど、訊くタイミング逃しちゃったからな」
「ははは、緊急事態なんだから、タイミングなんて気にしてたらダメよ?」
「おっと、こいつは手厳しい」
アンリは少しだけ声を威圧的なものにした。
しかし、態度は友好的なまま訊く。
「それで、あんた何者だ?」
「人の名前を聞くときは、自分から名乗るのが紳士の嗜みでしょうに」
「はっ、どうせ俺のこと知ってんだろ。無駄なことは省かねぇか?」
「ははは、あんた、間抜けそうな顔してるくせに、意外と抜け目ないのね」
ナチュラルに罵倒されて、アンリの額に青筋が浮かんだ。
しかし彼は耐えた。
怒りに身を任せて殴りかかるのは、紳士のやることじゃないんだぜ、ダディ。
「そうねぇ、じゃ、名乗りましょうか」
パフェを食べながら、女は名乗った。
「私の名前は、リース・アフェイシャン。よろしくね」
「リース、か。それで、俺になんか用?」
「あぁ、うん。私、『教会』で暗殺者やってるんだけど、そのターゲットにあんたの名前があがったのよ」
「…………」
いきなりの衝撃発言に、アンリは固まってしまった。
だが、暗殺者という職業には納得がいく。
目の前にいたというのに、声をかけられるまで気づかれない程の気配遮断。
暗殺者を生業とするのなら、これ程もってこいな技能はない。
だが。
(えぇぇぇ、俺、暗殺対象に認定されちゃってるーーーーー?)
それが問題だった。
正直、刺客が差し向けられるのはもう少し後だと思っていたのだ。
敵さんの腰は、想定よりずいぶん軽かったらしい。
しかも、この間合いはマズい。
敵との距離が近すぎる。
相手は訓練された暗殺者。
白兵戦になれば結果は火を見るよりも明らかだ。
「けど、お前は俺をまだ攻撃してきてないな。つぅことは、話があるのか?」
「まあね。私に頭ごなしに命令してくる忌々しいご主人様からは、『処分しろ』としか言われてないから」
「そのご主人様とやら、絶対殺せって意味で言ったよな、それ」
「そうかしらね~? だったら、ちゃんと殺せって言わないと。人間の心なんて完璧わかるはずがないのに」
リースは馬鹿にしたかのように笑う。
だがそれは、アンリに向けられたものではないため、怒る気にはならなかった。
「それで、話ってなんだ?」
「あぁ、うん。そうね、まだ言ってなかった」
リースはなんてことのないように、軽く言った。
「あんたの組織、解体しなさい」
本当に、軽くそう言った。
「は?」
アンリは、そう訊き返すことしかできなかった。
そんな彼に、リースはやはりパフェを食べながら言う。
「あんたの組織は隙が多すぎるし、なにより行動が予測しやす過ぎるのよね」
「なんだと?」
「あんたたちが今やってるのは、人員補充。そこは悪くない、というか当然のこと。けど、やり方がねぇ」
「どういう意味だ?」
「さっき言ったでしょ? わかりやすいってね。だから、対策が打ちやすい……まぁ、あいつも打ってるみたいだけど、あんたちはそれを撥ね退けてるみたいね」
言われてみれば、最近は警備が厳しくなっていた。
だがアンリからすればあんなのは塵芥も同然であったし、外道に思考を割くようなことはしない。
「けど、次は確実に負ける」
「どうして?」
「それだけ『教会』も本気ってこと。あんたたちの組織には、ケイト・シャンブラーがいるってこともわかったし」
「どうして、ケイトの名前が出る?」
確かに、ケイトは強い。
今アンリの仲間の中で、ダントツで最強だ。
だが『教会』と表立ってドンパチやっているのは、アンリだ。
そもそも彼は、仲間たちが目をつけられないようにするために、研究所襲撃の際には職員殲滅を独りでやっていた。
「もしかして、知らないの? ケイト・シャンブラーは、独りで『天使』の住居を壊滅させて周った男よ?」
「な!?」
強い強いとは思っていたが、まさか上位種を屠るほどとは思っていなかった。
それならば、ケイトさえいれば『天使』殲滅は為せるのではないか。
「なんか勘違いしてるみたいだけど、ケイト・シャンブラーが殺したのは、下級天使。達人なら勝てる程度の存在よ。まぁ、百人単位を同時に相手取って勝っちゃうんだから、人間かどうかは怪しいけど」
「それ、ケイトが聞いたら怒るぞ?」
「まぁでも、それくらいは“人の領域”超えてれば十分可能なんだけどね~」
「結局、フォローになってないよな、それ」
「けどさっきも言ったけど、次は勝てない」
「なんでだ?」
「『教会』も、本腰を入れるってことよ。次は、あいつが出る」
「あいつ?」
リースは、息を吐き出すとともに答えた。
「『黒い鬼』。聞いたことある?」
その名を聞いたのは、これで三度目だった。
一度目は、デュレンの口から。
