第1話「魅了」
「プロローグ」から1ヶ月ほど経ちましたね。
さて、この第1話は、葉月が、新体操にかかわるところまで描かれています。初めて新体操というものに触れた葉月は、どんな感情を抱くのでしょう。
彼女と同じ、初めての出来事に出会ったつもりで、ご覧下さい。
自分が、人見知りだったことを忘れていた。
卒業式から約1ヶ月。もうほぼ雪も解けて、桜の蕾が開き始めていた。
今日は卒業式。ここ、厳美中学校が、私の新たな学び舎となす。今年は、例年以上に生徒数が多く、8クラス制となった。
私のクラスは1年5組。先輩の人に案内され教室に入ると、見知らぬ人たちがざわめきあっていた。
「葉月ーっ。」
教室の一番奥の列にある椅子に腰かけて、私に向けて手を振っていたのは、友人の鈴だった。
「りーん。知らない人たちばっかだよぉ~。」
溜息交じりに言った。
「まぁ、うちのとこ以外からも来てるしねー。」
鈴は苦笑いを浮かべて言った。
黒板に貼られていた席順の書かれた紙をのぞき、自分の席に着く。
私が席について10分ほど経って、随分とふくよかな女性教師が入ってきた。
「お早うございます、皆さん。…おや、随分と表情が硬いですこと。緊張してます?…まぁ、無理もないですね。まだ時間はあるので、リラックスしててくださいな。」
見た目とまるで変わらない穏やかな口調で言い終えた女性教師は、先生用の椅子に腰かけた。急に、クラスがざわざわとざわめきだした。
入学式も、あっという間にやってきた。緊張でハイになった脳内は、全身への指示も忘れて発狂しまくっていた。そのため、私はぐるぐると息苦しいめまいに襲われる羽目になった。体育館を目の前に、今年2度目の超緊張。
(やっべぇ…トイレ行きたいよコレ。)
そわそわと落ち着かない身体をよそに、体育館の入口を抜ける。すると、
(う…うっわ…)
大勢に人たちの目が、体育館のど真ん中を歩く私たちに浴びせられていた。それはまるで、モデルがランウェイを歩くが如く。尚も緊張でドクンドクンと揺れ動く心臓を脇目に、若干苦笑いの私、沢岩葉月は、妙に長く感じるランウェイをどうにか歩き終え、席に到着。今にも倒れそうな足を懸命に踏ん張って立ち尽くした。
順調に進んでいた入学式。しかし、
「これより、新入生の点呼を行います。名前を呼ばれた生徒は、返事をしてその場に立ってください。」
私の中で一瞬のどよめきが起こった。
もちろん、今朝の先生からの話にもあった。
「入学式で、点呼するから、名前を呼ばれたらその場に立ってくださいね。」
まだ春先だというのに、手汗でビショビショになる手のひら。動揺やら緊張やらを表に出さぬように、背筋を伸ばして座る。オルゴールのBGMと共に、1人1人、丁寧に名前が呼ばれていく。その声も、大きい人、小さい人と、様々だった。
「斎目万里奈さん。」
「はい。」
聞き覚えのある、物静かそうでいてキリッとした声が小さく脳内にこだまする。
(まりなん…)
1組の列でしゃきっと立っている。背丈は私と同じくらいで、細長い手足。整った顔立ちに、ツインテールがよく似合っている。THE☆女子といった感じ。次の人の名前が呼ばれると、万里奈の姿は列に紛れていった。
昔から、落ち着きがない、お転婆だなどとよく言われたものである。集中力もないにもかかわらず、睡魔まで襲い掛かってきて、全力で私を崩しにかかっている。それでもなんとか持ちこたえているが、徐々に近づく私の番を前に、そわそわしていた。そんなこんなで、あっという間に5組に突入。ここからがハイスピード。
「………沢岩葉月さん。」
「はいっ…」
名前を呼ばれて、緊張を表に出さないように、返事をした。私の中ではとても良くやったほうだ。80点くらいだろう。十分市内の高校目指せるぞ。
私が安堵しながら座り、自分を褒め称えているうちに、5組を通り過ぎ、6組へと突入していた。
そこからの時間はまさに矢の如し。あっという間に入学式は終了し、体育館から教室に戻り、ホッと一息。深くため息をついた。
(精神的に疲れたっ…。)
そして、まだまだ見慣れない教室をキョロキョロと見渡していると、今朝の女性教師がやって来た。
「はい、皆さんお疲れ様でした。それでは皆さんに、軽ーく、自己紹介をしていただきましょうかね。…え?あぁ、先生ですか?すっかり忘れてましたね。先生は加賀屋、と言います。皆さん、一年間、頑張りましょうね。
では、1番の方から。名前と、出身校だけでいいので、言ってください。」
