彼女の恋愛指南書はギャルゲーです
2500字以内という目標でなんとか書いてみた。
短いので、お気軽にどうぞ。
最近、変わった女に付き纏われている。
「ちょっと、どこ見て歩いてるのよ!」
「それはこっちの台詞だ。待ち構えて当たって来た女が何を言っている」
通学中、まさか現実に食パンを咥えて走る女を見る機会が来るとは思わなかった。
「そ、そんな……ラブコメの古典とも言えるこの方法でも駄目なんて……! 男の憧れじゃないの?」
「憧れるか。むしろ引くわ」
「なんでよ、萌えるでしょ!? ギャルゲーの主人公だってこんな体験できないわよ!」
「現実にゲームを持ちこむな、変質者め。ひたすら不愉快だ」
「そ、そんな……」
コイツと出会ったのは、高校に入学した頃だ。しつこいナンパに合っていた所を、善意で助けてあげたのが切っ掛けだった。
そしてその時、俺はコイツに一目惚れされたらしい。
コイツは兄の影響で幼い頃からギャルゲーに嵌っており、そんな恋愛をしたいと思っていたのだが、なかなかそんな経験は出来なかったそうだ。それはそうだろう。
そして、見ず知らずの男に助けられるという状況が、主人公とヒロインのように見えたとか。それ以来、俺はコイツに付き纏われている。
一応、美少女の範疇に入るから嬉しいのだが、そのアプローチは前述の通り、ギャルゲーのような物が基本だ。ハッキリ言って、そんな物に巻き込まれる方が恥ずかしい。学ぶべき教材を明らかに間違えているだろう。
そのせいで俺は毎日、コイツのアホな恋愛ごっこに付き纏われている。中身がまともなら俺もやぶさかではないというのに……心労が貯まるばかりだ。
おかげで、帰宅してから自室で安らげる時間が、俺の何よりも大事な一時となっている。
――コン、コン。
深夜、二階にある自室の窓から、何かが叩くような音が聞こえた。
嫌な予感を覚えつつ、窓を開ける。
やはりというべきか、そこには奴が居た。
可愛らしいパジャマ姿で、屋根の上で、顔を赤らめながら俺を見てくる。
「ねぇ、話したい事があるの。良かったら入れて――」
「今、何時だと思っている」
――ピシャリ。
無慈悲に窓を閉め、俺は再びベッドにもぐり込んだ。
「……ふ、ふふ。まさかこれでも駄目なんてね……。でも、諦めない。絶対、諦めないんだから!」
お願いだから諦めてくれと、うんざりしながら俺は眠りに付いた。
当然ながら、こいつは諦めなかった。あれこれと手を変えながら俺にアプローチを掛けてくる。よくもまぁ思いつくものだ。
最近では俺の感覚が麻痺してきたのか、次はどんな手で来るのだろうと楽しみにしている節があるくらいだ。まずい、洗脳されている。
そんな毎日を過ごし、不意打ちのようにそれはやってきた。
「ね、綺麗でしょ?」
その日は、見せたい物があるというわりとまともな誘いだった。
放課後、校舎の近くにある山の頂上付近。崖となって危ないが、そこから一望できる町並みは、夕陽に照らされ輝いて見える。
「まぁ、確かにそうだな」
「でしょ? どうしてもこれだけは見せたかったのよね」
なんとなく寂しげな表情をしている気がして、俺は問いかける。
「なんだ? まるで居なくなってしまうような言いぐさだな」
「うん。だって、本当に消えちゃうから」
また始まったと、一笑に付する事はできなかった。
本当に、寂しそうな表情だった。
「消えるってなんだ? 転校でもするのか?」
「ううん、そのままの意味。あたしはね、もうすぐ消えちゃうの」
「何を馬鹿な……」
「あたし、人間じゃないの。ギャルゲーの付喪神なの。一応、妖怪なのよ。現実で彼女が出来なかった男が嵌って、飽きられたギャルゲー。それがあたしの正体なの」
ガクリと肩から力が抜ける。
やけに悲痛な設定だった。同じ男として悲しくなる。
「そうか。それで、付喪神はいずれ消えるのか?」
「うん。持ち主の熱意が信仰としてあたしの力になっていたけど、それももう無くなりそう。だから最後に、あたしが好きな景色をあなたと一緒に見たかったの」
呆れる俺の首に両手を回し、ぎゅっと抱きついてきた。
コイツがここまで正面から来るのは珍しい。柔らかい感触に気を取られ、一瞬、俺は突き放す事を忘れた。
「おい、流石に――」
「今までごめんね。変な女で迷惑だったでしょ? でもあたし、ああいうやり方しか知らないから。だから……」
コイツはまた寂しそうに笑うと、スッと俺から離れる。そして、崖の方へと歩き出した。
「おい」
「来ちゃだめ!」
その叫びにも似た声に、俺はそれ以上追いかける事ができなかった。
夕日を背負い、コイツは今までで一番の笑顔を見せる。本当に魅力的な、綺麗で可愛らしい微笑みだった。
「君を落とせなかったのは残念だけど、おかげで、あたしは毎日楽しかったよ。今まで本当にありがとう。……これからもずっと、大好きだよ!」
「おいっ、待っ――」
それ以上、俺は何も言う事ができなかった。
夕日の眩しさに、目を閉じかけたその一瞬で。
――彼女は、光に紛れるようにして消えた。
あれから周囲を探し回ったが、彼女はどこにも居なかった。
翌日、校舎に着く頃になっても、アイツは現れなかった。いつもなら、通学中に俺を驚かしてくるというのに。
……本当に、彼女は付喪神だったのだろうか?
だとしたら、今までアイツがやっていたのは真剣な事で。俺は、それを真面目に受け取る事もしなかった――
「あ、おはよう! いつもより遅かったね。寝坊したの?」
「……生きてたんだな、付喪神」
「あっ、気に入ってくれた? わざわざあんな場所を見つけるのに苦労したのよ。夕日で身を隠す立ち位置とかも計算して、大変だったんだから。あそこね、死角になっているけど、崖から飛び降りた所に安全な場所があるんだ。少しはドキッとし――いひゃいいひゃい! いひゃいよ!」
「ああ、本当にドキッとしたよ」
コイツの頬を抓りながら、俺は自覚する。
思った以上に、俺はコイツが今も此処に居てくれる事に、ホッとしているらしい。
もっと文字数あればもっと面白くできたような気もします・・・。
まぁ上手く纏められたからいいか。