第4話 ~灰色の間Ⅰ~
廊下の奥へ進むとドアの前に頭のない像が置かれていた
これまた邪魔なところに・・・
しかもこの像って「無個性」?
「なにこれ邪魔ね・・・イヴ、ちょっと離れててくれる?」
そう言って像に近づくギャリーをみて意図を察すると
手伝うために反対側へ立つ
彼の合図に合わせてその像を力いっぱい引っ張ると
ズルズルと重い音を立てながらも動かすことができた
想像以上に重たくて普段は鉛筆ばかり持っている腕にはちょっとキツく感じた
もう少し鍛えようと思った
「手伝ってくれてありがとね。」
「いいえ、手伝うのは当然だよ。」
ほとんどギャリーの力だった気がするけどね
思わず苦笑いしているとイヴに袖を引かれた
それはギャリーも同じだったようで
振り返ればイヴが僕たちを見上げていた
「2人とも、ありがとう。」
ふんわりと微笑んでそう言ったイヴに胸が暖かくなった
あぁ、この状況でこの笑顔は癒やしだな
「どういたしまして。」
そう返して頭を撫でると
イヴは花のような笑顔でエヘ、と笑った
うん、かわいい!
癒しを得てそのままドアを開けて進む
すると、その先には黒い手の像が左右に一つずつ
奥の壁には花嫁の絵画と花婿の絵画がそれぞれ飾られていた
プレートには『嘆きの花嫁』、『嘆きの花婿』と書かれていた
題名通り、悲しげな表情をしている
何かあるかと調べてみたが特に何もないようだ
一体何を悲しんでいるんだろうか・・・
とりあえず先に進んでみるしかないか
先に進むとすぐに部屋を見つけた
何があるかわからないから警戒しつつドアを開ける
一番最初に目に入ったのは壁とそれにかけられたプレートだった
プレートを見ると、そこには『ラビリンス』と書かれてあった
ラビリンス・・・迷宮・・・ね・・・
この部屋は迷路みたいな構造になってるんだろうな
迷路って事は、それなりに考えないとね・・・
真っ先に思考を占めたのは「めんどくさい」という6文字
それに、さっきからかすかに複数の足音が聞こえる気がする
「・・・この部屋は後回しにしましょうか。
なんだか足音みたいなものも聞こえるし、ね・・・」
引きつった顔でそう言ったギャリーに頷いて
とりあえず他の場所を調べてみることにした
いつ何があってもいいようにイヴを真ん中に歩かせて
周りを探索していると、突然床に目玉が現れた
「うわぁ・・・」
その数は数え切れないほどで
あまりの気味の悪さに声を上げてしまった
咄嗟にイヴを後ろ手でかばったが
特に何もする気はないのか
じっとこちらを見つめてくるだけ
隣ではこの気味の悪い光景に
ギャリーが女の人のような叫び声をあげていた
「なにこれ気持ち悪い!なんで床に目があるのよ!」
嫌悪感を丸出しにしたギャリーが言っていると
突然視界の端からイヴが飛び出していった
イヴの突然の行動にぎょっとしていると
ある場所で立ち止まって手招きした
それに首を傾げつつすぐに駆け寄ると
床の目玉に指を向ける
その指の先に視線を向けると、一つだけ充血した眼があった
「なんかこの眼だけ充血してる?」
「みたいね。」
ギャリーの言葉に肯いて
じっと充血した眼を見つめてみると見つめ返された
や、あいにくそんなに見つめられても
充血を治してあげることはできないし、諦めて・・・
心の中でそんなことを考えつつ
どうしようもないからと歩みを再開させた
相変わらず、イヴとギャリーはそこで立ち止まったまま
グルリとこの部屋を一周してくる
さっき覗いた部屋の他にもう一つ、小さな部屋があった
ドアを開けば沢山のキャンパスと椅子
中央には目薬と思われるものが・・・
全く、何で群がって目薬書いてんだろう・・・
細やかな疑問を持ちつつ椅子をどかしながら中央に行く
「目薬ゲットだぜ・・・」
なんちゃって・・・
部屋を出て、例の目玉の所に行く途中
イヴが例の扉の前に立っていた
何処かソワソワしているようだった
「イヴ?」
「リオ!ギャリーが・・・」
「中に居るの?」
中を覗けば・・・
「ぎゃあぁぁっ!!」
彼の声が聞こえる・・・
うん、1人で入ったんだね・・・
するとバタバタと出てきて
肩で息をして、顔面蒼白のギャリーが帰ってきた
「ゴメン、ギャリー。大丈夫?」
「リオ!どこ行ってたのよ、もう。」
「じゃ、今度は僕が行くよ・・・」
「「ダメ!」」
「!?」
「ダメよ!ダメダメ!