曰く、自分が足元にも及ばない化物だ、と。
二度目は、『破壊卿』ことウェーズの口から。
曰く、彼は人間じゃない、と。
「強いのか?」
「はっ、強いなんてもんじゃないわよ。“人の領域”を超えた超人を瞬殺するような掛け値なしの正真正銘の化物」
「何か、上位種と契約してたりするか?」
「さぁ? というか、あいつにそんなのいらないでしょ」
それなら、問題なさそうだ。
強い強いといっても、所詮は人間。
かの『戦神』オーディンの契約者であるケイトに勝てるとは思えない。
「ケイト・シャンブラーなら勝てる、なんて思ってるかもしれないけど、無理よ。『修羅』なんて呼ばれてはいるけど、超人の域を脱してない程度じゃあいつには勝てない」
「まるで、見たことあるかのような言いぶりだな」
「ないわよ」
きっぱりと、そう言い切った。
だがそれと同じくらいに、はっきり言う。
「けど、人じゃ鬼に勝てない」
「『修羅』だって、鬼だぜ?」
「……はぁ」
リースは、うんざりとしたような息を吐いた。
「これだけ丁寧に説明しても、現状がわからない訳?」
「いやいや、わかってるよ。お前が親切で、頭がキレるってことがな」
「……何が言いたいの?」
「お前、俺の仲間にならない?」
「はっ」
リースは提案を鼻で笑った。
彼女は、スープンをこちらに向ける。
「状況、わかってないわね。私は、あんたを殺すためにきた。で、譲歩してあげたというのに、それをあんたは撥ね退けた。じゃ、末路は一つ」
「俺を殺す? お約束の展開だなァ」
「ははは、そうね」
「けどよぉ、暗殺者が姿見せちゃダメだろ。選べ、死ぬか俺の仲間になるか」
「うっわ、ベタな台詞」
「そうだなぁ、そして今から起こるのも、ベタな展開だよ」
「ははは、鍛錬もロクにしてない変な力に逃げた素人が、私に勝てると本気で思ってるの?」
「試してみるか? 俺も無駄に、お前と話していた訳じゃない。準備はちゃ~んと整ってる」
アンリはこの話の間に、魔術で本部へとメッセージを送っていた。
その内容は、応援要請。
これだけ大口叩いておいて、やることが助けを求める。
自分でも情けないとは思うが、これ以外手はないのだ。
そして、彼がこれからすることは。
(援軍が来るまでの、時間稼ぎだな)
勝てるとは思わない。
ただ、待つだけ。
そう、俺は亀だ。
だから俺は、防御を固めて味方を待つのみ。
そのつもりだった。
リースはため息をついた。
そして、青の双眸に光が消えた。
その瞳は、驚くほど冷たかった。
「じゃあ、仕方ない。殺しましょうか。破壊卿みたいに」
ドガガガガガガガガッッッッッ!! と。
リースがいた場所に、我先にと言わんばかりに剣、槍、斧、鎌、槌などのあらゆる武器が殺到した。
「てめぇ、今、なんつった」
底冷えするよな、冷たい声。
その声は、アンリから発せられたものだ。
彼を知るものが聞けば、リュウ以外の全員が驚くことだろう。
彼はここまでの、冷たく恐ろしい声を出せる者なのかと。
彼はただ一点、リースがいるであろう砂煙の一点を見つめる。
「お前、ウェーズさんを、どうしたって?」
「だから、殺したって言ったでしょ」
砂煙から、声がした。
あの女の声が。
砂煙が吹き飛ばされ、リースの姿が露となった。
「ったく、いきなり攻撃とか。容赦ないわねぇ」
驚くことに、放った武器は空中で静止していた。
テーブルや椅子などは木端微塵となっているのに、彼女の座っている部分の椅子と周囲の空間は無傷だ。
武器を静止させたのは、アンリではない。
だが、それを気にする余裕は、彼にはなかった。
「あの人を殺した、理由は?」
「標的の護衛やってたのよね~、あいつ。襲ってきたから、返り討ちにした」
ウェーズの戦闘力は、高かった。
リュウと二人がかりで負けてしまう程なのだから。
この間合いでは、勝ち目はゼロだ。
だが、それを判断できるだけの冷静さは、アンリにはなかった。
「ぶっ殺してやる」
「私はそのつもりできたんだっての」
純粋な殺意と怒気。
それがアンリの心を支配していた。
リースは、なんてことのないように受け流す。
「今ので、周りの人間は逃げたからねぇ。これで周辺の被害を気にしないでやりあえるわね」
リースは立ち上がり、指を躍らせる。
刹那、空中で静止していた武器が、落下した。
「ワイヤーカッターを、辺りに張り巡らせておいた。これで、武器を絡め取ったのよ。会話の間に準備してたのは、あんただけじゃない」
「はっ、解説ありがとう。それじゃ、心おきなく逝けや」
「やってみなさいよ」
時間稼ぎなどしない。
全力で、殺してやる。
アンリの背後に、三十のあらゆる武器が現れた。
