ショートショート:思い残したことがありすぎたので過去に遡って人生をやり直したある人物
「ちくしょう!どういうことだよ!お前たちはこんな○○な製品で満足か!?」
とある家電量販店で、一人の店員がスマートフォンを振りかざして怒鳴っていた。周囲は冷めた目でそれを離れて見やっている。
「俺が最初に考えて生み出したのはあくまで過渡期の製品としてだ!こんなのが終着点であるわけがないんだ!どうしてお前たちはそれを理解しないんだ!」
彼はお客の対応もせずに怒鳴り散らしている。
「少しは考えてみろ!なんだこの板きれは!ちっともクールじゃない!お話にもならない!」
彼は店舗に掲示されているスマートフォンの売り文句をバンバンと叩いた。
「お前たちは目が見えるよな?ならこれも読めるよな?ここだ!有機ELディスプレイだ!もうこいつがこの板きれに入ってる!」
さすがに見かねたか、一人の男が近寄ってきた。
「おいスティーブ。いい加減にしてくれ。どうしちまったんだよ、君はそんな癇癪持ちではなかったろ?そろそろ落ち着くんだ」
肩に置かれた手を振り払い、彼はなおも絶叫する。
「何を言ってるんだ、俺の頭脳は燃えたぎっているが同時に冷静だぜ!そしてここでやらないと間に合わないと、俺の素晴らしい頭脳が計算を叩き出してるんだ!邪魔をするな!」
彼は鬼の形相のまま周囲に対して演説を続ける。
「お前たちの足りない頭にも分かるよう解説してやろうか!有機ELってのは薄くて、軽くて、曲げられる!自由にな!こんな板きれに貼り付けるにゃもったいない代物なんだ!」
「もういいスティーブ、このくらいにしてくれないと警察を呼ばなくてはならん」
「はっ!呼びたければ呼べよ!俺は止まらないからな!」
彼は近くにいた買い物客に対して近づいていく。慌てて相手は後ずさる。
「よく考えてみてくれ!このスマートフォンとか言いながらちっともスマートじゃない端末をよく見ろ!せっかく自由に構成できるディスプレイ部品が組み込まれているのにこんな平面である必然性はどこにあるってんだ!」
威嚇するように彼は他の客にも近づく。彼に対して危機を感じて周囲の客は悲鳴をあげて逃げていった。
「もうだめだ、もう放っておけない」
彼に対して制した男は手元のスマートフォンを操作した。
「板きれのまま進化を止めた製品には未来がないんだ!ブレイクスルーの材料は揃っているのに、そこを突破しようとしない!これを怠慢と呼ばすになんと呼ぶ!」
彼は誰もいない空間に対して演説を続ける。
「例えばだ、この板きれを丸く折り曲げたらどうだ?どう使えるか想像するんだ!ところがようやくひねり出したアイデアは折りたたむだけ!曲面にしようとはしない!」
彼は傍らにあったスマートウォッチを手に取った。
「ほら!ヒントはここにある!こいつにも有機ELが使われてる!だが平たい画面だ!馬鹿じゃないのか!設計した奴はくそったれだ!」
勢いで彼はスマートウォッチを投げ捨てた。
「本当に愚かなゴミ!なんでそこで歩みを止める!頭が悪いと陳腐な選択肢しか選ぼうとしない典型例だ!俺の一番嫌いな連中だ!」
彼はスマートフォンを指で大げさに小突く。
「俺が設計の先頭にいればこうはなってなかった!俺が力尽きていなければと心から悔やむ!やれやれだ!」
彼は再び掲示されているスマートフォンのポスターを指さした。
「見てみろよ、ここ!バッテリーが長持ち!二日は使えます、だってよ!馬鹿は設計思想が分からないからこんなのを売り文句にしてる!そうじゃないだろう!まずは軽量化だ!重たい電池を入れて使い勝手を悪くして、時間が長くなったからなんだってんだ!電池が足りなくなれば充電したらいいだけなのに!それすらも理解できない!」
彼はスマートフォンを指で挟んでヒラヒラと動かしてみせる。
「どうだいこの薄さ!画面をでかく、厚みはスリム!板きれとしては素晴らしいな!だがこいつは携帯端末だぜ!お前らは人間工学ってのを知っているか!人間が持って快適な形ってのはどういう物か想像できるかね?握りやすさと保持しやすさってのを考えたか?考えたら薄くて持ちづらいのはゴミなんだ!それすら分からないのがトップにいる!話にならない!」
「今すぐ俺をトップに戻せ!俺がいたらこんなゴミなど作らせない!もっとクールでもっと先進的なグッズを提案してみせる!エンジニアどもの尻を引っ叩いてまともな提案をさせてみせる!俺に……」
彼が取り抑えられたのはその瞬間だった。警官が群がり彼の手足を抑え込んで自由を奪う。見る間に彼の手足は拘束された。
「ほどけ!俺を誰だと思ってる!……」
警官の一人がわめく彼の口に猿ぐつわをかませた。
「残念だよ、スティーブ……」
頭を抱えて嘆く男に警官の一人が近づいた。
「店長さんですか?」
「ええ。お手数をおかけしました。いつもは穏やかな男なんですが、今日に限って妙なことを言い出して暴れ出しまして……」
警官は拘束されたまま連れ出されるスティーブを見やり、こうつぶやいた。
「きっとタチの悪いドラッグにでも手を出したのでしょう。よくあることです」
……
彼は、神の悪戯で現世に戻ってきたカリスマ経営者だった。彼にもどうして戻ってきたのかよく分かっていなかった。そして、彼の思想に誰も気づけず誰にも生かす道がなかった。そのまま彼は転生したチャンスを生かせず隔離施設で孤独な余生を過ごす羽目となった。