はい、と低くて大きい声で言い、立ち上がった少年は、長身で、ごつごつした体つき。自己紹介は、かなり元気で、早口だった。
その後も、見知らぬ少年少女(知っている人も少々いるが)の他愛ない挨拶をぼんやりと聞いていた。
「はい、次の人。」
「……はい。」
ついに、私の番がやって来た。私は、極度のアガリ症である為、人前で話すのを極端に苦手としている。
「私は、厳美小出身の沢岩葉月です。一年間、宜しくお願いします。」
かなりの早口で言い終えて、そそくさと席に着く。私のアガリ症にも困ったものだ、とため息混じりにまたも一息。
そして、学級での学活を終え、いつものように万里奈と帰る家路。
「明日から、もう部活見学できるんだっけ?」
不意に、万里奈が聞いてきた。
「ああ、うん。そうだったね。………明日一緒に行こうか。」
小さく間をあけて聞いてみる。
「うん。そうしよう。」
万里奈は優しく、且つキラキラと瞳を輝かせて笑った。私は、そんな万里奈に微笑み返して、穏やかな春の空を仰いでいた。
翌日の放課後、帰りの挨拶をして教室を出てみると、廊下は人でごった返していた。1組まで辿り着けるか、万里奈と合流できるのか、少々不安だったものの、何とか合流することができた。それから、私たちは部活動連絡板(部活動の予定が書かれたホワイトボード)のところまで行った。案の定、混み合ってはいたものの、一応予定を見ることができた。ホワイトボードの左下、新体操部と書かれた欄には、角ばった文字で「一階ホール」と書かれていた。
「一階…ホール?」
「どこだろう、一階ホール。とりあえず、一階まで降りてみる?」
「そだね。」
私たちは、すぐそこの階段を降りて、一階まで行った。
教室の並ぶ教室棟と、職員室はもちろん、音楽室や理科室、美術室などといった特別教室のある特別教室棟は、30mほどの廊下で繋がれている。その廊下で、私と万里奈は考えていた。
「一階に来たはいいけど、ホールってどこかな?」
広い校舎だ。入学式を終えたばかりの初々しい1年生には、まだすべての教室の位置などわかるはずもない。完全にお手上げだ。右往左往しようものなら、間違いなく迷子だ。
「………1年生?どうしたの、こんな所で。」
「どっか探してるのかな?」
突然、背後から声がした。振り向くと、そこには、上級生であろう二人の少女。
「あ、えと、はい。新体操部の見学がしたくて。」
「ホールって、どこにあるんでしょう?」
連携プレイでSOSする。
「ああ、新体操部。」
「私たち、今から行くとこだし、着いてきなよ。」
「「ありがとうございますっ!!」」
二人で声を揃えてお礼を言う。先輩方は、私たちの息の合いぶりにか、クスクスと笑って歩き出した。
そしてちょっと歩いた所に、ホール、と言われる場所があった。教室棟の一番奥の廊下だけ、幅が広くなっていて、そこがいわゆるホールらしかった。
「香菜ー、1年生ー。見学したいんだって。」
ホールには、15人くらいの少女たちがいた。皆、部員であろう。
「紗雪、乃香。…おー、さっそく来たんだ。2年生ー、椅子だしたげてっ。」
1人の少女が、私たちのために教室から椅子を2つ、渡してくれた。私と万里奈は、「ありがとうございます」と言って椅子を受け取った。
「じゃ、始めよっかー」
香菜、とそう呼ばれた、長身で、笑顔がステキな美人の少女は、部員たちに向けて言った。すると、15人ほどの部員たちは、声を揃えて、大きく、「はい!」と返事をした。そして、少女たちの大きな声がホールに響き渡った。
それから10分ほど経ち、私は、酷く驚いた。
彼女たちは、いとも簡単に、身体をくねくねとくねらせていたのだ。足を横に開くときも、縦に開くときも、角度はほぼ180度。それはもはや軟体動物の部類に入ろう。私には10年かかっても無理かもしれない。
しかしながら私は不思議と、「入るのやめようかな…」などというネガティブな思考回路にはならなかった。
(か…カッコいいっ…。私も、そんな風になりたい……)
今の私はおそらく、ものすごく目をキラキラと輝かせていることであろう。そこで、もうすでに私の気持ちは新体操に向かっていた。
私はその週の金曜日、加賀屋先生に入部届を提出した。
その時の私は、まだ、これからの日々を想像すらしていなかった。
いかがだったでしょうか?
第2話では、葉月がついに部活動に参加します。体が硬い、運動音痴な葉月は、乗り切っていけるのでしょうか?これからも、葉月の成長を応援してあげてください。それではまた次作でお会いしましょう。