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即興小説トレーニング

14歳の熱狂

作者: かふぇいん

強くてかっこよくなりたい。そういうのは、きっと男として生まれたならば一度は思うことであって、その思想が訪れる時期によって人生観にずいぶん変化が訪れるものだ。それはなるべく幼いうちに経験しておくべきで、日曜の朝のヒーローあたりで手を打っておくのがいい。敵というものが抽象的で、倒したかどうかがあやふやなままヒーローである自分に満足してしまうのがいい。

 それか、もう自分の人生というものが粗方開けてきて、分相応な生き方の線路をしっかりつかんだ後がいい。“強くてかっこいいもの”というものが、どんなにか得難く、フィクションの世界の事象であると理解したあとがいい。敵というものが直接悪事を行わない、日常的なところにばかり潜んでいるのだと気づいた後で。とにもかくにも、夢にもならない幻想を抱くにはタイミングが重要なのだ。

 ここである少年を紹介する。彼もまた、不可避の幻想に踏み込んだ男子の一人だ。ところが彼が“強くてカッコイイ”幻想に取りつかれたのは、よりによって14歳。いわゆる厨二病真っ盛りの頃合いである。

 

 彼にいたっても、きっかけはいたってシンプルである。歳の離れた兄の部屋にあった漫画。少年がいつも読んでいる週刊誌のものではない作品の、その単行本であった。兄の部屋に忍び込んだのは、もっと本能的な雑誌を入手しようという目的のもとだったが、その手のものは普段しっかりと隠されているもので、少年の捜査程度では見つからない場所にあるようだった。

 だが、その代わりに得たのが、ベッドの上にあった、おそらく兄が読んでいる途中で寝離したであろう漫画だった。パラパラと何気なしに見ていたが、兄が帰ってきたのに驚いた彼はそれを持ったまま急いで自室へと戻った。

 

 主人公は、秘めた過去のある一人の男で、見目が良いだけでなく頭が切れた。そして、細身であるのに、どんな大柄な相手でも容易く倒してしまうのだ。たとえ丸腰で、銃を向けられたとしても。平穏に暮らそうとしているのに、いろんな問題にまきこまれ、いつしか自らの過去に関わる大きな組織と対峙していく。少年が思い描きがちの“大人の世界”。主人公が最初から強いことから得られる爽快感と、わかりやすい敵とわかりやすい謎。少年が熱中するのには時間がかからなかった。

 少年が特に気に入ったのは、男が殆どの場合武器を持ち歩かないことだった。何を使わせても100%戦える。パーティー会場に忍び込めばその場にあった銀食器で戦いそうな男で、カジノに忍び込めばコインやトランプを武器にして戦いそうな男だった。その男はどんな状況にもクールに対応するのだ。

 少年は心酔するあまり、日常のあらゆる場面で、移動するたびに武器になりそうなものをキョロキョロ見まわすようになった。本人はかっこいいつもりだが、挙動不審極まりなかった。そして、またおそらく一生手にすることのない銃の構造なんかを勉強し始めるのだった。

 少年の成長期の情熱は“強くてかっこいい男になる”ことに注がれた。テストでひどい点をとって叱られても、その間も授業の最中も、突如現れるはずのテロ集団への対抗へと彼の意識は持っていかれるのだった。


 ただ、その手の幻想は、少年の心と同じく、膨らみやすく壊れやすいものだ。

 1巻を読み終え、こっそりと兄の部屋に続きを借りに行ったとき、運悪く兄に見つかってしまったのだ。本を持ち出したことは別段兄を怒らせる事はなかった。それどころか、気に入ったならやる、とまで言った。少年の喜びはいかばかりであったか。聞かれてもいないのに、自分がどんなに主人公の男をカッコ良く思うか熱っぽく語った。

 対して兄の言葉は、非常にそっけないものであった。そして、致命的に少年の心を砕く一言であった。

「その主人公、1章だけだぞ。次の巻で死ぬ」

 いわゆるネタバレであった。平静を装いながらも、少年は後で借りに行くと一言、自室へと籠った。寝たふりをしながら布団で嘆いた。


 少年の幻想はこうしてはかなく散ってしまったのだ。


 だが、それほどの心配はいらない。通告通り死んでしまった主人公の後を継いで、また別のタイプの主人公が2章から活躍し始めるのだ。そして、少年の熱狂はリスタートする。

 かくも、14歳とは簡単にできているのだ。生木のように折れても、すぐそこから新しい芽が出る。


“強くてかっこいいもの”幻想が“黒より黒い黒歴史”に変わるのは、またしばらく後のことである。それはまった追って紹介しよう。


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