一人で行ってもし何かあったらどうするの!?」
「う・・・」
ずい、と迫ってダメだダメだと
首を横に振る二人に思わず後ずさる
全く、とでも言いたそうにため息を吐かれた
バカなこと言ってごめんなさい
結局三人で行くことになって
イヴを真ん中に部屋へと足を踏み入れた
なるべく音をたてないように歩いていると
通路の間から頭のない像が見えた
赤い服を着たそれはうろうろと動き回っていて
やっぱり何かいた、と思いつつ息を潜める
先ほど、ギャリーは奥でキャンパスを見つけたと言っていた
「赤い絵の具からまっすぐ南へ」と書かれていたそうだ
そういえば赤い絵の具が落ちていた場所があったなと思い出す
今まで通ってきた道に2カ所ぐらいあったから
もしかしたら他にもあるかもしれない
来た道とは違う道を進んでいくと
赤い絵の具が落ちている場所を見つけた
「もしかしてこれのことかしら・・・?」
「たぶん・・・」
周りを見回して像がいないことを確認すると
絵の具の場所から南に進む
まっすぐ行った先には右手に道があり
正面には人一人入れるぐらいの場所があった
そこにスイッチのようなものがあって
先頭にいたギャリーがスイッチを押した
ガコンって音したな・・・
きっとどこかに隠し部屋みたいなのがあったんだろう
そこへ通じる扉が出現したとか?
先を歩く二人の背を見つめていると
《後ろだ!!》
突然の声に驚くと同時に
すぐ後ろに足音が聞こえた
その音に慌てて振り返ると
「無個性」が僕に向かって両手を伸ばしていた
遠くでギャリーが僕を呼ぶ声がする
像はもう目と鼻の先にいて襲いかかる寸前のようだった
思わず像を凝視して固まる
早く逃げないと行けないのに
足が床に縫いつけられたかのように動いてくれなかった
《走れ、リオ!》
「リオ!なにしてるの!」
またも聞こえた声に弾かれたように体が動く
真後ろからギャリーの声がして、ぐいっと手首を引かれる
傾く体に、動く気配すらなかった足が動いた
身体に鋭い痛みが走る
強張った身体をそのままに後ろを振り向くと
遠くなっていく像の手にはオレンジの花弁が握られていた
手に持っていた薔薇を見れば、花弁が2、3枚減っている
あーぁ、もう、何やってんだろう・・・
イヴを片腕に抱えて前を走るギャリーに引かれるまま足を動かす
少し先にドアが見えて
そこから飛び出すように部屋を出て
力任せにドアを閉じる
荒い息のまま壁に背を預けると、ずるずると座り込んだ
「リオ、大丈夫?」
「あ、うん。大丈夫だよ、イヴ。」
屈んで覗き込んできたイヴに
これ以上心配をかけないようになるべくいつも通りに笑みを浮かべる
イヴは眉を下げて僕の頭を撫でた
ぎこちないその動きに、思わず笑いが漏れた
「ありがとう。」
「ううん。」
「ギャリーも、ありがとう。」
「全く、心配させないでよ。」
「・・・ゴメン・・・」
「もういいわよ、リオが無事なら。」
ため息を付かれながら、僕は壁にもたれた
そう言えば、さっきの声は一体何だったんだろう?
あの時気づかなかったら
きっと今、僕は花弁をもっと多く失っていたかもしれない
それだけではなく、イヴやギャリーを巻き込んでいたかも・・・
何にせよ、その「声」に僕は助けられた
僕らを導くような声に・・・
会ったらお礼を言わないと・・・
とはっても、この美術館に住人かもしれないけどね
苦笑いをこぼしていると
じっとギャリーに見つめられて思わず固まる
だらだらと冷や汗を流していれば
怪訝そうな顔をしたギャリーが口を開いた
「リオ、アンタ薔薇はどうしたの?」
「え?」
迫ってくるギャリーから逃げようと立ち上がると
まだ痛みが残っていた身体から力が抜ける
倒れそうになって反射的にぎゅっと目をつむると
あたたかい何かに支えられた
耳元で聞こえた溜め息に恐る恐る目を開いて、視線をあげる
倒れそうになった身体はギャリーに支えられていて
その片手には僕の薔薇が握られていた
「やっぱり、花びら減ってるじゃない。
どうして黙ってたの?」
「あぁ・・・心配掛けたくなくて・・・」
「何も知らないで今みたいに倒れられた方が心配よ。」
何度目かの謝罪に、ギャリーは苦笑いをして
背中をぽんぽんと撫でてくれた
ようやく引いてきた身体の痛みに身じろぎすると
ギャリーにもう大丈夫かと聞かれる
それに肯くと背中に回っていた手が離れた
だるさは抜けないが動けない程じゃないし
とりあえず早く先に進もうと言えば
今まで黙って立っていたイヴに手をぎゅっと握られた
それに首を傾げてどうしたの?と問いかければ
やけにキリッとした表情で僕を見上げる
「リオが苦しまなくていいように、私が守る!」
「へ?」
「あら、じゃあアタシはこっちねっ。」
「え?」
左手をイヴの右手、右手をギャリーの左手に握られてる
イヴとギャリーを交互に見つめると、変な顔と笑われた
きっと今の僕は間抜けな顔をしてるに違いなかった・・・
ラビリンスの攻略はヒィヒィ言っていた記憶があります・・・
主人公は何度危ない目に遭うのか、書いててつくづく思います。
ま、この美術館から抜け出さない限り続くでしょうな←
次話、灰色の間・後半戦に行きます!
感想等いただけたら、嬉しいです。