「はっ、馬鹿の一つ覚えね」
「うるせぇ、死ね」
武器が射出させる。
それは、僅かにだが音速を超えていた。
普通の人間に反応できる速度ではない。
のはずだが。
「単調」
リースは飛来してくる武器を、撫でた。
するとなんと撫でられた武器は軌道を変え、他の武器へとぶつかり、また違う武器にぶつかる。
それが数度繰り返され、武器は彼女の周りを横に通り過ぎた。
そして、彼女は口を開く。
「弱過ぎる」
「あ?」
リースは呆れたように、口を開く。
「ただ武器を投げつけるだけなら、砂でもかけた方がマシ。それで勝てるのは、雑兵か動物だけ」
「大きなお世話だ」
「そうね。けど、言わずにはいられないよね」
「……あ?」
リースは椅子から立ち上がった。
「無駄話はここまで。もう、あんたの実力はわかった。そして、あんたには何も為せないことがね」
リースは、一歩歩き出した。
と、認識していた時には眼前にいた。
「なん!?」
アンリの目の前に至るには、踏込→移動→到達という手順を踏まなければならない。
それなのに、彼の目には『移動』という手順が省かれていたように見えた。
「縮地よ、冥土の土産に覚えときなさい」
白刃一閃。
いつの間にか彼女の手に握られていたナイフが、アンリの首をかき切ろうと迫る。
回避は間に合わず、アイアスを出そうにも口が動かない。
終わったのだ。
ここで、彼の人生は終わった。
アンリが独りならば。
ギン!! と。
金属音が響き、ナイフは止まった。
「な!?」
ナイフを止めたのは、黄金の槍だった。
そしてその槍の持ち主は勿論。
ケイトだ。
「おら、吹き飛べ」
ケイトの回し蹴りがリースの腹に炸裂し、彼女は目にも止まらぬ速度で吹き飛んだ。
壁に激突し、彼女は床へと落ちる。
それを見届けたアンリは、ケイトへと向き直った。
「ケイト、サンキュー。お前がいなけりゃ、殺されてた」
「…………」
だが、ケイトは答えなかった。
それにアンリは訝しげな顔をする。
「どうした?」
「いや、少し、昂っちまってな。あいつ、良いなァ」
「どういう意味だ?」
ケイトは笑みを浮かべるだけで返事を返さず、口を開く。
「起きろよ、ダメージ、ないんだろ?」
「いや、けっこう痛かったからね?」
リースは何事もなかったかのように起き上がった。
それにアンリは見開き、ケイトを見る。
彼は笑みを浮かべたまま、答える。
「手加減なんざ微塵もしてねェよ。本気で蹴ったんだが、手応えがなさ過ぎてなァ、空ぶったかと不安になった程だ」
「力を逃がしたのよ。それでも、あそこまで吹っ飛ばされたから驚いたわよ」
アンリは背後に武器を出現させ、一歩さがる。
「あ~、援護、いるか?」
「いや、俺がやるさ」
「あっそ」
二人の会話に、リースは呆れたような顔をする。
「いやいや、私は正面きって闘うようなことはしないからね? 私は暗殺者なのであって、戦士じゃないから」
「はっ、逃がすとでも?」
「暗殺者のスキルには、逃げ足も必要なのよ」
すっと、溶けるようにリースの存在が消えていく。
それにケイトは、目を細めた。
「逃がすか馬鹿が」
瞬間移動と錯覚するほどの速さでケイトは、リースに肉薄していた。
疾風の如く槍が振るわれ、彼女を切り裂いた。
「チッ」
しかし、リースの姿は煙のように霧散した。
ケイトは舌打ちし、気配を探りながら素早く周りを見回す。
彼が向いている反対側から、リースの声がした。
「残念、それは気当りで作った残像よ」
二人はそちらに弾かれたように向き直り、アンリは武器を出し、ケイトは槍を構えた。
そして、リースの姿を黙視する。
彼女の姿は、ドアの前にあった。
いつの間に、あんな所まで移動したのだろうか。
「ちゃんと、自己紹介しときましょうか」
リースの気配が断たれた。
彼女の存在が薄くなっていく。
「私は、『霧の死神』リース・アフェイシャン。それじゃあね」
リースはドアを開ける。
刹那、彼女の姿は完全に消えた。
それにケイトは、舌打ちをする。
「気配の消し方が異常に上手いな。気配を全く感じねェ」
「じゃ、あいつをもう探すことはできないってことか?」
「そうだな。会いたいなら、あっちが現れるまで、待つしかない」
「……そうか」
ケイトは踵を返した。
「それじゃ、俺帰るわ。ちゃんと問題解決してから帰ってこいよ」
「問題?」
アンリは、誰かに肩を掴まれた。
振り返るとそこには、『怪物』いた。
テーブルや椅子などの請求書を持った、ウェイトレスのエプロンを纏った、筋骨隆々とした大男の二個小隊が。
きついっす。
そんな感じの思いがありましたね。
中々書き上げられず、没を何度も出した回でしたからね。
ではまた、五分後に。