表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドルチェ  作者: かなた
1/1

プロローグ

 図書委員の仕事は案外大変である。未経験の人からすると、例えば文化祭の実行委員等と比べると随分気楽なものだというのだろう。

 しかし、週に何日か大量の本と云う物に向き合う機会を設けられると、日々ダメージが蓄積するのだ。


 例えば、返却棚に返された本を所定の位置に戻す作業だが、これはなかなかの重労働である。図鑑や事典等の分厚い本でない限り一冊の重さは大した事はないのだが、一般的な厚さの本を数冊抱えてあちらこちらへ動き回っている内に腕がぷるぷると震え出してしまうのだ。

 また、この学校の図書館は広く、どの分類の本が何処にあるのかをまず把握しなければならない。記憶力の乏しい詩織にとって、これはかなりの苦痛だった。

 その他、並べる順番にも気を配らねばならず、そう簡単に配架作業は終わらないのである。


 何故こんな事を委員がやらなければならないのかと思いながら、詩織は与えられた仕事をこなしていた。本来ならば、こういった仕事は司書の仕事ではないのだろうか。と、思いながら視線を上げて、真向いにいる司書が配架作業をしている事を思い出した。

 どうも、疲れてしまうと自分本位になってしまっていけない。


 腕の疲労は単純に詩織の筋力不足が原因であり、校内把握は今までまともに図書館を使ってこなかった事と、覚えようという意志の希薄さが原因である。

 それを考えると、やはりこの委員は校内における数々の委員会と比較すれば、単調で気楽なものなのかもしれない。


 詩織は、やりたくて図書委員なったのではなく、懇意にしてくれている教授から「やってみないか」と誘われたからなったに過ぎない。

 断ってしまっても良かったのではと今にして思うが、出来る事なら要望を聞き入れた方がこの先何かと都合が良くなる事は明白であった為、今はこうして大量の本と格闘する日々を送っている。


 嫌な点を挙げ出したらキリがないが、決して嫌と云うわけでもない。教育本の配架を終えた詩織は、今度は心理学の本を数冊携え、これらがあるべき書架へと移動した。

 そのすぐ近くの四人掛けの読書机に、今日も彼がいた。

 座っていても分かる長身と綺麗な姿勢、傍らに積み上げられた本がその空間で一際目立っている。その対面の席に座っている人物が、ただ一眠りしに来ているだけのようだから、余計に目を惹いた。


 彼は、少なくとも詩織がいる日はいつもあの席に座って本を読んでおり、閉館時間になると定位置に本を戻して去っていく。

 大抵の人は、その場で読んだ本は返却棚に返し、こちら側としても間違った場所に戻されるくらいなら初めからこちらがやってしまった方がいいと云う事もあり、いつの頃からか返却棚への返却を推奨する貼り紙をした。

 ちょうどその頃に、貼り紙を無視して書架へと返却する彼に声をかけたのだった。


『あの』

『なんだ?』

『そこの棚に戻しておいていただければ、私達がやりますので』

『ああ、すまない。迷惑だったか?』

『そんな事はありませんけど……』

『もう習慣付いたものだ。迷惑でなければこのまま続けたいのだが、いいだろうか』

『あ、えと、……はい』


 今にして思えば、何故あの時に声をかけたのかよく分からない。

 どちらかと云えば人見知りで、面倒臭がりな詩織ならば、自ら戻してくれるなんて良い人だ、と感謝しながら素通りしてもおかしくなかった筈なのだ。

 冷静に分析しても出てこない答えに、詩織は早々に匙を投げた。

 きっとそういう気分だったのだ。


 ただ、あの日を境に妙に彼を気にするようになってしまったのは、紛れもない事実だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